第55話 【ACT三】哀の虹

『……』

バベル・タワーの底で飼っていた暗黒『アバドン』が代わりに全てを覆いつくし、その中に偽神はいた。

『……』

「ふうん、これがアバドンか」

その前方には魔王が浮上している。

『……』

偽神が攻撃しようとした時だった。

「カミサマ。 攻撃というものはを言うんだぜ」

偽神の頭部がはじけ飛んだ。否、一瞬で偽神の体が断片にまで砕かれて散った。

「想念で攻撃……『神罰』って本当に便利だなあ?」

偽神の体は即座に元に戻る。だが、初めて偽神は怒りに歪んだ顔をしていた。

『……』

「おいおいカミサマ、十八番オハコを取られたからってそう怒るなよ。 Q:神罰って何でしょうか? A:カミサマを罰する事です。 だろ?」

魔王――魔の王。万魔の王。神に抗う全ての者の王。神を嘲る者。神を殺す者。

『……』

偽神が超時空跳躍をした。

「――逃げんじゃねえ!」

魔王が顔をしかめて、その後を追う。

偽神と魔王は歴史を遡った。激突と回避を繰り返し、その余波で歴史を滅茶苦茶にしつつも『天地創造』までたどり着く。

偽神の体はもうずたぼろであった。ついに本性を見せていた。

その本性は、まだ産まれてもいない胎児であった。

『我は神なり! 唯一絶対の神なり! かつてはアザトースと呼ばれYHVHと呼ばれ崇められ畏怖されし唯一の神なるぞ!』

「……」魔王は、ただ悲しそうな目で、偽神を見つめていた。「そうか、アンタ、全部無かった事にしようとするのか。 またアンタだけに戻ろうとするのか」

『我は神なり! この世界全てが我のものなり!』

だが、魔王は止めなかった。ただ悲しそうな顔で、『彼女』を見ていた。

『!?』偽神は驚いた。と言うのも――、

「もう、一人ぼっちで泣かなくて良いの」

優しい腕に抱きしめられたからである。

「……ヘレナ」魔王が、呟いた。

偽神が勝ち誇った顔をして、世界を『終焉』させようとした。

『我は神なり、常に勝利と共にあり!』

魔王は何も出来なかった。

「せめて」ヘレナは血の涙を流して泣いていた。「せめて、」


 


偽神の鼓動が止まった。そして、遠い未来からアバドンが偽神を呼び、飲み込んだ。ふわふわと偽神は時空の狭間を漂い、消えて行った。

アバドンは創造主を飲み込んだために、消えた。

「あ」

あまりにも悲痛な絶叫が響いた。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


  

ヘレナが慟哭していた。世界中の悲しみを叫ぶかのように泣いていた。

「……泣くなよ、ヘレナ、もう泣かないでくれ。 たったの一人ぼっちで 泣かないでくれ」

I・Cが彼女を抱きしめても、彼女の悲しみは止まらなかった。止められるはずが無いのだ。彼女はどうしようもなく悲しいのだから。

「世界なんて終わってしまえば良いんだ! こんな世界なんか、こんな世界なんて!」

「お前が終わらせたいのは世界じゃなくてお前自身だろう……もう、止めろよ」

「黙れ、お前が何を言う! お前が、お前が何を言うんだ!!!!!!!!!」

「お前が世界を滅ぼすのを望むなら、俺が始めるさ。

お前が悲しむのなら俺が抱きしめるさ。

だから、もう、一人で泣くな。

――お前の悲しみが、未来永劫続くものだとしても」

「……」ヘレナは声もなく泣きじゃくっている。

「俺は維持する、全てを維持する」

魔王の姿がゆっくりと変わっていく。

「新たなこの世界の全てを。 ずっとお前の手を握りしめて、さ」

黒い翼が光り輝き、そして黒い魔王そのものが光り始めた。

「……勝手にしろ」

ヘレナは、それだけ、言った。魔王は頷いた。

「……ああ、そうする」


今や光の御子ヘレル・ベン・サハルとなった彼は叫んだ。


創めるぞ!

この世界を!

俺は、この世界を。

二度と滅ぼさぬと、お前に誓う。


……遥か遠い世界で、降り続いていた雨が止んだ。

間もなく、朝焼けの空に、目にも鮮やかな虹がかかった。

それは美しい天地を繋ぐ橋のようであり、

そしてもはやそれらを滅ぼさぬと誓約した証のようでもあった。


ION本編 END

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ION 改 2626 @evi2016

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