第2話 少年少女たちの様々な悲喜惨劇
『超異変』という宇宙規模の自然災害によって、『一周目時代』の人類は、日本人をのぞいて滅亡し、
そのため、最先端を誇っていた数多くの
『パソコン』や『スマートフォン』は元より、その技術体系に分類される『
それから約千年が経過した現在、ほぼ日本人で再構成された『二周目時代』の人類は、繁栄と動乱を繰り返しながらも、『一周目時代』における二十一世紀前期の
『一周目時代』の日本の歴史を、およそ二倍の
特に、四十年前に始まった『第二次幕末』の動乱から現在にいたるまでの進歩と発展はめざましく、『一周目時代』の元号におきかえるなら、『明治』前期からいきなり『令和』の時代に
まさしく、躍進の四十年であった。
だが、寸分の狂いもなく、『一周目時代』の日本の歴史をなぞったわけではなかった。
『一周目時代』の世界に存在していなかったものが、『二周目時代』の世界には存在しているからである。
『テレポート交通管制センター』、『エスパーダ』、『テレハック』、『
それらはすべて、『
『擬似二十一世紀日本』とも言える現在の『第二日本国』では、『
『
そして、首都の南方に点在する、そこに一番近い浮遊諸島群のひとつ――通称『超常特区』は、最先端の
第二日本国国防軍陸上防衛高等学校が、この行政区画に設立されたのも、その恩恵を在校生に受けさせるためであった。
国防軍が優秀な人材を得るための供給地として。
「――ちょっとォ。黙ってないで何か言いなさいよっ!」
そのようなわけで、陸上防衛高等学校の校舎裏から上がった、そこの在校生らしき女子の怒声は、だが、放課後の喧騒によってかき消された。
「――そうよ。このまま見逃してくれると思ったら、大間違いよっ!」
「――アタシたちをなめないでちょうだい。そんな態度を取っている限り、絶対に許さないんだからっ!」
それに構わず、その左右にいる二人の女子も、怒声を上げた少女のそれに唱和する。
三人とも、一五、六才の年齢と性別にふさわしく、それなりに可愛い容姿を、ウェービーロング、ボブカット、ポニーテールの髪型で、それぞれ彩っているが、険のありすぎる目元が、せっかくの美貌を台無しにしている。
だが、当の本人たちはまったく意に介していなかった。
ひたすら恐い顔で睨んでいる。
うつむいたまま立ち尽くしている一人の生徒を。
三人の女子生徒はその生徒と対峙していた。
校舎裏に植えつけられている一本の樹木にまで追い込んで、怒声を浴びせているのだ。
午前までの授業が終わってから、休みなく。
四人とも陸上防衛高等学校指定の紺色の
雲一つない晩春の青空から、垂直で降りそそぐ真昼の『
「――もしかして、このことを『見聞
「――ちがうと言うなら、『思考
「――とぼけたってムダよ。『エスパーダ』をつけているかぎり、見たことや考えたことを忘れたり曖昧になったりすることなんかないんだから。絶対に」
三人の女子生徒はよってたかって一人の生徒をことばの暴力でごつきまわす。四人の右耳の裏に装着してある三日月状の小型機器が、『陽月』の陽光をにぶく反射させている。
『エスパーダ』とは、装着者の精神エネルギーをエネルギー源に、様々な『超能力』や『超脳力』を引き出し、行使することができる、『
『
ひらたく言えば、『一周目時代』の二十一世紀の世界に存在していた『
『
「……………………」
沈黙をつづけるその生徒に対して、三人の女子生徒は剣呑な雰囲気をまとってさらに詰め寄る。
「……やだ、イジメかしら……」
そこへ、偶然イジメの現場付近を通りかかった一人の女子生徒が、おびえた表情で様子をうかがう。後髪を首元で二つに結った少女である。小柄で背が低いので、その物腰はリスを思わせる。
「――どうやらそうみたいね。それも、一年の女子同士で」
そんな小柄な少女の背後から、別の女子生徒が歩いて来る。首元で結んだ長い髪を前に垂らしている、大柄で背の高い少女である。ガクブルする少女とは対照的に、堂々たる態度で、四人の生徒をながめるその姿は、巨人さながらの迫力があった。二人とも陸上防衛高等学校の二年生で、イジメの現場にいる四人の生徒たちの先輩にあたる。
「――なんとか言いなさいって言ってるでしょうがっ!」
三人のリーダー格らしきウェービーロングの女子生徒が、沈黙を守りつづける相手にたまりかねて、その生徒の肩を突き飛ばす。突き飛ばされた生徒は背中から樹木にぶつかる。叩きつけられるほどではないにせよ、無痛ではすまされない暴力行為である。
だが、それにより、思わぬ事実が判明した。
二年の女子生徒たちに対して、自身の姿を見せたそのイジメられっ子は――
「――やだ、男の子じゃないっ!?」
小柄な女子生徒が驚きの声を上げる。先入観でつい女子だと思い込んでいたのだ。よく見れば、髪型は男子がするマッシュショートであるし、顔立ちも端正だが女性的ではない。身長も女性にしては高めである。そしてなによりも、身にまとっている紺色の
