第8話「第8条第8項 誰かを待っていた生命」
無重力の中、激しい振動で周囲が揺れる。
宇宙服に身を包んだ
今、彼は全身をぴっちり
誰も見ている人間はいないが、これは恥ずかしい。
肌の露出がないのに、全裸とほぼ同じシルエットだからだ。あのダイヒロインのチームで
「さて……この中に生存者、っていうか、残ってる動物が? ……本当かな」
まだまだ
だが、長くは持たない。
中心核となっているこの宇宙ステーションから、周囲のデブリを吸い寄せる要因を取り除かなければならないのだ。
「よし、進もう。ロボットに乗っててもできることは少ないけど、こういう作業なら……ん? 通信? 誰だかな」
不意に手首の超小型端末が鳴った。
そして、細かな
落ち着いた様子で、一人の少女がツトムを見詰めてきた。
ツトムの雇用主、
「ルア様、どうかしましたか?」
『どうもこうもないわ……っ! ツトム、どうしてそんな危ないことを』
「あ……手が空いてる人間が、とりあえず僕ぐらいですし」
半透明で浮かび上がるルアは、時々ノイズで滲んでぶれる。
そして、その大きな瞳が揺れているのは、
いつもの自信に満ち溢れた姿で、見ていると不思議とツトムも心が落ち着いた。
そして、いつも通りのルアの言葉に、奇妙な安堵感さえ覚える。
『さっき資料で見たわ。ダイヒロインのパイロット用スーツ、大丈夫よね?』
「うん、それは多分」
『……実物が見たいわ!』
「へ?」
『すぐに
ルアはかわいいもの、美しいものが好きだ。
大好きだ。
今の自分がかわいいとは思えないが、しいて言えばいかがわしいエロティシズム、何か屈折したようなフェチズムはあるかもしれない。何せ、全く肌を
ちょっと恥ずかしかったが、端末を操作する。
ヘルメットに内蔵されたカメラの、そのアングルを調節すると自分へもレンズを向けることができた。どういう原理で頭上のカメラが、真正面から自分の全身を写すのかは不思議だが……英友のいる巨大な
「……えっと、因みに何に使うんですか? 僕の写真なんか」
『なんか、という言葉は嫌ね。コレクションが増えるのは、誰だって嬉しくないかしら』
「そもそも論の問題、かなあ」
『あっ、受信できたわ……っ! こ、これは! 少し
いつになく緊張感に満ちたルアの言葉に、ツトムは大きく
そして、ふと気になったので聞いてみる。
「そういえば、あの……ルア様」
『なっ、なな、何かしら! 別に、アップしたりはしないわ。これは個人的に楽しむべきで、それはもうコレクションとして』
「ええ、まあ、それはいいんですけど。あの……もし、万が一があったら……これ、労災ってのになりますか?」
ルアが一瞬、黙った。
そして、彼女はハッキリと言い放つ。
『労働基準法の八章、
「でも?」
『万が一なんて、ないっ! ないって、信じてる、から。どんなにブラックな職場だって言われてもいいわ。労災の有無を問うような自体になんかならない。考えてないわ! ……だから、約束して。無事、私の元へ帰ってくること!』
ツトムはそのことを固く約束し、通信を切る。
そして、受信したデータを見ながら奥へと進み出した。
宇宙ステーション自体は、そこまで巨大な建造物ではない。
上も下もない世界は、沈黙と静寂で少年を迎えた。
「さて、地図ではこの先に……ん? あ、あれ……?」
ふと、何かを感じて背後を振り向いた。
だが、飛び出たケーブルや散乱した資材が漂っているだけだ。
気のせいだと思ったが、気になりだしたら集中力が散漫になってゆく。
そして、あり得ないことだと自分に言い聞かせながら周囲を見渡した。
「今、誰かがいたような」
人の気配を感じた。
背後で何かが通り過ぎたような気がしたのだ。
だが、一緒に宇宙にいる仲間達は各々が皆、愛機を全力運転させるので手一杯だ。それに、こちらに増員するなら連絡がある筈だ。
ゴクリと
気にせず進もうと思っても、やはり背中に何かを感じてしまう。
視線や気配、言葉にできない感覚が自分以外の存在を察知していた。
そして、不意に耳元で呟きが零れた。
「あのー」
「うわっ! オ、オバケッ!? ちょ、ちょっと待って、ええと――」
「あ、驚かせてごめん。手伝いにきたんだけど」
「……へ?」
目の前に幽霊が浮かんでいた。
どこかの学校の制服を着ているが、向こう側の透けて見える霊体は脚がない。
古典的だなあと思ったが、ツトムの心臓はずっとバクバク高鳴るばかりだ。
呼吸を落ち着かせる間、幽霊は自分を
こうしている今、この瞬間も……どこかで誰もが戦っているのだ。
「じゃあ、力を借りるよ? ええと、フウロさん」
「フウロでいいよ、えっとツトムって呼んでも?」
「じゃあ、お互いそれで」
フウロのお陰で、宇宙ステーション内部の探索は激変した。
何せ彼は霊体、肉体を持たぬ魂だけの存在なのだ。
聞けば、不幸な事故に巻き込まれたが、仙人のような人が助けてくれたらしい。ツトムは言葉に詰まったが、フウロは笑って気にするなと言ってくれた。
彼が壁やドアをすり抜けて室内を見回るので、ツトムは通路にいられる。
そして、どの部屋から戻っても、フウロは生物の痕跡すら見つけられなかった。
「それにしてもフウロ、凄いね……まるで魔法だよ」
「魔法かあ……それもいいな。魔法が作れるとか、面白いかもしれない。でも、今は」
「そうだね、急ごう。
「ああ、気にしないでって言ったろ?
