帰ってきた現実
ガチャン、と。音がした。
鍵が閉まっていた扉は、鍵を開けない侵入者を拒む。まさに、鍵の存在意義を再認識した瞬間であった
。郵便受けにはかすれた文字で、|八神(やがみ)|兎亜(とあ)と彼の名前が書かれている。
「………そういや鍵閉めてたな」
兎亜はポケットから鍵を取り出し、鍵をあけた。とあるアパートの201号室。そこが、彼の住居であった。中に入ると、まずゴミ袋が彼を出迎える。そこには男の一人暮らし特有の汚さがあった。
「今、何日……いや、まず、寝る………………」
部屋の5分の1程を占領しているベッドに倒れこむ。その際、残っていた血がベッドに付着するが、彼は気にしない。
「おい、アイ」
「…なに?ご主人………」
うつ伏せのままで彼が虚空に話しかけると、何処からか声が聞こえる。それは、気が入っていなく、どこか眠そうな印象を与える声だった。
「お前、寝てただろ………」
「…だって、暇………」
「主人の命の危機だぞ…………」
「…ご主人なら大丈夫。がんば」
「思ってもねぇこと言いやがって………」
彼はうつ伏せから仰向けになり、どこかに存在するアイに話しかける。仰向けに寝ている状態が楽なのか、先程までのつらそうな感じは大分消え去っていた。
「いまから、寝る。回復魔法は使わずに活性化だけ、治癒能力を高めるだけでいい。暇なら実体化していいから。外には出るなよ」
「…え…………めんどい…………」
「がんばれ」
彼は、『魔力』や『回復魔法』などというファンタジーのような単語をしれっと会話に挟んでいるが、アイという見えない存在も、そこには別になんら疑念を抱かない。
『魔力』という見えない力の存在も、『回復魔法』という魔力を使った治療の手段も、それは、彼らの共通認識であるからだった。
彼は目を瞑った。意識が闇の中へと落ちていく。
★★★★★★★
次に彼が起きたのは、辺りが真っ暗になってからであった。
「身体が怠い………」
身体の中身、表面は全て治癒しきったらしく、身体を動かしても痛みなどはなんら発生しない。魔力も全回復しきっている。
寝転んだまま首だけ動かし、辺りを見渡すと、小汚なかった部屋がゴミが取り除かれて綺麗になっているのがわかる。身体も綺麗に拭かれていた。アイが掃除したのか、と驚きながら身体を起こす。
身体は回復しても、空腹は解消できないので、飯を食べようと思い立ち上がった。
「アイ」
「…ちょっと待ってくださいご主人」
そこには、兎亜が寝る前までは存在しなかった少女が、さも当然のように居座っていた。
160cm位の身長、可愛らしい顔、細い腕、かなり長めに伸びた銀髪、そしてとどめにメイド服。
そんな容姿をした少女、アイは、彼の携帯ゲーム機で、モンスターをハントするゲームをしていた。散々リアルでモンスターをハントしたのにゲームでもやるか、と少し思ってしまう。
「…これ凄いですよご主人。ちっちゃいのにすごいです」
「知ってる」
「…なん………だと………」
「俺のだからな」
あっ、宝玉落ちたな、と思いながらアイの操作しているゲーム機をみる。アイはクエストをクリアしてリザルト画面にうつると、ゲーム機を閉じた。
「…それで、なんですか」
「飯食いにいくぞ」
「……それだけですか」
「ん、あー………」
あからさまに落胆した様子をみて、彼はアイの頭に手をおいて撫でた。
「掃除、ありがとな」
「…♪もっと誉めてもいいんですよ」
「はいはい」
「♪」
機嫌を取り戻したアイから手を話して、タンスに手をかける。そこから服と携帯電話を取り出した。
ズボンも履き替え、半袖のTシャツを着る。枕の下から縦長財布を取り出し、後ろポケットに突っ込んだ。
「行くぞ」
「サー、イエッサー」
「なんだそのテンション…………あ、お前外でる前に服変えろよ」
二人は近所のファミレスを目指して家を出た。
夏にしては涼しいこの気温。やはりもう秋になりかけているということだろう。
辺りからはよくわからない虫の鳴き声。多分バッタやらカエルの類であろう。
「…で………ここ何処です………?」
「今更かよ………」
彼が隣を見ると、アイが見かけない景色に辟易している様子が目に入る。今はメイドではなく、高校の女子用制服を着ている。彼は女子の服がよくわからなかったので、自分の通っている高校のパンフレットにのっていた画像をトレースさせた。
アイという存在は、身体が魔力で出来ているという特性を持っている。なので、姿を消したり表したりすることが任意で可能であり、また、着ている服も魔力で作ることができる。
もし、この特性がなかったなら、アイに着させる服を一人でランジェリーショップなどに買いにいくという精神的苦痛が彼を襲っていただろう。
携帯のディスプレイをみると、9月6日の日曜日、8時半と表示されていた。確か、召喚された日は、9月4日の放課後であったはずだ。あっちに行ってから帰ってくるまで、あまり誤差が生じていないことにホッとする。
アーティファクトの発動が成功した証であった。
「ここは俺の故郷だよ」
「………ここがあの日本っ」
「あぁ」
三年前、高校2年の夏休み前。
簡単に言うと兎亜は、他二人の男女と供に異世界とやらに召喚された。ライトノベルよろしく、やれ訓練だのやれ魔王を倒せだの色々言われて、最終的に何時間か前にウラボスポジの邪神を死にかけながら倒して戻ってきた。彼にはそんなことをする義理もなかったわけだが、事情があったため、仕方なく自ら邪神を倒した。
