「私も見えるようになりませんか?」
先輩は今日もまた、私に焦点を当ててくれない。いつものことなのだが、先輩は何度注意してもそれを治そうとはしない。なので最近はもう言わないことにしている。
でも、今日は特別ひどい。食事中、それも箸に卵焼きをはさんだまま食い入るように私の左隣を見ているのだ。誰もいないのに。
これはどう見てもおかしい。いつもとは様子が違いすぎる。
「先輩、どうかしましたか?」
「ん……? ああ、ごめん……」
先輩は一瞬、驚いたように肩を跳ねさせたがすぐに食事を再開した。
しかし明らかに挙動不審だ。辛うじて箸は落としていないが、おかずを掴み損ねたり、空のお弁当の底を突いていたりする。
そのせいで私まで気持ちが落ち着かない。私は食事中は落ち着いていたい主義なのだ。
「先輩、こっちに何かいるんですか?」
「えっ、いや、なにも?」
怪しい……。
一旦、手に持っていたいちごサンドを袋の上に置き、先輩との距離を詰める。
「嘘ですよね?」
「だから――」
「そう言いながら私ではなく私の後ろを見ているのはなぜですか?」
「…………」
すると先輩は罰が悪そうに視線を真横に逸らし、黙り込んでしまう。
もうっ、絶対に許しませんからっ。
「もういいですっ、彼女じゃなくて幽霊ばっかり見る先輩なんて知りませんっ」
腕を組んで先輩とは逆の方向に顔を向けて、怒ったふりをする。いや、半分は本気で怒っている。残りの半分は先輩がどんな反応をするのか、単純に興味があっただけだ。
しばらく重い沈黙が流れる。
先輩は全然、口を開こうとしない。おまけに私が起こったことに対して、慌てたり、宥めようとしたりしないのだ。そろそろ怒っても許されるだろう。
などと思っていたら、私の肩が叩かれた。振り返るともちろん先輩。
わざと少し不機嫌な顔を作ってみる。
「……なんですか?」
「ごめん、ぼーっとしてたのは悪かった。謝る」
ご丁寧に頭まで下げる先輩。別にそこまでしなくても許すのだけど……。
「わかりました、許します」
「……ありがとう」
「でも、どうしてそんなにぼーっとしてたんですか?」
すると先輩は少し額にしわを寄せて、考え込むように黙り込んでしまった。何か言いにくい事情でもあるのだろうか?
「言えないなら言わなくていいですよ?」
「いや、そういうわけじゃなくて……」
先輩はさらにしわを寄せて考えてしまう。そこまで考えるとなるともう見当がつかない。
答えを待つこと十数秒。やっと先輩が口を開いた。
「俺が魔法使いだって言ったよな?」
「はい、あまり聞かないでほしいってことも聞きました」
先輩が頷く。魔法使いは基本的にその存在を隠すものらしい。だから以前に口外しないことと探りを入れないでほしいということを言われたのだ。
「それなんだけど、ちょっと話したいことがあって」
「魔法使いのことに関して、ですか?」
「そう」
先輩は真剣な表情をして私と目を合わせてくる。
私もそれを逸らさないように目線をきちんと合わせる。
「あのな、お前は『精霊の
「精霊の……なんです?」
「『精霊の愛し子』ね」
精霊の愛し子……? 一発で漢字に変換されなかった。魔法使いさんは難しい言葉を使うみたいだ。
「『精霊の愛し子』っていうのは読んで字の如く、精霊に愛された子のことを指す言葉なんだけど」
つまり私は精霊というやつに愛されている、ということ?
「精霊って何ですか?」
さっきから気になっていたことだ。精霊と言うと風の精霊とか水の精霊とか種類があるイメージだけど、本当はどういうものなのだろう?
「いろいろ説があるけど、一番有力なのは、魔力に遺志が宿り、形を成したものっていう説かな」
「魔力に意志が宿る……」
「まあ正直、俺も精霊は専門外だからさ……」
魔力は想像がつく。だけどそれに意志が宿る、というのがわからない。知らないことは難しい……。
「何にせよ、お前の周りにはいつも精霊が飛んでいるわけ」
「なるほど……それで――」
私の隣に視線を当てていたのか。半分は納得した。でもまだわからないことがたくさんある。
「先輩には精霊が見えてるんですよね?」
「そうだな」
「どうして私には見えないんですか? 一般人だからですか?」
「いや、魔法使いじゃなくても見える人はいるぞ。尤もお前みたいにたくさん引き連れてれば敏感な人は原因はわからなくても何か気付くんじゃないか?」
私に言われても困る。それは自分ではわからない。他人が近づいてきて初めてわかることだ。
「私も見えるようになりませんか?」
すると先輩は一瞬考え込む素振りをし、そして大きく目を見開いて私の顔を覗き込んできた。
「……どうかしましたか?」
「ある」
「何がです?」
「精霊を見る方法」
すると先輩はブレザーのポケットから首飾りの長さくらいのチェーンを出した。そしてチェーンにまたポケットから出した何かの飾りを通してこちらに渡してきた。
「これは?」
「とりあえず付けてみて」
言われるままに首につけてみる。形はただのネックレスと同じだ。ただ飾りの部分の石が見たこともないような色をしている。ちょうど濃い青と濃い緑が混ざったような、それでいてきつくない色の石が取り付けられている。
「ちょっと頭触るな」
先輩がそう言って額のあたりに手を当ててきた。そして目を瞑って、何か呟いた。何を言っているのかは聞こえなかった。
すると先輩が手を下ろして私を見て笑った。
「じゃあ一回、目を瞑って」
言われた通り、目を瞑る。
「目を開いてみて」
目を開ける。いつもの屋上。あまり仕事をしていない太陽。いつもと同じ風景だ。
「来るぞ」
先輩がそう言うと、光の影が目の前を横切った。
「えっ、なんですか今の?」
「それが精霊」
先輩が嬉しそうに笑って言う。
目を凝らしてみると同じような、光の影としか形容できないようなものが飛び回っている。
「どうやったんですか?」
「教えないよ、トップシークレットだからね」
そう言って先輩は笑う。ここ最近で一番うれしそうだ。
それから、ずっと精霊を眺めて昼休みを過ごした。本当に生きているようでずっと見ていても飽きない。同じ動きを繰り返したり、不規則に曲がったりして水族館の小さい魚が群れを作っている水槽を内側から見ているみたいな感じだった。
やっぱり先輩はそれ以上何も教えてはくれなかった。魔法使いのことに首を突っ込むなということだろうか。
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