つまり、あのマッシュショートの男子生徒は三人の女子生徒にイジメられているのだった。
「……あの
大柄な女子生徒が声をもらす。
「――知ってるの?」
小柄な女子生徒の問いに、大柄な女子生徒はうなずく。
「――ええ。間違いない。あの垂れ気味の糸目、見間違えようがないわ」
答えた大柄な女子生徒は、一拍を置いてから、
「――
それは、今年入学した歩兵科一年の名であり、その一人である。
「――『小野』の名字に『寺』という称号がついているってことは、あの
「――でも、それが原因でイジメられているようね。同じ士族の子女から」
それが糸目の男子生徒の前にいる三人の女子生徒らしい。糸目の男子生徒を突き飛ばしてから、なおも浴びせ続けている罵倒のセリフが、それを証明していた。
「――アンタのようなヘタレがアタシたちと同じ士族の子だと思うと、ホント、ムカつくわ」
「そうよそうよ。これじゃ、アタシたちまでもアンタと同じ目で周囲から見られるじゃない。アンタと一緒くたにされたら超迷惑なのよ」
「オンナだからってナメないでちょうだい。『第二次幕末』の動乱じゃ、オトコどもに勝る活躍で新時代を築いたオンナたちの娘なのよ、あたしたちは」
「その上、それに嫉妬してあたしたちの陰口をたたくなんて、最低ね。これだからオトコは」
「今まで幅を利かせていたオトコの時代はもうおわったのよ。オンナをバカにするヤツは、どんなオトコだろうと絶対に許さないからね」
「……別にアンタたちが新時代を築いたわけじゃないでしょうに……」
最後のセリフは、三人の女子生徒たちの先輩にあたる、大柄な女子生徒がつぶやいたものである。たしかに、新時代を築いた女性たちはエラいが、その子女までもがそうとはとても思えななかった。大勢で一人をイジメるような手合いは、特に。
「……けど、あの
小柄な女子生徒が控えめな口調で批評するが、大柄な女子生徒は同調しなかった。
「――いずれにしても、やはりやめさせるわ。見てしまった以上、見て見ぬふりはできないし」
だが、小柄な女子生徒は懐疑的であった。
「……で、でも、聞くのかしら。平民に過ぎないアタシたちの言うことを……」
「なに言ってるのよ。先輩であるアタシたちがこれを見過ごしたら、それこそあの
そう言って大柄な女子生徒は足を動かす。
そのつま先を三人の女子生徒たちに向けて。
その時だった。
自分たちや三人のイジメっ子とはべつの女子生徒のすがたを視界の端に認めたのは。
その女子生徒は、二人の女子生徒とはべつの方角からイジメの現場へむかって歩いていた。
それも、
ショートカットの頭髪をなびかせたその横顔は、意を決したような凛々しさがみなぎっている。
それもあいまってか、三人のイジメっ子たちとは比較にならないほどの美貌であった。
「――なんだろう、あの
小柄な女子生徒が期待に弾ませた声でつぶやく。
「……あの
それに対して、大柄な女子生徒が上げた声は、遠雷に似た響きがこもっていた。
そんな二人の女子生徒の視線を横に受けながら、ショートカットの女子生徒は、三人の女子生徒と、一人の男子生徒の間に割って入り、突然の闖入者に動揺する三人の女子生徒を背に、一人の男子生徒とむかい合う。そして、その気配に気づいて見上げた涙目の糸目の少年の眼前に、「ビシッ!」と聴こえそうな勢いで指を突きつけると、おもむろに口を開いてこう言い放った。
「――オトコの癖に女子にイジメられて不幸ザマァ~ッ! ギャハハハハハハハッ!」
「うわぁーんっ!!」
糸目の少年――
これ以上ないくらいに。
「加担したァーッ!! 三人の女子たちのイジメにィーッ!!」
大柄な女子生徒も糸目の少年に並ぶ大声を上げる。ボケにツッコむお笑い芸人よろしく。
「――うん、いい
「サイテェーッ!!」
小柄な女子生徒も
「――よォーし。今のやり取り、『吉事』としてちゃんと見聞
邪悪とも
「すんなぁっ!! そんなもんっ、コレクションにっ!!」
小柄な女子生徒はさけぶが、ショートカットの少女の耳には入らなかった。その耳の裏にあるエスパーダに触れて、いま自分が言った作業を実行している最中なので。むろん、それらの作業は自分の脳内なので、傍からだと突っ立っているようにしか見えないが。
一通り脳内作業の終えたショートカットの少女は、表情を
「――エスパーダってホンット便利ね。特に、記憶の忘却や劣化の心配がないのは。もうこれ無しの生活は絶対に考えられないわ。これからも、アタシの見聞
「ヒッどォーいっ! なんて
嘲笑と哄笑をまじえたショートカットの少女の宣告に、小柄な女子生徒はふくれっ面で憤慨する。さきほどまで抱いていた
「……思い出した。あの
その隣で、大柄な女子生徒がげんなりとした口調で言う。
