第14話 法律上問題ないとは言うけれど……
「はいっ!」
私は勢い良く手を挙げた。
立駐機の騒音と埃対策には、覆いを付ける方向で検討すると言うことで話しがついたようだ。
そう、ようやく私が質問する番が回ってきたのだ。
「どうぞ……」
「102号室の滝川です」
「……、……」
「立体駐車場の影についてご質問いたします」
「……、……」
「いただいた資料を見た感じでは、我が家は立体駐車場の影が相当かかるように思います。この影は、マンションの影より影響が大きいと思うのですが、いかがでしょうか?」
「お答えします。仰るとおり、滝川様のお宅は、建物の影より立体駐車場の影の方が多くかかります」
「先日、ご説明いただいた日照の時間は、この立体駐車場の影がかからない時間と言うことなのでしょうか?」
「いえ、それは違います。先日滝川様にお示しした日照の時間は、建物の影で計算したものです」
「えっ? じゃあ、実際の冬至の日照は、二時間より短くなると言うことなのですか?」
「はい、そう言うことになります」
「……、……」
ちょ、ちょっと待ってよ!
それってどういうことなの?
私はあまりにも衝撃的な言葉を聞いて、頭が一瞬くらっときた。
だって、法律で日照二時間以上って決まっているんでしょう?
だったら、どうして立体駐車場の影がそれよりも長くかかるのよ。
答えた田所は、当然だと言わんとばかりの表情でこちらを見ている。
「あの……。先日、田所さんが仰ったんですよ。日照が最低でも二時間以上って」
「はい、そう申しました」
「でも、立体駐車場の影がかかったら、二時間より少なくなってしまうのではないですか?」
「そうかもしれません」
「それって、法律で許されているんですか? あなたは何度も法律に則っていると言っていましたよね?」
「ええ……」
「だったら……」
「すいません……。私の説明不足だったようですね。ですが、これは法律に則っているんですよ」
「……、……」
「と、申しますのは、二時間以上と言うのは、あくまでも計算上のことで建築物の影に適用されるのです」
「ですよね? だったら、立体駐車場だって建築物なのですから、二時間以上の日照は保障されていると言うことでしょう?」
「あ、いえ……。そこが説明不足だったようです。8メートル以下の立駐機は、建築物ではないのです。工作物と言いまして、看板や電柱などと同じ扱いなのです」
「工作物……?」
「はい……。住宅地に於ける工作物の影については、建築物とは違って二時間以上という制限がございません。ですから、滝川様のお宅にかかる影については、法律に則っていると言えるのです」
工作物?
看板や電柱と同じ扱い?
何を言っているんだろう、この人は。
だとしたら、工作物の影はかかり放題と言うことになってしまうではないか。
どう考えてもおかしい。
マンションは人が暮らすためのものだから、そこには権利が生じるだろう。
その権利をどう配分するかについて、色々な決め事があるのは分かる。
それが二時間だと言うのなら、致し方ないのかもしれない。
だけど、工作物に私の日照を受ける権利を妨害されるのは納得がいかない。
そんな理不尽なことが許されるのだろうか?
「あの……。ウチはまだ子供が幼いので、日照がまったくなくなってしまうのは困るのです。立体駐車場の位置をずらしたり、高さを変えることは出来ないのでしょうか?」
「すいません……。こちらも建築士が最も効率の良い位置を計算して計画を立てています。それに、高さを変えると言うことは、立駐機の台数を減らすことになりますので、それは出来ません。マンションの住人に必要な数の駐車場を提供することが出来なくなってしまいますから」
「では、ウチはずっと影の中にいろと言うことですか?」
「申し訳ありませんが、法律上そう言うことになっております」
酷いっ!
いくら何でもあんまりだ。
私はまた、頭がくらっとする。
こんな酷い話があるのだろうか?
いや、こんなことが許されるはずがない。
だけど、いくらそう思っても、私はそれ以上何も言えなかった。
素人だし、法律だって詳しいわけではないから。
たとえ田所が嘘を言っていたとしても、私はそれをとがめることも出来ない。
三田さんが私の手を握ってくれる。
しかし、あまりにも酷い物言いに、私の中で何かが込み上げて来そうになる。
「滝川様……。ご疑念がございますなら、建築士でも弁護士でも、お聞きになってみて下さい。きっと、私共が言っていることが間違ってはいないことがお分かりになられると思いますから」
「……、……」
「それと、もし裁判をお望みなら、ご随意になさって下さい。ただ、私共は裁判では絶対に負けませんので。今まで一度も負けたことはございません」
「……、……」
田所はそう言い放ってから、薄く笑った。
こちらには何も出来ないとばかりに……。
呆然となった私を尻目に、説明会は続けられた。
しかし、もうその説明は、一切私の耳には入って来なかった。
裕太ママ晴美の一言メモ
「……、……。な、何も言えない」
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