せぃじょ

ちっ、くそだな」


 現在10:30。出発してから一時間弱。兎亜は迷っていた。

 何せ日本の地理などわかるわけない。いや、学校で勉強した範囲では覚えているが、それらの知識は空を飛ぶ際には何ら役にたたなかったのである。


 兎亜が本気を出せば家から東京までの距離なら30分もかからない。しかし実際行くとなると方角、正確な距離という問題にぶち当たる。

 彼は今、飛んでは止まってGPSで現在地を確認しながら移動していた。


「ここら辺のはずなんだが……」

「…あの、ご主人」

「なんだ」

「あれじゃないですかね?」

「あ?」


 体を魔力化させてついてきていたアイの声の方へ振り返ってみると、ライトアップされた高い塔。


「……あれか」

「……わかっててスルーしてるのかと」

「………」


 通り過ぎていたという事実を今度は意図的にスルーして、二人は目的地に急いだ。




 ★★★★★★★




「遅いですよ……」

「わりぃ…」

「……この人迷ってたんですよ」


 スカイツリー天辺上空。そこには三つの人影があった。

 二人は言わずともわかるであろう、兎亜とアイだ。

 そして残った一人が聖女こと、広瀬美優である。


「で?何の用だ美優」

「とりあえずつなぎなおしておこうと思いまして」

「……まぁいいが」


 彼らが異世界にいたとき、彼らの間には魔力のパスが通っていた。しかしどういうわけかこっちの世界に戻ってきたときにパスが途切れてしまっていた。パスが通っているのといないのとでは大きく異なるのだ。

 主に二つのことができるようになる。念話と相手の状態の知覚である。パスが通った者同士は健康状態が筒抜けになるし、念話で遠く離れた相手とも会話できる。なので魔力が通っている人は、かなり親しいという証明にもなるのだ。


「よし」

「はい。ありがとうございました」

「で?要件は?」


 兎亜は彼女がこれだけの要件でわざわざ呼び出すとは思えなかった。彼女もあちらの世界でともに冒険してきたひとりだ。美優の実力はよく知っていた。聖女という名は伊達ではない。


「実は………彼女・・を呼び出せなくなりました」

「なんだって?」

「ですから」

「いや、意味は分かる…………あいつが呼び出せないって話だよな?」


 聖女の力は使い方によってはどんなことでもできるが、その能力の本質は人を呼び出すという点にあった。


「はい」

「理由は分かるか?」

「それがまったく……」

「そうか…」


 聖女の力によって呼び出せない人は基本的にいない。死人ですら呼び出すことができる。だのに呼び出せないとは何かがあったとしか思えなかった。


「……その辺りは明日から調べてみようか」

「私も何とかしてみますね」

「あぁ、頼む」

「………まだ忘れられませんか?」

「………」


 兎亜はわかっていた。こんな話をしているのに言外の意味をくみ取れないほど国語の成績は悪くない。

 そうだ。自分はあのことを忘れられない。彼女が死んだあの瞬間が一度たりとも頭を離れたことはない。

 これはもはや一種の呪いの域にまで達していた。


「その話はやめてくれ」

「…ごめんなさい。でもこれだけは忘れないでほしいんです。私も、あなたが好きだってこと」

「……あぁ」

「あなたは彼女しか眼中にないんだろうけど、私もあなたを愛しています」

「…あぁ。わかってるさ。…わかってるとも」


 なぜか自分を好きになっていく魅力的な異性。

 こと『強さ』においては他とは圧倒的な差をつけている自信はある。だがそれだけだ。顔は普通であるし、身長はギリギリ180ないくらい。ゲームが大好きで、偏差値は62。そこいらにどこにでもあるようなスペックの青年。

 そんな自分を彼女らは好きだという。

 自己評価と他人の評価の差異により生まれる疑念。彼はいつもこれに悩まされていた。

 そのたびにいつも聞く「なんで俺なんかを」。


「その話は置いておこうか。それで?もうないな?」

「はい」

「なら次は俺の番だ」


 兎亜は手元にガラス瓶を顕現させる。中には無色透明の液体が入っており、それが二本あった。兎亜は美優にそれを投げ渡す。


「これは?なんですか??」

「幻惑魔法と認識阻害を水を溶媒にして混ぜたものだ。飲んだけ。ちょうど卒業するときに違和感なく途切れるように調整してある」

「はぁ。でもなぜこれを?」

「実はな……」


 思い返すは先ほどのクラスメイトとの邂逅。


「そんなことがあったのですか……」

「やはり三年っていうのは短くないってことだな。雰囲気と魔力は気を付けるしかないが、姿かたちならこれで何とかできる」

「わかりました。家に帰ったら飲んでおきますね。まぁ、両親にはこの姿をもう見られてしまいましたが」


 美優の手元からガラス瓶が消える。亜空間内にでも移動させたのだろう。


「そういや親御さんはどうだった」

「もうパニック状態でしたよ。なんせお父さんとお母さんったら涙流しながら………ふふっ。ごめんなさい。ちょっと思い出しちゃった」


 さぞかし安堵し、驚いたことだろう。なんせ門限を一度たりとも破ったことなどなかった愛娘がいきなり連絡すらつかなくなったのだ。帰ってきたと思ったらいろいろ成長して変わった娘の姿。驚くなという方が無理な話だろう。

 その話を皮切りに、いろいろ他愛もない話をする。三年ぶりで携帯の使い方がわからないだとか、こっちの料理がひさしぶりだとか、本当にくだらない話だ。


 気づくと一時間弱経過していた。そしてそろそろ帰ろうかというとき、



「……ご主人」

「なんだ」

「何か来ます」


 アイが膨大な魔力反応を検知した。





 少し離れた空間に穴が開いた。風が吹く。

 この魔力パターンからして、空間転移系統だろうか。


「おい」

「えぇ、わかっています」


 こちらの世界には魔法の類はないと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。

 兎亜は気をそっちにやり、少し警戒する。美優に至ってはもうすでに戦闘態勢である。

 数秒後、空間にあいた穴から、摩訶不思議な格好をした女の子が現れた。



「うわっ!?二人もいますっ!?」

『……これはやばいわね……』


 見ただけでも、共感性羞恥で恥ずかしくなってしまうようなピンクのフリフリ衣装。そしてきらきらとデコレーションされたしゃべるステッキ。

 一応言っておくが、兎亜と美優は浮いたまま会話していた。つまり、彼らが視認できる距離の空間から出てきたということは、その出てきた人物も必然的に浮いていなければおかしいのである。

 しゃべるステッキを持ち、ピンクのフリフリを着て、空を飛ぶそして最後にーーーー





「あ、悪は許しませんよっ!」


 決め台詞。

 まごうことなき魔法少女の登場であった。




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