第六冠 残骸 前編
何もかもが燃え尽きた地上館の残骸から煙と共に細かな灰の粒が舞い上がり、やがて形を成した火の鳥が天蓋に覆われた空へと再び舞い上がる。そうして鳥の影が見えなくなると、瓦礫の山はまたしても静まり返った。
もう、ここに生きているものはいないと誰もが思えるほどの凄惨な光景。けれども、すべての生命が燃え尽きたはずの瓦礫の山の頂にはもう一つだけ。決して朽ちることの無い漆黒の殺意が漂っている。
執念に満ちたその殺意の名は──フラメア・フランキスカ。殺戮を狂愛し、殺人を教義とするサンドヴァニア教団第一の使徒。彼女の遺灰は今や黒騎士の纏う霧と一体化し、不滅の怪物へと変貌を遂げていたのだ。
『─────。──。』
怪物は灰の舞う空を見上げ、張り裂けた口で何かを吠えた。声帯の無い喉からは掠れるような空気の音だけが漏れていく。
『─────。』
不明瞭な風切り音を満足するまで張り上げた怪物は、また何かを探すようにしてその場を去っていった。
*
残骸の山で出来たゲヒノムの街は元より造りが脆い反面で、復興も手早い。中央区の消滅はむしろ複雑になりすぎた都市部を再開発する良い機会になったと前向きに捉える人間も少なからず居るほどだ。人々の命など、この辺獄では新たな都市の礎にする程度の軽さしかないのだろう。
「………。」
ユクは再開発が進む中央区をいつものアーチの下から何気なく眺めていた。この倒壊した建物のアーチは彼とヘルとの思い出の場所であり、失われた記憶の手掛かりでもあるので、気付けばつい用事もなく来てしまうのだ。
「………。」
「云無…ユクよ。一つ聞くが、なぜお前はそうも寡黙なのだ…?」
退屈そうに寝転がっていたナッツが半身を起こして少年に尋ねる。すると少年は「会話をするのはあまり得意じゃないから。」と答えたので、ナッツも「吻無……。」と納得するしかなかった。
「……然しだなユク、私は暇で堪らんぞ。何か面白い話はないか?」
「あ、そう言えば。」
「云無っ!あるのだな!?とっておきの面白い話が!」
「今日、イスタドールとここで会う約束をしたんだった。」
「ずこーーっ!!」
寝っ転がったまま変な声を上げてリアクションをするナッツ。しかしそれを見たユクの反応は予想以上に世知辛い。
「ずこー…って、何?……大丈夫?」
「う、云無!!気にするでない!!忘れておけ!!」
奇しくも300年という時間の流れをギャグセンスの違いで納得させられるナッツであった。
*
「ユク〜〜っ!!ほーらやっぱりここに居た!!」
「…ヘル?」
約束をしたのはイスタドールとなのに、彼女よりも先に前情報も無く待ち合わせの場所へやって来たヘルに対して少し驚いた反応を返すユク。彼自身も「やっぱり」と言われてしまうくらい頻繁にここへ来ていた自覚はあるようだが、ここまで正確だと何か恐ろしさを感じてしまう。
「おおっ!ヘルではないか〜!」
「ナッツさん!あ、それ私の選んだ服!着てくれたんだ!」
「云無!服とは中々に良いものだ!特にこのぽけっとが気に入った!」
驚くべきことはもう一つある。それはヘルとナッツの仲の良さだ。あまり人と関わりを持った事の無いユクには、この二人の相性の良さがさも不思議に感じられただろう。
……それにしてもイスタドールの到着が遅い。午前中にはここで天成戦争に関する話を聞かせてもらう約束だったのに、このままではヘルのコーディネートの話が始まってしまいそうだ。まさか彼女に限って道に迷うような事はないだろう。そう思うユクには年上の女性に対する謎の信頼感があった。
*
「マスター、言わせてもらうが。」
「言わないで。分かってる。…近道なんかせずに大通りを抜けておけば良かったって言いたいんでしょ。でもそれは大きな勘違いよ。サッチー。」
「……と、言うと。」
「これにはね、あくまで『不死鳥』の行方を探すっていうちゃんとした理由があるんだから。…だから迷子だと思うのは見当違いなの。いい?」
「…はぁ。」
イスタドールの無茶苦茶な言い分にやれやれと両手を広げて呆れるサーペント。だからあれほど地図書きの地図を買っておけば良かった──と今更言い合いをしても仕方がないので、彼は同盟を組まされた少年の事を気の毒に思いながらも、言いたい気持ちを抑えて頼りないマスターの後を着いていった。
「…サッチー。」
そんなサーペントの様子を察して、イスタドールが振り向く。
「やっぱり、頼りないでしょ。私。……あの子の前では頼れる先輩のフリをしたけど、
「やれやれ、そんな事でいちいち気を病むな、マスター。地上館を焼いた『不死鳥』の手掛かりを探すのだろう?」
「………そう、よね。ちゃんと見つけないと。」
すっかりサーペントに気を遣わせてしまったと、反省するイスタドール。彼女は頬を伝う小粒の涙を拭い、気を改めて再び入り組んだ路地を進んでいく。目的地のアーチはまだ見えないが、いつもの彼女らしい聡明さを取り戻すだけのロスタイムは十分にあるだろう。
*
「──マスター。」
「私も気配を感じたわ。噂をすれば本当に来るものね。」
乾燥した空気と、鼻をつくような燃えかすの臭い。イスタドールとサーペントの二人は立ち止まり周囲を警戒するが、『不死鳥』はそんな二人の様子をあざ笑うかのように堂々と姿を顕わにした。炎の翼を羽ばたかせて滞空する『不死鳥』の姿は、中央区一帯を焼き尽くしたとは思えないほどに幼く、そして可憐だ。
「のじゃじゃじゃ……。わらわをしつこく追い回しているのは主らかのう?」
「ええ、地上館もろとも中央区を焼き尽くした脅威──同じ剣属として民間人に手を出す違反者を野放しにする道理が無いわ。観念しなさい、
主の意に従い、
「…なるほど。不死鳥の銘も伊達ではないらしい。」
「当然なのじゃ。」
血しぶきと共に燃え堕ちた"灰"の中から、両断されたはずの
「その仕組み、暴かせてもらうぞ。」
直剣を構える
辺獄のユク 築山きうきう @kiukiu9979
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