乃美大方

 城内は落ち着きがでてきた。

 井上氏の件では大勢の家臣が署名をしたらしい。私の耳にはそれぐらいしか入らない。

 なぜなら私はこのタイミングで風邪をひいてしまったようだ。前いた時代程の特効薬もない戦国時代。熱を出すというのがこんなに辛いものかと思いながら、熱を出して3日目の朝を迎えた。うぅ…開けられた障子から入ってくる朝日が眩しい…。

 私が女であることを知っている人は限られているし、熱で油断して気付かれてしまうのもまずい、だから看病は"身内"が直々にしてくれる。そのため私にとっては偉い人の1人であるこの人が看病して下さっている…。

「雫!どう?」

「乃美大方…。」

 元就様の奥様の1人。まさしく太陽のような明るい人。多分大抵の事は動じないし、笑い飛ばしそうな人。そこまでは五龍お姉ちゃんと同じだけど、五龍お姉ちゃんと違うのは、無邪気さや真っ直ぐさが目立つ五龍お姉ちゃんよりも責任感の強そうな人だということだ。男勝りと言えば男勝りなんだけど、この時代の女性ってみんな強そうだし。私より何歳か年上だと思うけど、肝が据わっているというのはこういう人のことを言うんだろうな。

 ひんやりとした手が額に当てられ、気持ちよさから思わずただでさえ空いてない目を細めた。

「まだ熱いわね。」

 上手く話せない私の頭を撫で、

「話さなくて大丈夫。いろいろあって大変だったから、気持ちが切れてしまったのね。」

 お姉ちゃんがいた事がないなら想像だけど、お姉ちゃんがいたらこんな感じなのかな。五龍お姉ちゃんも乃美大方も2人とも優しくて暖かくてなんだか本当に家族が出来たようだ。

「薬草を煎じてもらったから、これ飲める?」

 うなづくと体を起こすのを手伝ってくれる。頭が痛くて、少し動くだけで死にそうだ。なんだか飲んだことあるような無いような変な味のする粉を飲んだ。

「苦い薬程よく効くと大殿が仰ってたわ。あのおじさんは政以外にも人の体に興味を持つお方なのよね。」

 苦い顔をした私より苦い顔をしている。

 乃美大方は何故か元就様の話をする時ちょっと愚痴っぽくなる。多分ツンデレのツンなんだろう。好きな人にツンツンしちゃうタイプなんだろう。愚痴の中にも好きという感情が入っているように感じる。

「さあ、よく養生してね。また様子見に来るからね。」

 お礼を言いたいけど声が出ないのでじっと見つめていたら

「また見に来るまで寂しいと思うけどいい子にね。」

 と頭を撫でられた。ああ、そうじゃないけど、お礼は治ってから言おうと思い、目を閉じた。


 熱を出すと必ず同じ夢を見る。

 親が看病してくれた記憶。何歳の時か分からないけど。

 その夢を見て、あっちの世界でもいいことは沢山あったなと冷静に考えていた。

 毎日登下校の時に会う黒猫は可愛かった。多分野良猫なんだろうけど、私を見つけると低い塀の上に登ってきて、撫でさせてくれたよね。

 同じクラスには友達がいなかったけど、違うクラスにはいた。部活で笑いあった友達がいた。気持ち悪かった学校でも私たちはひっそりと生きてきたし、小さいけど幸せだった。

 中学の友達はみんな違う高校だったけど、たまに遊んでたよね。プリクラ撮って、カフェ行って、ショッピングモールを用もないのに歩いて、自転車でそのまま公園に行って夕暮れまでお喋りをしていたね。

 小さい幸せが沢山あったね。

 あぁ、私、今、戦国時代で沢山可愛がってもらって、本当に幸せなのに、私を『変わっている』と避けたりせず、1人の人間として見てもらえるのに。


「…帰りたい。」

 自分の声で起きた。

 頬が濡れていたのはきっと汗だろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鼓星 吉川元景 @motokage_K

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