同級生はウェイトレス

「よざくら…………あぁ、|夜桜(よざくら)|刹那(せつな)さんか」

「うん。…………できれば顔見てわかって欲しかったな」

「ごめんごめん」


 少し考えて思い出す。確か、うちの学年で一位二位を争う位の可愛い娘だったはずだ。そんな噂を聞いていたので辛うじて覚えていた。同級生の名前など、親しいもの以外覚えていない。ましてや接点のなかった女の名前などなおさらだ。兎亜は、あらためて刹那をみる。黒髪のポニーテール、出るところは出ていて、『清廉』という言葉がぴったりな感じの出で立ちである。我をしっかりもっていて、嘘をつくことに少し抵抗がありそうな感じだ。


「で?なんかよう?」


 クラスメイトだとわかって、すこし言葉を崩す。刹那は、少し慌てながら話始めた。


「特に、用事とかは無いんだけど…えと、………なんか、雰囲気変わった?かな?って思って…………」

「……………なるほど」


 確かに兎亜は、クラスメイトより5年ほど成長した身体だ。身長は少し伸びたし、顔も少し大人びただろうか。5年の間に起きた成長や変化が、一日二日で起きたように感じるのだから、不気味に思ったのかもしれない。

 22歳の高校2年である。笑えない冗談だ。


「それと、なんか、髪型もかわってるかなっ、て…………」

「そうか?」

「そうだよ。ほら」


 刹那は、兎亜にクラス写真を携帯電話で見せつける。兎亜の現在の髪型は、少し伸びた髪に、前髪を上げている状態である。一言で言うと調子に乗ったミュージシャンのような感じだ。そして、魔素に染まった影響で、少し紫がかっている。

対して、写真の中の兎亜はといえば、髪をまっすぐ下ろして、暗く、影の薄い印象を受ける。

 まさに、陰キャラであった。

 そういえばこの頃は、親しい人以外の人とあまりしゃべらなかったなぁと思い出す。


「イメチェン?それとも休みの日は、いつもそんな感じなの?」

「ん………まぁ、そうだな」


 そうとしか言えない。どう言ったところでこの現実は覆らない。ならば勘違いさせた方がよっぽど後々楽だろう。明日から髪型を戻さなけらばならないな、と頭のすみにおいた。


「それより…………食っていいか?」

「うっ、うん、ごめんねっ。あっ、でも、その前に、電話番号交換しない?」

「えーと、………ほい」


 5年も使っていなかった携帯電話を感で操作して、自分のプロフィール画面を刹那に見せる兎亜。程なくして、電話番号の交換は終了した。


「じゃあ、ゆっくり食べてね」


 パタパタ駆けていく刹那。厨房に消えていく彼女を見終わったあと、さて食べようかと兎亜が顔をラーメンに向ける。するとアイからの視線が刺さっていることに気づいた。


「なんだ」

「…なんでもないです」


 じとっとした視線で兎亜を射抜くアイ。少し居心地が悪いのを感じながらも、彼は麺をすすった。







 二人とも10分程で食事を終えた。もともとそこまで量も多くなかったため、スムーズに食べ終えた二人はささっと会計を済ませる。そういえば明日は学校だな、と少し憂鬱になりながら兎亜は店を出た。店を出て数分、再び後ろから自分を呼ぶ声が聞こえた。


「おーい、待って待って~~」


 刹那である。先程のウエイトレス姿ではなく、夏らしい少し肌が見えがちの私服であった。涼しげで活発そうな服だったが、そこまで露出しているわけでもなかった。

 タッタッと二人の元に走ってきた彼女は、体力を使った影響か、少し顔を上気させながら兎亜を見た。


「え、いや………店は?」

「私、今日のシフトこれで終わりだからさ」

「あぁ、そう……」


 シフトが終わりだからなんなんだ、と少し思ってしまうが、要するに、一緒に帰りたいのだろうか。


「一緒に帰ろ?」


 見事に予想が的中する。刹那は、彼の腕をとり、自分の身体に押し付けた。柔らかな肌が彼の手に触れる。なんだろう。5年前に彼女になんらかのフラグでもたてていたのだろうか?しかしそんな記憶はない。


「………………………………」


 隣のアイの視線が痛い。何故だ。俺が何か悪いことでもしたのか。と自問自答していると、刹那がアイに当然の疑問を投げ掛ける。


「それで、あなたは妹さん?その制服、うちのところのだよね?髪染めてるの?」

「………………………」

「妹さんじゃないの?……もしかして、彼女さん?」





『彼女』という言葉を聞いて、兎亜は顔を強ばらせた。




 少し空気が張りつめる。兎亜に向けていた視線を、今度は刹那に向けるアイ。その視線は、まるで親の|仇(かたき)でもみるかのような、そんな鋭い視線であった。


「あー、こいつはな、別に彼女じゃない」

「じゃあ妹さん?」

「そうそう、な?」

「……うん」


 兎亜はわざとらしく明るめに振る舞う。それゆえに、刹那は空気が少し重くなったことに気づかなかった。


「そうなんだ。………でもそういえば八神君なんで彼女いないの?かっこいいと思うけどなぁ」

「………」

「学校でもその髪形にすればモテると思うけどね」


 刹那は、容赦なく兎亜の地雷を踏みぬいてくる。それは、彼らの帰り道が|違(たが)えるまで続いた。






「じゃ、私こっちだから」

「…送ってかなくていいのか?」

「うん、いつもここ通ってるし。八神君って優しいんだね」

「………おう」

「また明日ね、ばいばーい」


 刹那は二人をおいて、駆け足で暗闇のなかに溶け込んでいった。


「………ご主人」

「なんだ」

「…大丈夫ですか?」

「……あぁ」


 なにも知らない人間に、こちらの身の上を理解してもらおうとは思わない。もっとも、理解されようとも思わないが。

 彼の心は哀しみで溢れていた。しかし涙は流さなかった。それは、恥ずかしいからとかではなく、ただ単に涙が渇れ果てただけであった。一年前の|あの日(・・・)。彼の涙はそれ以降、感情により流れることはなくなった。

 彼は地雷を踏みまくられて傷ついた心を気にしないようにして帰路に着いた。


「1年経っても、辛いものは辛いんだな………」


 その言葉は至極当然の事実であった。わざわざ言葉に出すものではない。『ツラいものはツライ』。当たり前である。しかし、その言葉には彼なりの意味と重みが込められていた。彼は、それすらも理解されようとは思わなかった。


 この世界で、アイだけが、その言葉の真の意味を知っていた。


「はぁーー…………」


今日何度目かのため息をつきながら、兎亜は空を見上げる。満天の星空である。暗い背景にキラキラと輝く無数の星が見えた。


「ツラいなぁ………」



ふと吹いた風はひどく冷たかった。




秋はもう、すぐそこであった。

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