「えっ!? 観静
それを聞いた小柄な女子生徒は、観静
他人が不幸な目に遭っている場面の収集を趣味としている、新入生きっての問題児である事を。
それは大柄な女子生徒も耳にしていたが、実際にその場面を目撃したのは、小柄な女子生徒も含めて、これが初めてであった。
「――どうやらうわさは本当だったみたいね。他人の不幸は蜜の味っていうけど、あの
言いながら、大柄な少女は、イジメの現場を、あらためて眺めやる。
正確には、ショートカットの少女を。
「……な、なによ、アンタ……」
横からいきなり割って入って来た闖入者に、ボブカットの少女が、動揺のおさまらぬ口調でようやく問いかける。
「――ささ。どうぞ続けて。アタシなんか気にせず。アタシはただこいつの『吉事』を見聞
だが、
『……………………』
三人の女子生徒たちは苦虫をかみつぶしたような表情で沈黙する。
「……い、行こう、みんな……」
リーダー格らしきウェービーロングの少女が、他の
「――あれ? 続けないの? ねェ、どうしてやめちゃうのよ」
次々と歩き去って行く三人のイジメっ子たちを、
「――せっかくエスパーダの記憶容量を空けたのに、ムダになっちゃったじゃない。もう」
残されたショートカットの少女は文句のひとつを垂れると、樹木に背中を預けている糸目の少年を肩越しにかえりみる。
そこにいるのは、観静
「……これってイジメから助けたことになるのかな?」
一部始終を傍観していた小柄な少女が、視線を固定させたまま、
「……少なくても結果的にはそうなったみたいわね……」
そう答えた大柄な少女も、
そこへ――
「――こらァッ!! また
甲高い叱咤の声が、別の方角から塊となって飛来した。
「……
糸目の少年はオドオドとした声と表情で、同じ科の
「――
「……ご、ゴメン……」
そのおびえようは、三人の女子生徒たちにイジメられていた時よりも上であった。
「――おっ。今度は
そんな二人の間に
「――いいわ。もっとやって。アンタならあの三人以上のイジメっぷりが期待できるから」
それも、嬉々とした表情と口調で。
「なに言ってるのよっ! それはアンタでしょうがっ! アタシは
鈴村
「そっちこそ何言ってるのよ。それを言うなら、アンタだって、この前まで小野寺を――」
「――とにかく、これ以上
「……大神十二巫女衆って、どこから引っ張り出して来た中二設定なのよ……」
「――それに、
しかも、一度スイッチが入るとブレーキが利かなくなるタイプらしい。とはいえ、これ以上延々とツーサイドアップの少女の脳内中二設定を聞かされたくはないので、
「――ならどうしてたった今からでも仕返ししないの?
「……
「……連続記憶操作事件……」
「――ええ。
「――しかも、記憶操作されたのはそれだけじゃなかったわ。幼い頃から築き上げて来たアタシと
「……鈴村、さん。あの、僕はその……」
これまで沈黙していた
だが、それは
「……うう、かわいそうな
「……まだ引っ張る気なの、その中二設定。超能力は科学的に認知されていても、霊能力までは科学的に認知されてないのよ、
「……観静さん。チュウニ病ってなんですか?」
「――一周目時代の平成日本以降に蔓延していたと伝えられている思春期特有の精神疾患よ。この人はそれをこじらせているの。しかも和風のね」
「――それで、どうやって小野寺の記憶を元に戻すの? アタシが警察や病院で聞いた話じゃ、小野寺以外に連続記憶操作事件に巻き込まれた被害者の記憶は、いまだ戻らないそうだけど」
「あんなところで
「――これは既存の科学や常識では絶対に解決できない事態なのよ。だからそれに
「――例えば?」
「――八つ首の邪蛇、
「…………で、どうなったの? 小野寺の記憶は…………」
「……どれも効果はなかったわ。おかしいわねェ。
(…………こいつ、ガチだわ…………)
「――きっと
「…………かわいそうなのはアンタの
というセリフを吐き出したい衝動を、
「……うう、どうして
今にも泣き崩れそうになる
「……そ、それはですね、最初から記憶操作されてなんかいないからです、僕は。僕は鈴村さんの言うような人間ではありませんし、そんなきれいな想い出でもありません。本当は……」
そこまで言って不意に口を閉ざすと、今度は
「――それはそうよ。記憶操作された時の記憶も記憶操作で消されたんだから、その自覚がなくて当然だわ」
「……………………」
「――でも安心して。
大切な幼馴染だと信じて疑わない眼差しと勢いで。
糸目の少年を見つめるその瞳には、そんな熱い想いが、強烈な光となってこもっていた。
本人に誓ったセリフにも。
「……懲りない人だねェ。どうあがいてもムダな努力なのに……」
「――ま、どっちにしても、強くなっていることに越したことはないわね。陸上防衛高等学校に入学した以上、それは必須なんだから。弱っちいままじゃ、卒業もままならないわよ」