そして、二人はとうとう
すぐにドアの無効へと消えていったフウロは、首だけ出してツトムを呼ぶ。急いで自分も入れるように、ドアロックの解除に取り掛かった。既に電源は死んでいるが、コネクタにスーツから伸ばしたケーブルを繋げてやる。
内蔵されたバッテリーの力で、プシュッ! と
そこは、壁面が特殊硬化ガラスのコントロールルームだった。
「何も、いないね……」
「よく見なよ、ツトム。ほら、あそこ」
「あれは……!」
そっと床を蹴って、ツトムはコンソールが席の椅子を掴む。
ランプや計器が埋め尽くす操作盤の上に、それはあった。
「花? 花だ……まさか、これが!?」
「ああ、そうだと思う」
「でも、枯れてるけど」
「うん。でも他に生物を感じさせるものはなかったからさ」
ガラスのケースに入った花が、静かに浮いている。
土と一緒に封入されて、植えられた状態でそれは枯れていた。鮮やかな色だっただろう花びらは、既に茶色く乾いている。
そっとツトムは、そのケースを手に取った。
「帰ろうか、地球に。フウロも」
「……ああ」
だが、その時だった。
不意に激しい振動が襲う。
ガラスの窓に無数のひびが走って、いよいよ宇宙ステーションが質量に耐えられなくなって崩壊を始める。デブリを集めて巨大化し、最後には
急いで通路に出て、その先に絶望を見るツトム。
今度はフウロが、掛ける言葉もなく黙ってしまった。
「しまった……戻る道が」
「あきらめるな、ツトム! どこかに別のエアロックが――」
その中でツトムは、二人の少女の声を聴いた。
「アヤ、いたっ! あの人がツトムさんかも……え、ええーっ!? ゆ、ゆーれいっ!? や、やっぱりリリウスの幽霊の噂って……!?」
「落ち着いてハナ。とにかく、今は急いで脱出を!」
燃えるように揺らいだドレスの少女が二人、現れた。彼女達はすぐにツトムの側に飛んでくる。この空気がない中、まるで魔法に守られているかのように、体が光って見えた。
そして、天井が崩れてくる。
ツトムは絶体絶命に思えたが……少女達の声が周囲の光景を吹き飛ばした。
「もう一度……いい?」
「駄目だなんて、言わない……言いたくない! ――
次の瞬間、ツトムは……自らの重さで崩れ始めた、鋼鉄の世界樹を見下ろしていた。それは、大いなる力と犠牲でこの世界に召喚された、巨神の中だった。
登場人物紹介
💴労基ラブコメ ぼくとツンベアお嬢様
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884554542
・若倉ツトム:高校生。借金返済のため、八頭司ヤトウジルアに雇われている。
・八頭司ルア:高校生、実業家。ウェブサービス企業の経営者。
🎯魔法創造者の異世界人生 ~テンプレ世界を謳歌せよ!~
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884298797
・有川楓路:ラノベが大好きで異世界転生を夢見る青年。
👭魔導少女リリウス☆セレナーデ
https://kakuyomu.jp/works/1177354054883363547
・アヤカ:中学生。太古の遺産リリウスで、凍った世界のために戦う。
・ハナ:中学生。アヤカと共にリリウスに乗り、生命を削って戦う。
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