最終話「それぞれの明日へ、ヒーロー!インッ!」

 あれから数日が経った。

 未曾有みぞうの危機を乗り越えた地球と人類は、びっくりするくらい普通だ。平穏な騒がしさに満ちて、誰もが日常を謳歌おうかしている。

 学校の屋上から見やる世界樹せかいじゅは、今日も行き交う竜達と共に空を支えていた。

 そして、佐倉英雄サグラエイユウの耳にもスマートフォンからのネット放送が聴こえている。


『はいはい、グッモーニンアフタヌーンイブニナイっ☆彡 女装ウィーチューバー“MARiKAマリカ"は今日も元気なようです! みんなも元気に平凡な日常、満喫してるーっ?』


 律儀に星宮ホシミヤしおんが「まんきつー、なーう!」と声をはずませる。

 天変地異が嘘のように、いつもの昼休みがそこにはあった。

 少しだけ違うのは、巻波真姫。

 誰もが少しずつ変わってゆく、その流れの中に彼女もいる。


「くーっ! どうするよ、しおんっ! 鞠華きゅんもラブリーだけど、百音モネしゃんもセクシー! で、もっ! 男一匹、磯出克己イソデカツミ! 嵐馬ランマ様にののしられたい……メイド服で」

「にゃははは、かつみんこじらせすぎー! いーからチョコでも食べて、食べて!  それよりさ、わたしアイドル部入ろうかな? 結依ユイちゃんとまた、燃え上がりたい! 結依ちゃん達になんか? 火? つけられちゃったかも!」

「やめてくれる……? 頼むからお前、タルタルソースにチョコ突っ込まないでくれる……?」


 今日も毎日は平和なようです。

 それを満喫して、英雄はふと浮かんだ笑みの向こうに見た。

 同じ笑みを浮かべる、真姫の柔らかな表情を。


『はーい、ここでお知らせデス! 僕のSNS、ウェイカーアカウントを見てくれたかなーっ? (耳に手を当て、大きくうなずく)はいどーも、さっき発表があった通り、僕が今度CDデビューしちゃいます! あの地球最強スクールアイドル『ELEMENTSエレメンツ』の皆さんとコラボして、歌って踊って戦っちゃうぞ! なんてな(バシバシ!)』


 しおんは元気に、以前自分が歌ったパートを、今度はあの逆佐鞠華サカサマリカが歌うのだと笑っていた。克己も、タルタルソースまみれのチョコを食べながら笑みを浮かべる。

 そんな中で、自然と英雄が肩をすくめてみせると、真姫はようやく笑った。そして、静かにつぶやき出す。


大団円だいだんえん、だね? ……私がこれから選ぶ、これから守るもの……ハッピーエンド」

「ん? どした、真姫」

「ううん! よかった、って思って」

「俺もだよ。でも、思っただけじゃなくて、それはやっぱりよかったんだよ。だから」

「だから?」


 不意に英雄は、ついつい真剣な表情になってしまった。だが、それで真姫が強張る気配を感じると、また笑う。


「いつか、いつか……いつか来るって、その日まで、楽しくみんなで過ごしたい」

「……うん」

「その先もだから、もう思ってるだけですまないくらいだから。これから、真姫ともっと話したいんだ。いつか来る、その日の向こう側へ続く話がしたい。駄目かな?」


 真姫は頬を赤らめ、うつむいてしまった。

 だが、すかさず克己としおんが茶化してくる。


「おおっと、ここでえーゆ選手の強烈な爆弾発言! これぞまさにスケコマシの見本市みほんいちやわあー! 解説のかつみんさん、どうですか!」

「これは綺麗に極まってますね、完全に技が効いてますね……ギブアップか? 真姫ちゃん選手! さあ、反撃なるか!」


 こうして、いつもの昼休みが過ぎてゆく。

 来るべき、その日に向かって再び動き出す。

 いつか、それは避けられえぬいつの日か……英雄と真姫に別れは来るだろう。しおんや克己とも、離れてゆくことがあるかもしれない。進学や就職、そして日々が皆の距離を変えてゆく。生きることは変わること、そして何かを変えてゆくことだ。

