やがて本当の英雄譚
2つの種族の戦いは、人間の英雄であるセイルが蟲人の英雄であったスレイタスだったモノを滅ぼす事で決着した。
黒の月神の影響を受けたスレイタスによって歪んでいた蟲人達の思考は元に戻り……けれど自分達の英雄と、指導者である六星将……アークを含む2人を失った傷は、決して浅くはなかった。
獣人への侵攻準備は即座に停止。残された六星将とセイルの間で友好条約が結ばれ、蟲人との戦いは完全に終わった。
……だが、それで全てがめでたしとなったわけでもない。
どのみち蟲人の英雄スレイタスの戦死は伝えねばならず、黒の月神のこと……そして人間の英雄セイルの事も伝えねばならない。
複雑な国民感情を考慮すればセイル達を蟲人の国に迎え入れるわけにもいかず、セイル達は数日たってもまだ、精霊の国の結界の内側にいた。
「……どうするんですか、セイル様ぁ。私達まで消えちゃって、きっとタスリアさん……死ぬほど怒ってますよ。それにガチャも……結局幾ら分引いたんですかアレ」
「覚えてないな」
あああ、と呻きながら頭を抱えるアミルをそのままに、イリーナが右に、クロスが左に座り込む。
「とりあえず、それはいいです。セイル様、実際どうやって帰るです?」
「この大陸に船を使うのがいるかどうか、だと思う」
「そうだな。蟲人が船を保有しているかと思ったんだが……」
答えは否、だった。空戦型の蟲人で陸戦型の蟲人を運ぶ計画だったらしく、船という文化はないようだった。
「魔族なら持ってると思うんだが……アイツ、また居ないしな」
魔族の英雄シングラティオは戦いの後、いつの間にか姿を消していた。
彼の事だからまた何処かで現れるのだろうが……その時友好的かどうかは、今は分からない。
「まあ、問題はこの増えた人員ね。あの戦いで結構死んじゃったけど……それでも100人は居るのかしら?」
「セイルさん」
ウルザの横をテコテコと走りながらやってきたユーノが、セイルの真正面に抱きつくように寄りかかる。
イリーナとクロスが両側をガードしていたせいだが、それでも本人は満足そうだ。
「私に良い案があるんです」
「アガーテに何とかさせる案なら却下だぞ」
「え、どうして……」
「悪魔に頼りすぎるのは良くないからな」
現実となった悪魔アガーテを見たのはこれが初めてだが、あれはかなり邪悪なものであるようにセイルには思えた。
ユーノが居る限りアガーテは味方側ではあるかもしれないが……決してセイルの味方というわけではない。そういう邪悪な意思をアレからは感じたのだ。
「とはいえ、マジでどーすんですかセイル様。此処に永住するってわけにもいかんでしょう」
「まあな……ん? オーガンの奴はどうした?」
エイスに頷きながらセイルが周囲を見回せば、ガレスが苦々しい表情をしているのが見える。
「……先程、ナンパに行きました。戦勝気分で浮かれている今がワンナイトラブにはいいとかどうとか」
「アイツは……確か神官だと思ったんだが、俺の気のせいだったか……?」
大きな溜息をセイルがついていると、クスクスという笑い声が聞こえてくる。
「疲れはとれたようですね、人間の英雄セイル」
「この場所を貸してくれて感謝する、精霊の英雄ノージェング」
そう、そこに居たのは最初に会った時の姿のノージェング。
彼か彼女かは分からないが……ともかくノージェングは、仮面のような顔でも分かる親しげな感情を見せてくる。
「貴方達の戦いは、全ての精霊たちが見守っていました」
「全ての、か……気付かなかったな」
「幾らでも方法はあるという事です」
言いながら、ノージェングは空を見上げる。
そこに広がってたのは……まだどことなくどんよりとした色ではあるが、確かな青空。
「強き人間の姿を、私達は見ました。蟲人にも一歩も引かず戦う、人間達の姿……人間が弱き者ではなく、強き者として歩み始めた事を私達は確信しました。まだ感情を整理できたわけではありませんが……あの長き日々が無駄ではなかった、と。そう思えたのです」
「そう、か」
「ええ」
「ならば……人間と精霊は、友として歩めるか?」
「あるいは……もうしばらくの時間を必要とはするでしょうが」
「今は、それでいいさ」
すぐにそうなる必要はない。少しずつ分かり合っていけばいい。
人間も、蟲人も……そして精霊も、だ。
グレートウォールによって断絶されていた期間は長く、互いの溝をすぐに埋められるなどとは思わない。
「それで、帰る手段を探しているとか?」
「ああ。ひょっとして、転移魔法の類を所持しているのか?」
「そういうわけではありませんが」
言いながら、ノージェングは人差し指をたててみせる。
「貴方達をこの大陸に送り込んだのは、緑の月神……で、間違いありませんね?」
「ああ」
「では、その子が帰り方を知っているのでは?」
「ん……?」
「ほへ?」
セイルの頭で間抜けな声をあげたのは、ナンナだ。
そういえば道を示すとかそういう触れ込みだったな……とセイルは思い出す。
「ナンナ。お前、何か知らないか?」
「んー……緑の夜になれば、きっと迎えに来ると思うのです」
「緑の夜、か。だがいつか分からないな」
「3日後なのです」
その言葉にノージェングは感心したような声をあげる。
「貴方、どの月が来るか分かるのですか」
「なんとなくなのです」
「いえ、それでもたいしたものですよ」
微笑むノージェングにナンナはにへらと笑い、再びふにゃふにゃと眠り始める。
