第17話 英会話力は詐欺の道具
今回は趣向を変えて、短編小説風に書き始めます。私もサラリーマン社会から引退したわけではないので、以下に書き綴る小説はフィクションと言う前提です。その辺の機微は察して下さい。
“彼”は、誰にも聞こえない小さな溜息をフウッと吐くと、やおら椅子から立ち上がり、喫煙ルームに向かった。
以前の自分とは違い、廊下を歩く足取りが遅い。“重い”のではなく、“遅い”。“彼”には急ぐ必要が無かった。いや寧ろ、急いで歩く事は自分の精神状態を追い込む事に
何故ならば、“彼”に下命される業務はゼロ。始業時間に出社するものの、手持無沙汰のままで一日を過ごす。パソコン画面の向こうに広がるネット空間を
今や部屋の
道に迷える旅人を
“彼”の所属チームは、海外同業者との合弁会社設立を目指した折衝、上手く話が進めば実行までを視野に入れている。
チームリーダーは
組織として未来永劫に機能を果たす事は期待されておらず、チーム編成期間は海外進出の機運が高まった昨今に限定されている。
だから、“彼”を始めとする構成員は、X部長の指揮下で動くものの、人事管理上の上司は組織長のY部長である。誰が自分の働きを正当に評価してくれるのか?――が不明瞭な捻じれた位置付けにある。
チームリーダーにX部長が推された理由は、英語を話すのが上手いからだ。
正確に評価するならば、
反面、日本語を話させると、何を言いたいのか?――がサッパリ分からない。不明瞭な発音も
外国人との対話において日本人特有の
X部長の素質を評価するに、その両方が絶望的であった。そんな事は“彼”も承知している。だから、海外出張前にはプレゼン資料を念入りに準備し、X部長に対して綿密にブリーフィングを行った。
最初の大仕事の相手はインド人であった。勿論、先方との対話言語は英語。
X部長相手のブリーフィングは日本語だが、プレゼン資料は英語である。英語が苦手な“彼”であったが、紙面に簡単な英語を並べる分には翻訳アプリを活用すれば済む。別に英文の契約書を準備するわけではないのだから。
“彼”も随行したが、英語が話せないので、折衝役はX部長であった。“彼”が横に控えた目的は、交渉時の参謀役としてであった。但し、“彼”には協議の流れを理解できなかった。
“彼”は折衝を終えた後にX部長から日本語で報告を受けるのみ。毎度の事ながら「頑固なインド人が中々同意しない」の単調な結果報告。“彼”にとって
さて、サラリーマン社会では“
その定例報告会にはチームリーダーのX部長のみが出席する。社内では複数の折衝チームが多種多様の商談を進めており、1チーム・1名の参加が妥当であった。
X部長は定例報告会の席で「交渉が進展しません」と短い報告しかしない。確かに事実ではあるが、半年も1年も同じ
数年に渡ってインド人と不毛な協議を重ねるも、議論は深まらず、遂に交渉は流れてしまった。
次なる大仕事の相手は中国人であった。先方との対話言語は中国語。
当方は通訳を随行した。“彼”とX部長は立ち位置は同じ。但し、中国人は面子なり序列を重んじるので、日本側の主張として通訳が伝えるのはX部長の発言のみである。
インド人相手の前回とは違い、“彼”には協議の流れを理解する事が出来た。そこで判明した驚愕の事実は、X部長に任せておくと交渉にならないと言う事。
慌てた“彼”はX部長に交渉現場での発言を指南し始めた。“彼”自身も、それだけで交渉が進んだとは
次なる折衝相手は当方(日本)の本社ビルに
“関係部門”を説得するには、「この案件は〇〇と言う理由から事業戦略上、重要なのです!」と論理的に、且つ声高に力説する必要がある。
ところが、社長は、第12話『日本の民間企業に民主主義は無し』で指摘した“石橋を叩いて(渡らずに)壊す”タイプの典型だった。社内にも“
哀しいかな・・・・・・、必然的にX部長は押し黙ってしまう。
――これでは埒が明かないじゃないかっ!
奮起した“彼”は、
「事業部内で幅広く議論し、この案件の必要性を組織として社内でアピールしましょう。執行役員にも協力して頂ければ、突破口を拓けるかもしれません」
と、X部長に進言した。
でも残念ながら・・・・・・、X部長は事業部内ですら声を上げようとはしなかった。
中国側に立つと、提携相手の候補は我社に限らない。真っ当な経営判断をする中国側は「早く決断してくれ。これ以上の時間浪費には耐えられない」とX部長を催促する。
こうして、中国案件でもまた、交渉は流れてしまった。
3番目の案件はインドネシアを舞台としていた。
ところが、この案件に経済合理性を見出す事は不可能だった。交渉を始めても意味が無い。
その事実を“彼”はX部長に指摘する。
ところが、頭の弱いX部長――京都にある超有名大学出身――は、国際線の飛行機に長時間揺られ、肉体に溜まった疲労感に「俺は仕事をしている」と自己陶酔する性癖があった。随行者は徒労感しか感じないのだが・・・・・・。
結論を先に言うと、X部長は“彼”の進言を黙殺し、インドネシア案件の交渉を始めてしまう。「粘り強く交渉していれば、次の世代の10年後には
――X部長に従っても成果は上がらない。一方で、既に5年の歳月が無駄に過ぎている。我々4人は人事上の塩漬け状態に甘んじており、
我慢の限界を超えた“彼”はX部長に談判する。
「
その遣り方を採用すれば、貴方は自ずと自分で考えざるを得なくなる。遅ればせながら、考える習慣を身に着ける事が出来るでしょう。
思考力を鍛錬すれば、社内“関係部門”を説得する事も叶うでしょう」
勿論、“彼”も最初はオブラートに包んで談判した。ところが、X部長は理解できない。
仕方無く、“彼”はオブラートの包装を1枚1枚と
そして最後に、X部長が“彼”の談判を理解できた時には、「何て失礼な事を言うんだ!」と逆切れしたのだった。
煙草の火がフィルターに近付き、単なる時間潰しに過ぎない5分の終了を“彼”に告げる。“彼”は口から紫煙と一緒に溜息を漏らす。今日も
最近、『頭にきてもアホとは戦うな!』と言うタイトルの書籍が売れていると聞く。世の中には自分と似た人間が溢れているのだろう。
――でも、何も行動を起こさなければ、自分だけでなく4人全員のキャリアは蝕まれるだけだっただろう。
“彼”は義侠心に駆られ、現状打破の誘惑に突き動かされたのだったが、サラリーマンとしては決して褒められる態度ではなかった。
さて、この短編小説の後日談を解説しておきます。
一方の“彼”は、“彼”を
唯々諾々とX部長に従っていた“彼”以外の3人は、引き続き
この短編小説を書きながら私が思うに、貴方が英語を
そして、英語での交渉経緯は一種のブラックボックスと化し、組織内で正確に報告されなくなります。平たく言えば、当人の無能さに敗因が有っても、当人が自分に都合良く報告するのでバレません。
一方で、海外進出を迫られる日本企業は、時代を追って今後とも増え続けるでしょう。反面、ニーズの高まり具合ほどには、英語に堪能な社員が集まりません。
つまり、英語力は貴方の立身出世だけでなく、その後の保身に役立つ武器だと言えます。
もう一つ指摘しておきます。
将来、貴方の部下として英語に堪能な者が配属されたら、その部下の
我々日本人は英語力に
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