第3話 レスポンス

 折り返しの電話がかかるまで、私はスマホを眺めた。何かをする気力はまるでなく、ただただ黒い画面を見つめた。


 不意に、弁護士さんの言葉が蘇る。養育費も何も取らずに終わらせた方がいい、悪縁は切るべきだ、と。


 まさに今、痛感している。

 「ある」からこそ「ない」が生じる。何もなければ何も起こらないのだ。だからと言って何もないをできるほど私は出来た人間ではない。心の隅にいる邪な私が悪縁を繋ぎとめてしまっていた。養育費という形で相手を少しでも苦しめたいと考えた時点で今が起こっていた。


 眺め続けて三十分。

 再び電話がかかった。


「ありましたよ、○○さん! えーとね、これね。調停で決まった養育費。これが何ヶ月? あなたが欲しい額は?」


 えーっと百万円かな。

 と言ったら乗ってくれそうだが、止まった期間の数字を伝える。まだ二ヶ月、されど二ヶ月、放置すれば確実に止まる。今回の支払いというよりもこのまま止まるかもしれないことに苛立っていた。


「了解でーっす。じゃあ確認ね。あなたは相手に二ヶ月分の養育費を支払って欲しい、と。裁判所から相手へ手紙を送るのね。で、相手から返事が来る。それを裁判所からあなたに伝えるからね!」


 血の気が引く。

 相手から返事? 私に届く?

 離婚してから一切の連絡はない。できれば一生会いたくない。それが、返事?

 久しぶりに吐き気に襲われる。悪い夢のようだ。


 なるほど、悪縁。まさしく。


 どんな形で相手の声を聞くのだろう。文書だろうか声だろうか。中身はなんだろう。文句だろうか罵詈雑言だろうか、それとも無視だろうか。払う払わないよりも何よりも怖い。離婚してから、シュレディンガーの猫のごとく、私の中では消していた存在が「生きているぞ」と本物の声を上げる。


 私は息を吸った。


「相手から何かしらの反応が返ってくるんですね」

「反応……そう、反応! 良い言い方だね、反応、そうそう、反応。返事というよりその反応があるわけだ。それをあなたに伝えるからね」


 裁判員は相変わらず軽いノリで、妙に喜びながら返事を返す。

 私は口を開く。

 これから言うかもしれない元旦那の言葉をマイナスに捉え、裁判員にそれを伝えようとした。やめた。もう学んでいる。感情論は何も生み出さない。


 グッと堪え、裁判員に今の苗字を伝えて切った。

 脳みそが冷たい。喉が吐き気でからかった。

 あらぬ妄想が駆け巡る。


 しばらく何もできず、裁判所に電話した事を少し後悔し、養育費が発生している重みに涙した。

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ちょっくら離婚調停いってきます 七津 十七 @hachimanma

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