次の冒険のために

「正確に言い直そう」

 探偵にならないかと、花音は言った。しかし僕は既に探偵なので、この言い回しは不正確だ。

 ゆえに言い直し。

「我が社の専属探偵として契約しないか?」

「そいつはまた、どういう風の吹き回しだ?」

 花音の言わんとしていることは理解できる。要するにスポンサー契約。お前を支援してやるから、何か問題が起きたらこっちに来て手伝えと言っているのだ。問題はだから、わざわざそんなことを彼女が言い出したその背景だ。

「お前の会社に探偵が必要な要素なんてあるか?」

「あるだろう。実際、ラグーンの一件ではお前の力があったからこそ、事態が大事になる前に止められた」

 それはそうかもしれないが……。それこそイレギュラーケースだろう。

「それにこれは、さっき言った総合リゾート事業に絡む話でもある」

「どういうことだ?」

「総合リゾート事業は、天京区がそうであるように町ひとつを観光地化する計画だ。街に大勢の人間が流入すれば、治安の悪化は必然的に起こる。特に歓楽街というやつは、後ろ暗いものを抱えがちだ」

「それなら当地の警察と連携すればいいだろう」

「警察? はっ。金と権力に尻尾を振る駄犬が何の役に立つ?」

 辛辣な言い方だった。まあ理解できるがな。町ひとつを変革する事業となれば、当然政治が絡む。それは警察権力をも巻き取るだろう。甘い汁を吸うために、連中はむしろ率先して後ろ暗い人間を入れかねない。

 というより、そうなっているんだろう、既に。だから天京から来た真剣師は、探偵を求めた。しゃちほこタウン計画は……むしろ探偵をそうした権力構図の一部に組み込もうとしているのかもしれない。

「現状既に汚職だの腐敗だのが目立つ警察連中が総合リゾートなどという樹液の流れる木に群がってみろ。あっという間に堕落するのは目に見えている。だから警察という権力に対するセカンドオピニオンとして、探偵が必要なんだ」

「とはいえ、それが僕である必要もないだろう」

「本気で言っているのか? お前の今の立場を考えろ」

 立場、ねえ。

 タロット館事件で名探偵と呼ばれた探偵作家、宇津木博士に代わり事件を解決した。その結果、僕は新たな名探偵、宇津木博士の後継とすら言われるようになった。それは世間が勝手にそう言っているだけでなく、現に警察が接触を図ってきている。

 必然的に僕には求められる。探偵の後継としての身の振り方が。宇津木博士の次として。だから今日は三度も、熱烈なアプローチを受けているわけだ。

 大いなる力には大いなる責任が伴う。どこぞのアメコミの台詞だが、大いなる力はときに当人の意志と希望に関係なく与えられ、責任が勝手に課せられる。

 当の本人からすればいい迷惑だ。

「しかし」

 僕は、決めていた。

「断ろう」

「なに?」

 さすがに意外だったのか、花音は眉をひそめた。

「僕は僕の自由意志に基づいて探偵をするさ。これまでは帳のためにやってきた。いや、そう見せかけて自分のためにやってきた。だからこれから先、僕が探偵をする理由は、僕自身の自由と責任に基づくべきだろうと思う」

 今までは、帳のためだと言い聞かせ……もっと悪い言い方をすれば帳に責任をおっ被せてきたのだ。

 だからこれからは、正真正銘僕自身の責任で探偵をする。そうした期間が、僕には必要だ。

 大いなる力は他人のために振うのだなどというべき論には組しない。

 探偵は真実に奉仕する存在だという定義論には乗らない。

 僕は僕という人間の責任において動く。それだけだ。

「いい加減、十八歳の大人だからな。自分の足で立つべきだと思うんだ。誰かの後ろ盾を得るのは、独立独歩の経験を積んでからでも遅くない」

「そうか……なら、それに従おう」

 案外、あっさり花音は引いた。友情に免じてくれたのか、後々でも僕を引き込めるなら今はいいと考えたのかは分からない。

「話はそれだけか? だったら肉を食おう。喋ってばかりだとせっかくの肉が焦げる」

「そうだな……いや、思い出した。ひとつだけお前に言っておくべきことがある」

「なんだよ」

 トングを持ったところで、花音が僕を制止する。

「お前の生家のことだ。岐阜県の」

「岐阜県?」

 扇さんが箸を持ちながら、首をかしげる。

「先輩、愛知県の出身じゃないんですか?」

「ああ。四歳までは岐阜にいた。それから悲哀――今の保護者に連れられて愛知県に来たんだ」

 まあ、実質地元は愛知県みたいなもんだが。なにせそれ以来、生まれ故郷には帰ったことがない。

「そのことだ。今回、お前が名探偵としてピックアップされるにしたがって、お前の生家についてもいろいろ詮議されるんじゃないかと思ってな。気を回してお前の生まれ故郷について調べてみた」

「そいつは気の利くことで」

「結論から言えば、並みの記者ではお前の生家を特定するのは無理だろう。猫目石は相当に珍しい苗字だが、お前の故郷にはもう猫目石の名は残っていない。ふん。ジャーナリズムの精神を腐らせたゴシップ好きの連中に探れるほど浅い話じゃないということだ」

 市役所か何かに問い合わせれば探れなくもないだろうが、まあ、僕の地元なんて調べたところで三段組記事の一段を埋めるのさえ難しいだろうからな。

「猫目石の名前が残っていないって、どういうことですか?」

 扇さんが突っ込んで聞いてくる。そこ興味持つか?

「要するに、猫目石の家系は岐阜に根差したものではないということだ。こいつの両親自体、岐阜に流れ着いた一家だったのだろう。ゆえにこいつの親類縁者は岐阜にいない」

 どこかにはいるのかもしれないが、それも僕の両親が死んだことで完全に縁が切れている。とはいえ、僕の名前が公になったからには、ひょっこり出てくる可能性もないではないが。

「しかし、どうもな……」

 花音は口元に手を当てる。

「……どうした? お前にしては歯切れが悪いな」

「いや、どうもな」

 ため息をついて、花音は喋る。

 あまりにも、不可解なことを。

「お前の故郷、どうやら変なことになっているらしいぞ」

「……………………変?」

 この一言がきっかけで。

 夏休みが明けて、僕の、高校生探偵としての冒険が再び始まる。

 今はその時まで。

 夜のとばりが下りて、物語はエンドマークを打つことになる。




『高校生探偵・猫目石瓦礫の日常』完

『高校生探偵・猫目石瓦礫の帰郷』へ、続く?

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高校生探偵・猫目石瓦礫の日常 紅藍 @akaai5555

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