第19話 最後に、自分の失敗人生を踏まえて・・・・・・

 本エッセイも終わりが近づいてきました。

 此処まで読み進めると、大企業への就職は人生の安泰を約束するものではない――と言う事を、御理解頂けたのではないでしょうか。


 さて、最後に人生訓めいた言葉を伝えます。

――就職はね、結婚と同じなんですよ。

 殆どの就活生は未婚者でしょうから、頓珍漢とんちんかんな比喩だと私も自覚しています。まあ、我慢して私の話に付き合って下さい。

 誰もが結婚式で永久の愛を誓い、バラ色の人生を夢見て結婚生活を歩み始める新郎新婦。

 でも、かなりの比率で離婚しますよね? 離婚せずとも、夫婦愛が冷め切った男女まで含めると、日本人の半数以上は円満な家族生活を送れていないのだろう――と想像してしまいます。

 考えてみると、当然の帰着なのです。

 見合い結婚の場合は相手の釣書つりしょだけ。恋愛結婚だとしても、相手の上辺うわべしか交際中に確認できません。長い人生で遭遇するであろう試練を一緒に乗り越えるなんて経験を、事前に積み上げようが無いのですから。

「こんなはずじゃなかった・・・・・・」

 と、ほぞを噛む仕儀しぎ相成あいなったとしても、別に驚く展開ではありません。

 就職も結婚と同じで、釣書(会社概要)や上辺だけの交際(OB訪問)しか経ていないのですから、理想と現実のギャップに戸惑っている方が大半のはずです。半数以上の勤め人は食い扶持ぶちを稼ぐために止む無く日々出社しているのだと思います。

 ところが、就職先を人生の伴侶、途中退職を離婚、転職を再婚にたとえるならば、勤め人が“離婚”に踏み切る事は容易ではありません。何故なら、収入の道を絶たれるからです。

 でも、“離婚”に至らないとしても、冷めた関係を続けている事には変わりありません。

 こんな不遇な状況から脱却するには、“離婚”と“再婚”を同時に果たさねばならず、次なる異性を射止める為には自分の魅力を高めるしかない。

 現状打破を諦め、冷めた夫婦生活に慣れ切ってしまっては、自分の魅力を磨きようが有りませんよね? 絶えず好奇心と関心を抱き続け、何事にも積極的に挑戦する心意気が大切なのです。

「就職した会社とは適度な距離を置け」と私が貴方あなたささやいてきた理由は、そう言う事なのです。


――就職する企業に定年退職まで骨を埋めるつもりなら、その企業の未来を信じて右往左往するな。どうせ30~40年後の経営環境なんて誰にも予測できないんだから。

――でも、イザとなった時の我が身の振り先を確保しておかねば、安心できないよね。それって、自分の選択肢を持っておくと言う事です。少なくとも、語学力は磨いておきましょう。海外企業への転職の可能性が高まりますから。

 これが、私からのアドバイスです。


 偉そうな事を縷々るる語ってきましたが、本エッセイの趣旨は、“就職してからの心構え”ではなく、“就職先を選択する際の参考情報”を提供する事でした。

「お前はどんな企業を推薦するんだ?」と、詰め寄る貴方からの疑問に答えねばなりません。

 もしSF小説の様に、意識だけが自分の若かりし肉体と時代に戻って再トライするなら、恐らく、当時と同じ企業を選択したと思います。

 自分のサラリーマン人生を振り返ってみても、大した不満を抱いていませんから。私の場合、見合いの相手が良き伴侶だったわけです。

 でも、もしファンタジー小説の様に、若返った自分が現在の就職戦線に身を投じるとしたら・・・・・・。

 違う選択肢を選ぶと思います。

 当時から国際情勢や経済環境が大きく変わりましたから、これからの40年を考えた結論も変更せざるを得ない。


 私は二つの切り口で攻めて行こうと考えます。


 一つ目の切り口は、外国人の出資比率が高い株主構成の企業です。

 欧米系の機関投資家は、株主総会での経営者の信任投票で、冷徹な評価を下します。

 欧米社会では、“資本家”と言う階級が厳然として存在し、所有者と経営者の分離が進んでいます。無能な経営者に采配を振るわせていては自分の保有資産が目減りするのですから、容赦無く社長を解雇するわけです。ただ、指折り数えて個人名を列挙できる程の超大金持ちは少数派みたいです。

 日本人の基準に照らせば十分に大金持ちの方は投資ファンドに自分の資産を預けています。投資ファンドは投資家集団から運用成績を問われますから、経営者が無能だと判断すると即座に株主総会で不信任に票を投じるわけです。或いは、保有株式を手放します。

