番外編 クリスマスのふたり

 通りは賑わい、あちこちに赤い三角帽を被った白髭のおじいさんが飾られ、緑や赤で彩られている。

 世間はクリスマスムード。大人も子供もはしゃぎ、楽しむイベント。

 俺もクリスマスは嫌いではない。むしろ好きな部類に入る。

 うちの家はそこそこの歴史のある魔法使いの家でキリスト教もイベントごとも関心が無くて、プレゼントをもらったことはなかったけれど、周りが楽しそうにしているのを見るのは楽しい。


 そんなわけで俺は魔法使いにしては珍しく、クリスマスを楽しんでいる。

 こんな真冬の寒い中、コートにマフラーを巻いて、プレゼントを用意して、街に出るくらいには楽しんでいる。


 もちろん、後輩と一緒に。


「先輩っ! あれ、可愛くないですか?」

「どれ?」

「あのうさぎがサンタ帽被ったやつです!」


 後輩が指さす先にはたくさんの手のひらサイズのぬいぐるみが吊るされている。

 その中の一つにデフォルメされた白いうさぎがサンタ帽を被っているデザインのものがあった。

 確かに可愛いと思ったのでひとつ手に取ってみる。


「可愛らしいな」

「ですよね?」

「触り心地もいいし」

「ほんとですか?」


 後輩にぬいぐるみを渡すと、執拗に撫でまわして手触りを確認しはじめた。


「確かにふわふわですね……可愛いです」


 後輩はうっとりとそのぬいぐるみを見つめて、指先でぬいぐるみの小さい頭を撫でている。

 相当気に入ったのか、いつの間にかぬいぐるみと一緒に一人と一匹だけの世界に入り込んでしまっている。


「……買ってあげようか?」


 すると、後輩はものすごいスピードで振り向いて、目を輝かせてこちらを見上げてきた。なぜかぬいぐるみまでこちらへ向けて。


「いいんですか?」

「いいよ、俺だって一応バイトしてるし」

「ありがとうございますっ」


 お礼を言いながら頭を下げ、ぬいぐるみをこっちに差し出してきたので、受け取ってもう一度撫でてみる。

 やっぱりふわふわで触り心地がいい。


「じゃあ買ってくるから、待ってて」

「はい、早く帰ってきてくださいね」


 レジに持って行くと店員さんがぬいぐるみを袋に詰めながら、笑って囁いてきた。


「彼女さんですか?」

「そう、です」

「いいですねー、私もプレゼントされたいです」


 やっぱり店員さんは笑いながら袋を渡してくれた。

 それを受け取って後輩のもとへ戻る。


「お待たせ」

「おかえりなさい、先輩」

「はい、これ」

「ありがとうございますっ、大事にします!」


 そこまでしなくてもいいと思うが、大事にしてくれるならそれも嬉しい。

 俺は思わず、後輩の頭を撫でてしまった。


「い、いきなりなんですかっ」

「え、あ、ごめん」


 慌てて手を引いて、顔を背ける。後輩も顔を赤くして俯いてしまった。

 いくら何でも外でやることじゃなかった。

 気まずい空気が流れて、少しの沈黙が訪れる。

 すると、後輩が俺のコートの袖を掴んで引っ張ってきた。


「……先輩」

「なに?」


 後輩は俺の腕を抱えるようにして掴んできた。

 いきなりのことで少し驚いた。けれど引くわけにもいかない。


「どうかした?」


 すると後輩は、少し赤らんだ顔でこちらを見上げて、口を開いた。


「……今日くらい、いいですよね?」

「いい、けど……」

「やったっ」


 最後に後輩が小さく呟いたのは聞き逃さなかった。

 もしかしてこれがしたかったのだろうか? それなら最初からそう言えばよかったのに。

 後輩は控えめに俺の腕をとって、引っ付いてきた。

 左腕だけでなく、なぜか全身がポカポカしてくる。


「先輩、ひとつだけ、お願いがあります」

「なんだ?」


 すると後輩はにっこり笑って、俺の耳元に口を寄せた。


「……今日は名前で呼んでくださいね」

「わかったよ、ゆい

「い、いきなりは反則ですっ」


 動揺を顔に出さないようにさらっと言ってみると、案の定、後輩は顔を赤くして拗ねたように、顔を背けてしまった。

 しかし、俺の腕を離す気はないようで、ぎゅっと抱えて離してくれない。


「ごめん、唯」

「いいですよ、陽樹はるきさん……」


 今度は俺が固まる番だった。

 家族以外の女の子に名前で呼ばれるなんて無かったので、フリーズしてしまったのだ。


「どうして、いきなり?」

「だって、先輩だけずるいじゃないですか」


 この小悪魔は何を言い出すかと思ったら……。

 別に俺まで名前で呼ばなくてもいいんじゃないか? それとも面白がってるのか?


「私だって、陽樹さんをドキドキさせたいんですっ……」

「……わかったよ」

「いいんですか?」

「でも、今日だけだからな?」


 すると後輩は小悪魔の顔で笑って、顔を覗き込んできた。

 俺は少し恥ずかしくて顔を背ける。


「クリスマスですから、許してくださいね」

「……仕方ないなぁ」


 俺は後輩の手を取って、少し急ぐように歩みを進める。

 通りは少し暗くなり街灯が点き始めていた。

 寒さも少し増して、風が少し痛い。

 言葉には出さないがそれを言い訳にして、いつもより少し近づいてみた。




 クリスマスももう少しで終わり、次は新しい年がやってくる。

 年は移り変わり、街の景色は変わっても俺たちは変わらないでいられるだろうか?

 いや、一緒にいられるように頑張ろう。俺が頑張ればその分、少しは報われるだろうから。

 なんて気恥ずかしいことを考えるのも、クリスマスのせいにして。


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昼休み、ちょっと甘いひと時を、ふたりで。 赤崎シアン @shian_altosax

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