孤独な魂に愛を。人の輪を追われた者たちに救済を。

 本作品はナポレオン二世、ナポレオン=フランソワ=シャルル=ジョゼフの生涯を描いた物語です。

 そう、辞書が文字欠けしていたっぽい、あの人の息子さんです。

 フランソワは、フランス帝国の皇子として生まれながら、父親の没落に伴い、母親であるオーストリア皇女マリー=ルイーズの実家に、わずか二歳で亡命を余儀なくされます。

 王権神授の秩序が崩壊しつつあり、市民革命の暴力が吹き荒れた時代、フランソワの周囲には、旧秩序を守護しようとするオーストリア宰相メッテルニヒ、フランス帝国の復活をめざすボナパルト一族、新たな旗手を求める革命勢力らの、陰謀と暗闘が渦を巻きます。

 一方で、楽聖ベートーヴェンにシューベルト、詩人ゲーテなど、同じ時、同じ大陸に生きた芸術家たちの感性が、作品の形を得た精神の結晶が、この世ならざる存在をも現出させます。

 ヨーロッパ近代の、混迷の歴史を縦糸に。

 音楽と詩、魔王、メフィストフェレス……のぞき見る幻想の深淵を横糸に。

 読者の視点人物となる少年アシュラ=シャイトを通して、華麗かつ凄惨な一大浪漫が織り上げられていくさまは、実に圧巻です!

 作者さまの膨大な背景知識と、溢れんばかりのフランソワへの尊崇もさることながら、個人的には、物語中盤のお騒がせキャラ(失礼)すれ違い超特急のエオリアさんや、ウィーン・ハプスブルク宮廷で異邦人の同志としてフランソワに寄り添うゾフィー大公妃と言った、女性キャラにも魅了されました。

 そしてまた、過ぎ去った歴史の事実として、ナポレオン=フランソワ=シャルル=ジョゼフは一八三二年七月二十二日、二十一歳の若さで亡くなります。

 そこへ至るまでの宿命の枷と、あらがう生命の瞬き、その先にとどく魂のあり方……交響曲第九番の調べを道行きの友に、ぜひ、耽溺してください。

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