第8話「第8条第8項 誰かを待っていた生命」

 無重力の中、激しい振動で周囲が揺れる。

 宇宙服に身を包んだ若倉ワカクラツトムは、緊張感の中で浅い呼吸をきざんでいた。頭部を覆うヘルメットのバイザーが、僅かに口元だけをくもらせる。

 今、彼は全身をぴっちりおおって密閉された状態だ。

 誰も見ている人間はいないが、これは恥ずかしい。

 肌の露出がないのに、全裸とほぼ同じシルエットだからだ。あのダイヒロインのチームで天地英友アマチヒデトモだけが、これと同じスーツを着てない理由がわかった。


「さて……この中に生存者、っていうか、残ってる動物が? ……本当かな」


 まだまだふくらみ続ける構造物は、ギリギリの力で衛星軌道上に浮いている。現在、質量をす構造物と、その背を押すスーパーロボット達の力が拮抗しているのだ。

 だが、長くは持たない。

 中心核となっているこの宇宙ステーションから、周囲のデブリを吸い寄せる要因を取り除かなければならないのだ。


「よし、進もう。ロボットに乗っててもできることは少ないけど、こういう作業なら……ん? 通信? 誰だかな」


 不意に手首の超小型端末が鳴った。

 そして、細かなちりやゴミが浮く中に映像が広がる。

 落ち着いた様子で、一人の少女がツトムを見詰めてきた。

 ツトムの雇用主、八頭司ヤトウジルアだ。


「ルア様、どうかしましたか?」

『どうもこうもないわ……っ! ツトム、どうしてそんな危ないことを』

「あ……手が空いてる人間が、とりあえず僕ぐらいですし」


 半透明で浮かび上がるルアは、時々ノイズで滲んでぶれる。

 そして、その大きな瞳が揺れているのは、うるんだ涙が今にもあふれそうだから。だが、彼女は毅然きぜんとした態度で腕組み見下ろしてくる。

 いつもの自信に満ち溢れた姿で、見ていると不思議とツトムも心が落ち着いた。

 そして、いつも通りのルアの言葉に、奇妙な安堵感さえ覚える。


『さっき資料で見たわ。ダイヒロインのパイロット用スーツ、大丈夫よね?』

「うん、それは多分」

『……実物が見たいわ!』

「へ?」

『すぐに自撮じどりで今の姿を送りなさいっ!』


 ルアはかわいいもの、美しいものが好きだ。

 

 今の自分がかわいいとは思えないが、しいて言えばいかがわしいエロティシズム、何か屈折したようなフェチズムはあるかもしれない。何せ、全く肌をさらしてないのに、全裸も同然なのだから。

 ちょっと恥ずかしかったが、端末を操作する。

 ヘルメットに内蔵されたカメラの、そのアングルを調節すると自分へもレンズを向けることができた。どういう原理で頭上のカメラが、真正面から自分の全身を写すのかは不思議だが……英友のいる巨大な超弩級防衛都市ちょうどきゅうぼうえいとしでは、光学ウィンドウが飛んで行き交うらしいから、深く考えないほうがいいだろう。


「……えっと、因みに何に使うんですか? 僕の写真なんか」

『なんか、という言葉は嫌ね。コレクションが増えるのは、誰だって嬉しくないかしら』

「そもそも論の問題、かなあ」

『あっ、受信できたわ……っ! こ、これは! 少し背徳的はいとくてきね! 何だかいけない感じだわ……あ、ああ、ええ、ゴホン! 宇宙ステーションが稼働してた時代の見取り図を手に入れたから、送るわ。……気を付けて』


 いつになく緊張感に満ちたルアの言葉に、ツトムは大きくうなずき返事をした。

 そして、ふと気になったので聞いてみる。


「そういえば、あの……ルア様」

『なっ、なな、何かしら! 別に、アップしたりはしないわ。これは個人的に楽しむべきで、それはもうコレクションとして』

「ええ、まあ、それはいいんですけど。あの……もし、万が一があったら……これ、?」


 ルアが一瞬、黙った。

 そして、彼女はハッキリと言い放つ。


『労働基準法の八章、災害補償さいがいほしょうが適応されるかも。でも……』

「でも?」

『万が一なんて、ないっ! ないって、信じてる、から。どんなにブラックな職場だって言われてもいいわ。労災の有無を問うような自体になんかならない。考えてないわ! ……だから、約束して。無事、私の元へ帰ってくること!』


 ツトムはそのことを固く約束し、通信を切る。

 そして、受信したデータを見ながら奥へと進み出した。

 宇宙ステーション自体は、そこまで巨大な建造物ではない。遺棄いきされた当時のまま、真空の宇宙に放り捨てられている。通路には、慌ただしく撤収した過去のアストロノーツ達の置き土産みやげが無数に浮いていた。

