どこにでもいる誰かと、どこかにいる誰か
誰かと、誰か。
「いや、悪いけどお前には無理だと思うよ」
作品の批評を頼んだ知人は、開口一番にそう言った。ズルズルと音を立てて、そいつはアイスコーヒーをすする。
「読んだけどよ……お前、売れ線とか理解してる?」
ゴミでも扱うように、カフェのテーブルに男は原稿を放る。ぼくの書いた短編小説の原稿だ。
「こういう、どこ狙ってんだかわかんない球で勝負したってダメなんだよ。もっと萌えとか意識してキャッチーな作品書けよ。プロになりたいんだろ? 趣味で書く分には良いだろうけど、これじゃ無理だわ。だいたい、一作目や二作目ならともかく、子供の頃から書いててコレって……才能のカケラも感じないわ」
「そうかよ」
「なんだよ正直に言えっつったのはそっちだろ? 怒ってんの?」
「当たり前だろ」
「まあまあ、聞けって。土俵は違うけど? 俺はイラストで飯食ってるし一応はプロなんだぜ。それにおれも昔、ラノベ書いてたからわかるんだ。まぁそっち方面じゃ芽が出なかったけどおれの才能はイラストで開花したから良いんだよ。とにかく、だからわかるんだ。お前みたいなヤツ、いっぱい見て来た。お前にこの業界で勝負できるほどの才能はないよ。流行を追えるほどの知恵もないだろ? それでこの程度の作品で勝負する気なら、プロの道は諦めた方がいい」
「ありがとう。参考になった。いつかこの礼はする。もう二度と会うこともないだろうが」
ぼくは印刷した原稿を男の手から奪い取り、乱雑にカバンの中にしまった。サイフから二人分のコーヒー代を出し、テーブルの上に置く。
「おいおいおい、だからイヤなんだよ。怒ることじゃねーだろ。おれぁ、お前のためを想って言ってんだぜ? 才能もないクセに諦めきれずズルズル続ける連中の哀れな末路を知ってっからだよ。つーか話してりゃわかるんだ。才能あるやつってだいたい話からして面白いし。お前みたいに上手い切り返しもできねえようなヤツは才能ねーの。現実を認めろって。もしかして気持ちだけなら誰にも負けないとか言っちゃうタイプ? やる気でどうにかなるほど甘い世界じゃねーぜ。お前みたいのが諦めつかなくて三十、四十過ぎて人生を後悔するんだよ。知人として忠告してやってんだよ? それも汲めないの?」
「いいか、ぼくはな……」
言ってやりたい言葉はたくさんあった。
だけど、感情的に言い返したらぼくの負けだ。
それに、こいつは悪人ではない。
早口でまくしたてるような喋り方と、他人を見下して偉そうに断じるクソ野郎だが、決して悪人ではない。ただのクソ野郎だ。
出版業界で仕事をしている知人がこいつしかいないから、批評を頼んだ。ボロクソに言われるのは覚悟の上だったし、ここで彼を罵倒するのはフェアじゃない。
だけど一言だけ、悔しくて言い返した。
「ぼくは、たとえ何があろうと諦めないって約束したんだ」
「……誰と?」
「知るかよ。どこかの誰かだ」
そいつは小馬鹿にするように笑った。
やっぱり一発くらいは殴っておけばよかった。
◇◇◇
二十歳までに最終選考に残らなければプロは諦めると、父と約束していた。
実際、二十歳になる直前に一度は諦めた。
だが、どうしても割り切れなかった。
約束を破り、大学に通いながら執筆を続けた。
大学を卒業するまでと自分に言い聞かせて。
最後の年、就職活動をするフリをしてまだ書き続けた。就職浪人をしている一年で、面接に行かず小説を書いていることが親にバレた。
大喧嘩をして大学は中退、家を追い出される。
以降、アルバイトをしながら貧乏暮らしを続けている。
新人賞に応募して何の結果も残せず、ウェブで発表しては無反応。
同人誌即売イベントで発行した同人誌の売り上げは最高で一冊。
つまり、基本的に読者はゼロ。
それでもまだ、小説は書いている。
『いえーい今日は売れてるー☆?』
ぼくがイベントに参加するたび、メールを送って来る友人がいる。
そのクセ、買いには来ない。
彼なりに気を遣ってくれているのだろうか。
だからぼくも『死ねクソ』とだけ返信しする。
「まあ……今日もゼロだな」
ため息が漏れる。
挿絵のひとつもない、表紙は文字だけの手作りの小説同人誌。
数万人、数十万人が集まる同人即売会だろうと誰にも見向きもされなければ一冊も売れない。
イベント終了まで二時間あるが、早々に帰り支度を始めた。
ブースの片付けを終えた、その時だった。
「あの」
長机を挟んで向こう側に、黒髪の女性が立っている。
ぼくより少しだけ年上だろうか。
どこかで会った覚えはあるが、どこで会ったのか思い出せない。
「今日は、新刊ないんですか?」
「……は?」
今まで一度も、聞かれたことのない言葉。
「新刊です。もしかして完売ですか?」
「新刊……新刊? ぼくの書いた小説ってことですか? どこかのサークルと間違えているわけじゃなく?」
「間違えてませんよ。確認して買いに来たんですから」
念には念を入れて、ぼくはカバンからペラペラの小説同人誌を取り出して、彼女に見せた。
「一部ください」
間違いでも何でもなく、本当に彼女はぼくの作品を求めてやって来た。
「ええと……以前、どこかで会いました?」
「あ、覚えてますか? 一回だけ会いましたよね。去年のイベントでわたし、アナタの作品買ったんです」
「……なるほど、それでか。そうですよね。どこかで見たことあるって思いました」
「あなたの作品、その、とっても面白かったです」
「そうですか……それは、その」
どうしてだろう。ぼくは彼女を知っている気がする。ほとんど初対面で、彼女の顔も立ち居振る舞いも、ぼくは知らないはずなのに。
「ぼくの作品を面白いと感じるなんて、あなたはずいぶん趣味が悪い」
ぼくが言うと、彼女はほがらかに笑った。
「君は大変、失礼な人ですね」
ひらがなてんせい 鋼野タケシ @haganenotakeshi
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