帰る場所と居場所

 1週間ぐらいだろうか。私は隆景様に言われたことを考えていた。

「生きて帰ることが使命なのか…。」


 タイムスリップ前の自分の周りのことを思い出した。


 普通の女子高生ではなかった…と思う。

 戦国時代が好きで、少し前まではメディアにもてはやされていたような所謂『歴女』だった。

 幸いなことに、私の両親は理解があった。ただ、私の好きな事をネタにして周りに話していたのを覚えている。「あの子歴史好きなのよー!変わっているでしょ?」と。ただの反抗期なのかもしれないが、裏で笑われている気がしていた。『変わり者』は日本社会では褒め言葉ではないから。

 学校では歴史好きだから、日本史だけでなく世界史までも成績がいいことを求められた。私の好きな範囲は教科書には載らないし、テストにも出ないと言うのに。出来なければ指をさされ笑われているような気がした。それは同時に同級生から『変わり者』『勉強が好きな子』と見られることだった。

 それなりに友達と呼んでいる同級生はいたと思う。でも心が通いあった友人とは言えなかった。私は多分独りだったんだ。

 同級生の話す『彼氏の話』は興味なかったし、もっと言えば『セックス』や『初体験』の話は吐き気がした。世の中にはもっと面白いことが沢山転がっているのに、そんな事をしなくても愛し合うことは出来るはずなのに、あの子達は目先の欲望に溺れたことを自慢げに語っていた。それが凄く気持ち悪かった。

 そう、私にとって学校はずっと気持ち悪かったのだ。

 もっと私はいろんな世界が知りたかった。学校という狭い世界の外で沢山のことを知りたかったのだ。

 まあ、まさかこんな形で知らない時代〈せかい〉に来るとは思わなかったけど。


「雫。」

「隆元様。」

 家中は井上氏の件からずっとバタバタしている。もちろん隆元様は渦中の人間だ。

「今いいか?少し部屋に来てくれ。」

「分かりました。」


「何かありましたか?」

「いや、なんだか、悩んでいるように思えての。」

 忙しいはずなのに、この人は本当にここまで気が付くことが出来るんだな。

「すみません…。お忙しい時に…。」

「景になにか言われたのか?」

「なぜ…隆景様だと…?」

「景だったのか。何を言われた?」

 かまをかけられたのに、顔に出してしまった…。私のバカ。

「別に意地悪をされたわけでは…。ただ、その後気になることがあって考え込んでいました。」

「家が恋しいか?」

「いえ、ただ…。」

「どうした。」

「私は元いた時代〈せかい〉に戻りたいのか分からなくなりました。」

 隆元様は驚いた顔をした後、何かを考えるように、眉間に皺を寄せた。

 そして飲み込んだ言葉を丁寧に紡ぐように

「人が死ぬのが当たり前の世より、お主のいた"せかい"は辛かったのか…?」と吐き出した。

「明日があるのが当たり前なのは幸せなんだと思います。ただ、私は…。」

 言葉が出てこない。幸せだよね?未来は幸せじゃん。明日が必ずあると思ってみんな生きている。好きな人と恋愛してセックスして、好きな仕事をして、好きなところに行ける。縛られるものは戦国よりもないはずなのに。なのになんで、なんで私は帰りたいと思えないの?

「…雫?」

 ハッと顔を上げると不安そうな顔をした隆元様がいた。

「すみません…。」

「いや、言いたくないことを聞いてしまってすまぬな。最近家中が落ち着かぬ故、雫も心労が積み重なっているのだろう。今日はゆっくりするといい。」

 私の頭を撫で笑う隆元様は、まるで不安な子供をあやすような仕草に見えた。

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