第28話 マンション計画の全貌

「まずさ、俺はコスモスイクスピアリって会社を知っていたんだよ」

「ああ……。川田君は株式投資なんかにも詳しいからね」

「あはは、そうじゃないよ、木原さん。……と言うか、本当は木原さんも知ってる会社なんだよ、コスモスイクスピアリは」

「どういうこと?」

「まあ、それはあとに回そうか」

「……、……」

「それでね、つい一週間くらい前に、コスモスイクスピアリが新聞のベタ記事に出ていたんだ。俺はそれを覚えていたんで、裁判はないと判断出来たんだ」

「いや、言っていることが分からない。もっと詳しく教えて……」

川田は、一瞬、面倒くさそうな顔をしたが、思い直したのか話を続けた。


「ベタ記事の内容はね、複数の銀行に債権放棄を要請したってことだったんだ」

「債権放棄?」

「そう、コスモスイクスピアリは債務超過に陥っていてね。1000億円の借金を棒引きにしてくれと頼んだの。まあ、棒引きって言っても実際は自社の株で引き替えにするんだけどね」

「そ、そんなことが……?」

「まあ、興味がなければ見過ごしてしまうような記事だから、これを知らなくても誰も責められない。木原さんでもね」

「……、……」

借金の棒引き?

 そんな都合の良い話ってあり得るのだろうか?


「この債権放棄は銀行側が吞むよ。コスモスイクスピアリはマンションを多く手懸けていて所有不動産があるからね。つまり、業績が悪く現金がないから倒産寸前だけど、もし倒産しても銀行は資産を差し押さえられれば元が取れると言うことなんだよ」

「……、……」

「ここまでは良いかな?」

「ああ、続けて」

「……で、債権放棄を申し出ている会社が、トラブルに巻き込まれたいと思うかい? 裁判沙汰を、今起こしたいと思うわけがないだろう?」

「あ、そう言うことか。銀行だって曰く付きの会社の借金を棒引きにしたら、世間から何を言われるか分からないからか」

「そう言うこと。つまり、さっきのデベロッパーの彼は強がっていたけど、本当は裁判になんか出来ないんだよ、たかが立駐機一つでね」

「だから、川田君はあんなことを言ったのか」

「そう……。知っている人は知っているよ、って示唆してやったんだよ」

「なるほど、ようやく理解してきた」

木原は以前、マンション業者は薄利で大変だと言っていた。


 そうか、規模が大きい会社ではあっても、自転車操業みたいになっているのか。

 だとすれば、経営に行き詰まることがあっても不思議ではない。


 それにしても、川田はいつも新聞のそんな小さな記事を読んでいるのだろうか?

 さっきパソコンで調べていたのは、その記事の確認に違いない。





「……でね、ここで一つ疑問が湧かない?」

「疑問?」

「債権放棄を要請するような会社が、どうやって隣の土地を手に入れたかってことだよ」

「ああ……。言われてみればそうだね。現金がないから倒産寸前なんだからね」

「そこで、コスモスイクスピアリの会社情報が必要になるんだ」

「……、……」

「木原さん、リディカルコスモスって会社を知ってるでしょ?」

「ああ、それは知っているよ。リディカル事件の舞台となった会社じゃないか。未公開株の不正譲渡で、時の総理までが辞任した事件だ。日本の憲政史初と言っても良いほどの疑獄だったよね」

「そのリディカルコスモスは社名変更したんだよ。それがコスモスイクスピアリなの」

「な、何っ!」

「ふふっ……。勉強不足だよ、木原さん」

「……、……」

リディカル事件なら私でも知っている。

 だけど、そんな会社が今でも存続しているなんて……。


 木原も唖然とした顔をしている。

 それはそうだろう。

 突然、とんでもなく大きな話になっているのだから。


「債権放棄にしてもそうなんだけど、隣の土地取得に関しても政治的な匂いがしないかい? だって、隣は元郵政省の寮だよ。郵政民営化以来、ずっと塩漬けになっていた土地をどうして倒産寸前の会社が買えるんだよ。普通に考えたら明らかにおかしいでしょ」

「……、……」

「郵政省絡みの土地売却は、ある金融機関が一括して安く買い叩こうとしたけど、世間の批判を浴びて頓挫した。その土地が、何でコスモスイクスピアリに払い下げられたのか……」

「もしかして、今話題となっている財務省が絡んでいるのか? まさか政治家も……」

「まあ、その辺は想像に過ぎないから何とも言えないけど、ここは現官房長官のお膝元だからね。もし、裁判をやってマスコミに突かれでもしたら、政権は吹っ飛ぶ可能性すらある」

「いや、ない話ではないね。これ、隣の土地の売却値段を調べたらとんでもないことが分かるかも知れない」

「そうだね。隣からはゴミなんか出てこないだろうからさ」

「……、……」

木原は真顔になった。

 ちょっと怖いくらい真剣な顔だ。


 それに較べて川田はどうだ。

 他人事のようにニヤニヤしているではないか。


「興味があるなら調べてみなよ。俺には関係ないから、別にどうでもいいことだけどね」

「……、……」

川田はそう言って私に笑いかけた。





 裕太ママ晴美の一言メモ

「債権放棄にリディカル事件。そして、土地売却で財務省や官房長官まで……。うーん、話が大きすぎて、実感がわかない。だけど、実際にそういうことが起きているのかもしれないと思うと、背筋がゾクゾクするわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る