「――うん。そうよね。記憶はすぐに戻らなくも、強さならすぐに戻せるわ。それだけの資質があるのは、誰よりもアタシが知ってるし」
「――それに、
「――そうなんだ。それじゃ、女子にイジメられたり守られたりしていては、なおのこと情けないわね。道場の跡取り息子以前に、男として。その気持ち、よくわかるわ」
「――さァ、
「……………………」
「――どうしたの、小野寺。行かないの?」
「……ヤダ。行きたくない……」
と、首を振ってことわる。
「どォーしてよっ?!」
思いも寄らぬ返答に、
「……だって、実戦訓練は痛いし恐いし辛いし苦しいし、ちっとも楽しくないんだもん。第一、僕、闘いは嫌いだし……」
小声で答えた
「だったらなんでこの学校に入ったのよっ!? 卒業後は防衛大学に進学ないし軍務の従事が推奨されている教育機関なのにっ!」
「入りたくて入ったわけじゃないんだもんっ!! 僕はっ!!」
「……母さんがどうしても入れって言うんだもん。僕は軍人にも道場の師範にもなりたくないのに、無理矢理決めされられたんだ。僕の進路と将来を。そんなものより、僕にはなりたいものがあるっていうのに……」
「……それじゃ、なんなのよ。アンタが軍人や道場の師範よりもなりたいものって……」
「もちろん、専業主夫だよ」
『……………………………………………………………………………………………』
校舎裏の一角に表現しがたい沈黙が下りた。
校舎からあふれ出る放課後の喧騒が遠くに聴こえる。
少なくても
「……なんで専業主夫なのよ。よりによって……」
「だって楽しいんだもん。闘いとちがって」
自慢げに答えた
「僕の父さんだってそうだし、僕も将来家庭を持つなら、父さんのようになりたいと思ってるんだ。僕にとって、専業主夫は天職なんだ。父さんの家事を手伝って、それがよくわかった。観静さんならわかるでしょ」
『わかってたまるかァーッ!!』
これまで二人の問答を黙って聞いていた
「
「そりゃイジメたくもなるわよっ! そんな動機と志望じゃ! 現にアタシも本気でアンタをイジメたい衝動が心の底からわき起こってるんだからっ!」
「第一、専業主夫は、大体が消極的な理由でなる職業であって、将来の夢として積極的に目指す職業じゃないわ。オンナのアタシが言うのもなんだけど、いくら男卑女尊になりつつある世の中だからって、自らそれに手を貸すような真似をしてどうするのよっ!」
「悪いことは言わないわっ! そんな将来、粗大ゴミとしてゴミ処理場に投げ捨てなさいっ! それがアンタ自身のためよっ!」
「ヤダッ! 僕は専業主夫になるんだっ! 誰が何て言おうが、絶対になってやるっ!」
「……なんでこんな時にかぎって意志の強さを発揮するのよ。それなら、あの女子たちのイジメに対して発揮した方がよほど有益で効果的でしょうに。意志の強さのムダづかいね……」
「……これも記憶操作された影響なの?」
「……いいえ。アタシが
「……小野寺の両親はこの事についてなにか言わなかったの?」
「なにか言うどころか猛反対だったわ。特に、
「……でしょうね。けど、それで引き下がる小野寺じゃないのは、あのかたくなな態度から見て明らか。さぞ盛大な
「……ええ。それは高等学校への進学直前まで続いたわ。でも、そこで仲裁に入った
「――条件って?」
「――陸上防衛高等学校を首席で卒業すること」
「………………………」
「……それって事実上の職業軍人コースじゃない。それもエリート中のエリートの。そんな優秀な人材を周囲や軍上層部が放っておくわけないじゃない。専業主夫なんてもってのほかよ」
「そうなのよォ。その事実に気づいた時には、もうこの学校に入学した後だったわ。だから今でもそのジレンマに苦しんでるわ」
「……闘うのはイヤだけど、そうしないと首席での卒業は望めない。でも首席で卒業したら、専業主夫にはなれない。それでも専業主夫になるには、首席で卒業しなくてはならない。けどそのためにはイヤな闘いをしなければならない。でもそうしないと――って、……やっぱり詰んでるわね。これ……」
「ええ。だから、本人には言わないでね。もしその事に気づいたら、絶望してグレるかもしれないから……」
「……提案した父親も、結局、息子を軍人の道に進ませるつもりだったのね……」
「……そういうことになるわね。
「……気を使うわねェ……」
「くれぐれも気をつけてね」
「――いいわ、
「……う、うん。わかった……」
意味ありげに
「――それじゃ、さっそく――」
それに気づいた様子のない
「――で、どうやって小野寺の記憶を元に戻すの?」
身体行動だけでなく、精神活動の意味でも。
「……………………」
冷や水をかけられたように硬直する。
「……………………」
予想に違わぬ
