「女の子はしつこいくらいがちょうどいいんだって」
「後輩ちゃんや」
「……なんですか?」
「ご飯を食べ終わって眠くなるのはわかる」
後輩は眠そうにあくびを噛み殺しながら、俺の肩に寄りかかってこっちを見上げている。表情に邪気がないので本当に眠いのだろう。
「だけどわざわざくっつかなくても良くないか?」
どちらかと言うと、後輩は俺の肩に『寄りかかっている』というより『しがみついている』という方が適切だろう。左腕をがっちりホールドされて全然動かせない状態だ。
そのせいでいろいろ不味い。血流もそうだが温度と感触がものすごく危ない。さっきから体中が危険信号を発信している。
「可愛い彼女のお願いを聞いてくれないんですか?」
「先に彼氏のお願いを聞いてくれ」
「いーやーだっ♪」
やけにノリノリじゃないか。眠いとハイテンションになるあれか?
「どうして」
「先輩は私のものだからです」
「じゃあお前は俺のものだな?」
すると後輩はいきなり顔を赤くして、目を伏せてしまった。
別に何も恥ずかしがるようなことを言ったつもりはないのだが? どこでそれを踏んだ?
「……それ、恥ずかしいのでやめてください」
「だったらお前のも恥ずかしいはずなんだが?」
「男性が言うのと女性が言うのじゃ全然違うんですっ」
「何が?」
「女性に対する破壊力が……」
つまりお前が言うと非常に男性受けするということで、それは絶対に許せないし許したくない。
後輩は俺のそんな気も知らずに、今度は目を合わせないように前を向いて寄りかかってきた。
「他の人に言っちゃだめですからね?」
「何を?」
「さっきのセリフ……」
「言わねえよ」
誰があんなセリフを好きでもない奴に言えるかって話だ。
……良いことを思いついた。
「あー、でもあんまりお前がしつこいと演劇部に入部して同じようなセリフを言うかもな?」
ちなみにうちの学校の演劇部は厳しいことで有名だ。その分評判も良く、文化祭では毎年体育館が満員になるほどの客が観劇に来る。
しかしあまりに厳しいので新入生勧誘の時期でなくても部員募集の張り紙が掲示板に出ているくらいだ。
「確か今年の文化祭はラブロマンスやるらしいし、今から入部してこようかな?」
「ダメですっ!」
物凄い気迫で顔を寄せてきて、涙目を目の前で見せられる。
「先輩はダメです、私だけの先輩なんですっ、だから――」
「わかったわかった。行かないから」
「……わかればいいんです」
するとまた後輩は視線を落とし、顔を見せないようになのか、俺の背中側へ回った。そして背中側から胴体に腕を回され、抱き着かれるような構図になる。
「後輩さんや」
「……なんですか?」
「俺が悪かった、でもそこまでしなくても俺は逃げないけど?」
「それとこれは話が別です……」
そう言って背中に頭をぐりぐりと押し付けて、俺を抱きしめる手を強くした。
痛くもないし苦しくもないのだが少しくすぐったい。体も心もこそばゆい感じがする。
後輩のその仕草がまるで小動物の刷り込みのようで、思わず口角が上がってしまう。
「先輩のバカ……」
「意地悪してごめんな」
「そうですよ、本当に意地悪です……」
「うん、わかったから機嫌直して」
すると後輩は動きを止めて俺の耳元に口を寄せた。この距離だと息遣いまで聞こえてしまって、聞いているこっちの呼吸が怪しくなってしまう。
「……先輩こそ怒ってませんか?」
「なんで俺が怒るのさ?」
「さっきしつこいって言われましたから……」
「それは、嘘」
「えっ?」
「女の子はしつこいくらいがちょうどいいんだって、嫉妬して相手を困らせるくらいしないと」
俺自身、そのくらいしてくれるととても安心できる。いくら相手から好きになってくれたとはいえ、いつ愛想を尽かされるとも限らないのだ。だからそれくらいわかりやすいほうが俺は安心して好きでいられる。
後輩は少し黙り込んだ後、また動き出して今度は反対側の耳に口を寄せてくる。
「私、嫉妬深いですよ?」
「それでいいよ」
「面倒くさいですよ?」
「むしろ大歓迎?」
「はあ……」
ため息とともにまた背中の位置に戻って、今度は軽く頭突きをされた。
痛くない。でも理不尽。
「そういうこと他の子に言わないでくださいね」
「言わないって、さっきも言った」
心配性の彼女をもらったようで、安心で夜もぐっすり眠れそうです。
「先輩、こっち向いてください」
声のした左側を向くと至近距離に後輩の顔があって、面食らって息が詰まってしまった。
すると後輩は微笑んで俺の目を覗き込み――
「先輩の女たらし」
そう言って、俺の額に後輩のそれがこつんとぶつかり、すぐに離れた。
「それは嬉しくないな」
「私の前だけ許してあげます」
「それは光栄なことで」
もう一度視線を合わせて、笑い合い、後輩は今度は俺の右隣に座った。そして俺の肩に頭を預けると目を閉じて、体から力を抜いた。
「寝るまで頭撫でててもらえます……?」
「いいよ」
左手で後輩の頭を撫でていく。これから寝る人には優しく、ゆっくりと。
しばらくすると後輩は寝息を立てて、完全に力が抜けて俺に体重がかかってくる。
そんなに重くはない、むしろ軽い。でも嬉しい重さだ。
さあ、俺は寝ないように頑張らないと。
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