「と、いうことらしいですね」
「ああ。どうやら3日後まではお世話になる必要があるらしいな」
「その必要はないさ」
だが、そんな声が突然上空から響く。
「この声は……」
見上げた空には、あの夜に見た緑色のカブトムシ……緑の月神がいた。
「よくやったね、セイル。君の頑張りで、黒のやつの干渉は断ち切られた。またすぐに手を出すなんてことは……まあ、たぶん出来ないだろうさ」
「緑の、月神……」
「あの方が!?」
驚きの声と共にノージェングは跪くが、緑の月神はホバリングしたまま「かしこまる必要は無いよ」と告げてくる。
「今日の僕は単なる荷馬車みたいなものさ。だからまあ、気にしなくていい」
「というか、それは直接干渉にはあたらないのか?」
「黒の奴のやった事の跡片付けだしね。まあ、別にいいんじゃないかな」
適当な、とは思うが……緑の月神がやりに来たことを考えれば、何もするなとはセイルには言えない。
「セイル。月神を代表して、改めて君に礼を言うよ。そこのノージェングが予想していた通り、僕達は新たなグレートウォールの発動を選択肢に入れていた」
各種族をグレートウォールで分断することによって黒の月神の影響を排除し、その間に対抗策を練り上げる。そうする事を月神達は考えていた。
だが……それはもう、必要なくなった。
「セイル、人間の英雄よ。君は僕達に光を示した。僕達の知っていた頃の人間であれば、あの場で蟲人達に磨り潰されて終わっていただろう。だが……君は、君達は勝利した」
「ああ。仲間達のおかげだ」
「そうだね。同じ種族で強く絆を紡ぐ……それは人間の持つ最大の力といっていい。それを目に見える力にできる君は、間違いなく人間の英雄だ」
そして、月神達は見た。
最弱であった人間が、その英雄が……遥か上の力を持つはずの蟲人の英雄を、黒の月神の力をプラスしてさえいたスレイタスを倒したことを。
その仲間達も、確かに蟲人達と戦えていたことを。
「僕達は確信した。もう、グレートウォールは要らない。どの種族も、これからは対等な関係として歩んでいけるだろう……まあ、それが平和に手を取り合って進む道かどうかは、分からないがね」
「その辺りの仲介はしてくれないのか?」
セイルが冗談交じりに聞けば、緑の月神は笑う。
「ハハハッ、必要ないだろう? もう僕達が手を引く必要はない。全ての争いを否定するほど僕達は君達を制限するつもりはないんだ」
あの時は、あまりにも人間が哀れだったからこそグレートウォールを必要とした。
だがもう、そんなものは必要ないのだ。
全ての種族が、自由に生きていけばいい。
「英雄とは……神の思惑を超えるべき者だ」
緑の月神はセイルを見下ろし、そう語る。
それぞれの種族を導き、神の想像を超えた場所へと連れていく者。
月神達は、英雄に常にそれを期待している。
「人間の英雄セイル。君は確かに僕達の想像を超えた。今まで様々な英雄を、あるいは英雄に近い者達を見守ってきたけど……本当の意味で英雄だと言える領域に辿り着きそうなのはセイル、恐らくは君だけだろうね」
「……」
「だが、他の英雄たちがダメだというわけじゃない。まあ、これからの頑張り次第だね。実は君だってこれからは全くダメだって可能性もある」
そう言って笑いながら……けれど、緑の月神はセイルに確かに期待していた。
あの時、緑の月神は……いや、他の月神も、恐らくは黒の月神ですらも見ただろう。
輝けるその姿を。
「英雄」と、その物語の始まりを。
「期待しているよ……ノージェング、君にもだ」
「はい」
ノージェングが頷いたのを見て、緑の月神はその羽根を広げる。
「さあ、戻ろう……セイルとその仲間達! 君達の国へと!」
そうして緑の月神を中心に、空間の揺らぎが広がっていく。
その先にあるのは見慣れたガイアード王国の王都、ソルディオンの光景。
「あれが……貴方達の国、ですか」
「ああ。人間の国、ガイアード王国。その王都ソルディオンだ」
答えるセイルに、ノージェングは「……いつか」と呟く。
「いつか、貴方の国に私達も伺いましょう、セイル」
「待っている。いつでも歓迎しよう」
2人の英雄は握手を交わし、そんな約束をする。
その約束が果たされるのがいつになるのかは、今は分からない。
けれど……そんなに遠い日ではないだろうと、セイルはそんな事を考えていた。
「アミル、イリーナ、ウルザ……皆! 帰るぞ、俺達のガイアード王国へ!」
「はい、セイル様!」
「はい、です」
「ええ、そうね……きっとお説教が待ってるわね。私は逃げるけど」
思い思いの言葉を呟きながら、セイル達は緑の月神の開いた空間を通っていく。
居なくなった時よりも増えた人数にタスリアが絶句するのは、この後すぐ。
けれど彼女も結局、大きな溜息をついた後は仕方ないと笑うのだ。
人間の国、ガイアード王国。
今となっては唯一の人間の国。そして……他の種族も決して無視できない戦力を有した国。
英雄セイルを王とするこの国は、無数の英傑たちを抱えている。
その行く先は、今は分からない。
けれど……やがて、誰もが本当だと知る英雄譚として語られるだろう。
やがて本当の英雄譚 ノーマルガチャしかないけど、それでも世界を救えますか? 天野ハザマ @amanohazama
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