「――方法はあらかた試しつくしたんでしょ。さっき言ったことも含めて。にも関わらず、この
「……そ、それはそうだけど……」
「……ほ、方法ならまだあるわ」
苦しまぎれとしか喩えようのない口調で
「――例えば?」
「……く、口寄せよ。口寄せ。記憶を元に戻すことができる神霊をアタシに憑依させて、
「……と、本気で思ってるの?」
「……無理だわ。いくら大神十二巫女衆の筆頭巫女であるアタシでも、神
「でしょうね。さっきも言ったけど、超能力は実在していても、霊能力までは実在していないのが、『二周目時代』におけるこの世界の認識なんだから。大事なことだから繰り返し言わせてもらうわよ」
「……………………」
一度目と同じく。
「――はァ。不甲斐ない筆頭巫女ねェ。それでも
「……うるさい。
無責任な感想を述べる
「――ねェ、もうあきらめたら? ここまでやっても戻らないんじゃ、どうしようもないじゃない。
「……………………」
「――悪いことは言わないわ。ここは失った記憶なんかこだわらず、
「――そうだわっ!」
突然、
「――まだあそこが残っていたわっ! なんで今まで気づかなかったのかしらっ!」
「……な、なによ、あそこって? もしかして警察署――」
「ちがうわよっ! 『
「――あそこならきっと
「オイコラ。勝手にアタシを
「――それに、
「――よしっ! それじゃ、さっそく向かわくちゃ。さァ、行くわよ、
「……聞けよ、アタシの話を……」
「――ホラ、なにぼっとしてるのよ。アタシについて来て、
「……うん……」
先を行こうとする
観静
「――ちょっと。
「――
「あれは言葉のアヤよ。ヤぁねェ、真に受けちゃって。アンタこそ中二病じゃないのォ?」
「~~~~~~~~っ!!」
「――いいから、アンタは来ないでちょうだい。いいわね」
「~~ヤダわ」
「なんでよっ!?」
「アタシにとってぜひ観ておきたい
「なによ、観ておきたい
「そりゃもちろん、アンタがそこで絶望する
「なに言ってるのよっ! あるに決まってるでしょ! 不吉なこと言わないでっ!」
「~~勝手になさいっ! どうせアンタが期待する
さけぶように
「――あら、そう。それじゃ、勝手にさせて貰うわ。筆頭巫女さま」
不純にまみれた笑みを浮かべて、
それを一瞥した
(――本当に元に戻るのかなァ。操作された記憶――)
エスパーダにある機能のひとつ、『
(――大丈夫よ。完全じゃなかったとはいえ、一度は元に戻ったじゃない。今度も成功するわ。ただ自動調整だから、それが終わるまでまだ時間がかかるけど――)
そう応じると、
(――それまでは、鈴村さんの行動や言動に合わせなくてはならないんですよね――)
(――ええ、そうよ。……まったく、散々面倒と迷惑をかけて。無知とは幸せね。真相を知ったらどんな
(――今まで大変な思いをして来ましたからね、観静さん。今回の連続記憶操作事件を始め――)
(――なに言ってるのよ。大変なのはアンタもでしょう。それに、本当に元に戻して――)
「――
突然、
「――なっ、なに?」
驚いて
「――記憶が元に戻ったら、あの頃のアタシたちに戻ろうね。幼馴染として付き合っていたあの頃に。幸せだったあの頃に」
「……う、うん。そうね……」
短く応えた
「……………………」
そんな糸目の少年の横顔を、
「――さァ。一刻もはやく
その二人の先を歩いている
三人の
『……………………』
ただ、そんな三人の後輩を茫然と見送った二人の女子生徒の胸中は、ほぼ一様の思いで埋め尽くされていたが。
『超異変』という宇宙規模の自然災害によって、ビックバンから続いていた一周目時代の天体環境は、根本的なまでに激変した。
『
一言でいってしまえば、『空気のある青い宇宙』である。
絶対零度の上に、星とその光が点在する漆黒の空間だったそこは、人間や動物を始めとする炭素生命体が生存可能な気候と自然環境となったのだった。
地球型惑星の表層や、人工的に構築した環境に限られていた『超異変』以前の宇宙とは比較にならないほどの、炭素生命体の生存可能空間の拡大であった。
太陽系の恒星は、『空宙』では『
『陽月』を周回する『浮遊大陸』や『浮遊島』の地表は、すべて、『陽月』を真上に公転している。
その際、遠心力で重力も発生しているので、公転する浮遊大陸や浮遊島に、多少の差はあれど、一周目時代の地球のそれと差異はない。自然環境や天候に関してもほぼ同様である。
『第二日本国』は、
その列島国家の南方に点在する、首都に一番近い浮遊諸島――『超常特区』も、複数以上の浮遊島群で構成された、都道府県に相当する行政区画である。
陸上防衛高等学校は、そのひとつ――『学校区島』と呼ばれる、一周目時代に存在していた東京二十三区の面積に等しい浮遊島に建てられてある。