 だからこそ、今日という日が変わらぬ皆の思い出になればと英雄は思うのだった。





 若倉ワカクラツトムの日常も、もとに戻った。

 変わったことと言えば、時給が20円上がったということだけ。

 でも、こうして忙しくしている八頭司ヤトウジルアの補佐をしてると、以前のあの大事件が夢のようだ。

 一部、悪夢だったが。

 ルアの職場となっている一室で、ペーパー類の整理を手伝いながらツトムは溜息を零した。


「あの、ルア様……」

「何かしら?」

「……その壁紙、やめてもらえませんか」


 ルアが作業用に使っているパソコンの壁紙、そこにツトムが映っている。

 女装して引きつった笑いを、それでもどうにか愛らしく浮かべている。

 これは、あのあとルアの小粋なはからいで開かれた打ち上げパーティの時の写真だ。オズ・ワールドリテイリングJPジャパンの支社長も、実は陰ながら動いていてくれて、巨大なプロジェクトの縁の下の力持ちをやってくれていた。その労をねぎらう意味もあって、盛大なパーティが開かれたのだ。

 ツトムの写真は、鞠華、嵐馬、百音といったXES-ACTORゼスアクターの面々との記念写真である。


「私はいい写真だと思うわ。同じ女装趣味同士だし、嫌かしら?」

「嫌、では、ない、です、けど……僕の女装はこれ、趣味じゃないですから」


 今もツトムは、手当がでるからと女装をしている。

 だが、ルアは椅子を回転させて向き直ると、そのまま肘掛けを使って胸の前で手を組んだ。立ち仕事のツトムを、じっと上目遣うわめづかいに見詰めてくる。


「趣味じゃなければ、何かしら? 私の女装の命令……お願いは」

「仕事、でしょうか」

「仕事……つまり、対価を得るための労働ということね?」

「でも、仕事自体が目的でもあって……今回、少し思ったことがあるんです」


 ツトムは、自分でも奇妙なことだと想いつつ言葉を選ぶ。


「借金の返済や金銭のためじゃない、もっと大きなもののために働いてる人達がいて……それは、ルア様も僕も同じなんじゃないかと思って」

「……そう。いいわ、今はそれでいい、けど……ただ、覚えておいて! 私はやりがいとかやる気とか、そういうもので繋がりたくないの。仕事なら対価、そしてプライベートなら……二人、なら」


 その時、不意にツトムの携帯電話が鳴った。

 ルアがすごーく嫌そうな顔で通話をうながしてくる。

 そして、ツトムは渋々電話に出るのだった。





 電話の向こう側で、少年の声が「もしもし」と響く。

 香ばしい油の跳ねる匂いの中、クヌギはスマートフォンを持ち替え話し出した。ここは荻窪おぎくぼラーメンの店、『詠竜軒えいりゅうけん』という中華食堂だ。

 どういう訳か、椚はルアではなくツトムの番号を携帯に入れておいたのだ。

 ルアへの用事がある時も、ツトムを介することにしている。


『あ、どうも……椚先生』

「おいおい、お前さんまで先生かい? よしてくれ」

『じゃあ、椚さんで。どうかされました?』

「お前さんのかわいい社長さんに伝えてくれ。メガフロート組はさっき、船で送り出してやった」


 魔法使いの吉野ヨシノユウトと、SVパイロットの真薙真サナナギマコトだ。二人は先進技術や神秘の力を研究する特区、メガフロートへと戻っていった。先程まで一緒で、飯にも誘ったがフラれてしまった。

