人工知能は生みの親の願いを聞くか

四葉くらめ

人工知能は生みの親の願いを聞くか

「人工知能と人間の違いはなんだと思うかね?」

 研究室に備え付けられたソファで私が本を読んでいると、初老の男性が隣にドカッと腰を落として声をかけてきた。

 ぶっきらぼうに伸びた無精ひげ。首回りがよれ切ったTシャツに上から雑に羽織った白衣。

 とまあ恐らくそんな身なりをしているのだろう。私は未だに手元の本に視線を向けているから確認はしていないけれど、男性はいつも同じような格好をしている。

「おーい、聞こえてるかー? お話に付き合ってくれよ~」

 はぁ。

 と、少々あからさまに溜息を吐く。もちろんこの鬱陶しい男に対する読書を邪魔したことへの抗議の意だったが、男は全く堪えた様子になかった。

 本に栞を挟みソファの前のローテーブルに置く。そのとき、淹れた覚えのないコーヒーが二つ、それからサンドウィッチを数切れ乗せた皿がテーブルの上に置いてあった。

 この男が私と話をするときは大抵コーヒーを二人分淹れてやってくる。自分の分はブラック、私の分はミルクたっぷりの砂糖たっぷりだ。私の好みを知っているのは嬉しいと思うべきか、それとも当たり前なのか。

 一口すすると、読書で少しだけ疲れた頭を糖分が癒してくれる。うん、甘くておいしい。

 コーヒーカップをテーブルに戻し、男の方に顔を向ける。

 またその話ですか、教授プロフェッサー? 今度は一体誰に馬鹿にされたんです?

 そう、彼は教授だ。このMIT(マサチューセッツ工科大学)において唯一『純粋人間型人工知能』という〝奇特〟な研究をしている世界でも数少ない研究者なのである。

「別に馬鹿にされたわけじゃないさ。あいつが僕の研究を社会的有効性がないだのなんだとうるさいから腹がたっただけでね。これだから応用情報系人間は嫌いなんだ。すぐに社会的に有用であるか否かを論じようとする」

 でも教授、この間は純理論系の研究者も嫌いだと言っていませんでしたか?

 数日前に私の読書を邪魔したときにはそんなことを言っていた気がする。

「君ねぇ、ものごとはきちんと記憶していたまえよ」

 それをあなたが言いますか。

 私の抗議を無視して教授が言葉を続ける。

「私は純理論系の研究者を嫌っているわけではないよ。ただ苦手なだけだ。彼らがやっていることに私は意味を見出せない。彼らが楽しいと言うことを楽しいと思えない。感情の共有ができないのさ。だからって私は彼らのことを否定したりはしないさ。向こうもこっちの楽しさを理解することはできないだろうからね」

 なるほど、『嫌い』と『苦手』の差異ですか。覚えておきます。

「ああ、覚えておきたまえ。さて――」

 言いながら、教授はサンドウィッチを一切れ手に取り横になった。

 そう大きなソファではないから、教授の頭が私の膝に当たる。

 膝枕を所望しているのですか?

「いやいや、君は一応、所属としてはうちの研究室の学生だよ? 学生に膝枕を望むわけにはいかないさ。

 まあ、君がしたいというのなら、その膝を遠慮無く使わせてもらうがね」

 あー、はいはい。したいですしたいです。

 教授はなぜか私と話をするときは膝枕をせがむのだ。しかも、今みたいにかなり遠回しに。

「それで、人間と人工知能の差異についてはどう思うかね?」

 まずはどういう人工知能を比較対象にするのですか?

 一口に人工知能と言っても用途は様々だ。

 現在では政治、軍事、介護、医療、医薬品開発、交通、気象予測、映像制作、ボードゲーム、その他様々な場面で人工知能は使われており、それぞれの用途によって使われる人工知能は異なる。

「そうだね、じゃあまずは『予測変換』なんてどうかな?」

 予測変換……といいますと?

「ほら、端末ターミナルで文字入力をするときに、『h』と打てば『Hello』と表示されるだろう? あれのことだよ」

 ああ、あれ――、あれは果たして人工知能なのだろうか?