 株主が年金財団などの機関投資家であっても、行動パターンは同じです。年金資産が棄損すれば、財団幹部は年金受給者から突き上げを食らうからです。

 第12話『日本の民間企業に民主主義は無し』では、大株主が殆ど存在しない日本企業について語りましたが、欧米企業では株主によるガバナンスが効いています。

 その欧米系の機関投資家が出資している日本企業は、彼らが、先行きが期待できる――と判断しているわけですから、就活生にとって有用な情報と言えます。

 貴方自身が訪問先企業の真贋しんがんを判定できずとも、会社四季報等で株主構成を確認するだけで目途を付けられるのです。

 但し、外国人持株比率だけに注目してはいけません。

 例えば、シャープやラオックス等の外国人持株比率は、製造技術や販売ノウハウの取込み等を目的に台湾や中国企業が買収した結果として高いのです。日本の消費需要を当てにしてないはずです(中国人旅行者のインバウンド効果も永続しません)。

 例示した企業が該当すると言う趣旨ではなくて、一般論に過ぎませんが、自らの事業構造に取り込まず、必要なものを吸収し尽くしたら持ち株を手放す可能性だって考慮しなければなりません。

 この様に、外国人株主が、自らの資産運用を目的に出資したのではなく、事業会社として資本参加した場合には、成長企業を探し出したい――と言う貴方のニーズと完全には合致しません。

 外国人が出資した経緯まで調べる必要が有ります。

 また、同じ投資額でも資本規模が相対的に小さい企業ほど高い出資比率を獲得できるので、企業規模の大小も頭の片隅に置かねばなりません。


 昨今、日経新聞に登場する日本ペイントの場合、記事を読む限りは不透明、且つ微妙ですね。

 シンガポール華僑の同業者が出資比率を高めている最中ですが、両社の株式持合いは数十年前にさかのぼり、当時は日本ペイントの方が上から目線で優位な立ち位置だったそうです。

 ところが、華僑側の方が成長著しかったようで、アメリカ重視の日本ペイントとアジア重視の華僑側との対立が発端となったそうです。

 どうやら日経新聞を読む限りでは、華僑側は日本ペイントを自らの事業構造に組み込むつもりらしく、第15話『合併・派閥』で語った外国企業による経営層の刷新パターンであれば、就職先として前向きに検討してみても良さそうです。

 少なくとも、数十年も買収リスクを放置していた日本ペイントの経営層に、生存競争の激しいグローバル市場で生き残る才覚を期待する事には無理が有りそうです。


 二つ目の切り口は、サプライ・チェーンの川下に位置付けられる企業です。転職時に有利だろうな、と思うからです。

 最初に就職した企業Aで貴方が培った知識・ノウハウに普遍性が無いとしても、企業Aに商品・サービスを提供している企業Bにとっては垂涎の的となります。

 究極の理想を言えば、グローバル展開している自動車メーカーです。貴方も自己研鑚けんさんの機会に恵まれますし、転職先探しにも困らないはずです。

 唯一の難点は、私が就職活動をした時代と比べて、格段に競争率が上がっている事でしょう。


 これまで語ってきた内容と何ら脈絡の無い話なんですが、水ビジネスも面白いかなぁ・・・・・・と思います。

 日本では地方自治体が水道事業を担っていますが、海外には民間のグローバル企業が幾つか存在します。世界人口の増加と地球温暖化によって水不足が深刻な問題となるでしょうから、水は一種の戦略物資と化します。自ずと商機が生まれるはずです。

 公務員――賃金水準は相対的に低いと思いますが――としての安定的な地位を得つつ、将来の飛躍に備えるなんて選択肢も有るかもしれません。

 また、既に無視できない人数の方々が踏み切っているようですが、一旦は何処かの企業に就職して生活資金を貯め、海外青年協力隊に身を投じると言う選択肢も有りそうです。若い日本人にとって重要な資質は、経済的縮小が見込まれる日本から抜け出し、海外で逞しく生活していく能力なのですから。


 長々と私の勝手な意見を書き連ねてきました。最後まで読んで頂き、有り難うございます。

 貴方の参考になれば幸いです。でも、私の出来る事は断片的な判断材料の提供のみ。

 企業選択の“決断”をするのは貴方自身です。数年後に後悔しないよう、思い付く限りの判断材料を集め、悩み抜いて下さい。就職活動中の様々な経験が、貴方の決断力を鍛錬する最初の一歩なのです。


 完

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これから就職する君に~老人の呟き~ 時織拓未 @showfun

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