第26話 完敗

「あ、木原さん、パソコン借ります」

突然、資料を読み耽っていた川田が言った。


 ちょっと!

 今、大事なところなんだから、邪魔しないでよ。


 私は内心でイラっとする。


 しかし、木原はそんな川田に馴れているのか、チラッと川田の方を見て黙ってうなずくだけであった。


「そうね……。確かに将来のことは分からないね。もしかすると駐車場がいっぱい必要な時代も来るかも知れない」

「オーナーのコスモスイクスピアリは、未来の社会を見据える会社ですので……」

「だけどその、かも知れないで困る人が出てくるんだよ。現実に滝川さんのお宅も、僕の事務所も日照がほぼ入らなくなる。当然だよね、隣に三階建ての建物が出来たら、一階に日が入らなくなるのは」

「そう仰られましても、我々は法律に則って計画を立てておりますので……。もちろん、木原様と滝川様のご苦衷はお察し申し上げますが、我々にも新しくマンションを建てる権利がございますから……」

「そう……。では、どうしてもその駐車場の台数が必要だと言うことなんだね? 立駐機を一階分下げるとかってことは考えてもらえないんだね?」

「ご心配いただいている立駐機ですが、もし余れば外部から駐車場契約を得ることも考えております。ですから、無駄になるとか、余計に造っていると言うことではございません」

「じゃあ、計画を変更する可能性はないと言うことですか……」

「はい……。申し訳ございませんが」

田所はにべもなく言い切った。

 その表情には、余裕ともとれる微笑が浮かんでいる。


 私にはその微笑が顔に張り付いた仮面のように感じられ、それを剝がすと冷酷な別の顔が出てくるのではないかと思えて仕方がなかった。





「そうですか……。そちらの方針は承りました。ですが、他にも気になったことがあるので聞いても良いですか?」

「はい……。私はそのために参りましたので。丁寧にご説明することが、デベロッパーの役割でもありますから」

いよいよだ……。


 木原はきっと防音と防塵の覆いのことを言うのだろう。


 駐車場の数については、田所の言い分にも一応の筋が通っている。

 将来を見据えて……、と言う言い分はそれなりに説得力もあるし。


 しかし、それは結局方便に過ぎないのだと思う。

 余れば外部からの契約も受け入れると言うことは、立体駐車場はコスモスイクスピアリの商売そのものだ。

 その商売を成立させるために、可能な限り多くの駐車場を造りたいと言うのが本音で、それ以外の理屈はあまり意味を持たないのではないだろうか。





「お聞きしたいのは、立駐機の防音防塵の覆いなんです。説明会で、覆いを付けるとそちらは仰ったそうですね」

「はい、確かに申しました。現在、検討中ですが、方針は変わりなく執り行おうと思っております」

「先日、中高層調整課に行って来たんだ。それで、僕らは担当者にも会ってきた」

「……、……」

中高層調整課と聞いて、田所の頬がぴくりと動く。


 あ、これ、何か嫌なことがあるのかも知れない。

 私は直感的にそう思う。


「担当者は言っていたよ。立駐機は工作物の扱いだと聞いている、と。防音防塵の覆いと言う話も聞いていない、とね」

「それは、先ほども申しました通り、検討中の段階ですから」

「そう……。だけど、担当者はこうも言っていたよ。覆いをアルミなどですると、壁になる可能性があるって。それに、アルミなどのしっかりした物でないと耐久性の問題もあって覆いにはならないってね。そう言う物以外は聞いたことがないともね」

「……、……」

木原さんっ!

 頑張れっ!


 私は心の中で叫ぶ。

 木原も興奮しているのか、いつになく語尾が鋭い。


 これでダメなら、もう私達には建築審査会しか手段がない。

 だけど、建築審査会でこの点を追及出来るかは、まだ分からない。





「覆いの件ですか……。それについてはご指摘の通りアルミ製のものを考えています」

田所は、言った。

 そう、確かにアルミ製と言った!


「ですが、それはメッシュのような構造にしたいと考えております」

「メッシュ……?」

「はい。つまり、隙間を差し挟むことになると思います」

「それで防音や防塵の役に立つんですか?」

「ええ……。当社フロンティアでは、他の地区になりますがそう言う加工で効果があることを確認しております」

「……、……」

「覆いではございますが、隙間が多くありますので壁ではございませんし」

「か、壁ではない?!」

「はい……。ですから、他の自治体で工作物として認可をとった実績もございます」

「……、……」

そ、そんな……。

 隙間があるから、壁ではないってどういうことなの?

 そんなの詭弁じゃない。


「そう……。では、建築審査会に行っても大丈夫だね? 僕はその方法はグレーゾーンだと思っているから、堂々と審査してもらうつもりだけど」

「……、……」

田所の目が、建築審査会と聞いて大きく見開く……。

 そして、木原がギュッとこぶしを握りしめる。


「建築審査会でも、裁判でも、ご随意にどうぞ……。我々は主張を曲げませんし、負けませんので……」

田所はそう言うと、口の端をを上げ少し笑って見せた。





 裕太ママ晴美の一言メモ

「メッシュなら壁じゃないって、そんなのあり? 車が停められていたらどっちみち日が入って来ないじゃない!」

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