 私の怪訝とした顔を下から見上げる教授は小さく笑った。

「あんなの人工知能じゃないと思っているだろう?」

 ええ、まあ。

「君はこんな言葉を聞いたことがあるかね? 『人工知能は完成しない』というものだ」

 それは、人間の限界を意図した言葉ですか?

 私の答えに教授は、目をつぶって顔を横に振る。

 どうでもいいが、客観的に見ると女子学生の膝に頭を擦りつけているようにしか見えない。

「人工知能は完成した瞬間に人工知能ではなくなる、という意味だ。当時の人間には当時の目標があり、当時に定義された〝人工知能〟というものがあるわけだが、それが技術として世に広まった瞬間に、それは人工知能ではなくただの〝道具ツール〟になってしまうのさ」

 そういう意味での完成しない、ですか。

「そう。人は世の中を便利にするために人工知能を開発する。完成した人工知能は、しばらくは人工知能というスポットライトを浴びることができるが、人々に浸透してからは――『当たり前』になってからはそれは道具となる。

 昔の携帯端末……えーと、『セルフォン(ケータイ)』だったかな? これに予測変換が搭載されたことは反響があったようだよ」

 予測変換なんてそもそも久しぶりに聞いたという印象すらある。最近では要点だけ口頭で言えば、きちんとした文書を人工知能によって作成できるのだ。しかもそれすら、教授の言う道具になりかけているだろう。

「さて、この予測変換と人間の違いはなんだろう?」

 なんだろうと聞かれましても。そもそもあいつら人間みたいに喋れませんし。

「ははは、予測変換を『あいつら』呼びか」

 もしかしたら身近に感じたのかもしれませんね。

「ん……、そうか……」

 私が教授を見下ろすと教授はごろんと顔を前側に向け、目を逸らす。

 私は、教授の頭をそっと撫でた。

 あとは予測精度とかも低かったんじゃ無いですか? 文脈を見ずに、以前使った単語を出しているだけだったり。

「ああ、そうだね。

 よし、それじゃあ時代を進めよう。人工知能におけるブレークスルーが起こったのは2010年頃だ。私が生まれる少し前だね。この頃にHintonというコンピュータ科学者によって深層学習ディープラーニングの研究が一気に盛んになった」

 深層学習といえば、人間の脳内にあるニューロンで行われていることをモデル化した、ニューラルネットワークが有名だ。このニューラルネットワークを複雑にしたものはディープニューラルネットワークと呼ばれ、例えば画像認識や音声認識で高い性能を出した……とか、なんとか。

 まあ、大昔の話だし私もそこまでは詳しくないのだけど。

 確かこの辺りで、東洋のボードゲームでも人工知能が勝ったのではありませんでしたっけ?

「おお、よく知っているね。そうさ、囲碁の世界チャンピオンや将棋の名人を倒したという記録が残っているね。

 他にもビジネスの効率化などによく用いられるようになった。自動運転などを達成するにはもう少し時間が掛かったようだがね」

 教授がテーブルに手を伸ばす。どうやら、サンドウィッチをもう一切れ取ろうとしているようなのだが、寝ているからか手は全然違うところを空振りしている。

 そこじゃないですよ。取ってあげますから。

 そう言って私は前屈みになり、サンドウィッチを取って教授に手渡す。ついでに私の分も取り、一口。うん、チキンがおいしい。

「おお、ありがとう。

 さて、ここまで来れば十分とは言えないにしろ、ある程度の性能は出ているわけだ。この数十年前の人工知能と人間を比較したら何が違うだろう?」

 人間と人工知能を比べるとなると、やはり感情の有無に思考が引きずられてしまいますが……。

「感情について議論するのは間違いかね?」

 的がずれている気がします。

 少なくともこの時代の科学者は、人工知能に感情を持たせるつもりはなかったのではないでしょうか?

 私は、映画などに出てくる人間そっくりな人工知能ではなく、初めから道具としての人工知能を作ろうとしているように感じる。

「うん、君の思っていることは正しい。もちろん、人工知能に感情を持たせようとする研究も無かったわけではないが、この頃はそれよりも、人工知能――というよりも深層学習を用いて役立つ道具を作るのが流行りだったのさ」

 流行り……ですか。

「うん、そう。しかも多少勢いは衰えているにしろ、未だにこの流行りは終わっていない。数十年経った今でも、深層学習による道具の開発は続けられ、どんどん新しい道具ができてしまっているのだから大したものだ」

 応用情報系の人は嫌いなのではなかったのですか?

