第4話

「――おや、まただ」


 森に捨てられる子どもの数は増えた。


 魔女がいなくなったからだ。

 単なる口減らしか、あるいは流行り始めた疫病を鎮める贄としてか、親達は子どもをこの森に捨てていく。


 恐ろしい魔女が死んだという知らせが周囲の村に届くと、せいぜい月に一人だった捨て子は三日に一人のペースになった。

 我が子が飢えて死んだり、獣に食い殺されるよりも、魔女に捕まることの方が恐ろしいと自粛していたのだろうか。


 運が良ければ、僕みたいにずっと生きられるのに。



 いまからもう100年くらい前になる。

 僕の最愛の妻――リシュは僕と交わって子を産んだ。

 予想していたよりもずっと早く別れの時は来て、僕は、カラカラに乾いて小さくなった彼女を娘と共にすり潰して飲んだ。


 娘には、ある程度大きくなったら、必ず僕を殺すようにと命じた。

 愛する妻との約束だ。

 娘もそれを快諾してくれた。何せ魔女に父親という生き物は必要がないのだ。わざわざお願いなどしなくとも、彼女は立派に僕を屠る気でいたようだった。

 

 けれど彼女が僕を殺す前に、娘は死んだ。

 たった一人で乗り込んできた勇敢な若者が、銀製の弾を詰めた銃で彼女の心臓を撃ち抜いたのだ。


 あぁ、僕の可愛い娘、ドュラナ・ガ・ヴァンカ。

 まだ彼女の名は短かったのに。これからもっと長く生きて、名を伸ばしていくはずだったのに。


 僕は魔女に捕らわれていた哀れな人間を演じ、若者に駆け寄った。助かりました、なんて心にもないことを言って。


 そうして、英雄気取りで油断していた彼の喉笛を噛みちぎった。血を啜り尽くし、骨だけをきれいに残して食べた。

 

  


「こんなところで何をしているんだ」

「捨てられたのです」


 ガリガリに痩せ細っている子どもは、震えながらそう答えた。 

 パサついた赤毛は肩の辺りまであり、身につけている衣服からも性別の判断は難しい。

 何となく、女児なら良いのに、と思う。


「捨てられた。誰に?」

「お……、親にでございます」


 子どもは媚びるような目で僕を見上げた。

 恐らく安心しているのだ。この森にはもう魔女などいないのだし、第一、僕はだから。


「それで、僕に何を?」

「どうか、何か食べるものを」

「食べるものか……」


 そう呟いて僕は空を見上げた。

 日は落ちかかっている。

 でも寒くはなかった。

 倉庫にはまだ薬の材料も大量にある。

 

 けれど――、


「お腹、空いたね」


 あぁいけない。

 ついついを思い出してしまった。


 駄目だなやっぱり。は癖になる。



 僕は本当に運が良い。


 あれからずっと、僕は食べる物に困らなくなった。

 ここはキノコや果実も豊富だし、は三日に一度のペースでやって来る。



 僕は本当に運が良い。


 ただ一つ、僕だけが生きているという、この不運を除いては。


 あぁ、リシュ。

 僕の愛しい魔女マム


 僕は本当に運が良かったのかな。


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魔女とかつて捨てられた子 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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