上半分だけを見れば、一周目時代でもよく目にした、ごくありふれた島の情景だが、下半分に視線を下げると、中華鍋のような形の、ゴツゴツとした茶系統の色の岩がむき出しになっていて、その島を浮かばしているものは、空気以外なにひとつない。
接頭語の通り、まさしく、宙に浮かんでいるのだ。
剣と魔法の異世界ファンタジーの創作物では、よくある光景といっても差し支えなかった。
山の
だが、本物のファンタジー物ではない証拠に、浮遊島と浮遊島の間に架かっている橋の主材料が、現在の文明レベルに相応しく、鉄筋やコンクリートといった無骨なもので構成されている。
それでも、一周目時代の人類から見れば、充分に幻想的な情景だが。
そんな浮遊島を背に、
両者ともエスパーダと同様、
精神エネルギーを込めると、
ただし、動力源は搭乗者の有する精神エネルギー――つまり人力なので、そのあたりは自転車と同じである。消費するエネルギー源と駆動伝達方法が異なるだけで。
三人が向かっている先には、背後の『学校区島』よりは一回り小さい、もうひとつの浮遊島がある。そこは『市街区島』と呼ばれ、人家や店舗は元より、『
無論、三人の目的地である『
「――ねェ、どうして『テレタク』という神通力を使って瞬間移動しないの? アタシ、一瞬でも早く
ホバーバイクの後部座席に乗っている
「……あのねェ。『テレタク』は神通力じゃないし、
「……もう、しょうがないわねェ。これだから耐性のない人は困るわ」
『テレタク』とは、テレポート交通管制センターが運営するテレポートタクシーの略称で、超常特区ではホバーボードやホバーバイクに次いで利用者の多い移動手段である。
「……そ、そんな。信じられない。瞬間移動の神通力を行使する代償が、霊力や
それを聞いて、
「――残念だったわね。
「――で、どうするの? アンタがアタシたちの分まで払ってくれるなら別に構わないけど」
「……………………」
「……いいわ。アタシが出してあげる。エスパーダの店頭販売の
かなりためらった末、そのように了承した。
懐から取り出した財布から、八枚ほどの紙幣を取り出す。
鈴村
「――あら、そうなんだ。それじゃ、テレポート交通管制センターへの連絡と支払いは、アタシがやっておくわ。そんな財務状態じゃ、
「ホントッ?! それは助かるわっ! じゃ、お願いね」
浮遊島間の橋を渡り終え、『市街区島』の大通りの脇道にホバーバイクを停止させた
大通りの左右各所に設置されてある防犯カメラのひとつに、自分たちの姿が映る停止位置でもあった。
自分たちの現在位置を、テレポート交通管制センターの管制員に視覚的に教える為である。
普通、
その間、
大通りに沿って建ち並ぶ商店や、その手前にある歩道を歩く通行人たちが目に入る。
すると、大通りの向こう側にあるその中から、一軒のレンガ造りの建物に目がとまる。
正確には、一階と二階の間に掲げてある横看板に。
その看板には、ゴシック体の
『
「……ちょっと待て、観静」
「――どうしたの、鈴村」
「『どうしたの』じゃないわっ! もうとっくに到着してるじゃないっ! なのにどうしてテレタクを利用する必要があるのよっ!」
ホバーバイクから降りた
「――ちっ、気づいたか。あと少しだったのに」
「なにがよっ!?」
「アンタから金をせしめるのがよ。ここからそこまでの短距離なら、運賃はほとんどかからないから、ほぼ全額おつりとしてあまる計算になるわ。それをアンタに内緒でアタシのものにするつもりだったんだけど、寸でのところで気づくとは、ホント、惜しかったわ」
「返せェーッ!!」
「……まったく、なんてヤツなのかしら。危うくボられるところだったわ……」
むろん、行き先は
ただ、その間には交通量の多い二車線道路の大通りが横たわっているので、横断歩道のある交差点まで回り道しなくてはならなかったが。
(――あそこに、
しかし、
「キャッ!」
横断歩道をわたり切ったところで、突如足を止めてしまう。
ガラスが割れるような物音が、二車線道路の歩道に面した建物から響いたからである。
鈴村
今の物音は、
自動ドアを蹴破った者が、歩道のど真ん中で慌ただしく左右を見回している。
黒のジャケットと黒のスラックス、そして黒のニット帽と黒のハンカチで全身と顔をおおった黒ずくめの服装であった。
それに続いて現れた二人も、同様の
体格から見て三人とも男性――それも自分とは同年代の少年のようだが、明らかに模範的な一般人ではなかった。
「――なっ?! なにあれっ!?」
「――あの恰好は――まさか――」
「――知ってるのっ!? 観静っ! アイツらをっ!」
「……間違いないわ。アイツら、『
二カ月前からこの超常特区で暗躍している犯罪組織の通称を、
「――『
そう言って、
「……でも、なんで
「それはもちろん、
「げっ?! それってマズいじゃないのよっ!」
「……ど、どうしてなのですか、鈴村さん」
「わからないのっ!