「お、君も上手いこと返すようになったものだね。ああ、確かに嫌いだとも。少なくとも議論を交わすのはね。

 さて、この後、しばらくして人工知能という言葉は二つに細分化される。一つは応用人工知能。そしてもう一つが――」

 純粋人型人工知能、ですね?

「そう、その通り! 応用人工知能は今まで話してきた道具としての人工知能。これに対して純粋人型人工知能Pure Humanoid Artificial Intelligence――通称PHAI《ファイ》は人間としての人工知能を指している。だけど、ねぇ……」

 そこで教授は「はぁー」と大きくため息を吐いた。

「PHAIを研究する人は少ないんだ」

 なぜですか? 人間と全く同じ物を作ろうというのは憧れる人も多い気がしますが。

「理由の一つは作る意味がさほどないからだ。実際にPHAIの開発が成功したとして、それはどういう現場で用いられるのだろう?」

 実際に人と話すことが重要な職場……、例えば介護や看護の分野では役に立ちそうですが?

「いい答えだね。だが、実はそのどちらの職場でも人材は足りているんだ。応用人工知能が高度に発達したおかげで、ほとんどの仕事は人工知能に任せることができるようになった。つまり少人数でも回せるようになったんだ。

 こう言っちゃなんだが、現在、介護士や看護師に求められているスキルは患者や老人と話をする能力だけなのさ。

 もちろん、これは他の職種にも言えることだがね」

 それから教授は一度体を起こし立ち上がって伸びをする。

「ふむ、少し休憩しようか。あまり君の膝を借りていても悪いしね」

 なら最初から普通にソファに座って話して欲しいと言いたいものだが、どうせ言っても聞いてはくれないので放っておく。


   ◇◆◇◆◇◆


 そういえば、教授はなぜPHAIなんてものを作ろうと思ったのですか? わざわざ流行りに逆らってまで。

 教授と一緒に二杯目のコーヒーを淹れに行く途中で聞いてみる。

 この人は頭もすごくいいし、応用人工知能の分野に行けばきっと世界的な発表をいくつもしていただろうに。

「私はね、単に友達が欲しかっただけなのだよ」

 ああ、友達少なそうですもんね。

「ひ、酷いなぁ……。まあ確かにそうなんだけど。

 私はJHS(中学校)の通っていた頃にいじめられていたのだよ。そのおかげで中学はほとんど行かなかったな。人とふれあうのが怖くて高校も行けなかった。

 それで、家で小説を読んでいるときに思ったのだよ。私も人工知能の友達が欲しい、とね」

 教授をいじめない友達ですか。

「ああ。まあ研究をしているうちに研究仲間だってできたし、いつも言い争う応用情報系のあいつや、意味のよく分からないことばかり言ってる純粋理論系のあいつとも酒を飲みに行ったりするから、もう友達はいるんだが……」

 それでも研究を続けるのはなぜでしょう?

「なぜだろうね?」

 分からないのですか?

「それを知りたいから研究をしている……とかどうだろう?」

 ありがちな答えですね。

「手厳しいなぁ」

 あはは、と教授は笑う。

 そんな教授の顔を見上げながら、私だけはいつまでも教授のそばにいたいと思った。


   ◇◆◇◆◇◆


「さて、どこまで話したんだっけ?」

 PHAIの研究が人気の無い理由の一つが必要性が低いから、というところですね。

「あー、そうだったそうだった。じゃあ二つ目の理由を言わなければならないね。

 二つ目は単純に難しいからだ」

 難しいとは?

「じゃあPHAIに必要なものは何だと思うかね?」

 PHAIの研究とは、言ってしまえば『人間』を作るという研究だ。

 だから、人間ができるすべてのことをPHAIはできなければならない。例えば――

 歩いたり走ったりですか?

