第5話 記憶の行方
「――小野寺っ! 今までどこに行ってたのよっ!」
応接室を出た
「……そ、それは、その、トイレに……」
(……
「……そ、そういえば、今回捕まえた
話題を変えるように、今度は
「……龍堂寺の話じゃ、有力な
「……………………」
「――いったいだれのせいなのかしらねェ」
「――まァ、いいわ。それよりも、アンタでないとどうにもならないことが起きて困ってるのよ。ちょっと助けてくれない?」
「……なんでしょうか?」
「――アタシについてくればわかるわ」
そう言い置いてきびすを返して歩き出した
二人がたどり着いたのは、警察署の休憩室であった。応接室と比べると殺風景だが、広さは教室なみにある。その一角の簡素なテーブルに、ツーサイドアップの少女が、両腕を下に敷いて伏せている。
「……ううっ、どうして、どうして。今度こそ、今度こそはと思ってたのに……」
ツーサイドアップの少女――鈴村
「……なんとかしてよ……」
「……でも、自動調整の方が終われば、なんとかしなくても……」
「――わかってるわ。けど、それでも、お願い。とてもじゃないけど、見てられなくて……」
「……鈴村さん。鈴村さんが僕の失った記憶を元に戻そうと頑張ってくれているのはとてもうれしいです。けど、もういいのです」
「……………………」
「――僕は記憶を失った状態のままでも、別に苦しくも辛くもありませんし、不安もありません。大切なのはこれまでの
「……………………」
「――ですから、鈴村さん。僕の失った記憶にこだわるのはやめましょう。観静さんが言った通り、そんなことに時間を費やすより、
「……そんなこと……?」
「――そんなことですってっ?!」
突如上体をはね起こし、涙で濡れた顔で
「――それじゃ、どうでもいいって言うのっ!? 大切な幼馴染と共有していた大事な想い出をメチャクチャにされたアタシの気持ちなんか、どうでもいいって言うのォッ!?」
「……す、鈴村さん……」
「アタシはよくないわっ!
「……………………」
「――いえ、わかるわけないよね。でなければ、そんなセリフ、言えるわけないもの。アタシの気持ちをわかってくれるのは、やはり大巫女長さましかいないわ」
「――その大巫女長さまのことなんだけどね、鈴村。無縫院は――」
「――アタシはこれからも探し続けるわ。
「――鈴村さん。放課後でも言いましたけど、僕は記憶操作されてなんかいませんし、鈴村さんとの
「……ううっ、かわいそうな
「……………………」
その姿を見て、
「……で、これからどうするの?」
いつの間にか勇吾のそばに来ていた
「――もちろん、
「――でも、その方法はあらかた――」
「やり尽くしてないわ。まだ残っている。口寄せというのが」
「……でも、それは無理だと、昼間、
「ええ。でも、もうこれしかないわ。それに、これまでの『試練』で、アタシの霊力と肉体は飛躍的に強化されたわ。これなら、きっと――」
「……………………」
「――でも、これはさすがに大巫女長さまに協力をあおぐわけにはいかないわ。とても危険だからね。それに、これ以上は迷惑をかけられないし」
「……………………」
「――それじゃ、さっそく女子寮に戻って準備を整えるわ。それまで待っててね、
椅子から立ち上がった
「……行っちゃった……」
それを見送った
「――そうだっ! 早く追わないと――」
そして、思い出したかのように追いかけようとしたその時、
「――待って、小野寺。ようやく終わったわ」
おどろきと期待に満ちた表情で。
「――終わったって、まさかっ!?」
「――ええ。自動調整が、たった今ね」
「――よかったァ……」
「――それじゃ、さっそく
だが、そう言った後、
「――でも、いいの? 本当に……」
「――真相を突き止めるためとはいえ、そんなことしたら、アンタが今の鈴村よりも苦しくて辛い思いを――」
「――いいんです」
「――このままではいけないのです。絶対に。例え、それが心地いいものでも……」
今度は真剣きわまりない表情で。
