7 衛星軌道の光たち

 サラの眠る棺桶の上に、鋼鉄のゴンの身体を横たえる。

 電磁ワイヤーで棺桶とゴンをしっかりと結びつけてやる。ゴンの身体はピタリと棺桶に張り付いた。

「これで……何があろうと、離れないだろ」

 宇宙船のアームを操作し、ゴンとサラの棺桶を宇宙空間に放った。

 棺桶は青い地球の上を、滑るように動き出した。地球の重力に引かれては弾かれ、弾かれては引かれる。棺桶はこれから月と同じように、地球の周囲を回り続ける。

 二人は青い地球を、故郷の大地を、見守り続ける。永遠に。

「じゃあな、ゴン」

 宇宙の真空に向かって、スティーブは呟いた。


 スティーブだけになった宇宙船は、すべての推進剤を使い切っていた。

 あとは慣性に従って、どこまでも宇宙を泳ぎ続けるだけだ。宇宙の果てまで運ばれるか、どこかでデブリにぶつかって壊れるか。

「いや……そこまで、俺が保たないか」 

 目が霞んできた。身体の痛みを感じなくなっている。手足が冷たい。

 スティーブは目を閉じた。

 何十年も頭を悩ませていた何もかもが、今は綺麗さっぱり消え去っていた。

(このまま死ぬのも、悪くはないか……)

 倦怠感が身体を包んでいる。

 少しずつ、意識が遠のいていく。


『スティーブ』

 声が聞こえた。

 夢だろうとスティーブは思った。

 夢ならせめて家族の声を聞かせろとも思ったが。

 夢の中で、声は続く。

『スティーブ、聞こえるか。聞こえたら返事をしてくれ』

 何とも忌々しいことに、それは同僚のダニエルの声だった。

 要領が悪く、戦いに不向きで、何度もスティーブの足を引っ張った同僚の。

『返事をしてくれ! 死んじまったのか!』

 クソ。スティーブは舌打ちした。

 人が気持ちよく死にかけているのに、こいつは邪魔をするのか。

「耳元でぎゃあぎゃあわめくな……うるさくて眠れやしない」


『スティーブ! 生きているんだな!』

 その声は――夢でも幻でも何でもなかった。耳元の無線機から、ダニエルのがなり立てる声が聞こえる。

『良かった、死体だけ宇宙空間に放り出されてるわけじゃないよな? 本当に生きているんだよな?』

「死んだ人間は返事をしない。状況は説明しろといつも言っているはずだ、ダニエル。お前はどこにいる? 何があった?」

 宇宙空間での超々距離通信にはそれなりの設備がいる。

 官給の個人携行無線での通信範囲はせいぜいが数百キロだ。

 つまり、ダニエルはさほど遠くない場所にいる。


『補佐官だよ! アンタの補佐官が会話記録と映像記録のデータを全部、俺のところに送って寄越したんだ! それで彼女が破壊されたことと、アンタが一人で宇宙港に突入したのを知ったんだ』

「……シャルロットが?」

 スティーブの為に、その身を犠牲にして散った彼女。

 彼女は終わりの瞬間まで、スティーブに忠義を尽くして死んでいった。孤立無援のスティーブが危機に陥ることを察知して、死の直前に応援を呼んでいた。

『今、救援に向かってる! すぐに行くから死ぬなよ!』

「……すまない、ダニエル。助かった」

 スティーブが言うと、無線機の向こうで驚きの声が上がった。

『なんて言った? スティーブ、アンタの口からそんな言葉が聞けるなんて』

「さっさと来い。こっちは死にかけてるんだ」

『了解だ。ああ、ちょっと待って。代わるから』

 無線機が雑音を拾う。誰かと話す声。ダニエルが無線機を外し、誰かに渡したのだろう。


『スティーブ?』

 その声は、別れた妻のメアリだった。

『アナタが無事で良かった。あんな別れ方が最期だなんて、私……』

「メアリか……レイチェルは、無事か」

『ええ。ダニエルに連れて来てもらったの。アナタが危険だって聞かされて』

「……何をどう伝えれば良いかわからん。これからは努力するなどと口先で言っても仕方がないが……やり直せたらと思っている。もちろん、キミたちにそのつもりがあればだが」

『ええ』

 メアリが涙混じりの声で答える。

『私はいつだってそのつもりよ。十年も過ぎても、やっぱりアナタを見捨てられない……レイチェルだって、ずっとアナタに会いたいと言っていたわ』

 スティーブは微笑んだ。

 ゆっくりと遠ざかっていく地球。

 衛星軌道の光となって漂う、二人の棺桶。

「今度こそ、やり直そう。メアリ、俺はキミを愛しているよ」

 長い時が必要だった。だが、ようやく、スティーブは自分にとって何が大切なのかを知った。



【了】

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衛星軌道の光たち 鋼野タケシ @haganenotakeshi

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