第9話「転生者のラノベ好きが世界を救えとロボを呼ぶ」

 激しい振動と、衝撃。

 世界樹せかいじゅいただく都庁舎は今、無数のバグむしばまれていた。それは、突如としてこの世界に舞い戻った蟲狩人バグハンター、ユートとエミィが言うには……遠い未来の生態系らしい。

 金属で造られた機械の攻虫群インセクト

 それは、天敵であると同時に資源で、世界の神秘と謎だ。


「大丈夫か? マキ」

「うん……ふふ」

「ん? 何か俺、おかしなこと言った?」

「ううん。ただ、怖くないの。全然、怖くない。それが、なんだかおかしくて」


 アンダイナスと呼ばれた白地に青ラインの剛賢人ゴリラは、その巨躯きょく佐倉英雄サグラエイユウ巻波真姫マキナミマキの二人を抱えて疾駆しっくする。ユート――同じ日本人で、高円寺勇斗コウエンジユウトといった――の操縦は、ぎこちなさも感じさせるが、同時に頼もしい。

 そして、彼が選んだ戦術は、頼もしい電子の妖精に守られていた。


『ユート、次は上方右10m! アルモルファ型です』

『よしっ、同じ要領で……ぶぞ!』


 今、都庁には無数の金属蟲が取り付いている。

 アンダイナスはユートとエミィの操縦で、それを足場にして飛び回っているのだ。飛び乗るなり、足元の沈む感覚。同時に、足場にした蟲へと巨大な大砲を押し当て、発射。その反動もあわせて、さらなる跳躍ジャンプで上を目指す。

 英雄も、全く怖くない。

 ハリウッドも顔負けのCGアクションを、ノースタントで演じているのだ。ワイヤーアクションにも似ているが、ワイヤレスである。


「ふふ、私ね……英雄くん。いつか……本当はいつか、一人で世界樹にこなきゃいけなかったんだよ? でも、二人なら……沢山の仲間と一緒なら、凄く嬉しい」

「真姫?」

「ほら、見て……精霊達も落ち着きを取り戻してきてる。きっと、この歌なんだね」


 世は音に満ちて、光。

 たゆたう歌声は今、東京を、そして地球を包み込んでいた。

 その柔らかな音の連なりは、沢山の協力企業が回線を共有し、あらゆる機器を投じてかなでる人の声。皆が手に持つ携帯電話からも、同じ歌が流れて交わり、つむがれ広がっていた。

 今、アイドルという名の歌姫達が……神の偶像をも超えて世界そのものに満ちる。

 そして、真姫もまた歌声を重ねてゆく。


 ――どうか、神様……お願い、神様。

 その手をお貸しにならないで。

 等しく優しい、その優しさで。

 何もできずに孤独な神様――


 彼女の手の上に、小さなシルフが舞い降りた。

 風の精霊は今、怯えていた先ほどが嘘のように笑顔だ。

 そして、その隣に小さなエミィの映像が浮かび上がる。


『英雄さん、真姫さん……事情はわかりませんが、あと数分で頭頂可能です』

「ああ、ありがとう。本当にありがとう、エミィさん。あと、ユートさんも!」

『お構いなく。ユートも、この程度は朝飯前なので、と言ってます。それに、これくらいハードなプラクティスをしてもらわなければ、ユートは上達しませんので』


 コクピットから『聴こえてるぞ、エミィ』と不満そうな声が笑っていた。

 そう、笑みだ。

 心なしかエミィも、無機質で無感情に視える端正なお顔立ちが柔らかい。

 そして、同じサイズで立つエミィを見て、シルフも笑顔になった。

 瞬間、一際大きな揺れと同時にアンダイナスが停止する。そのいかつい手が、そっと二人をコンクリートの屋上へと降ろした。

 そして、腹部のコクピットが左右へと開かれる。

 そこには、英雄と同じ年頃の少年が座っていた。


「よ、英雄……だったよな。俺のこともユートって呼んでくれよ」

「ああ、ユート。本当にありがとう」

「何があるかわからないけど、こっちは任せろ。バグは絶対に寄せ付けない。だから……いつか、もしかしたら俺が本当に戻ってくるこの世界を、頼むぜ?」

「ま、やってみるさ。過剰な期待はしないでくれよ?」

「そうだな。未来に戻ったら歴史を勉強して、今日という日を振り返る。で、めでたしめでたしって書いてあるのを見たいから、そういう感じでよろしく」


 真姫の手で、エミィも一礼して消えた。

 そして、アンダイナスは再びハッチを閉じると動き出す。周囲には無数の敵意が満ちていたが、やはり恐怖は感じない。

 英雄は真姫を下ろすと、二人で手を握って世界樹の前へと歩み出た。

 静かに真姫の声が響く。


「私、来たよ? 来ました……それは、私が選ばれたからでも、あなたが選んだからでもない……


 真姫の声が透き通ってゆく中で、世界樹を包む光が強くなる。

 そして、穏やかな声が降り注いだ。


定命ていめいの者達よ、強くもはかなき人間達……その子、マキナミマキ。そして、サクラエイユウ』


 世界樹が喋った。

 だが、どこかその言葉は優しげなのに英雄を不安にさせる。

 それでも、隣で手を強く握って真姫がうなずいてくれた。


『滅びにあらがい、この世界の存続を願う祈りが……歌となって運命を揺り動かす。凍れる世界の救世騎メサイア灼火しゃっか焔王えんおう。そして、はるけきとき彼方かなた無機虫バグさいなむ世界の狩人達ハンターズ。多くの人間達の望む明日を、未来を、その先を……我にして我々、その全てもまた、願おう』