「……それに、ここでやめたら、これまでの観静さんの苦労が……」
「……わかったわ」
「――それじゃ、兼ねてからの打ち合わせ通り、例の場所に連れて行くわよ。もちろん、アイツらには嗅ぎつけられないようにね」
「――はい。では、さっそく――」
そう言って
その頃、無縫院
「――ご協力、本当にありがとうございます。さすが稀代の天才科学者、無縫院美佐江さんの娘ですね。ますますあなたのファンになりました」
「――母親ゆずりの頭脳を持つ無縫院さんが、一日警察署長として警察署に来ていなければ、今回の事件は解決できなかったでしょう。無縫院さんには本当に感謝しています」
「――これからもよろしくお願いします。なんといっても、無縫院さんは
それらを笑顔で受け流した無縫院美佐江の娘は、事務室を後にすると、一転して陰鬱な表情に変わる。闊達な笑顔がウリのアイドルとは思えない表情である。ファンが見たらさぞ
「……やはりみんな、あたし自身を見て、賞賛してくれないのね……」
警察署の廊下を歩きながらつぶやいたそれも、表情のそれにふさわしいものだった。
「……だったら、なおのこと達成させないと」
しかし、あらためて決意を固めると、表情から陰鬱さが消え、厳しいそれにとって代わる。
「――そのためにも、あの案件を――」
そして、警察署のとある執務室の前で足を止め、そのドアをノックする。
「――失礼するわよ」
いささか無遠慮に入室してきた
「――おお。
部屋の主である龍堂寺
「――事件解決、おめでとう、龍堂寺くん。これでもう二度と起きないわね」
デスクの前まで来た
「――ホンマや。これで超常特区の住人も安心して暮らせるようになるし、ワイら警察の評判も上がるやろう。これまでずっと下がりっぱなしやったからなァ」
「……せやけど、事件の被害者の記憶を元に戻すことがでけへんかったのが心残りや。あと、逮捕した
「……そうね。そこは逃げ延びた
「……結局、真相は完全に闇の中や。
「……鈴村にあわせる顔がないわ。小野寺くんの記憶を元に戻す為にあんなに頑張ったのに」
「――
それを見て、
「――ありがとう、龍堂寺くん」
「――はうっ!」
それはその一人である龍堂寺
その後、無縫院
(――大巫女長さまっ! 聞いてくださいっ! ビックニュースですっ!)
(――ど、どうしたのよ、鈴村。そんなに興奮して――)
その声によろめきながらも、
(――
「――なんですってっ!?」
(――なんでも、転倒して地面に頭を打ったら突如記憶がよみがえったって――)
(……そ、そんな、バカな……)
(――それを聞いた時、アタシ、びっくりしたわ。一周目時代にもあったそんな原始的な方法で記憶が戻るなんて。
(――ちょ、ちょっと待って、鈴村――)
(――大巫女長さま。これまで
(……そ、そんな、そんなこと、ありえない……)
エスパーダから手を降ろした
(――小野寺くんの記憶が元に戻るなんて、ありえない。絶対にっ!)
そして、美人に似合わない形相で激しく頭を振る。それに遅れて、ツインテールの黒髪も激しく波打つ。
(……なぜなら、記憶操作されたのは、小野寺く――)
「……
メロメロの状態から回復した
「――いっ、いえ、なんでもないわ……」
「――そうや。
「――ゴメン、龍堂寺くん。急用ができたから、これで失礼するわ」
今度は
(――
廊下を速足で歩いている
(――これで確信したわ。やはり彼女はクロだということが。急がないと――)
(――久島、緊急事態よ。急いで観静の居場所を突き止めて――)
前述の通り、二周目時代の『空宙』は、空気のある青の空間だが、そのすべてが必ずしも青一色ではない。
一周目時代の宇宙のように、漆黒の空間も、ごくわずかながらも存在する。
二十四時間で一周する第二日本国の浮遊列島の公転軌道上に、それがあるのだ。
その中では、一周目時代の夜とほぼ同じ環境になるのである。
夜の時間は、季節によっては、長くても十二時間、短くても八時間くらいである。
『
