第16話 処遇

 私は、給与水準を語る時には三つの軸を挙げるべきだろうな――と思います。


 まず、一つ目は、金を稼ぐ能力。

 但し、第4話『農耕民族型と狩猟民族型』で語った“農耕民族型”の産業では個人の功績を特定し難いので、代わりの物差ものさしとして、学歴や出身大学が重視されます。

 この尺度で正当に実力評価される職業は、金融商品や市況商品のトレーダー等、極一部の職種に限られます。


 次なる二つ目は、当人の嫌がる仕事。一種の需要と供給の均衡ですね。

 分かり易い事例が風俗産業で働く女性。低学歴ながら、好きでもない男に抱かれると言う、究極的に嫌な仕事に従事するので、時給がすこぶる高いわけです。

 風俗嬢の中でも、スタイル抜群で眉目秀麗の高級コールガールの時給が高いのは、男連中を呼び寄せる。つまり、風俗業として“金を稼ぐ能力”に長けているからです。一つ目と二つ目の両軸で高値ゾーンに位置するわけです。

 就活生が一度は目指す総合商社も、この範疇に含まれます。正確には、総合商社の抱える事業部の過半、でしょうか。

 貴方あなたは釈然としないでしょうね。

 商社業務は2系統に大別できます。資源・エネルギー権益の取得なんかの投資に軸足を置いた業務と、BtoB型のビジネスで商品の中継ぎを担う業務です。

 前者は専ら投資収益の獲得を目指しており、一つ目の“金を稼ぐ能力”を社員に期待します。後者は、手数料収入に立脚しており、安定的ながら、ボロ儲けする事は期待できません。

 地道な手数料ビジネスにもかかわらず、所属する商社マンの給与もソコソコに高いはずです(日本人には給与明細を互いに開示する習慣が無いので、私も定量的には把握していません)。何故ならば、商社マンは販売側の企業と購買側の企業の間で板挟みに遭う宿命だからです。

 商社は、接点の無かった企業同士をつなぐノウハウに長けているのですが、商品に関しては素人です。対象商品を作るのでもなく、使うのでもない。商社マンは商品知識を深めようがありません。だから、取引が常態化すると、商談の席では黙して語らず、陪席するだけの存在となります。

 人間とは身勝手なもので、商談開始時に果たした商社の功績は大なのに、取引が常態化すると「既に存在意義を無くした商社に手数料を支払い続けるのは釈然としないな」と感じ、相手との直接取引が出来ないだろうか?――とよこしまな考えを抱き始めます。

 そんな動きを警戒する為に商社マンは商談に陪席するのですが、ビジネス上の能動的役割を喪失しているので、「昔のよしみで仲間外れにしないで下さいよ」とおもねるしかないわけです。一流大学を卒業した商社マンが・・・・・・ですよ。

 自尊心を傷付けられ、ストレスの溜まる業種だと思いませんか? だから、商社マンは高給取りなのです。


 最後の三つ目は、産業の立ち位置。

 第9話『規格・標準』で語った通り、国家規格に立脚して取引される商品や市況商品(両方に重複して列挙される商品が多い)は、需要と供給の関係で価格が決まります。換言すると、価格が不安定です。

 これらの商品に関連する産業に従事すると、給与水準は頭打ちとなる事を覚悟しなければなりません。

 企業にとって労務費とは、景気変動で加減できない硬直的なコストです。不景気だからと言って、気安く人員カットできません。経営者は、不景気に直面しても追い込まれないように――と用心して、賃上げには二の足を踏みます。

 また、殆どの小売業界やサービス業でも給与水準は頭打ちです。

 貴方も街中或いは近所を散策すると分かる通り、どの店舗も似たり寄ったりの商品を販売していますよね。機能的に代替可能なものばかり。

 需給関係ですらなく、近接する競合店との価格競合なのです。恒常的に価格が下押しされます。一部の流行商品を取り扱っている店舗ならば、短期的に高値販売が可能でしょうが、数十年も流行の最先端を走り続ける小売店なんて存在しません。

 例外は、イメージ戦略を大事に守り続ける欧米ブランド品のメーカーくらいです。

 でも、ブランド直営の銀座店の店員だって、給与水準は高くないはずですよ。実際に働いている方が私の友人には居ないので未調査ですが、「店頭販売員の接客が神憑っているから数十万円のバックを買うわ」なんて奇特な御婦人の存在を耳にした事がありませんから。

 飲食サービス業もしかりです。

 高給取りなのは、“料理の鉄人(古い!)”に出演しそうな高級料亭・レストランの料理人くらいだと思います。彼らには技術が有りますから。

 反面、製造業の一部には高給を期待できる企業も有りそうです。

 ネットに拠ると、平均年収の高い製造業の企業として、キーエンス(計測・制御機器メーカー)とファナック(工作機械用NC装置メーカー)が挙がっていますね。

 第8話『日本人の誇るべき気質、それは「地道」に取り組む姿勢』で語った通り、他社が真似できないオンリー・ワンの技術を有する部品メーカーは当然ながら儲け、従業員にも厚く報いているわけです。

