神罰の予約

楠樹 暖

神罰の予約

 愛犬コタロウの気の向くままに散歩をしていると、普段のコースとは違う場所をさ迷うことになった。辿り着いたのは大きな楠が目を引く古ぼけた神社だ。小さい頃はよくここまで来て遊んだっけ。境内では赤い袴の巫女さんが一人掃除をしていた。そういえばまだ初詣も済ませてなかったし、巫女さんも近くで見たいので参拝でもしていくか。

 鳥居をくぐって奥へ進むと巫女さんがこちらをじーっと見てくる。軽く会釈をしても、じーっと見つめている。何だろう? ひょっとして小さい頃に一緒に遊んだ幼馴染とか? 視線の先は僕ではなく、もう少し下の方、僕の足元だった。

「そこの柴犬! あなた見覚えがあるわよ!」

 見つめていたのは僕ではなく、コタロウの方だったのか。

「あなた、この間、鳥居にオシッコをかけていった犬でしょ」

「人違い、いや犬違いです! 僕がコタロウと一緒にこの神社に来たのは初めてだし、コタロウは放し飼いになんてしていないし」

「えーい、問答無用! 神様を敬わない不敬ものには神罰を与えます」

 巫女さんは持っていた竹箒を左右に振りかざし、何やら祝詞のようなものを唱え始めた。

「祓いたまえ、清めたまえ、神罰代行! ハッ!」

 こちらに向けられた竹箒の先から怪しい緑色の光が伸びてきて、持っていたペットボトルに命中した。思わず手放したペットボトルは地面に辿り着く前に、みるみる灰色に変わっていった。ボトッ! ペットボトルは石になってしまった。

「その柴犬は二度とオシッコができないように石になってもらいます」

「なっ、なんて酷いことを!」

「安心して。石像になったら狛犬代わりに境内に飾ってあげるから。不敬ものから神職を与えられる神獣になるのよ。その柴犬もきっと喜ぶわ。さぁ、覚悟なさい。祓いたまえ、清めたまえ、神罰代行! ハッ!」

 無我夢中で被っていた帽子を巫女さんの方へ投げつけた。竹箒の先から出た緑色の光は帽子に命中した。帽子は灰色の石となってボトッと地面に落ちた。怪しい光は、何か先に物に当たると、それ以上は来ないらしい。

「そもそも、どうして普通の女の子が怪光線を撃てるんだよ」

「これは不敬ものを懲らしめるために神様からお借りした神通力。境内の中ならどこへ逃げようとも神罰を与えられるのよ」

 境内の中なら? ということは、神社の外へ出てしまえば助かる? 僕はコタロウを小脇に抱えて、鳥居めがけて走り出した。

「祓いたまえ、清めたまえ、神罰代行! ハッ!」

 祝詞のタイミングに合わせて首に巻いていたマフラーを放り投げた。マフラーは灰色の石となり、ボトッと地面に落ちた。

 このまま怪光線をかいくぐりつつ、鳥居を越えてトライを決めれば僕たちの勝利だ。などと冬の花園で戦うラグビー選手の気分に浸っていると次の一波が来た。

「祓いたまえ、清めたまえ、神罰代行! ハッ!」

 しまった、もう投げるものが無い。絶体絶命! 怪光線が直撃した。目の前が金色の光に包まれた。あれ? 緑色の光じゃない? 命中したと思った緑色の怪光線は金色の光に阻まれていた。そして、金色の光の中心には神々しい姿があった。

「……あなたは一体?」

大楠おおくす様! この方は、慧楠真樹那神えくすまきなのかみであらせられる。この神社の御神体であり御神木の大楠の神様よ」

「巫女よ、無暗やたらと神通力を使うでない。それに、その柴犬は鳥居にオシッコをかけた犬とは別の犬じゃ。あまり人を困らせるようなことをしていると、預けた神通力を返してもらうぞ」

「ははぁ、申し訳ありません、大楠様」

「人の子よ、迷惑をかけたな。その柴犬にかけられた嫌疑は晴れた」

 助かった。一時はどうなることかと思った。でも神様は、じーっと僕の顔を見つめている。

「どこかで見た顔だと思ったら、お主は十年前にわしの神社で遊んでいた子ではないか?」

 確かに十年前はよくここで遊んでいた。でも、どうしてここで遊ばなくなったんだろう? 古い記憶を辿ると何故か恐怖の感情が甦ってきた。確か、祟りを恐れて来なくなったんだっけ。その理由は……

「お主は十年前にわしの本体である神社の大楠にオシッコをかけていった小僧!」

 十年前に予約設定された神罰が、今下ろうとしていた。


(了)

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神罰の予約 楠樹 暖 @kusunokidan

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