第18話 働き方改革に関する雑感
2018年の通常国会では『働き方改革法案』の審議が紛糾しています。
厚労省の準備したデータが不正確だったとかで、その点ばかりを野党が追求するので、一国民に過ぎない私には論点を理解する事が全く出来ません。それでもキーワードを探っていくと、“裁量労働制”が重要なキーワードみたいです。
裁量労働制とは、下命された本人が必要と感じたら何時間でも働いて構わない。企業は残業手当を払わなくても構わない。平たく言えば、経営者に極めて好都合な制度です。
私自身は「日本企業に裁量労働制を広範囲に導入したら、過労死が続出するだろうな」と思います。
そう考える一つ目の理由は、第4話『農耕民族型と狩猟民族型』で提示した“農耕民族型”が日本企業の太宗を占めると感じるからです。
仮に“狩猟民族型”の側面が多少有ったとしても、裁量労働制を導入するならば、業務目標が必要です。客観的な指標が相応しく、売上高や生産量などの断面的な指標を採用せざるを得ません。それは“歩合制”と真逆の管理手法です。インセンティブの観点からは逆効果だと思います。
反面、基本給を保障するのですから、企業は従業員に“ノルマ”を課さざるを得ません。繰り返しの指摘ですが、棒グラフで営業マンを鼓舞する労務管理手法が有効な業態は限られます。
でも、そんな業態は
裁量労働制を強引に導入するならば、個々人を対象にするのではなく、チーム全体を対象にしないと無意味でしょう。それって、江戸幕府が百姓を支配する目的で導入した“五人組”に近い概念ですけど、職場はギスギスし始めるでしょうね。
二つ目の理由は、合理的思考の出来る人材が経営層に少ないのでは?――と、私自身が勘繰っているからです。
経済界が裁量労働制を熱望している理由は、労働生産性を向上させる為です。
狭義の労働生産性は生産量を従業員数で割り算した数値を意味します。この数値を改善するには、製造プロセスの変革しか選択肢が有りません。産業ロボットの導入なんかです。
ところが、国会で議論している内容は“働き方”ですから、売上高を労務費で割り算した広義の労働生産性を指しているようです。
御客様に商品・サービスを購入して頂かないと売上高は伸びません。企業側の都合で売上高は拡大しないので、言い換えると、労務費の圧縮を目指していると思われます。
そして、営業現場の前線を鼓舞するには裁量労働制よりも歩合制の方が効果
それでは、内部管理の業務に考察を進めましょう。
財務系列や法務系列の業務は、社外に会計士や弁護士と言う専門家がいるので、社内で抱える従業員は必要最低限で済みそうです。企業買収や訴訟に遭遇すれば、社外の専門家を雇えば良いのです。企業として
消去法で推察するに、裁量労働制適用の議論対象となっている方々は、業務運営・組織運営を目的とした社内会議、経営層等への社内説明の準備に追われている部署の方だと思えてなりません。
その様な職種の方は、大企業に成れば成るほど、人数が増えます。組織が大き過ぎて、企業活動の全体像を中々把握できないからです。だからこそ、構成メンバーが大企業主体の経団連が法案成立に期待しているのでしょう。
でも、私なんかは不思議に思うのですが、経営者が従業員から購入する情報の対価が労務費と言うコストなんですよね。
一般消費者の感覚で考えると、対価を支払うのが嫌ならば、情報を買わなければ良いわけです。
別の表現をすると、従業員への残業代をケチろうと考える前に、
「その仕事を止めろ。俺は大して参考にしていないから」
と断言して、業務を減らすのが真っ当なアプローチだと思うんです。
私が愛読する戦史物に
合戦に先立って
経済活動においても、そこは合戦と同じだと思うんです。第15話『合併・派閥』では違った文脈で語りましたが、競合相手の情報を探る事は殆ど期待できないのですから。
限られた情報の中でも果敢に判断しよう――とする心意気が経営層に不足している事こそが問題じゃないか。そう思うわけです。
その上、残業代まで払いたくない――なんて、経営層の身勝手だと思うのです。
残業代を払わなくなると、経営層に「この辺で割り切ろう」と踏ん切らせる歯止めが無くなってしまいます。
「この情報を整理してくれ。あの情報も整理してくれ」
と、気安く業務指示を出すようになり、従業員を過労死から守る防波堤が決壊するように思うのです。
