懺悔室~ある羊飼いの告白

鵜川 龍史

懺悔室~ある羊飼いの告白

(息が荒い。ここまで走ってきたらしい。精一杯声を潜めるが、声を押し殺せていない)

 神父様。神父様。どうか聞いてください。

 私は、ずっと正直者として生きてきました。人一倍、正義感が強い者としても。だから、こうやって正直に話を、自分の罪を告白しようと、ここまで走ってきたのです。

 私は、人を傷つけました。

 いえ、確かに、人は誰しも、誰かを傷つけながら生きているものです。ですが、私が傷つけてしまったのは、私が最も大切にしていた――。

 いや、すみません。話を急ぎすぎました。何しろ、私は昔からせっかちな性格で――。以前、こんなことがありました。久しぶりに町に買い出しに行った時のことです。やけに町が静かだなと思い、通りすがりの人に話を聞いたところ、王が人を殺すというではありませんか。つい頭に血が上った私は、即座に王城に押し入り、王を手にかけようと――。

 いえいえ、誓って、私は王を殺してはいません。(独り言のように)……だが、考えてみれば、あの時王を殺していれば、こんな悲劇は起こらなかったんだ。

 ああ、神の御前で、王を殺していればなどと……。なんと罰当たりな。申し訳ございません。

 実は、謀反の罪は、私ではなく、私の友が被ることになったのです。といっても、身代わりに処刑されたわけではありません。私が人質に彼を差し出したのです。私にはどうしても村に戻らなくてはならない用事がありました。だから、彼を人質にして、三日後までにもどってくるという約束をしました。

 その時です。王は、あろうことか、この、正直者として生きてきた私に、刻限である日没をちょっと過ぎて戻ってくれば、人質となった我が友の命を代償に、私の命を救ってくれると、悪魔の囁きを与えたのです。

 迷いました。不実な私は、迷ってしまったのです。正義の人だと信じていたこの私の心は、王の囁き一つで、簡単に地獄へ堕ちてしまったのです。

 あれから、もう三年になります。

 友は、私の不実のゆえに死にました。ただ、悲しいことではありますが、私の罪はそこにはありません。彼は、友である私のために散ったのです。本望でしょう。私が彼の立場だったら……(ちょっと考える)もちろん、友のために死にます。

 しかし、妹は違った。

 妹は、私のせいで望まない結婚をすることになりました。いえ、私は彼女のためを思って、結婚を急がせた。ですが、友を失い自由を得た今の身から思い返してみると、私は妹の花嫁姿を見て安心したかっただけなのです。あの時の私は、妹の言葉をまるで聞こうとはしませんでした。

 ある日、結婚からちょうど一年という日を目前に――そういえば、その日は、一年前に私が王から地獄の囁きを受けた日でした。なんという巡り合わせでしょう。妹は地獄へと文字通り、身を投げてしまったのです。

 私はこの罪を背負って生きていきます。妹の分まで、そして亡き友の分まで。

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懺悔室~ある羊飼いの告白 鵜川 龍史 @julie_hanekawa

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