唯一の違いは、一周目時代の太陽であり、月でもある『
そして、常に満月であり、それ以外の半月や三日月などといった形に見えることはない。
このように、二周目時代の空宙は、自然環境だけではなく、天体環境においても、一周目時代と、根本的に違うのである。
しかし『雲』は存在するので、一周目時代の天候のように、それで陽月の光がさえぎられることはある。
これは二周目時代の朝夕や昼間にも起こる現象である。二周目時代の夜も例外ではない。
「……はぁ、はァ、ハぁ、ハァ……」
そんな暗闇に覆われた市街区島の歩道を、ツーサイドアップの少女が、息を切らしながら疾走している。
疲労の色が濃いにも関わらず、その表情は元気
「――
ツーサイドアップの少女――鈴村
「――遂に、遂にあの日々が戻って来る。
そう思うと、それだけで天にも昇る気分であった。
鈴村
大巫女長や大将軍に、大神十二巫女衆や須佐十二闘将の一人として、
霊能力を高めるために一緒に受けた様々な修行や鍛錬。
そして、幾多の
なにもかもが懐かしかった。
無論、これらはすべて
記憶の戻った
「――
そうしている間に、
路地裏に建てられた四階建ての空きビルに。
陽月の光で薄く照らされたそれは、老朽化が激しく、今にも倒壊しそうであった。
テレタクで急行しなかったのは、指定の場所に防犯カメラが設置されてないからである。
「……ここに、
外におとらない暗闇がビル内の廊下に広がっている。
「……
その時だった。
突然、
「……だ、だれ……?」
そこには二人の男女が立っていた。
陸上防衛高等学校の
鈴村
だが、
「……ど、どうして、こんな、こと……を……」
たどたどしいつぶやきを残して、
「――待ってェッ!! 置いてかないでっ!!」
それは、自分を捨てて一人で逃げる少年の後姿であった。
「――いやァッ!! 来ないでェッ!!」
それは、血にまみれた拳と顔で自分に近づいてくる少年の前姿であった。
どちらも七年前の光景である。
前者のそれと後者のそれの時間差は約二時間。どれも同じ日に起きた一連の出来事だった。
だが、どちらの光景に映っている少年は同一ではない。どちらも自分と同じ年頃だと思うが。
しかし、前者の少年なら知っている。
自分を捨てて、一人で逃げた少年なら。
その少年の名は――
「――はっ?!」
目が覚めた鈴村
右を向くと灰色の壁があり、一瞬、七年前に監禁されたあの場所かと思ったが、それは右に視線を転じた時、思い違いだったと悟る。
「……鈴村、さん……」
そこには、それから一六歳に成長した幼馴染の少年が、
マッシュショートの髪型に糸よりも細い目をした少年――小野寺
「……小野寺……」
「……アタシ、どうして、ここに……」
「――そうだっ!
我に返ったような声を上げて
「――
「……すっ、鈴村さん、そっ、それは……」
「――ああ、それね。あれ、ウソよ。小野寺の記憶が元に戻ったっていうのは」
さすがに心臓までは停止しなかったが、精神的にはそれに等しい、それは
「…………なっ、なんですってェッ?!」
素頓狂な声を上げたのは、だいぶ間をおいてからであった。衝撃的な告白にしては、あまりにもあっさりとした口調だった。
「――アレね、
ショートカットの少女――観静
「……ウソ……」
「……ほ、本当です。鈴村さん……」
とどめの一言を放ったのは、当の本人である小野寺
それを耳にした瞬間、鈴村
「………………………………………………」
「――ま、そういうことよ」
罪悪感の欠片もない口調であった。
その直後だった。
それらに共通しているのは、二字熟語で言い表すのなら、まさしく『殺意』であった。
「――ア・ン・タ・っ・て・ヤ・ツ・はァァァァァァッ!!」
「ギャハハハハハッ! ダマされたァ~ッ! 不幸ザマァ~ッ!!」
だが、
「――今の様子、『吉事』としていただいたわっ! 今まで収集した中では最高傑作よっ! 永久保存版として残しておくこと決定ねっ! よかったね、
その笑い声に、子供のようにはしゃぐそれが続いた。
ブヅンッ!
