第13話 点線の正体

「晴美さん、知らなかったの?」

「……、……」

三田さんが心配そうに私の顔をのぞき込む。


「あそこにいる田所さんって方が説明に来たんですけど、今日のこの資料と、何時に日照があるのかを示す図しか渡されてないです」

「……、……」

「あとは法律で認められているって説明を受けたんですけど……」

「そう……」

いくら法律で認められていたって、自分の家が何の影にされているかは気になる。

 今までは、てっきりマンションの影なんだとばかり思っていたのに……。





「それでは、これから説明会を始めさせていただきます」

田所が司会進行役なのか、簡易のマイクで喋り出す。


 あの人、わざと隠していたのかしら?

 それとも、今日の説明会で言うつもりだったのかな?


 私の中で、徐々に田所への疑惑が大きくなる。





 まずは、業者の紹介がなされた。


 業者は大きく分けて三種類いて、田所達デベロッパーと、マンション建築の施工会社、オーナーの企業の人達が説明する側として座っていた。


 施工会社は、「門組」と言う会社だそうだ。

 正直、私は聞いたことがない。


 だが、田所の説明によると、大手ゼネコンなのだそうだ。

 マンション建築には実績があり、工事の間の評判も良いと言う。


 オーナーは「コスモスイクスピアリ」と言う会社だ。


「オーナーって何?」

と思っていたら、私と同じことを感じた人がいたようで、質問していた。


 つまり、こういうことらしい。


 オーナーはマンションを建てる立場でお金を出し、出来たマンションを販売する。

 施工会社は工事を請け負う立場で、実際に工事をする。

 デベロッパーはオーナーの意を受けて、工事全般のプロデュースをする。


 田所は、言ってみれば私達住民とオーナーを繋ぐパイプ役に相当するのだろう。


「晴美さん……。コスモスイクスピアリって会社知ってる?」

「いえ……」

「私も聞いたことがないわ」

「……、……」

三田さんが小声で私にささやく。


 ……と言うか、マンション建設の業者なんて、私が知っているわけがない。

 テレビのCMでたまに流れている「ハセコー」なんて会社があることくらいは知っているが、それもどんな漢字で書くのかは知らないし……。





 今回の説明会は、施工会社に関することが中心のようで、話はずっと工事に関することばかりであった。

 騒音や工期、それと埃なんかに対する懸念を払拭するために、色々な対策がなされていると言う。


 ただ、私はそう言うことに興味はなかった。

 工事は一定時期が過ぎれば終わる。

 とりあえず我慢すればいいし、説明を聞いているとそれほど酷いことにはならないような気がするから。


 私の心を占めていたのは、あの図面に書かれた三階建ての建物であった。

 当たり前のことだが、建物は、建ってしまえば半永久的にそこに建ち続ける。

 だとすれば、建つ前に何とかしなかったら、後で何を言っても覆らないのではないだろうか?


 しかし、点線の正体はなかなか明かされなかった。

 マンションの住民の方々も、工事関係の説明に関心がいっているらしく、誰もそれに触れようとはしない。


 隣に座っている三田さんは熱心にメモをとっているが、私はただただ不安で、何をして良いのか分からない。

 だけど、いつか点線の正体に繋がることが出てくるのではないかと、話だけはしっかり聞いていた。





「立駐機について説明いたします」

工事関連の説明が終わり、田所が別のことを説明し出す。


 立駐機?

 ああ、そう言えば、長谷川氏がそんなことを言っていたなあ……


 これも騒音がどうとかって話だろう。

 とりあえず、点線の正体ではなさそうだ。


「立駐機は、三階建てとなります」

えっ?

 今、何て言ったの?

 三階建て?


 もしかして、あの点線の建物って……。


 私は、三階建てと言う言葉に鋭く反応した。

 これだ……。

 間違いない。

 ウチの目の前に出来るのは、立駐機だ。


 三田さんも気がついたのか、私と目を合わせ、黙ってうなずく。


 しかし、長谷川氏を筆頭に、住民の方々は立駐機の騒音のことばかりを聞いていて、なかなか私が質問をする番が回ってこない。


 それにしても、人が住んでいるマンションの影なら納得がいくが、立体駐車場の影にされるなんて……。

 それって、車の影で生活しろって話ではないか。


 今まで、私はマンションの影だから多少の我慢は必要だと思っていたのだ。

 それなのに、よりによって巨大な物置の影にされるなんて、到底納得がいかない。

 いくら法律が認めたって、そんなの絶対に理不尽だ。


「この立体駐車場って、もしかすると、建物の影よりもかかるところが大きいんじゃない?」

「えっ?」

「郵政省の寮の影のイメージだと、102号室や101号室は明らかにこの三階建ての立体駐車場の影の方が多くかかるわよ」

「……、……」

三田さんが、またささやいて教えてくれる。


 そうか……。

 立体駐車場の影があったとしても、それがマンションの影の中にあるのだったら問題がないのだ。


 マンションは7階。

 立体駐車場は3階。

 普通ならマンションの影に含まれてしまうので問題はない。


 しかし、三田さんの指摘が当っているとしたら、ウチはマンションの影以上の影がかかると言うことになってしまう。

 つまり、私が直感的に思った通り、実質も立体駐車場の陰にされてしまうのだ。





 裕太ママ晴美の一言メモ

「憲法で、最低限の生活って保障されているのではなかったかしら? それなのに、器物の陰にされるなんて……」

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