「そう。まあそれぐらいなら昔のロボットでもできたがね。それに加えてスプーンやフォークも使えなくちゃいけないし、立ったり座ったり、とにかく必要なことの幅が広すぎる。

 体を動かすこと以外であれば、音楽を聴いて楽しんだり、本を読んで感動したりできなければいけない」

 そこまでできる必要あるんですか?

「もちろん無い。応用人工知能とは存在理由が真逆なんだ。応用人工知能は解決すべき問題があって、それに対してその問題に合った人工知能を開発する。人工知能の開発はあくまで手段なのだよ。

 一方でPHAIの場合は開発こそが目的であり、なにか問題に対処しようとしているわけではない。もちろん、PHAIの開発によって解決される問題はあるのだろうが、私たちからすればそんなことはどうでもいい。ただ開発したいから開発するのだよ」

 なんかそれって完全に自己満足の世界じゃないですか?

「ああ、そうだとも。というか、友達が欲しいがために人工知能を作っているような人間に尋ねる問いではないね」

 それもそうですね。

「数十年前にはロボットも人間とほぼ同じ動きができるようになった。そしてこのロボットに当時最高の人工知能――人との会話ができるようなものを搭載した。もちろん、音声合成の技術を使って、声も出せるようにした。

 それでも、PHAIの完成には多数の障害がある。

 さて、じゃあこの障害、つまり人工知能と人間の違いはどこだろう?」

 なんかようやく本題に入った感じですね。

「ちょっと前置きが長くなってしまったかね?」

 教授に友達ができない理由が分かった気がします。

「酷いな!?」

 うーん、違いといっても色々あるが……。

 ではとりあえず……、その人工知能に感情はあったのですか?

「いいや、感情の創発はまだできていなかった」

 顔の表情を作るのは?

「それはできていたよ。まあ顔は合成樹脂でできていたから若干違和感はあったがね」

 骨格はもちろん金属製ですよね? ということは体は人間の皮膚のように柔らかくは無かったのですか?

「そっちは半々。顔と同じように全身、合成樹脂だったから、金属の硬さは無かったけど、人間の皮膚のように柔らかくはなかったね。

 それでまずはそっちを本当の人間と同じようにした」

 バイオテクノロジーの利用ですね?

「ああ、この辺りになれば君も大体分かっているだろう? ソフトウェア面、つまりはPHAIの脳に関することは中々進まないから、まずはハード――体から人間に近づけていったのだよ。

 具体的には君の言う通り、バイオテクノロジーを使って生体部品を使ったんだ。なんせ、この頃には技術的にはクローンの作成もほぼ可能だと言われていたからね」

 生体部品でどこまで人間と同じようにできたのですか?

「どこまでだと思う?」

 七割ぐらいでしょうか?

「ふふ、なんと九割五分以上はその時点で生体部品に変えることができたのだよ」

 九割五分……残りは脳ですか?

「正解。脳だけは流石に作ることができなくてね、本来脳のある部分には体の各部位――例えば神経系などへのインターフェースを担うモジュールと、外部のコンピュータと通信をするモジュールを組み込んだんだ。体のコントロールはその外部コンピュータが担っている」

 それにしても、人間と同じ体を人工知能で制御できるものなのですか? 人間の体というものはそう単純じゃないでしょう?

「もちろん単純では無いがね、君は生体ネットワークというものを聞いたことが無いかね?」

 あいにく、人体系の知識はあまり持ち合わせていませんね。

「それこそ半世紀以上前は体の制御はすべて脳が行っていると考えられていたがそれは間違いだったのだよ。例えば、塩分を取り過ぎて血液中の塩分濃度が上がると血圧も上がってしまうのだが、すると心臓は負担を感じるというのは分かるかね?」

 ええ、なんとなく。

 私は胸に手を当てて心臓がドクンドクンと脈を打っているのを感じた。

 心臓とは言ってしまえば体中に血液を流しているポンプのようなものだ。そして血圧とは血の流れにくさのような物で、血圧が高いということはポンプが力を入れなければしっかり流れないことを意味する。

「そうした場合、心臓はANPという物質を血液中に流す。それを腎臓が受け取ると尿の量を増やし、塩分を外に出すことで血圧を下げるのだよ」

 つまりそれを行う際に脳を介していない、ということですか?