 すでに空気が失せて久しい中を、ツトムは泳ぐように天井を蹴る。

 上も下もない世界は、沈黙と静寂で少年を迎えた。


「さて、地図ではこの先に……ん? あ、あれ……?」


 ふと、何かを感じて背後を振り向いた。

 だが、飛び出たケーブルや散乱した資材が漂っているだけだ。

 気のせいだと思ったが、気になりだしたら集中力が散漫になってゆく。

 そして、あり得ないことだと自分に言い聞かせながら周囲を見渡した。


「今、誰かがいたような」


 人の気配を感じた。

 背後で何かが通り過ぎたような気がしたのだ。

 だが、一緒に宇宙にいる仲間達は各々が皆、愛機を全力運転させるので手一杯だ。それに、こちらに増員するなら連絡がある筈だ。

 ゴクリとのどが鳴る。

 気にせず進もうと思っても、やはり背中に何かを感じてしまう。

 視線や気配、言葉にできない感覚が自分以外の存在を察知していた。

 そして、不意に耳元で呟きが零れた。


「あのー」

「うわっ! オ、オバケッ!? ちょ、ちょっと待って、ええと――」

「あ、驚かせてごめん。手伝いにきたんだけど」

「……へ?」


 目の前に幽霊が浮かんでいた。

 どこかの学校の制服を着ているが、向こう側の透けて見える霊体は脚がない。

 古典的だなあと思ったが、ツトムの心臓はずっとバクバク高鳴るばかりだ。

 呼吸を落ち着かせる間、幽霊は自分を有川楓路アリカワフウロと名乗って説明してくれる。どうやら地上でも、ルアと一緒に多くの者達が危機に抗っているらしい。ツトムはフウロの言葉に、思わず目頭が熱くなった。

 こうしている今、この瞬間も……どこかで誰もが戦っているのだ。


「じゃあ、力を借りるよ? ええと、フウロさん」

「フウロでいいよ、えっとツトムって呼んでも?」

「じゃあ、お互いそれで」


 フウロのお陰で、宇宙ステーション内部の探索は激変した。

 何せ彼は霊体、なのだ。

 聞けば、不幸な事故に巻き込まれたが、仙人のような人が助けてくれたらしい。ツトムは言葉に詰まったが、フウロは笑って気にするなと言ってくれた。

 彼が壁やドアをすり抜けて室内を見回るので、ツトムは通路にいられる。

 そして、どの部屋から戻っても、フウロは生物の痕跡すら見つけられなかった。


「それにしてもフウロ、凄いね……まるで魔法だよ」

「魔法かあ……それもいいな。。でも、今は」

「そうだね、急ごう。ちなみにフウロ、君は……」

「ああ、気にしないでって言ったろ? クヌギさんが悪いようにはしないって言ってくれたし」


 そして、二人はとうとう最奥さいおうの区画へと辿り着く。

 すぐにドアの無効へと消えていったフウロは、首だけ出してツトムを呼ぶ。急いで自分も入れるように、ドアロックの解除に取り掛かった。既に電源は死んでいるが、コネクタにスーツから伸ばしたケーブルを繋げてやる。

 内蔵されたバッテリーの力で、プシュッ! と圧搾空気あっさくくうきが抜けてドアが開く。

 そこは、壁面が特殊硬化ガラスのコントロールルームだった。


「何も、いないね……」

「よく見なよ、ツトム。ほら、あそこ」

「あれは……!」


 そっと床を蹴って、ツトムはコンソールが席の椅子を掴む。

 ランプや計器が埋め尽くす操作盤の上に、それはあった。


「花? 花だ……まさか、これが!?」

「ああ、そうだと思う」

「でも、枯れてるけど」

「うん。でも他に生物を感じさせるものはなかったからさ」


 ガラスのケースに入った花が、静かに浮いている。

 土と一緒に封入されて、植えられた状態でそれは枯れていた。鮮やかな色だっただろう花びらは、既に茶色く乾いている。しなびたままで、それでも地球への帰還を切望していた生命いのち……それは、この花だったのだろうか?

 そっとツトムは、そのケースを手に取った。


「帰ろうか、地球に。フウロも」

「……ああ」


 だが、その時だった。

 不意に激しい振動が襲う。

 ガラスの窓に無数のひびが走って、いよいよ宇宙ステーションが質量に耐えられなくなって崩壊を始める。デブリを集めて巨大化し、最後には大樹たいじゅの姿となって広がって落下中のこの場所は……圧縮され、そのまま潰されようとしていた。

 急いで通路に出て、その先に絶望を見るツトム。

 今度はフウロが、掛ける言葉もなく黙ってしまった。


「しまった……戻る道が」

「あきらめるな、ツトム! どこかに別のエアロックが――」


 きしむ音が上下左右から襲い来る。

 その中でツトムは、二人の少女の声を聴いた。


「アヤ、いたっ! あの人がツトムさんかも……え、ええーっ!? ゆ、ゆーれいっ!? や、やっぱりリリウスの幽霊の噂って……!?」

「落ち着いてハナ。とにかく、今は急いで脱出を!」


 燃えるように揺らいだドレスの少女が二人、現れた。彼女達はすぐにツトムの側に飛んでくる。この空気がない中、まるで魔法に守られているかのように、体が光って見えた。

 そして、天井が崩れてくる。

 ツトムは絶体絶命に思えたが……少女達の声が周囲の光景を吹き飛ばした。


「もう一度……いい?」

「駄目だなんて、言わない……言いたくない! ――MAGICAL空間転移マジカルシフトッッッ!」


 次の瞬間、ツトムは……自らの重さで崩れ始めた、鋼鉄の世界樹を見下ろしていた。それは、大いなる力と犠牲でこの世界に召喚された、巨神の中だった。





登場人物紹介

💴労基ラブコメ ぼくとツンベアお嬢様

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054884554542

・若倉ツトム:高校生。借金返済のため、八頭司ヤトウジルアに雇われている。

・八頭司ルア:高校生、実業家。ウェブサービス企業の経営者。


🎯魔法創造者の異世界人生 ~テンプレ世界を謳歌せよ!~

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054884298797

・有川楓路:ラノベが大好きで異世界転生を夢見る青年。


👭魔導少女リリウス☆セレナーデ

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054883363547

・アヤカ:中学生。太古の遺産リリウスで、凍った世界のために戦う。

・ハナ:中学生。アヤカと共にリリウスに乗り、生命を削って戦う。

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