本来、情報整理は手段に過ぎず、目的は経営判断です。ところが、企業が経営判断を避けようとする社風に染まってしまうと、内部管理系のスタッフ部門の業務目的は情報整理と化します。
先に語った通り、整理項目が増える過程では従業員が忙殺されますが、
その局面に至ると今度は、スタッフ部門の業務がAI(人工知能)に置き換えられ始めます。
何故ならば、「こう言う判断をしたいから、ああ言う判断材料を欲しい」と発想せずに現状分析を求めているのですから、自然と既定項目の定点観測となります。ルーティン化した作業は容易にプログラム化できるからです。
既に接客業が危うくなっていますよね。ハウステンボスの“変なホテル”やソフトバンクの“ペッパー”みたいに、人工知能を備えたロボットに置き換わっていくでしょう。
この様に早晩、“働き方改革”ならぬ、“働かせない改革”が進展し始めるはずです。経営者は収益向上に貪欲であり、雇用者数の削減が最も手堅い収益改善策だからです。
AIで代替できない仕事とは、人間の五感を活かす仕事です。つまり、職種は問いませんが、職人ですね。
でも、大学で教育を受けた就活生の選択肢に職人は入っていないと思います。職人を目指すならば、大学進学の代りに、専門学校に進むとか、職人の世界に弟子入りしているでしょうから。
――大学卒業予定の就活生が目指すべき、AIに代替されない仕事とは何でしょうか?
それは、“決断力”を問われる仕事です。
決断力とは、自分が分岐路に立った時に「右の道を進むか? 左の道を進むか?」を選択する事です。決断の難易度は様々ですが、難しい決断が求められる時とは、
就職活動を始めたばかりの
鍛錬の場として就職先を考えると、新興産業で成長を始めた企業、或いは、新たなマーケットを果敢に攻めようとしている企業が最適です。
日本マーケットに安住している企業で決断力を鍛錬できるとは思えませんね。貴方の先輩社員は皆、決断を迫られなかったのですから、身近な手本と成り得ないわけです。
改めてネットで調べてみると、2017年12月、旭化成の社長が朝日新聞のインタビューで「30歳代後半から40歳代前半の世代が手薄だ」と発言した事に様々な反応が沸き起こったそうです。私自身は日経新聞で見掛けたのですが、転載記事だったのかもしれません。
この世代が就職活動を繰り広げた時期は2000年前後。
都市銀行が倒産・合併を繰り返し、家電業界が追い込まれていった平成大不況の時代です。就職戦線は超氷河期でした。
第10話『人口動態』で語った通り、超長期を見通した時に唯一確実に予測可能な判断材料は年齢構成です。不景気だからと言って、採用を絞れば世代間のノウハウ伝授に支障を来す事は容易に想像できます。もし、当時の経営層が想像できなかったとしたら、無能者以外の何物でもありません。
「会社存続の為に労務費を削減せねばならなかったのだ」
との反論が返ってきそうですが、新入社員の給料は
「会社存続の危機なので、従業員全員の給与・賞与を万遍無く薄くカットさせてくれ」
と申し入れるべきだったのです。労働組合の反発に怯んだとするならば、やっぱり無能だったと言わざるを得ません。
一方で、日本に“ロスト・ジェネレーション”と言う言葉が定着しましたから、旭化成だけの行動ではなかった、と容易に想像できます。大半の日本企業が同じ行動を採ったからこそ、正規社員における世代交代の断絶が経済界共通の課題となっているのです。
この現象を目の当たりにした私は、個々の例外は有っても大勢論として、日本企業の経営力は下り坂に入っているのだな、と認識したのです。
その程度の判断も出来ない経営者達が
――何も挑戦しない・・・・・・。
日本企業全体として、稼いだ収益を借金返済に
余談ながら、その
冒頭の話に戻りますが、腹の
尚、これから就職する貴方にとって良い面も有ります。
30歳代後半から40歳代前半の世代。つまり、課長から部長に相当する世代が手薄なのですから、それより若い世代の出世は繰り上がる事になります。伴連れで、貴方達の出世も早いでしょう。
但し、貴方より上の世代は経験不足の
また、いよいよ前例踏襲の文化が色濃くなるでしょう。個々人にとって、前例踏襲こそが最も無難な判断ですから。
一方で、経済のグローバル化は止まる所を知りません。
――挑戦から逃げ続けた者に待っている未来とは・・・・・・?
何だか、空恐ろしい気がします。
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