 あの二人にも、これからまた別々の戦いがあるのだ。

 それを感じさせるに十分な、決してひっこめられない緊張感を椚も感じていた。


『えっと、ルア様と代わりましょうか?』

「いや、いい。お嬢ちゃんには必ずお前さんを通すし、お前さんから伝えてもらえれば、それでいい」

『どうしてまた』

「ん? 何……カタギの人間が俺みたいなのと繋がってちゃいけねえよ」

『……僕はいいんですか?』

「誰かがお嬢ちゃんを守ってやらなきゃなあ? まあ、適材適所だ」


 曖昧あいまいな返事をよこしながら、照れくさそうにツトムは笑っていた。

 それで椚も、ルアにもよろしく伝えてもらえるよう頼んで、電話をしまう。

 野菜つけめんを待つ間、隣には学生の少年が座っていた。

 二人が並ぶカウンター以外も、全ての席が混雑で埋まっている。


「よぉ、椚のおっさん。全部終わったんだろ?」

「まあ、な。だが、皆がそれぞれ帰っていく、その先もまた戦いだ。それはお前さんもそうだろう? 御門桜ミカドサクラ……神話の継承者としてな」

「さぁね! ただ、まずは一段落だと思いてえ。それはユウトもマコトも同じじゃねえかな」


 ユウトは再び、仲間達と共に戦う魔法使いの日常に戻っていった。やがてその戦いすら、非日常な思い出となって風化し、それを振り返られる日々がくる時のために進み続ける。

 現代の魔法使いと共に去った、マコトが残した言葉を椚は忘れられなかった。


「非日常へのベイルアウト、か……まあ、どこにでも世間の裏、社会の影はぽっかり口を開けてるもんさ。それは幸運も一緒だ」

「だとしたら、俺等の戦いも終わらない……終わらすまでは終われねえ」

「そういうこった。さ、食おうぜ。ここの中華は絶品よ……この味を守るのもまた、戦い。この店みたいなのを沢山守りたいから、俺もお前さんも戦えるのさ」


 そう笑って、椚は桜と一緒に運ばれてきた料理に向き合う。

 カウンターに並ぶ背中は、まるで春の風に揺れる大樹のようだった。





 守和斗スワトはことのあらましを、二人の少女に語る。

 片や偉大なる騎士の血族、片や恐るべき魔の眷属けんぞくだ。

 とても美しい二人の少女に、ねだられるままについ語ってしまった。少し懐かしかったのかもしれないし、まだまだあらゆる世界は危機を孕んでるからだとも思った。

 それは遠い世界の伝説で、誰も知らない神話。


「ぐぬぬ、ご主人様……それ、嘘っぽいのに……」

「そんな荒唐無稽こうとうむけいな……星が降ってくるとか……」


 だが、少女達は夢物語のように受け取る中で、確かなものを拾ったと思いたい。

 だから、馬車をゆっくり走らせる守和斗は、言葉を続ける。


「つまり、この話の大事なことは……ふとした弾みで破滅は訪れるし、同じように奇跡もまた起こりうる。それらはまあ、


 そう、運だ。

 天命と言い換えてもいいが、無限大の可能性が無作為に選ばれた結果に過ぎない。幸も不幸も運次第、しかしそれが全てと割り切って生きることは難しい。

 そして、努力である程度は運命を変えてゆける。

 そのことが伝わっただろうかと、守和斗は小さく笑みを浮かべた。

 馬車は今日も、守和斗が飛ばされてきたこの世界を走る。

 その秘密を求める中で、二人の少女を成長させながら。


「っと、どうしたのかな? ……そこの方、大丈夫ですか」


 ふと、街道かいどうの路肩に壊れた馬車を見つけて、守和斗は止まる。

 その馬車は、屋根が吹き飛ばされていた。

 だが、周囲に立って振り返る少年は笑顔である。


「親切にどうも。や、大丈夫じゃないですかね? 走る分には問題ないし、この先にツテも見つかりそうですか」


 どうやら冒険者のようだが、酷く頼りない。

 それなのに、落ち着いた所作は旅慣れている……というよりは、不測の事態に対して心構えの定まった男だという印象があった。

 それに比べれば、一緒の女騎士は動揺もあらわで、それを取りつくろうとする様までありありと見て取れる。


「フウロ……や、やりすぎたようだな? 私の失態だ」

