第7話 四つ首の祟り
困り果てた俺は、昔の部下に電話をかけた。
捜査一課時代、俺の上司だった男で、半年後には俺の部下になっていた。そのときのことがよほど悔しかったのか、それから奮起して出世街道を驀進して、今では警察組織のトップ警察庁長官にまで上りつめた男だ。
刑事時代、さんざん俺から馬鹿にされたのにもかかわらず、俺に恩義を感じ、なにかと相談に乗ってくれる。
「先生、今度はどうされました?」
「あまり言いたくないんだが……」
俺は口を濁した。
「何でもおっしゃってください。出来る限りのことはします」
俺が詳細を話すと、
「冗談はやめてください。私も今は責任ある身。嘘につき合うほど暇ではありません」
「冗談じゃなくて本当のことだ」
俺の声には力がなかった。
「叙述トリック……? それを生粋のハードボイルドな先生が使われたんですか?」
「俺はしかけてはいない。だが、結果的に叙述トリックに利用された」
それから一分ほどお互いに無言だった。
「わかりました。先生だけに辛い思いをさせるわけにはいきません」
と、彼のほうから口を開いた。
「いくら警察組織がでかくても、今回ばかりはどうにもならない」
弱気の俺に対し、彼は力強い声でこう語った。
「今後、不審者に対する職務質問に際しては、必ず叙述トリックをしかけることを、全ての警察関係者に義務づけます」
「そんな面倒なルール押しつけられたら、現場の警官は困るんじゃないか」
「先生のお気持ちが休まるなら、我々警察はどんなことでもします」
「ありがとう。恩に着る」
俺はそういって電話をきった。
俺は、彼の言葉を本気にしていなかった。除名のショックは大きく、アルコールに慰みを見いだし、深夜まで飲み屋街を梯子する日々を送った。
その日は特にひどく酔っていて、屋台の親父に愚痴をこぼしていた。
「俺達が生きているこの非情な社会はな、金で動いてるんだ。男も女も金を求めて平気で嘘を吐く。童話なんか嘘の塊。叙述トリックよりずっと卑怯で汚い法螺話。いかさま法螺吹きどもが作ったくだらない虚構ワールドさ。何が冬の女王様が塔から出られないだ。冬の女王だって糞くらいするぜ。春の女王が来ようと来まいと、糞する場所がなければ塔から出るしかないんだ。それが現実ってもんだろう!」
ちょうどそのとき、屋台のラジオから俺への反論のような意見が流れた。
たとえ世界に童話がなくても、私たちの毎日は今と変わらないでしょう。
たとえ世界から童話が消えても、私たちは誰も困らないでしょう。
私だってそれが作り話だとわかっています。それでも、久しぶりに読んでみると、不思議な世界に引き込まれます。
だから、大人になった今でもときどき童話を読んでいます。(二十八歳美容師)
冬の童話祭2017絶賛開催中。
良くわからないが、何かのCMのようだった。それを聞いて、それ以上飲む気がしなくなった。
「なんだ、どこかのデパートのバーゲンセールか? もう少しましなCM作れよ。何のCMかわかんないじゃないか。いくらCMが印象に残っても、肝心の商品が記憶に残らなければCM失格だ。親父、もう帰るぜ」
俺は、インチキ風水師から五十万で買った革製の長財布から、右手で一万円札をとりだした。
「勘定はここに置いとくよ。釣りはいらねえから、子供にあめ玉でも買ってやんな」
と言って、俺はその札をコートのポケットに入れた。
「お客さん。冗談やめてくださいよ」と、店主はにこにこしながら言った。
「いっけねえ。掏摸だった頃の癖が抜けなくてね」
俺が再びその札を取り出すと、一万円札は千円札に変わっていた。
店主だけでなく、横でおでんを食べていた二人組の会社員もそれを見て仰天した。
「どうして一万円が千円に変わったんです?」
店主が俺に聞くと、上司と思われるほうの会社員が、
「わかった。ポケットには最初から千円が入っていたんだ」
と、得意げに自分の意見を披露した。
「さすが、部長」
俺は、余裕の笑みを浮かべた。
「すると、今一万円がポケットのなかにあることになるな」
と言って、俺が左手でそのポケットを裏返すと、何もなかった。
「そ、そんな馬鹿な。ありえない。奇跡だ」