 それを世界樹は、奇跡とうたった。

 広がる光の中で、英雄は強く強く真姫の手を握り返していた。





 真空の闇を歌が震わせ、温かく響いてゆく。

 宇宙での決死の防衛戦では、予想外のことが起きていた。

 ようやく衛星軌道上、落下コースから外れ始めた巨大構造物。その膨張が止まったのだ。そして、枝葉を伸ばした金属の世界樹は、そのまま遠く宇宙へと離れてゆく。

 それを有川楓路アリカワフウロは、少女の背中と一緒に眺めていた。


「アヤカ、見て! フウロさんも、ツトムさんも!」


 フウロは、背後を振り返る。

 宇宙服のヘルメットを取った若倉ワカクラツトムは、その場にへたり込んでいた。だが、大事そうに片手で花を胸に抱いている。枯れてなおも、地球の大地を望んでいた生命……その残滓ざんしだ。切なるその想いが、弱さ故に闇にした人の強念きょうねんに利用されたのだった。

 ツトムはフウロを見上げて、弱々しく笑みを浮かべる。

 そして、周囲の機体からも声が走った。


『……あの世界樹もどき……離れてゆく』

『だな、マコト! これってつまり……俺達の勝利か!? ……やったか!』

『ふーっ、嵐馬ランマさんも百音モネさんも、おつおつー! あ、まだカメラ回ってる? パンして、パン! あっち映して!』

『えー、パンパンして、ってえ? もぉ、マリカっち、ドエローイ』

『……俺、なんだか……お前らと組んでく自信、なくなってきたぜ……』


 だが、異変が最後に襲い来る。

 それを察知できたのは、恐らくフウロが幽霊、霊体だからだろうか? 地上から注がれていた怨念おんねんは今、途絶えた。クヌギが止めてくれた。

 しかし、注がれ続けた悪意は今、最後に集結して巨大構造物から飛び出てくる。

 超スピードの何かが、一番近くに……一番前に陣取り皆を鼓舞していた鬼神きしんルシフェルを襲う。


『なっ、何だ! リリスッ、敵かッ?』

『今、何かが……速い。ぬし様、このスピードは……小さい、しかし、するどい……!』


 フウロ以外に、その動きをとらえられる者がいない。

 音の速さを何十倍も超越して、引きずる光の尾だけを見せながら舞う彗星すいせい。それは間違いなく、高出力のビームで仲間達の機体を襲っていた。

 その正体を、合体を解いていたタラスグラールの中で瑪鹿真心メジカマコロが叫ぶ。

 それは、地球圏最強ヒーローを演じる快活な声にあせりをにじませていた。。


『みんなっ、気をつけて! これ……今、データが地上からきたぞっ? 旧世紀の、軍事衛星! 大陸間弾道ミサイルICBM迎撃用の、高出力光学兵装を搭載してるっ!』


 次の瞬間、悲鳴がほとばしった。

 周囲に浮いていたタラスグラールが、サポートメカごと吹き飛ばされる。

 残像を真空の闇に刻みながら、姿なき敵が高速で皆を包囲していた。

 全方向から注ぐビームが、フウロがお邪魔しているリリウスの周囲に無数の爆発を飾る。巨体が激しく揺れる中で、くやしげな言葉が行き交った。


『くそっ、まとが小さ過ぎるっ! その上、なんてスピードだっ!』

『どうすれば……当たらない! こっちの攻撃が当たらない!』


 今、この場に居並ぶ機体の中で、一番小さいのがゴッドグレイツだ。炎をまとった真紅の機体が、必死で見えない影を追いかけている。

 周囲も援護するが、そのスピードを捉えきれないでいた。

 だが、あきらめる者など誰ひとりとしていない。

 フウロも、不快な暗い声が響く中で決心する。


『ホシ……ホシィ! ホシ、ガ……ホシイ……カワイ、ソウ……カワイ、ソ、ウゥゥゥ!』

「ああ、かわいそうだよ! 何もかもが悪いって悲観してる、お前がな! みんなっ、頼みがある……!」


 簡単に自己紹介を済ませつつ、フウロは自分の考えを伝えた。

 純粋な怨念、全てがネガティブに反転した残留思念ざんりゅうしねんが衛星を動かしている。周囲の物理法則を書き換えながら、亜光速に近い速さで攻撃してくるのだ。

 その中へと、同じ意志のかたまりであるフウロが飛び込む。

 正と負の思念が中和された瞬間に、全員で全ての力を叩き込むのだ。

 真っ先に応えてくれたのは、御門桜ミカドサクラだった。


『男の覚悟、なんだな? なら……ヒデッ! 俺達でフウロの花道を飾るぞ!』