もっと色々事情と思惑が複雑に入り交じっているのだが、簡単に言うとそんな感じである。
「…あいつは?」
「ん?こっちに戻ってると思うぞ」
「…死ねばよかったのに…………」
「……まぁまぁ」
アイは、兎亜と供に召喚されたという男に良い印象を持っていないらしく、顔をしかめながら悪口を吐く。
それは彼もだったらしく、アイと同じように顔をしかめる。ただその顔は、どこか怒りの中に悲しみも混じっていた。
二人はその会話を最後に、目的地に着くまで黙ったままになってしまった。どことなく雰囲気がくらい状態のままでファミレスに着いた。
「ま、その辺りの話しは後にしよう」
「………ん」
「とりあえずいまは…食おうか」
二人は店の中に入っていった。
「いらっしゃいませ~」
ファミレスに入ると、クーラーでキンキンに冷やされた空気と供に若い女の人が出迎えてくれた。
こんな時間なのに、いや、こんな時間だからだろうか。席は客で7割方埋まっていた。
「何名様でしょうか?」
「2名で」
「かしこまりました、では、お席の方ご案内させていただきます」
テーブルに案内される二人。テーブルには、水拭きされた後がうっすらと残っていた。
メニューを手にとってみると、色々な料理が載っていることがわかる。彼は基本外食はしない。したとしても月に一度か二度、チェーン店のうどんかラーメンしか食べたことがない。なので、この店に来たのは始めてだった。
「俺は普通にラーメンでいいか」
「…何ですかそれは?」
「食えばわかる」
「…じゃあ私もそれにします」
「えぇ…」
「…ダメですか?」
「いや、ダメっていうか………」
ならばいつも行っていたチェーンのラーメン屋にいけば良かったのでは、と思う。なぜファミレスに来たのかよくわからなくなってしまった。
しかし、席についてしまったし、いまさら歩くのも面倒である。彼は醤油ラーメン2つと、ドリンクを注文した。
「ご主人どうするんですか」
「なにが?」
「あっちに残してきた人達のことです」
「それか……………」
彼は、異世界にいたとき、様々な人を気まぐれで救ってきた。奴隷、どこかの国の姫様、終いには魔王とやらまで救った。………いや、魔王は最終的に救えなかったのだが。兎亜の顔が先程道中で歪んだのは、この魔王を救えなかったことが原因なのだが、これはまたのはなしにしよう。
話を戻すと、兎亜に救われた彼女達は総じて、彼にと一緒に居ることを望んだ。自分を想っている彼女達の願いを無下にするのも申し訳ないと感じ、兎亜は約束したのだ。即ち、『すべて終わったら一緒にあっちで暮らそう』、と。あっち、とはこちらの世界のことだ。
「こっちにも、アーティファクトくらいはあるだろうし、まずはそこら辺から探ってみるかなぁ」
「…また時間遡るんですか?」
「いや、別に遡らなくていいだろ。今回遡ったのは、俺がこっちで5年間いなくなっていたという事実を消すためだからな。」
彼らが言うアーティファクトとは、神造兵器や、天使の遺物等を指す。要するに、それ単体で非常に強力な力を持っているアイテムや武器のことだ。
彼がこちらに戻ってくるときに使ったアーティファクトは、『任意の世界線の時間を過去未来を問わず凍結させた事実を存在させる』という効果を持ったものであった。彼は、5年間経ったこの世界の時間を、三年前のある地点で5年間時間を凍結させた。
凄く難しいことを言っていると思うが、簡単に言えばタイムマシンを使ったという認識でいいはずだ。
「そういや身体はどうだ?」
「…?どうって何がです?」
「いや、さっき気づいたが、こっちにはあまり空気中に魔素が含まれてないだろ?なんか体調は変化あるのか?」
「…特にありませんね」
もう一度述べるが、彼女の身体は魔力によって成り立っている。それは服もだ。もし、この魔素の少ない空気により、体調を崩したりしてしまうと、良くても服が消えて、最悪人がいきなり消えるというマジシャンもびっくりの事態が起きてしまう。前者だと彼が社会的に死ぬし、後者だと店でいきなりマジックをする○ちがいになってしまう。
それだけは避けたい。
「まあ、大丈夫ならいいけど」
そこに
「醤油ラーメン二つ、お持ちしました」
注文した品が来た。
「お、きたな」
「楽しみです……」
ウエイトレスさんの手により、二人の前にラーメンが並べられる。
「んじゃ食べるか」
「…いただきますぅ!」
ラーメンから美味しそうな臭いが湯気とともに漂ってくる。ファミレスのラーメンも捨てたもんじゃないな。コショウをかけてスープを飲んだ。
まさに二人が麺を箸で口に持っていこうとしたとき、後ろから声をかけられた。
「あの………」
「はい?」
振り替えると、先程のウエイトレスさんが立っていた。
「もしかして………八神君?」
「えっと………君は?」
「えっ………分かりませんか?」
名前を呼ばれた兎亜は、記憶を徹底的に洗うが、そもそもこの三年間が濃すぎたせいで、三年前に知っていた人物など、家族と親友以外頭に残っていなかった。
「すまんが…………わからん」
「そうですか………」
少し落ち込んだ感じの様子でうつむいたと思ったら、ぽつぽつと喋りだした。
「私、クラスメイトの……夜桜刹那です……」
どうやら、ウエイトレスの彼女は、彼のクラスメイトらしかった。
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