第2話

 相変わらず寒い日が続いている。だけどボクはコタツがあるからへっちゃらなのだ。


 と言うわけで、いつものようにヌクヌクと暖をとっていたけれど、今日は何だか家の中が騒がしいなあ。


「お母さん、私の部屋着乾いてないよ。って、なに部屋干しなんてしてるの!今日は友達が来るからやめてって言ったでしょ!」


 なんだなんだ? 朝っぱらから理沙ちゃんが騒いでいる。

 今日は日曜日だから、学校はお休みのはず。なのに理沙ちゃんは何故かいつも家にいる時のラフな格好ではなく、ちょっとオシャレなコーディをしている。どこかにお出掛けでもするのかなあ?


「だから遊びに来るんじゃなくて勉強会だってば。テストも近いんだし。初めて来る友達もいるんだから、みっともない所は見せられないでしょ」


 お母さんに向かって何か言っているけど、はて、勉強会とな? 理沙ちゃんが忙しそうにしているのはその為なのかな?

 だけど不思議な事があるもんだ。いつもは勉強なんて面倒臭いと言っているのに、今日に限って何故か張り切っている。


「紅茶は切らしてないよね。そうだ、何ならケーキでも焼いて食べてもらおうかな。ふふふ、勉強の合間に食べてもらおーっと!」


 楽しそうに笑う理沙ちゃん。そ、それは止めておいた方が良いと思うな。

 理沙ちゃんのケーキなんて食べたら、勉強どころかショックで頭がパーになってもおかしくない。この前作ったクッキーを食べたお父さんは、お腹を壊しちゃっていたし。


 恐る恐る様子を窺っていると、ケーキを焼き始める前に、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。

 理沙ちゃんは「え、もうこんな時間?」と慌てているけど、良かった。どうやらケーキは作らずにすんだみたいだ。


 理沙ちゃんはすぐさま玄関に行くと、男の子を一人連れて戻ってきた。


「それじゃあまだ皆は来てないのか。早く来すぎたかなあ」

「そんなこと無いよ。遠慮せずに座って」


 あれ、部屋に入って来た男の子には見覚えが無いぞ。

 そういえば初めて来る友達もいるって言ってたけど、この子がそうなのかな?

 何だか背が高くて顔立ちもキリッとしていて、理沙ちゃんが時々言っているイケメンって感じの子だニャ。


 コタツから頭を出してその子をじっと見つめていると、向こうもボクに気付いたみたい。目があって、こっちをのぞき込んでくる。


「あれ、白崎って猫飼ってるのか?」

「う、うん。そうだよ」

「へえ、可愛いな」

「え、可愛い!? って、猫がだよね」


 ちょっとしょんぼりの理沙ちゃん。だけどすぐに気を取り直したように顔を上げる。


「飼ってるって言うより、一緒に暮らしている家族って感じかな」

「家族か。良いな、そういうの。白崎って、よほどこいつのこと好きなんだな」

「うん。この子も案外、私のことをお姉ちゃんみたいに思っているかも」


 理沙ちゃんはそう言ったけど。はっはっは、お姉ちゃんじゃなくて家来だよ。

 けどボクだって理沙ちゃんの事は大好きだ。よしよし、このモフモフな体を堪能するがいい。


「わ、どうしたの? 急にすり寄ってきたりして」

「白崎が家族だって言ったから、嬉しかったんじゃないか。なあ名前なんて言うんだ?」

「えーとね、豆大ふ…」


 そこで理沙ちゃんの動きが止まった。

 どうしたの? 早く紹介してよ。そう思って見つめていると……。


「ショコラ!」


 …………えっ?


 理沙ちゃんの口から出てきたのは、初めて聞く名前。

 もちろんボクはビックリして、男の子も「えっ」と首をかしげてる。


「ショコラ? 白いのにショコラなのか?」

「う…ん。ショ、ショコラだよ」


 いやいやいや。理沙ちゃん何言ってるの? ボクの名前は豆大福だよ。ニャんだよショコラって。ボケちゃったの?


「おい、何だかショコラが睨んできてるんだけど」

「あ、あれー。どうしちゃったのかなーショコラ?」


 だからショコラじゃないってば。誤魔化すように頭を撫でてきたけど、その手にはのらないぞ。

 嘘の名前を言っちゃうような家来にはお仕置きだ。えいっ、猫パンチ!