「……え、あ、うん、そ、そうだね、たしかに……」
「――こうしちゃいられないわっ! 今すぐに
そう叫ぶと、
逃走を開始した三人の黒ずくめの少年たちを追って。
「――こらァッ! 待ちなさァいっ!
「アンタこそ待ちなさいっ! 追いついたところで何ができるっていうのっ!」
三人の黒ずくめの少年たちも、
「――まったく、世話のかかるわね。小野寺、急いで鈴村を――」
苦々しくつぶやきながら、
「……あれ?」
その姿はどこにもなかった。
いくら辺りを見回しても。
――その頃、鈴村
「――いないっ!?」
そこの十字路で見失ってしまう。
「……くっ、いったいどこへ……」
その中心に立ち止まった
「……早く追いかけないと、
その直後であった。
頭上から一個の人影が降って来たのは。
その者は青白色に光る刀身をかざしていた。
「――ッ!!」
意識が回復しつつある
三本の青白い刀身も、並んで。
三人の黒ずくめの少年が、各々の手に握っている『
『
三〇センチ程の長さがあるそれに、所有者の精神エネルギーを集中させると、端末孔から青白色の刀身が具現化する仕組みになっているのだ。
無論、その仕様や用途は剣や刀と同じだが、従来の実体剣や実体刀の大きな相違点は、殺傷能力を調整できる点にある。
鈴村
それでも、まともに受ければ激痛は避けられないし、しかも
三人の黒ずくめの少年は、うつ伏せに倒れている鈴村
鈴村
「――ぐがっ!!」
その黒ずくめの少年はもんどりを打った。
正面から
顔面に足刀を受けたその黒ずくめの少年は、そのまま一回転して吹き飛び、路地裏の片端にある積荷に激突する。そしてその場に倒れ込み、白目をむいて気絶する。飛び蹴りの衝撃で黒のハンカチが取れたその顔面は、へし折られた鼻血によって染まっていた。
「……だ、だれ……?」
「~~てめェら、よくもやりやがったなァッ!!」
オールバックの少年が上げた咆哮は、肉食獣のそれよりもはるかに大きかった。
その迫力に、二人の黒ずくめの少年はひるむが、なんとか立ちなおり、
この
二人の黒ずくめの少年はその銃撃で意識が飛んだのか、倒れたまま動かない。それを確認したオールバックの少年は、
「――だいじょうぶか、オイッ!」
必死の形相で鈴村
「……だ、だいじょうぶ。背中が痛いけど、骨は折れてないみたいだから……」
その様子に、オールバックの少年は再び安堵の笑みを作る。だが、突如その表情が引き締まり、視線を転じる。まるで危険な気配を感じ取った野性の獣のように。それが何なのかを察すると、無言でその場から走り去って行った。
「――まっ――」
十字路の路地裏には、両脚で立っている
だが、それもつかの間であった。
「――鈴村っ!」
聞き覚えのある声が
「――その様子じゃ、やっぱり返り討ちに遭ったわね。でも、無事で良かったわ」
「――そりゃそうよ。だってあの人が助けてくれたんだから」
「――あの人が助けた? アンタを? だれ、そいつ?」
気絶状態で横たわっている三人の黒ずくめの少年たちを見やりながら、
「――
「………………………………………………」
「――なによっ! その白い目はっ!」
「……アンタねェ。いい加減にしなさいよ。現実に中二設定を食い込ませるのは。いつか現実と妄想の区別がつかなくなるわよ」
「仕方ないでしょ! 本当の名前なんて知らないんだもんっ! なら好きに呼んだ方がいいじゃないっ!」
「だからって神話に出てくる偉人の名称を仮称なんかに使うんじゃないわよっ! 自称なら仕方ないけどっ!」
「なに言ってるのっ! アタシにとってはそれに匹敵する人物なのよっ! あの人はっ! バカにするとアンタでも――」
「……あのー……」
これは観静
「――
糸目の少年――小野寺
「――小野寺。今までどこに行ってたのよ。アタシよりも先に動いたのに」
「……ご、ゴメンなさい。鈴村さんを追ってたら、途中で道に迷っちゃって……」
「……………………」
「――こらァッ! そこでなにしとるんやぁっ!」
不審者でも見つけたような怒鳴り声が、十字路の路地裏にひびきわたった。
「――げっ?! この関西弁は、もしや……」
それを聞いた観静
日本国国防軍陸上防衛高等学校
事件発生からそれほど経過してないのに、警察がこれほど迅速に現場へ駆けつけられたのは、ひとえに、テレポート交通管制センターの
「――これはこれは、龍堂寺警部。偶然ね。こんなところで出会うなんて」
一瞬前まで苦々しい表情を作っていた人物とはとても思えない変貌ぶりである。
その表情と態度に、
「――とぼけるんやないっ!