 それ以外には、放送局・新聞社、総合商社が高位に陣取っています。

 総合商社は先に語った通りですが、放送局・新聞社の行く末は不透明だ、と私は考えます。40年もつ内に、ネット産業に飲み込まれていくと思いますよ。

 もう一度、小売業について語り直しておくと、近年、自らの付加価値を高めようと考える小売業が製造業の領域に進出を始めています。

 進出の方向性は大きく二つに分別されそうです。次なる二つの系統は、ベクトルが真逆を向いており、端的には価格設定に特徴がく現れます。

 一つ目は、イオンやセブン&アイが店頭に並べるプライベート・ブランドの商品群。御存知の通り、食品メーカーのナショナル・ブランドよりも安価で販売されています。

 二つ目は、ユニクロの保温効果に優れたヒートテックに代表される商品群。こちらは既存商品よりも割高な価格で販売されています。

 前者は、食品メーカーに「自社グループの店舗で大量に仕入れるので、物流費を圧縮できる。宣伝コストも節約できる」と呼び掛けて設計された、コスト削減型の商品です。

 後者は、製造会社と連携する点は似ていても、付加価値を高める方向で設計された商品です。

 つまり、重要な事はオンリー・ワンの付加価値を生み出しているか否か――であって、正確には“産業の立ち位置”ではなく、“企業の立ち位置”と言い直すべきですね。


 以上の3点は、サラリーマンの給与水準に関する見解です。

 続いて、給与水準以外の処遇についても考察していきましょう。出世やポジションの話です。


 大量採用する企業については、何歳程度まで本体に留まれるか?――も重要な判断材料です。

“本体”とは、最初に就職した企業の意味であり、貴方が中年から晩年に差し掛かる頃には、子会社や取引先に出向・転籍する確率が高いと言うニュアンスを表しています。

 第3話『同族企業と非同族企業』で語った通り、貴方が社長に指名される可能性は1%にも満たないでしょう。役員まで出世する確率だって数%も有るか如何どうか。

 一方で、企業とは社長を頂点としたピラミッド型の年齢構成をした組織です。言い換えると、出世競争から脱落すれば、いずれ本体から転出せざるを得ません。

 貴方が、学生を大量採用する企業に就職すれば、それだけ転出を迫られる可能性が高くなります。

 メガバンク――みずほや三菱UFJ、三井住友の各フィナンシャル・グループは、これから数年の時間軸で大規模な合理化に着手するようです――も、今は採用人数を抑制していると思うのですが、平成バブルはなやかなりし時分には大量採用していました。

 メガバンク――正確には、業界再編前の“都市銀行”――に就職した同級生を見ていると、40歳を過ぎた頃から子会社や取引先に転出し始めていました。

 都市銀行に就職すれば、30歳を過ぎる頃には年収が1千万円を超えるとはやされていましたが、その高い収入レベルを定年まで維持する事が可能なのか?――にも注意を払う必要が有ります。

 残念ながら、私には知見が有りません。貴方の周りに銀行マンの知り合いがいるならば、忌憚きたんの無い御意見を伺うべきでしょう。


 貴方が理系学部に通うならば、自分の専攻学部が就職先の企業で優遇されるのか?――にも着目する必要が有ります。

 これも理不尽な話ですが、文系の学生は即戦力として使い物にならない――と最初から期待しない一方で、理系の学生に関しては、大学で習得した知識を会社で役立てて貰おう――との思惑から配属先を決定します。

 学部別偏差値の現状を私は把握していないのですが、私の学生時代を振り返ると、理工学部の中でも機械工学科や電気工学科なんかの人気が高かったものです。

 例えば、石油化学工業や鉄鋼業に就職すると一般的に、同じ理工学部でも化学科や冶金科の学生が重宝されます。学科選択時の熾烈しれつな競争を勝ち抜いて機械工学や電気工学を専攻した学生は、設備管理部門に配属されがちです。

 企業にとって、直に収益を生む部門は操業部門であり、生産設備のメンテは裏方です。設備の保守・管理が大切なのは言うまでもない事ですが、理系人の中で出世街道をトップランナーとして走る人材は、操業部門に配属された者なのです。

「学生の頃は、アイツより俺の方が成績優秀だったのに・・・・・・」

 と言うボヤキを耳にした事が何度も有ります。

 また、都市銀行に就職した理工学部の同級生は、本業の銀行業務部門ではなく、金融システム部門に配属されていました。銀行人事部の発想も理解できるのですが、「顧客回りに出したって、アイツなら大丈夫なのに・・・・・・」と割り切れなさを感じた憶えが有ります。

 理工学部の学生ならば、機械・機器メーカーに就職するのが穏当な選択肢と言えます。

 昨今は文系学生といえども、私の学生時代とは違って、学業に手を抜かないと聞きます。司法関係や財務関係の資格を取得した上で就職活動に臨む学生も多いようです。

 彼らにも同じ事が言えて、専攻を活かしてやりたい――と考える人事部は、法務部門や財務部門に配属する傾向が強いようです。その後も、「適性が無い」と判断されない限りは、配属された部門で業務知識を極めるキャリアを歩みます。

 これも一般論ですが、日本企業では、専門分野に特化した人材よりも、様々な職種を幅広く経験したジェネラリストが出世します。だから、人事部の配慮は本人にとって“小さな親切、大きな御世話”なんですが、「なんだかなぁ・・・・・・」ですよね。

 でも、資格保有者が就職活動でマイナス評価される事は有り得ません。就活生にとっては内定獲得が第一ですから、学生の内に資格取得を目指す行為を私は否定しません。

 強いて言うなら、入社面接時に、

「私は〇〇の資格を取得しましたが、(こう言う風に)優秀な人材なので、入社後は〇〇系列の業務に限らずとも、(こう言う風に)御社に貢献できます!」

 と、自己アピールを積極的に展開しましょう。

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