「わっ!」

「大丈夫か?こいつ凄く不機嫌そうだけど、いつもこうなのか?」

「ううん、普段はもっと大人しいんだけど……ごめん、私嘘ついてた」

「えっ、嘘って?」

「この子実は、ショコラって名前じゃないの。本当は、豆大福って言うの。それなのに嘘ついちゃったから、きっと怒ってるんだと思う」

「豆大福?」


 男の子は驚いた顔をしているけど、いきなりショコラなんて言われたボクはもっと驚いたんだからね。


「豆大福ね。なるほど、そんな感じの色をしてるな。けどそれなら、どうしてショコラだなんて言ったんだ?」


 そうだそうだ、何で言ったんだー!


「だって……だって豆大福だよ。こんな名前じゃ恥ずかしくて」


 恥ずかしいってニャンだよーッ!


 じゃあ何か? 理沙ちゃんはその恥ずかしい名前をわざわざ付けていたのかーっ!

 今まで格好良い名前だって思っていたボクがバカみたいじゃないかー! 

 傷ついた、ボクは傷ついたぞ。いくら温厚なボクでも、これは流石に怒ったぞ。えいっ、猫パンチ猫パンチ!


「ちょっと、やめてよ豆大福」

「あー、これは完全に怒ってるな。無理もないか、自分の名前をバカにされたんだから」

「そんなぁ。ごめん豆大福、許して。今度高い猫缶を買ってあげるから」


 猫パンチ猫パンチ……え、猫缶!?

 ま、まあどうやら反省しているみたいだし、これくらいで許してあげよう。ボクの心は空よりも広いのだ。


「お、大人しくなったみたいだな。けど恥ずかしがること無いんじゃないか。俺は可愛いって思うぞ、豆大福って名前」


 お、この名前の素晴らしさが分かるだなんて。君はなかなか良いセンスをしてるじゃないか。


「本当?」

「ああ、それに面白い。大方自分の好物を名前にしたんだろうけど、良いじゃないか。白崎らしいよ」

「それって、私が食い意地張ってるって言いたいの?もう、佐伯君の意地悪」


 なんだ、当たってるじゃないか。理沙ちゃんは結構な食いしん坊さんだからね。

 って、あれ? 今この子のことを、佐伯君って言った?


 佐伯くん、佐伯くん……はて、どこかで聞いたような?

 ああーっ、思い出した!理沙ちゃんがよく話してくる男の子じゃないか。そうか、この子があの佐伯君だったのか。


 たしかこの子の話をすると、理沙ちゃんは悲しい顔になっちゃうんだよね。もしかして意地悪されているのかなあ?

 だとしたらさっきケーキを焼くと言っていた理由もわかる。さては佐伯君に食べさせてお腹を壊してやろうと思っていたのだな。


「今度は俺のことをじっと見てきたな」

「きっと佐伯君に興味を持ったんだよ。ねえ、佐伯くんって猫好きでしょ。良かったら触ってみる?」

「いいのか? 嫌がったりされない?」

「平気だよ。この子人見知りはしないから」

「じゃあちょっとだけ」


 佐伯君が手を伸ばしてくるけど、生憎ボクは誰にでも優しいわけじゃないぞ。理沙ちゃんを悲しませるような悪い奴は許してはおけないのだ。

 よし、ここは一つ懲らしめてやろう。 


 佐伯君の手がボクの頭に触れようとした瞬間――


 シャーッ!


「わっ」

「豆大福っ?」


 ふっふっふ。思いっきり威嚇してやったら、ビックリして手を引っ込めたぞ。どれ、まだまだ行くぞー。


 シャーッ! シャーッ! もひとつおまけに猫パンチ!

 はっはっはっ。お前なんかに頭撫でられてあげないぞー!


「なんか俺、嫌われてる?」


 しょんぼり顔の佐伯君。いつも理沙ちゃんに同じような顔をさせているのだから、ちょっとした罰だ。

 さあ理沙ちゃん、悪い佐伯君はやっつけたよ。遠慮せずにボクを褒めるがよい。


「……豆大福」


 ほら、褒めて褒めて。


「バカ―ッ!」


 理沙ちゃんの絶叫が、部屋の中に響いた。


 えっ、何で?