 鬼神ルシフェルが、巨大な鋼鉄の世界樹から何かをもぎ取る。それは、吸い込まれて絡まっていたマリンアークだ。放られたそれへと、タラスグラールがぶ。

 そして、フウロは静かにリリウスの中から飛び立った。

 ツトムとハナ、そしてリリウスに心を重ねたアヤカが見送ってくれる。


「アヤ! 私とアヤと、みんなとで……最後の魔法、やってみようよ」

「気を付けて、フウロ! ……お別れじゃないから、さよならは言わないよ。いってらっしゃい。また……また、どこかで」


 フウロは、合体したダイヒロインのべる手の平に立つ。

 同時に、ダイヒロインもまた、広げた巨大なリリウスの手の平に降り立った。

 そして、全てを預かる天地英友アマチヒデトモの声が叫ばれる。


『っし、フウロ! お前の命っ、預かった! うおおっ! フウロォォォォ、インッ!』


 フウロの肉体が、ダイヒロインの手に吸い込まれる。そして……そのを貫き伸びる光のパイルバンカーへと変わった。それを振りかぶるダイヒロインを、リリウスがしっかり握って包んだ。


『行くよ、みんな……MAGICALマジカルっ! 全力投球ピッチング! ただ、のぉぉぉぉっ! ストッ、レエエエエエッ、トオオオオオオッ!』


 600mもの巨体が、その豪腕を振りかぶり、手の中のダイヒロインを投擲とうてきする。悲鳴を噛み殺す気配を、フウロはすぐ側に感じていた。ビッグバンにも匹敵するエネルギーを内包したダイヒロインが、魔法で真っ直ぐ敵へと投げつけられる。

 フウロが察した感じでは、アーリャ・コルネチカはこの時点で失神していた。

 だが、姫小狐ヂェンシャオフゥの声が二人の彼氏彼女を一つにする。


『ん、ぁう! く、う、ヒギィ……ヒ、ヒデ、君……真心、先輩……いま、だよっ!』

『フルパワー……オーバードライブッ! ――んんんっ! あぅ! だ、大丈夫……私の、全てを……絞り、出す……っ!』

『終わりだっ! フウロォ! インッ! パクトォォォォォ!』


 ドン! とダイヒロインの手が軍事衛星をつかんだ。

 瞬間、フウロは全てを穿うがつ光のパイルとなって貫いた。

 刹那せつな、消え行く中で語りかける。

 その言葉の先で、よどんだ闇が人の形にうずくまっていたから。


「まあ、はなあ……でも、この歌が聴こえてるなら、大丈夫だ。一緒に行ってやるから、もうやめなって」

『ホシ、ホシィ……ウ、タ? ウタ……ウタ、ゴエ……スター』

「じゃあな、みんな! さ、立てよ……途中まで一緒に行こうぜ」


 伸べた手に、闇の手が触れる。火傷やけどするような冷たさだ。だが、放さない。時間も空間も消えた場所で、そこからフウロは歩き出した。

 そして、フウロが具現化された光の杭は、悪しき旧世紀の軍事衛星を三次元空間に縫い止める。その時、皆の心が一つになった。


『おおおっ、ヒーローズッ! エンドォォォォ!』

『全力で叩き込むっ! ルシフェルッ、ビィィィィィムッ!』

『カーボナイズ・フレアッ! みんなの気持ちに火をつける……この歌でみんなが、火をつけるっ! はああ、イグニッションッ!』

『嵐馬さん、百歌さんもっ! これが、フウロのつくった魔法……あのリリウスのMAGICALマジカル! だ、か、らっ! マジで狩り討つ五秒前っ! ファイナルダイナミックッ! ステージッ!』


 漆黒の宇宙を光が走る。

 その先へと、フウロの意識は薄れてゆく中で確かに聴いた。

 一緒に歩き出した、暗い虚無きょむを引きずる魂が……手を放す。

 そして、別々の道へと歩き出した。


「じゃあ、また」

『マ、タ……?』

「ああ。星が欲しいなら、追い駆け続けな? 今度は、前を向いて……上だけを見上げて」

『……マタ、ホシ……マタ。マタ、ナ……サヨ、ナラ……マタ』

「ああ。またな。みんなも、また」


 椚がえにしを何処かへ繋げてくれると、約束してくれた。

 だから、何の不安もなくフウロは旅立つ。

 遠ざかる事件の元凶、怨念の塊のその暗さが……徐々に消え行く中でしっかりとした足取りを感じさせる。そして、何もない世界を二人は歩いて別れたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る