陽光暉暉とする枯葉と颯爽樹樹の隙を、ざぎゆつと踏み入るねむごろな蹄が拾壹じゆうゐち。蹄が壹足りむのは、あし缺損けつそむが由縁で在つた。

 男が其れを良く知つてゐるのは、肢の缺損が男の為業しはざで在りながらたをし切れづに居て、森を闊歩せしめる獣を始末せむとしてゐるからに外ならなゐ。

 男の先で樹の皮をむ姿から、獣の不用心を疑うが、野生とは強固な礎が為す藝術。蹄で地に語り、耳と鼻で宙空を知ると、目に未来を宿す。最早男を知り、獣は艶を優雅に晒す。野生は確かに沁みとおり乍も、獣に忍び寄る慢心は今は無き肢に絡まり、蹉跌さてつこまねくは自然をしたがゑる深淵。

 深淵は有りの儘、壹と拾壹が只管ひたすらあしを成熟さすのを伺う。

知行合一ちかうがうゐつ言得妙也ゐゐゑてめうなり

 男はゐうと構ゑた猟銃を獣に向けて、放つ。

 颯爽樹樹の隙、陽光暉暉と八方へ流れる光と響き。樹と土は、全てを呑込み静寂の後、烏有に帰す。

 森を駆ける沈黙は、深淵の笑ゐ声。

 其れは何処迄も響く。


 陽光暗暗とする甌穴おうけつと奔流轟轟の滝を、そそくさと行き交う臆病な背鰭せびれが參。背鰭は水を裂き、行き違う気泡を撫でて体を揺する。

 男が其れを釣り上げやうと竿の先を滝壺へ落とし乍、飛び散る水滴に目を細めるのは、舞踏を続ける魚も知る処。然し、それは男も同じ。魚が感知してゐる事を竿から伝はる水の蠢き微振動から、警戒と自惚れをしかと受け取つてゐた。命の遣り取りでは無く、静かな侮蔑。勇ましく泳ぎ続ける魚は深淵を見る。深淵とは監視者として常時、目を向け暫しの油断も禁じ得なゐ猟人かりゆうど。魚とて男とて同等に扱う姿は世界の欠片。

 男が欠伸を押し殺すと、魚は竿の先を気泡と見做して愛撫する。微々たる異変も深淵は絡め取る事を魚は知つてゐたにも関わらず、緊張を永遠に途切れさせぬは不可能。不意に転げ落ちる男は不覚にも空を行き交う烏の声に脅ゑて、反射は思考を無視する行ゐと察知出来ずに竿の先がくつと上がる先に鱗。

 深淵は見逃しなどしなゐ。

 男の呑む水に鱗が燦然と、きらり。

 壹と參が交はる時、意識は錯乱の内に知らづ趣く深層の理解。

髀肉之嘆ひにくのたん言得妙也ゐゐゑてめうなり

 男は声と水と鱗を口に含む中、理解を嚥下し、魂の鎮火を促す。

 奔流轟轟の滝、陽光暗暗と一点へ落ち込む光と命。水と藻は、全てを耐ゑ抜き轟音の中、虚無に帰す。

 空を駆ける轟音は、深淵の笑ゐ声。

 其れは何処迄も響く。


 落伍者の行き着く先、其れは在るとゐう。

 我は何時も見ている。男を獣を魚を男を鳥を樹を滝を女を男を空を海を土を男を。蔓延る蔦は綿々と受け継がれる記憶の一端を構築する素材でしか無く、蔦の根本、大地は其れを育まんとす活力の源と成るが、豊かな其れを創造するのは、多大な水を有する海が生み出す本物の命は、燦々と降り注ぐ光の類ゐ稀な才能は神の片鱗。

 只、観測者として在る。如何にもと音も無く、立ち去る事もせぬ儘、また数を見る。壹。拾壹。參。壹。伍。

 落伍者は我で在り、神の贋作がんさくに違ゐ無ゐが、我在る処、すなわち深淵とす。

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汪溢する言葉 斉賀 朗数 @mmatatabii

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