「――ちょっとォ、言いがかりはよしてくれない。アタシはたまたま犯行現場に居合わせただけで、そしたら、そこの中二女が無謀にも逃走する犯人を追いかけに行ったから、しかたなく止めるために追いかけたのよ」
「――せやならなんで警察に通報しないんやっ!? 事件に遭遇したらそれをするのは市民の義務やろがっ! これじゃ、怪しまれても文句は言えへんでっ!」
「だからってそんな理由でアタシを犯人だと決めつけるなんて、相変わらずね、アンタ……」
「……ねェ、この二人、もしかして知り合いなのかしら? 仲は悪そうだけど」
「――観静さんの話では、中学時代からの知り合いだそうです。けど、それ以上の事は……」
「――おまいは昔からそうや。他人の不幸をあざ笑っては、その光景を見聞
「そこまで詮索されたくないわね。話しても信じてくれなかったアンタには。小野寺とはおおちがいだわ」
「――どういう意味や、それっ!? なんでここで小野寺の名前が出てくるんやっ!」
「――とにかく、アタシは
「――せやならおまいの見聞
「いいわ。見せてあげる」
そう言って
「――あれっ!? ないわっ! アタシのエスパーダがっ!」
その事実に激しく狼狽する。どうやらここへ来る途中で落としてしまったようである。
「――あーん。なんて事なの。今から拾いに戻っても、中身はもう消えるちゃってるし……。あーあァ。まだバックアックしてない『吉事』が……」
エスパーダは、装着者の肌から離れると、見聞
これは、精神エネルギーを蓄積する技術の小型化が、現在の
そのため、エスパーダ内の記憶情報を保持しておくには、常に肌身離さず装着し続けなければならないのだ。
無論、それはいつ衝撃などで外れて消失するか、常に懸念と不安を抱かなければならないことを意味する。
そのようなわけで、それらを解消ないし緩和するために建設されたのが、『
「――なに
「……こ、これはエスパーダじゃ……いや、エスパーダだけど、故障してるみたいだから、記憶情報はなにも残ってないわ」
「――もしかして、これですか?」
そこへ、
それは観静
「――ありがと、小野寺。でも記憶情報は残ってないから、今更装着しても復活しないけど」
「――でも、常に装着しておかないと、危険ですからね」
エスパーダには、一種のセキュリティ機能も備わっていて、これがないと、テレハックやマインドウイルスなどといった脅威から、装着者の個人情報や精神を守れないのだ。
ゆえに、これもまた常時エスパーダを装着しなければならない理由のひとつとなっている。
それでも、装着者のマインドセキュリティレベルによっては完璧とは言えず、第二日本国では、大きな社会問題のひとつに数え上げられているのだ。
この点、インターネットの普及で情報社会に移行した一周目時代の世界事情と差違はない。
「――で、見聞
「……ゴメン。消えちゃった。てへ」
と、かわいい声と表情で答える。だが、
「……ならしゃーないな。おまいら全員しょっぴいたるわ。
「ええェッ?! そんなァ~ッ!」
心底困ったような口調で声を上げたのは鈴村
「アタシ
「――それは後回しや。どうせ
同年代の部下たちが三人の黒ずくめの少年を連行する様子を背景に、
「……ううっ。巻き込まれちゃったァ。観静のとばっちりで……」
「……………………」
これに対して、
――こうして、小野寺
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