 どうしてボクは怒られちゃったの? 理沙ちゃんは奥歯を噛み締めて、今までにないくらい悲しそうな目をしているし、訳が分からないよ。


「豆大福のバカっ!ショコラって言ったことまだ怒ってるのっ? それにしたって酷いよ。もう猫缶も買ってあげない!」


 そ、そんな。猫缶が食べられないだなんて。ごめんよ理沙ちゃん、そもそも何をそんなに怒っているのかは分からないけど、猫缶だけはどうかご勘弁を。


「白崎、あんまり怒らなくていいから。俺は別に気にしてないし」

「でも、豆大福ったら引っ掻いちゃったでしょ」

「引っ掻いてない、ちょっと猫パンチを貰っただけ。ほら、血も出てないだろ」


 そうそう。ほんのちょっと威嚇して、猫パンチをしただけだん。


「本当だ。でも豆大福が失礼な態度をとったことに変わりは無いわけだし」


 しょんぼりと俯く理沙ちゃん。何だか今にも涙が零れそう。

 どうしよう、ボクは泣かせるつもりなんて無かったのに。本当にごめん、もう猫缶もいらないよ。飽きるまでモフモフしてもいい。だから元気出して。


 祈るような気持ちで理沙ちゃんの事を見上げてたけど、目にうっすらを涙を浮かべている。ああ、いったいどうしたら良いんだろう?


「そう気にするなって。俺は本当に気にしてないんだからさ」


 あ、ボクが困っている間に、いつの間にか佐伯君が理沙ちゃんの頭をポンポンと叩いている。

 こらー、さては理沙ちゃんを虐める気だなー。そうはさせないぞー!

 ……と思ったら。


「――ッ‼ 佐伯君っ?」


 あれ、理沙ちゃんが顔を上げたぞ。しかも何だか真っ赤になっている。


「懐いてはくれなかったけど、まあ仕方ないって。それに結構楽しめたから、俺としては満足かな。可愛かったよ、白崎も豆大福も」

「か、可愛いって……」


 あ、今度はうっとりし始めた。佐伯君がもう一度ポンポンと頭を叩くと、見たことも無いような恍惚の表情を浮かべる理沙ちゃん。

 何が起きているのかさっぱり分からないけど、理沙ちゃんの機嫌が直っている事だけは確かなようだ。

 ん、という事は……。


 ジッと佐伯君を見る。

 佐伯君が理沙ちゃんを元気づけてくれたんだよね。てっきり意地悪な子かと思ってたけど、どうやらそれはボクの勘違いみたいだ。ごめんね佐伯君。


「あれ、豆大福? 急にこっちに寄ってきたぞ。さっきまではあんなに威嚇してきたのに」

「本当だ、どうしたんだろう?」

「まあ良いか。猫は気まぐれだって言うし。けどせっかく懐いてきたんだし、それっ」


 わわっ、佐伯君が撫でまわしてきた。だけど優しい手つきで気持ちがいい。さてはこの子、猫を触り慣れているな。

 そういえばさっき猫好きだって言ってたっけ。よーし、それなら大サービスしちゃうぞ。


「お、今度は体をすりよせてきた。くすぐったいけど、温かいな」

「凄いよ佐伯君。豆大福は人見知りしないけど、普通はここまで懐いたりもしないんだよ」

「最初は警戒されてたのにな。ほら、豆大福」


 佐伯君は理沙ちゃんにやったみたいに、僕の頭をポンポンと叩くと、優しげな表情を見せる。


「お前は幸せだな、白崎といつも一緒で」

「えっ…」


 理沙ちゃんの表情が固まった。一方佐伯君はというと、何事もなかったようケロッとした顔に戻っている。


「佐伯君。それってどういう……」

「俺何か言ったっけ? っと、なんか今チャイムの音が聞こえたな。皆がきたのかもしれないし、行ってみようぜ」

「あ、うん」


 部屋を出て行く佐伯君と、その後を追う理沙ちゃん。

 だけど理沙ちゃんはふと思い出したように立ち止まり、僕に向かってかがんでくる。


「ありがとう豆大福。やっぱり今度、猫缶をご馳走するからね」


 え、くれるの? やったー!


 理沙ちゃんも部屋を出て行き、玄関の方が賑やかになる。そんな声を聞きながら、ボクは一人コタツに戻る。


 今日は不思議な日だ。佐伯君と会ったり理沙ちゃんが泣きそうな顔をしたり。かと思えば急に機嫌がよくなって猫缶を買ってくれるなんて言ってくれて。

 けどまあいいか。理沙ちゃんが笑ってくれるんだから。


 コタツに潜ってヌクヌク温まりながら、ボクは心までホッカホカになったのだった。

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猫と家来と気になる男子 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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