「正にその通りだよ。生体同士がネットワークを持ち、互いに物質を交換することで体の環境を整えているということだ。このことから、人工知能は体のすべてを制御する必要が無いことは分かるね?

 まあ、PHAIによる生体の制御が簡単だったというわけでは、決して無かったがね。

 なにはともあれ、これで見た目は人間と同じになった。次は何が足りないかね?」

 私はずっと感情が足りないと言い続けているわけですが?

「じゃあ感情を創発させるためには何があればいいと思うかね?」

 感情、感情……。

 そこでテーブルの上の本が視界に入る。

 たくさん読書をさせる、とか違いますよね。

「読書もさせてはみたんだがね、読解力などは上がったが、感情の創発は見られなかった。

 正解はね、〝欲〟を持たせることだよ」

 欲、ですか……。

「ああ、そうだ。そもそも生体部品を使う上で食事を必要としていたから、それに加えて食欲を持たせるようにしたんだ。それから睡眠欲もね」

 なんだかどんどん人工知能っぽくなくなってませんか?

「いいや、これで合ってる。PHAIとはすなわち人間と同様のものなのだからね。欲ぐらい無くっちゃ」

 それで、感情は表れたんですか?

「それがねぇ、感情っぽいものは創出したんだが……」

 っぽいもの?

「そのときのPHAIは人とのコミュニケーションを怖がるようなものになってしまったんだ」

 たまたまでは?

「いや、何度かPHAIの記憶領域を初期化したんだが、何度やっても同じだった」

 でも、感情の創発はできたんですね。

「ああ、その点では進歩だと言えるだろう。

 その後はその問題をいったん放置して、様々な欲をPHAIに与えて実験を行った。そして最も人間に近いと思える欲のバランスを見つけた」

 それでコミュニケーションの問題は?

 私の問いに教授は首を横に振る。

 いや、膝がくすぐったいんだけど。

「その問題は結局直らなかった。だが、行き詰まっていた私に天啓とでも言うべきものが舞い降りたのだよ。

 そのとき、知り合いの妻が子供を産んでね、その知り合いが子供の写真を見せてくれたんだ。そこで私は考えたのさ。PHAIも一から親が育てなければならないのではないかとね」

 ……。

「欲も今まで求めたバランスは放り投げ、最低限のものだけにした。食欲、排泄欲、そして親と一緒にいたいという気持ち。それから、記憶を人間と同じように忘れられるようんした。

 最初の数年は上手くいってるかどうかなんてまったく分からなかった。何せ、PHAIは赤ちゃんだったからね。でも、大きくなって、歩くようになり、言葉を覚え始め、PHAIが人間と同じように成長していることが分かった。PHAIが私のことを『パパ』と呼んだときは嬉しかったよ」

 ……。

「それからもPHAIは順調に成長している。今では、何も知らない人からすれば人間とまったく見分けがつかないだろう」

 教授が天井に顔を向ける。私は下を向いていたため、教授とばっちり目が合った。

「最後の質問だ。君はこの人工知能と人間の違いはなんだと思うかね? 君は、人間だと認めてくれないのかね?」

 その問いは私と教授がこのような話をするときに決まってする問いだった。

 それはもはや教授の願いとも言えるのかもしれない。


 確かに、その人工知能は人間とほとんど違いは無いのだろう。

 それでも、違うのだ。

 ある一点が違っていて、その一点だけがその人工知能を人工知能たらしめている。

「教授」

 私は教授の髪を撫でながら口を開く。

「結局のところ、その人工知能が自身を〝作られた存在である〟と認識している時点で、それはもうどうしようもないことなのです。

 例え、その人工知能をあらゆる人が人間だと認めたとしても――」

 教授は寂しそうな顔をして私の顔を見続ける。

 そんな教授に私は自由に動かせる頬を持ち上げて、にっこりと笑って言う。

「私は、私を人間だと思うことはできません」

 そして今日も、人工知能は生みの親の願いを聞かない。


   〈了〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人工知能は生みの親の願いを聞くか 四葉くらめ @kurame_yotsuba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