第7話新たな一歩
魔術
特殊変異元素マナを用いて奇跡を起こす術式の総称。
その変異系統は様々で、思考によってありあらゆる効果を発揮する。
攻撃や防御の様に戦闘で活用出来る他、物を浮かせたり、暗がりに光を灯したりと日常生活でも欠かすことの出来ない力。
頭の中にマナを貯められる器官があり、神経を通してマナが体に送られる。
減ったマナは呼吸することで回復出来る。
「次にー、魔術式だねー!」
ページの捲れる音、読み聞かせてくれたのはほんの序章、魔術の基礎の基礎だそうだ。
アギトはとても新鮮な気持ちだった。
自国の文字を追いながら刷り込まれたての言語に訳すのは少し難しいようで、途切れ途切れになりながらゆっくりと読み上げる。
勿論、聞き心地はそうよくないはずだが、未知に対する好奇心と、それを知れる感動がもたらす心地よさには劣っていた。
踊る心を胸に秘め、静かに次の知識を欲する様は子供のように純粋なものだった。
「魔術式とはーえーっと…魔術を効率よく発動する為に開発されたぁー…もの!」
「内容自体はマナへの命令文なんだけどーこれを覚えておくと、いちいち頭であれやってーこれやってーって考えずにパッと出来るよ!」
「あとー、この魔術式は身体に刻印してから使う方法もあるよー!」
「なるほど、数学の公式みたいな感じか…」
頷きながら一言一句逃さぬように耳を立て、今後あるかもしれない魔術を使う場面の為に理解を深める。
「おー!そうそう!いい例えだよー!」
グッと拳を握り、親指を立てる、教師を彷彿させる振る舞いはアギトを懐かしい気持ちにさせた。
こうやってすぐ傍で教えてもらうのは何年ぶりだろうか、と。
「あれ?どうしたの?」
感傷に浸る様子に反応し、不思議そうにベッドの教え子の顔を覗く。
「え?え!?いや!なんでもない!です…」
視界に移った素朴な表情は思いの外近くにあり、不意をつかれたアギトは頬を染めながら距離を取る。
整った顔立ちは近くで見るとより綺麗に見えて、直視し続けるのは難しい、ましてやそれを鼻先が触れそうな程の距離で見るなど不可能だ。
体温が高まり、鼓動が早まり、もどかしさが膨れ上がる。
何か、何かないかと、取りつく島を探すように思考を巡らせ、気持ちを落ち着かせるべく徹する。
「あっ!魔術!俺も魔術使ってみたいです!!」
とっさに張り上げたのは興味の入り交じった本音だった。
「俺!ずっと魔術とか、そう言う力とは無縁の場所にいて!だから、その…やってみたいです!」
恥ずかしさと照れくささから顔を伏せたまま意志のみを真っ直ぐに相手に投げる、格好こそつかないが先程の寂しげな表情は何処かへ行っていた。
対するセリンは少々驚いていた。
顔を近づけ、驚かせて元気にしようと企んだが、ここまで慌てるとは予想していなかったからだ。
結果的に悲しげな雰囲気は失せ、彼女の企みは上出来と言える成果を上げたものの、まさかこちらまで紅潮するとは思いもしなかった。
現にセリンの頬は赤く、少し照れた様子だ。
沸き上がった感情が思考を遮ろうとするが、なんとか抑え込み会話を成り立たせる。
「あ、ああ!うん!魔術!いいねそれ!早速取りかかろう!!」
いそいそとスカートのポケットを探り、小さなインカムを取りだし、少し離れた場所で通信を始めた。
小声で話している様だが、耳を澄ませば微かに聞こえてくる、理解できるかは別として。
「エディチェ!ラクー………あー…えっと…所長から許可出たよ!」
勢いよく口にした言葉はアギトには理解できないもので、すぐに切り替えるも羞恥からは逃れられない。
目の前で唐突にドジを踏まれ、苦笑いするしかないアギトの対応にますます羞恥は膨れるばかりだった。
寸刻
セリンと共に部屋を出たアギトは、魔術適正を調べる場所へと向かっていた。
何でも魔術は個人の才能に大きく左右されるものらしく、まずは検査を受けるのだそうだ。
真っ直ぐに続く白い廊下、規則的に並ぶ幾つかのドア、格好も相まってか病院に思えてくるこの場所、加えてこれから検査と来た。
見渡すも代わり映えはなく、どこを見ても同じに見える光景は、あるはずのない既視感をもたらせてくる。
一瞬現実に帰ってきた気持ちになったが、周囲の言葉や態度が本当の現実を突きつけてくる、ここは君の知らない場所だと。
すれ違う人々はこちらを注視し、時折「サチェー」と聞こえてくる。
もともと気が弱い方のアギトは、少し胃が痛かった。
飛ばされてすぐの時と比べればかなりマシにはなったが、これはこれで辛いものがある。
その様子は前を歩くセリンにも伝わっており、どうにか出来ないかと考えているようだ。
ふと手に暖かく柔らかな感触を覚えた、それがセリンの手だと理解するのに時間は不要だった。
いろいろ考えた結果、セリンはアギトの手を握ることにし、すぐさま実行してみせた。
呆気にとられる彼に微笑み、少しでも不安を取り除こうと努める。
勿論効果は抜群で、彼の心は握られた手と少し赤くなった表情に擽られ、落ち着きを取り戻した。
「お、あった!あそこあそこ!」
そうこうしている間に目的地が見えてきた、指差しながら歩を早め、駆け足でアギトの手を引く。
一方でアギトは急発進によろめきながらもなんとか足並みを合わせ、その後ろを追う。
この後告げられる事実など露知らず、期待と不安を胸に足を運ぶのであった。
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