『隣の県議様』 三十一歳、バツイチ子持ち女の日照争奪戦!

てめえ

第1話 突然の来訪

「は~いっ!」

もう……。

 今、ようやく裕太が寝たところなんだから、インターフォンを鳴らさないでよね。


 丁寧でゆっくりではあるが何度も押されるインターフォンに、私はちょっとイラッとする。

 こんな時間に誰だろう?

 新聞の集金は先週来たし、土曜日にガスや電気の検針でもないだろう。

 時刻は、夕方の五時過ぎ……

 何のための来訪か知らないが、裕太が寝たすきに、私は夕食の支度をするつもりでいたのに。





「……、……」

「お忙しいところすいません」

細めに開けたドアの隙間から、爽やかな感じのスーツを着た男性が立っているのが見える。


「私、マンションデベロッパー、フロンティアの田所と申します」

「ウチは持ち家なので、勧誘や営業ならいりません」

「いえ、そうではないのです。本日、お伺いいたしましたのは、滝川様がお住まいになっておられるこのマンションの隣に、新たにマンションが建つ計画がございまして……」

「……、……」

「私共は計画しているオーナー様からの依頼で、こうして説明に回らせていただいているのです」

「……、……」

ふう……。

 勧誘じゃないのか。


 たまにあるのだ、オートロックのこのマンションでも。

 ウチは102号室だからなのかもしれないが、新聞の勧誘やセールスの類が……。


「あ、今、開けます」

私は、ドアのチェーンロックを外す。


 シングルマザーと幼子の二人住まいとしては、この程度の用心は当然のことだ。

 今の世の中、何が起ってもおかしくはない。

 自衛するに越したことはないのは、言うまでもない。


「あの……、新しいマンションが建つのは、その目の前の空き地に……」

「はい、そちらでございます」

「何階建てなんですか?」

「7階でございます。建築基準法に、新たに建つ建物の影がかかるお宅様には、ご了解をいただかなくてはならないと言う決まりが記されておりまして、滝川様にもご了解をいただきたいと思いまして……」

「はあ……」

「本日は挨拶がてら参った次第でございます」

どうも、しゃきしゃきと話している割に、歯切れが悪いような感じがするが……


 ただ、田所と名乗った男性は、若くて長身の上に顔も私の好みだったりする。

 こう爽やかな笑顔を振りまかれると、つい、ああそうですか……、と言いたくなる。


「影ですか……。それはどのくらいの時間かかるのでしょうか? 子供がおりますので洗濯物が乾かないと困るのですが」

「それにつきましては、次回伺ったときに資料をお持ちします。あ、そうそう、こちらのマンション様に向けての説明会もございますので、そちらでも説明させていただきます」

「……、……」

「私共は、近隣の皆様にご理解をいただいた上で工事を始めたいと思っております。ですので、丁寧に説明させていただく所存でございます」

資料……?

 それを見ないとちゃんと説明できないくらいお日様が当らなくなるのかしら?


 いくらイケメン男性からの頼みでも、それは困る。

 裕太はしょっちゅう食べこぼしをするし、おむつだって外れてはいないのだから……。

 洗濯物の量は、少ないとは言えないし……。


 私は微妙に不安を感じた。

 建築基準法なんて何が書いてあるかなんか分からないし、相手はそれを商売にしているプロだ。

 ないとは思うが、もし、到底承知できないような話しだったらどうしたらいいのだろう?


 私は法律や政治が絡むことに良い思い出がない。

 ようやく離婚したばかりだと言うのに、またトラブルなんて……


「……さん? 滝川さん?」

「あ、すいません。突然のことだったので、どう受け止めて良いのか分からなくて……」

「そうですよね。皆様、そう仰います。ただ、先ほども申しましたが、私共も近隣住民様のご理解の上でマンションを建てさせていただくつもりでおりますので、ご無理を強いるようなことは極力避けたいと思っております。工事にいたしましても、騒音が気になるような夜間には行わないように努めますし、騒音自体も防音に努めますので気にならないほどになる予定です」

「……、……」

「計画自体も自治体の許可を得て行う物ですので、法的に一切の齟齬はございません」

「……、……」

法的……。

 その言葉を聞いて不安が増すのは、私が法律に疎いからだろうか?

 それとも、田所と言う男の言い分が、私にはしっくりこない部分を内包しているからだろうか?


 田所は、それからも、

「ご理解の上で……」

と、

「法的に問題はない」

を何度か繰り返した言葉を連ねながら、話し続けた。


 しかし、私には何が何だか分からず、

「とにかく資料と説明会を見ないことには何とも……」

と、言うしかなかった。





「ねえ、裕太……」

田所が帰り、呆然とした私は、グッスリと寝ている裕太に話しかけた。

 また寝返りをうったのか、掛けてあったタオルケットはすっかりはいでしまっている。


「お日様があまり入らなくなってしまうみたいなのよ……」

「……、……」

「裕太はひなたぼっこしながらお昼寝するのが好きよね?」

「……、……」

あどけない顔ですやすや眠る裕太からは、当然、いらえがない。


 しかし、それでも私は少し安心できた。


 独りじゃない……。

 そのことがとても心強かった。





 裕太ママ晴美の一言メモ

「いい男より、寝顔のカワイイ我が子に癒される私……」

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