第8話 才能

機械、それも大きな機械が無機質に小さく鳴いている。


宛らMRIの様なそれは、中にアギトを仕舞いこみ、その全容を明らかにすべく絶賛稼働中なのだ。


これにはもちろん理由がある。


ここ、魔術適正調査室にてアギトの適正を観て貰おうとしたのだが、思いの外作業が難航したのだ。


本来この適正調査は難しくなく、ある特殊な魔術を用いて対象のマナに干渉し、その奥底にある根源、言い換えれば属性を観測し、得手不得手を診断するのだ。


しかし、アギトからは根源が見えないどころか、そもそも魔術が上手く動作しないのだ。


発動こそするのだがほんの数十秒で必ず途切れてしまい、それ以上の進展はない。


数度繰り返したがどれも同じ結果に終わり、他の手段を試すも良い結果は出ず、最終手段して例の巨大な機械を起動させ、今に至る。


曇りきった表情で作業の行く末を見守る担当員とセリン、しかしその曇りが晴れることはなかった。


暫くして診断結果が出た、足早に確認に向かうのはセリン、当のアギトは長時間息の詰まる場所にいたせいか身体を伸ばしながら一息ついている。


瞼を落として深呼吸を一回、不安の入り雑じる心を静め、現実に戻る。


まず写ったのはセリンの浮かない表情だった。


担当員と何かを話している様で、両者ともに気まずそうな雰囲気を纏っていた。



「えっと…あのねアギト君…実は……」


「…結果、ダメな感じですか?」



意外、と顔に書いてあるが少し考えれば誰にでもわかるほど、材料は揃っていた。



「あ…顔に出てたか…」


「まぁ…はい……」


「ごめんね…せっかく気分変えようと思ったのに…」



俯きながら謝る彼女を見て、考えが纏まる前に言葉が漏れた。



「いえ!才能無い方が悪いんです!あ、謝らないで下さい!」



才能が無い。


自ら出した一言が、胸に刺さる。


アギトはもとより期待などしていなかった。


日本にいた頃、彼には飛び抜けた才能など無く、所謂ただの凡人だった。


それはこの異世界に来ても変わらない、凡人はどこへ行っても凡人だ。


この閉鎖的な思考が自身の価値を殺している事を頭では理解しているが、もはやそれを改めるだけの気概を彼は失っていた。


漫然が染み付いたその心は、簡単には変わらない。



「そんなこと!!」



返ってきた否定の言葉、だがそれは受け取れなかった。


彼女の気遣いは有難い、しかし今は言葉を欲してる訳ではない。



「ちょっと…ゆっくりしたいです…こう、開けた場所で…」



一人になりたい。


この部屋じゃない、どこか違う場所で、ゆっくりともたれ掛かりたい、今はそれしか考えられない。



「…うん、わかった。」



調査室を後にしてからの時間は、思いの外早く、空が茜に染まるまであっという間だった。


案内された施設の中庭らしき場所、設置されたベンチに腰掛け、吹き抜けの天井を仰ぎ、疎らに流れる雲を無心で眺めていた。


大きな円形のガラス天井だろうか、少なくとも完全な吹き抜けではなく、透明な何かが隔たれているのがわかる。


経験上ガラスと形容するしかないが、この異世界にこれまでの常識は通らないと既に知っているアギトは、安直にガラスだ、と思わないことにした。


緩やかな時間が雲と共に流れてゆく。



「アギトくん」


「え!?はいっ!」



不意に名前を呼ばれ、反射的に立ち上がってしまった。


クスクスと微笑みながら歩み寄るのは見知った白衣の男性。



「ふふっ、そんなに気を張らなくてもいいよ、隣、いいかな?」


「あっ、ゲゼルさん…はい、どうぞ。」



過剰な反応に恥ずかしさを覚えながらも、彼の座れるスペースの為に横にずれる。


ゆっくりと腰を落とし、暫く静かな時間が流れた。



「診断結果、聞いたよ。」



切り出したのはゲゼル、声のトーンから察するに少し気まずそうだ。



「残念だったね…あまり気を落とさないで…」



優しい口調でアギトを慰める、もちろん受け手も随分と落ち着けたからか、素直に聞き入れる。



「はい…ありがとうございます。」


「まぁアギトくんの世界には、魔術なんてものは存在しないんだ、こんな結果になったのも仕方ないよ。」


「それに、魔術の適正がなくても、魔術を使うことは可能なんだし。」


「………え?」



唐突に放たれた一言はアギトの時を止め、消えかけていた未知への好奇心を強く煽る。


思考は困惑と興味で溢れせめぎ、言葉は喉元まで昇ってきていた。



「それ、本当、なんですか?」



緊張する、もしかすると本当に魔術を使えるかもしれない、平凡な自分が超常に触れられるかもしれない、そう考えると、緊張し、口がこわばる。


背筋は当然立ち、手は力一杯に握りこまれ、全身で肯定の返事を待つ。


息を吹き返した好奇心は眼球から止めどなく溢れ、ゲゼルへと向けられている。



「ふふっ」



そう小さく笑うと、ゲゼルは立ち上がり、背伸びを一つ、二歩前へ進み、アギトに背を向けたまま、口を開いた。



「もちろん本当だよ」



本当


本当なんだ


やった、本当なんだ、やった、やった!やった!!



「っしゃあ!!」



溜まりきった力はアギトの心を踊らせ、歓喜として口から吐き出された。


食い込むほど握った手は、小さくも思い切り振られ、ガッツポーズを行う。


幼少からの憧れ、そして今でさえ憧れる超常に触れられる、体験できる、そう考えると、舞い上がらずにはいられない。



「でも…もう夜だ、続きは明日でもいいかな?」



人差し指で空を指しながら、アギトに微笑む、指先を追って見上げると、綺麗な茜に黒が蝕みつつあった。


興奮はまだ冷めないが、辛抱が効かない訳ではない。



「全然!全然大丈夫です!」



瞳を輝かせながら、楽しみを明日へと持ち越す、まるで遠足を控えた子供のようだ。



「ふふっ、じゃあ戻ろうか」


「はい!」



差し伸ばされた手を取り、ゆっくりと立ち上がる。


あぁ明日が楽しみだ、本当に、本当に。

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現代から異世界に召喚されたけどいろいろあってみんなぶっ潰す のののXR @nononoxr

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