と、部下の男が叫んだ。
「お客さん、タネを教えてくださいよ」
店主に言われて、俺は千円をつまんでいる右手の親指と人差し指を華麗にずらした。
すると千円の下から一万円札が現れた。
「そうか。最初から一万円と千円を重ねていたんだ。財布から取り出すときは一万円を表にして、ポケットから出すときは千円を表にする」
若い会社員がそう説明すると、その場の三人は盛大な拍手をした。
「ブラボー、ブラボー、ブラビシモ!」と部長は叫んだ。
「それじゃあ、またどこかで会おう。SEE YOU LATER」
俺は屋台を後にした。
「お客さん、お勘定まだです」
店主が慌てて追いかけてきた。
酔い覚ましにラーメンでも食おうかとラーメン屋を探していると、後ろのほうから不気味な声を耳にした。
「祟りじゃ。四つ首の祟りじゃ」
声のほうを振り向くと、長方形の板に丸い穴を開け、そこに首を通して歩いているスーツ姿の男がいた。男は目と口から血を垂れ流し、板の上に同じように血で染まったマネキンの首を三つ載せて、獄門台のようだ。
これほど公序良俗に反する奴は見たことがない。
ガツンと一丁懲らしめてやろうかと思い、俺は拳を握りしめた。
ちょうどそのとき、後ろの方から制服の警官が近づいてきた。
「久しぶりにタフガイの本領発揮かと思ったが、プロがいちゃ出番がないな」
俺は、若い警官の活躍を見守った。
「四つ首様はお怒りじゃ」
馬鹿な男は、警官がすぐ後ろにいることに気付かず、調子に乗っている。「祟ってやるぞ」
ところが、警官は男を注意することなく、その横を通り過ぎた。
あまりのことに俺は警官に近づき、注意した。
「日本の警察も地に堕ちたもんだな。あれだけの不審人物を見て見ぬ振りかい」
すると、彼は真面目な顔つきで、
「できれば自分も職務質問をすべきだと思っています。ですが、今の決まりでは必ず叙述トリックを仕掛けなければならず、今の自分ではとてもそこまでは無理なので、やむなく見過ごしたのです」
と言った。
「たしかに毎回叙述トリックを工夫するのは大変だと思う。だけど、君はそのための努力を何かしているのか?」
「もちろんです。本庁が主催する折原一先生や綾辻行人先生の講習会には必ず参加し、警官仲間と頻繁にシュミレーションも行っています」
「ちょうどいい。俺が練習台になってやる」
「よろしくおねがいします」
警官は姿勢を正し、敬礼をした。
「すいません。ちょっとよろしいでしょうか」
「イイエ」
「いいえとはどういうこと?」
「イイエトハハイノハンタイデ、ソノチュウカンニドチラデモナイガアリマス」
「お名前は?」
「RS45712-C2デス」
「どこのひと?」
「タイヨウケイダイサンワクセイデセイサンサレマシタ」
「ロボットにかける叙述トリックか……参ったな」
警官は、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。俺のロボットキャラに手を焼いているのだ。目に涙を浮かべ、それを制服の袖で拭いとった。俺も調子に乗って、やりすぎたようだ。俺は彼に同情し、自分の身分を明かすことにした。
「比由らあちゃ。三十三歳。三重県尾鷲市生まれ。仕事は薩摩藩城代家老。趣味は参勤交代」
「城代家老さんですか失礼しました。特に問題はありません。ありがとうございます。お仕事がんばってください」
「俺の完敗だ。さすがだな叙述トリック」
俺は彼を賞賛した。
彼の表情に自信が漲っている。どうだと言わんばかりだ。
「ありがとうございます」
「短い間だけど楽しかったぜ」
「自分も勉強になりました。では、お気をつけて」
「アディオス」
俺は警官に別れを告げ、帰るついでに四つ首男の顔面に強烈なパンチを入れておいた。
まさかあの若い警官が、俺の真似をして、俺が語ったように地の文を読み上げるとは
思いもよらなかった。俺は彼の言葉に釣られて、自分の身分を明かしてしまったのだ。
Mr.ハードボイルド~四つ首塔 @kkb
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