英雄戦争3

 巨大化したスレイタスのその姿を……蟲人達は、呆然としたように見上げる。


「スレイタス様……?」

「そのお姿は、いったい……」

「いや、我々は今まで何を……?」


 スレイタスの巨大化が何かを変えたのか、六星将の2人もその動きを止めていた。


「なん、なのだアレは……」

「緑の月神の御力ではない、あれはまさか……黒の……?」

「その通りだ」

「貴様! 人間の英雄……!」


 叫びかけた六星将は、しかし語気をすぐに弱めてしまう。

 自分達に何があったのか、理解したのだろう。


「……悪い夢のようだ。まさか、我らが黒の月神に……」

「そんな事を言っている場合か! スレイタス様あああああ!」


 六星将のうちの一人が巨大化したスレイタスへ向けて飛び……しかし、スレイタスの放った黒い稲妻のように激しい電撃に撃たれ砕け散る。


「……ああ……」


 残された六星将は、それを見てスレイタスがすでに正気ではないと知る。

 そもそも、自分達がスレイタスの命令から解放されたのは……すでにスレイタスが蟲人の最上位ではなくなったからだ。

 黒の月神の力に侵され、蟲人ではない何かに成り果てたスレイタス。

 巨蟲人スレイタスとでも呼ぶべきソレは、セイル達を憎しみの感情を籠めて見下ろしている。


「オオオオオオオ!」

「避けろ!」


 セイルの声が響き、その場に居た全員が飛びのく。

 地面を削り砕くような蹴りは地響きを起こしながら大地に傷を穿ち、避け損ねた者達を土砂の中に埋めていく。

 そして放たれるのは、黒い電撃。人間も蟲人も構わず貫く電撃は、この戦いがすでに人間と蟲人のものではない事を明確に告げていた。


「くそっ……蟲人の戦士達よ! スレイタス様は、スレイタスは! すでに黒の月神の力に呑まれた! 我等で倒すのだ!」


 六星将の指示に従い、それでも戸惑った様子の蟲人達は飛べる者を中心に電撃を放ち近づいていくが……スレイタスの黒い靄を纏う腕の一撃と電撃が消し飛ばし、その足が陸戦蟲人達を踏みつぶしていく。


「ガイアード王国軍は全員下がれ……! クロス!」

「うん」

「お前の力を使う……頼むぞ!」

「任せて」


 近くに寄ってきていたクロスの召喚書が輝き出す。

 そう、それはセイルとクロスによる協力攻撃。

 セイルとクロスの二人の力を使う、超特殊召喚。


「王剣よ……鍵となりて異界の扉を探し当てよ!」

「私の召喚書よ、全魔力よ。今こそ王剣の力を借りてかの者をこの世界へ繋ぎ給え」

「汝、王威を振るうもの」

「汝、虚ろなる者達の統率者」


 そして、二人の声が合わさる。


「「召喚! ロード・ヴァルレオス!」」


 そして、巨大な騎士がこの世界に顕現する。

 いや……騎士ではない。それはクロスが召喚するソルジャーアーマー同様、中身のない虚ろな鎧。

 だが、その巨大さは巨蟲人スレイタスにも決して劣らず……その手には、巨大な剣が握られている。


「……やっちゃえ」

「オオオオオオオオオオ!」


 輝くセイルのヴァルブレイドから流れ込む魔力がロード・ヴァルレオスの持つ巨大剣をも輝かせる。

 それはまるで、セイルのヴァルスラッシュのようで……セイル達を頭の上に乗せたまま、ロード・ヴァルレオスはその輝く剣をスレイタスへと振り下ろす。


「ガアアアアアアア!」

「セイル」

「ああ! トドメだ、スレイタアアアアアアアアス!!」

「セイルウウウウウウウウウ!!」


 スレイタスが、叫ぶ。ロード・ヴァルレオスに掴みかかり……だがそれ故に、ロード・ヴァルレオスの頭から跳んだセイルへの対処が一瞬遅れてしまう。

 だが、それでも黒い電撃を放つ。六星将をも打ち砕いた電撃は……しかしロード・ヴァルレオスの追撃によって逸れてしまう。


「ヴァル………!!」


 籠める。セイルは、今使える全魔力をヴァルブレイドへと籠めていく。

 今まで放ったヴァルブレイドよりも溜めを大きく、長く、強く。

 ヴァルブレイドが輝き、ギイインと鳴り響いてもなお、魔力を籠める。

 そして……ヴァルブレイドが、ひと際強い光を放つ。

 夜の終わりを告げる太陽のような、鮮烈に世界を照らす輝き。

 誰もがその眩さに目がくらみ……それでも、この光景から目を背けない。


「スラアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッシュ!!」


 現れたのは、輝く巨大な光の剣。

 ヴァルブレイドという枠にすら収まらず輝く、極光の剣。

 それはスレイタスを真正面から斬り裂き……スレイタスのその断面から溢れる光が、黒い靄を吹き飛ばしていく。

 そして起こったのは、爆発。輝く光の爆発が黒い靄ごとスレイタスを吹き飛ばし……誰もが立っていられないような衝撃に身をすくませる。

 ロード・ヴァルレオスもその輝きの中に消えていき……それが収まった時、巨大な二つの姿は何処にも残ってはいなかった。


「セ、セイル様!? セイル様は……!」

「此処にいるぞ」


 慌てたように周囲を見回すアミルの前に現れたのは、クロスを抱きかかえたセイルの姿。


「まさか、爆発するとはな……」

「おかげで死にかけた」


 落下するクロスを抱えてなんとか着地したセイルではあるが、もうギリギリだ。

 だが……まだ倒れるわけにはいかない。

 セイルはクロスを地面に下ろすと、ヴァルブレイドを高々と抱え叫ぶ。


「黒の月神の力は彼方へと去った! この戦いは……これで終わりだ!」


 その言葉に、ガイアード王国軍の仲間達が……そして僅かに遅れて、蟲人達の歓声が応える。

 二つの種族の戦いは、こうして幕を閉じる。

 決して小さくはない爪痕を、その場に残して。

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