その音が聴こえたように、本人はしたが、そんなものなどまったく意に介していなかった。
そして、窒息しそうな殺気を全身から放ちながら、猛然と
鬼すら全裸で逃げ出すほどの形相で、その両手を伸ばす。
「――
だが、その声を聴いた時、
自我を取り戻したような表情を、声の主に向けて。
周囲に放っていた殺気もウソのように消えていく。
「……
鈴村
「……そうか、
感激にむせる
幼馴染として苦楽を共にした日常の日々。
多種多彩な学校生活や行事を通して育まれた仲。
それは、鈴村
――のはずであった……
……のだが、
「……どういうこと……?」
しかし、たった今思い出したその
まるで枕元で見た夢みたいにひどくあやふやで、今にも消えそうであった。
「――どうして鮮明に思い出せないのっ!? ここに来るまでこんな事なかったのにっ!」
「――一体どういうことなのっ!? どうして、こんなにおぼろげなのっ!?」
それでも
だが、ダメだった。
何度繰り返しても
代わりに鮮明になったのは、それとは別の
その瞬間、鈴村
「……そう、だったわ……」
本当の事を。
それにより、今まで
何をしても
これならすべて辻妻があう。
そう。小野寺
それもそのはずである。
記憶操作されていたのは、他の誰でもない、鈴村
それも二度もっ!
記憶操作で封印されていた本当の記憶が、それを証明していた。
「………………………………………………」
「……どうやら元に戻すことに成功したみたいです。鈴村さんの記憶……」
「――今回の『記憶復元治療装置』の自動調整は、前回のそれよりも精度が上がったからね」
そう言って
「……二人とも、どういうことなの……?」
「――要するに、アタシたちは操作されたアンタの記憶を元に戻すために、今まで動いてたのよ。アンタの行動に付き合う形でね」
それに答えたのは観静
「――ま、動いてたと言っても、この装置の自動調整が終わるのをただ待ってただけだけど」
「――前回、初めてアンタにこれを使った時に、適度に調整したそれが狂ってしまってね。それが完了したのはついさっきなの。なんせ最近完成させたばかりの自作品だから」
「……観静が作ったの、これ」
「――ええ、そうよ」
「……そ、そうなんだ……」
「……で、でも、本当にアタシの記憶は元に戻ったの? それで。元に戻った記憶が本物だという証拠はどこにあるの? どうやってそれを証明するの? もしこれも偽物の記憶だったら……」
ややあってからその事に気づき、危惧を覚える。
「――それは大丈夫。記憶復元治療装置の原理上、まずありえないから。アタシが保証する」
だが、それに対して、
記憶復元治療装置は、人間の五感を通して覚えた、言わば『身体で覚えた』記憶を元に、脳内の記憶中枢に再構築して復元する原理となっている。
「――だから安心しなさい。まだ試作段階だから、復元しきれてない記憶が残っているかもしれないけど、復元した記憶においては、偽りはないわ」
「……そっか、そうなんだ。よかった……」
「――まったく、アンタには散々手を焼かされたわよ。
「うっ……そ、それは……」
「……それに、アンタさっき警察署でこんなこと抜かしてたわね。『大切な幼馴染と共有していたその想い出をメチャクチャにされたアタシの気持ちなんか、アンタにはわからりっこない』って。そりゃアンタのことだよっ! 小野寺じゃなくて」
「……………………」
「――まったく。記憶復元治療装置の存在を周囲に知らせてもいい状況だったら、即座にツッコミたかったわよ。小野寺の苦労が忍ばれるわ」
「……小野寺……?」
幼馴染の名字を耳にした後、鈴村
「……そうだ。そうだったわ……」
その口から漏れ出た声は、とても静かであった。
それも、嵐の前に似た――
「――あ、いけない。忘れてた」
「――
「……呼ばないで……」
恐怖ではなく、怒りで。
「――アタシの名を気安く呼ばないでェッ! あの時アタシを見捨てて逃げたくせにィッ!!」
その口から放たれたそれは、怒気を極限まで凝縮させた怒号そのものであった。
そして、
鈴村
大振りだったので、躱そうと思えば躱せそうな
大振りな分、威力も高い一撃だったが、