「まあまあ、レフカさん。気にしてもしかたないですし、とりあえず点検して出発しましょう」

「そこの旅の方も、感謝を。足を止めさせてしまったな」

「親切にありがとうございます。でも……俺達は俺達でやってみますから」


 守和斗は、その言葉に頷き、挨拶を交わして再び馬車を走らせる。

 遠ざかる冒険者達は、自分達とは逆の方向へと再び進み出したのだった。





 再びアヤカは帰ってきた。

 自分達の時代の、最後の楽園……かじもない、浮かび続けるだけのノアの方舟はこぶねに。今日も島の空気は温かく、海から吹く風が心地よい。

 そして、隣には親友のハナが一緒だ。

 二人は並んで、手を繋ぎながら岬への道を歩く。

 その手には、あの枯れた花があった。


「よかったね、ハナ。エミィさん、親切で」

「うんっ! それに……エミィさんのお陰で、わかった。今回、突然知らない場所に飛ばされた意味も、そこで起こった出来事の真実も」


 二人は、謎の古代兵器リリウスに選ばれた魔法少女。

 依代よりしろであると同時に、生贄いけにえだ。

 でも、凍れる煉獄れんごくに閉ざされた世界の中で、希望をともし続ける。

 掲げた炎で照らし、温め、敵を焼いてゆくのだ。

 そんな二人が飛ばされた先は、恐らく無数の世界線が広がり進む……その全てが交わるターニングポイントのようなものなのだ。無限に分岐する可能性、そして数多の未来……その全てが、特異点によって一箇所に集まった一瞬なのだ。


「エミィさんとユートさんは、帰れたかな?」

「大丈夫だよ。だってゴリラだし!」

「……それ、関係ないよ? 多分、関係ないよ……ふふ、ハナったら」

「そうだよね、ゴリラはゴリラでも、ロボゴリラだもんね!」

「だから、関係ないって」


 未来から来たという少年は、電脳世界に閉じ込められた少女と一緒だった。そして、肉体を失ってもその少女は……エミィは生きていた。

 そして、同じ命がまだそれに残っていると教えてくれたのだ。

 だから今日、アヤカはハナとこの場所に来た。


「ここなら、いいかな? 日差しも温かいし」

「ん、んーっ! いい気持ち……じゃあさ、早速えようよ!」


 謎の氷に閉ざされ、滅び終えた世界の片隅に。

 アヤカはハナと一緒に植えた。

 それは、枯れ果てた花の中に抱かれていた、たねだ。こ芽を出す未来も閉ざされているのに、大地を願っていた種子。それが、怨念と化した力に引き寄せられてしまったのだった。

 エミィが言ってくれた通り、花には小さな実があって、その中に種が縮こまっていた。二人はそれをそっと取り出し、大地にく。


「アヤは好きだもんね、花……芽が出るといいよね!」

「うん……ずっと前から、好きだよ。これからも、きっと」

「何の花が好き? 私はそうだなー、アマリリス! でっかいヒマワリでさ」


 アヤカは心の中で呟いた。

 ――ハナガ、スキダヨ。

 そして、祈る。

 見捨てられた場所で枯れた花の、その残した種子が芽吹くようにと。それは、あまりにも悲壮な戦いのを続けるアヤカにとっては、救いを求める切望のようなものだった。

 だが、隣の笑顔がそのことを忘れさせてくる。


「まー、何の花は咲くかはしらないけどさ。次に咲いたら……その種はきっと、海風に乗って飛ぶよ? だから……土とおひさまを取り戻さなきゃね!」

「……うん。そうだね、ハナ」


 そうして二人は、人類最後の生存圏かもしれない島から、海を眺めて願った。再び世界線が交わる時、その時を生きる人間達へまた、新しい出会いが訪れるようにと。その未来をもぎ取る戦いは、もう始まっている。

 これは、そう……生まれ続けて、咲いて、散って……そしてめぐる物語のいとみなのだった。

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第三次カクヨムコン大戦 ながやん @nagamono

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