まるでこうなることを予期していたかのような、それは表情と
殴打で刻まれた左頬のアザは見るからに痛そうだが、痛がる気配は微塵もなかった。
痛くないわけがないはずなのに。
「――アタシが記憶操作された事をいい事に、よくもその間は馴れ馴れしく接して来てくれたわねェッ!! この卑怯者がァッ!!」
観静
大きく振りかぶった
「――放してェッ!! 放してよォッ!!」
まるで首輪に繋がれた鎖を引きちぎろうとあがく猛獣のように。
張り上げる声も、
殺意にいたっては先程のそれよりもはるかに濃度があった。
「やめなさいっ! 気持ちはわかるけど、今はこんな事してる場合じゃないでしょうがっ!」
「うるさいィッ!! 知った風な口を利かないでェッ!!」
振り上げた左腕をも
「~~記憶操作されたとはいえ、あんな重大な事を忘れてたなんて。その上、本当は物凄くヘタレなのに、物凄く強いと思い込まされたアンタをイジメから守ってたなんて、自分の愚かさを呪いたい気分だわっ! アタシに優しくされて、さぞ嬉しかったでしょうね、ええェッ!」
「……………………」
なおも罵倒を続ける
反論や弁解もせずに。
記憶が元に戻った鈴村
記憶操作されたことのない小野寺
それまでは仲のいい幼馴染として、
そこまでは記憶操作による改竄の影響はなかった。
だが、七年前に起きたある日の出来事を境に、それは一変した。
正確には、『第二次幕末』の動乱で敗れた元士族崩れたちに。
後日判明したことだが、その元士族崩れの暴漢たちは、道場の息子である小野寺
無論、これは立派な犯罪行為であり、当時の法律に当てはめても同様であった。
つまり、鈴村
にも関わらず、小野寺
恐怖で腰を抜かして動けなくなった幼馴染を置いて。
その後、
それからであった。
七年の間、一度目の記憶操作をされるまで、ずっと。
これが、
そしてそれは、記憶操作されたことのない
「――放しなさいって言ってるでしょっ!!」
「――こっちも止めなさいって言ってるでしょうがァッ!!」
叫ぶと同時に出した
「……ようやく、おとなしく、なったわね……」
それを見て、
「――さァ、鈴村。アンタからどうしても訊きたいことがあるわ」
前置きの質問をする。
「……なによ、訊きたいことって」
静かに立ち上がった鈴村
「アンタが
『!』
「――いったいなにがあったの? どうしてアンタは
「……………………」
「――連続記憶操作事件の被害者と同様、何かまずいものでも目撃したからだと思うけど、それがなんなのか、
「…………わかったわ」
しばらくの沈黙を置いて、
すべての始まりは、陸上防衛高等学校に入学してから、まだ半月しか経ってない仲春のある日のことであった。
その日の学校も、入学前から続けているエスパーダの店頭販売アルバイトも休みだった
黒ずくめの少年たちが、
「――それが
その場面を目撃した
「――アタシは拉致された時と
「――そう……」
そこまでの話を聞いて、
「……けど、どうして小野寺に関する記憶も書き換えたのかしら? 自分たちの犯行を隠蔽するために記憶操作したんなら、そんなことする必要はないはずだけど……」
「知らないわ。そんなこと。どのみち、迷惑な話よ。まったく」
いずれにしても、鈴村
だが、それに違和感を覚えた陸上防衛高等学校の生徒が、一人だけいた。
「――それが小野寺
幼稚園、小学、中学、そして高等学校でも
それを止めたのが、そこで出会った観静
何れにせよ、これが記憶操作された人に対して施した、記憶復元治療装置の初使用だった。
しかし、結果は必ずしも良好とは言えなかった。
おそらく、
それが二度目の記憶復元治療を施される前までの鈴村
「――一度目の記憶復元治療の時は思い出せなかったけど、今度は思い出したわよね。一度目の記憶操作に続き、二度目もそれで消去された、
「……うん……」
小さくうなずいた
一度目の記憶操作を施されてから、これも一度目の記憶復元治療を受けるまでの間の、
一度目の記憶復元治療を受けた後、そこから飛び出した鈴村
それが、今から一週間前の出来事であった。
「――それじゃ、思い出したのね。これまで
「ええ」
「――でも、なんで小野寺との記憶をまた書き換えたりしたんだろう。それも、一度目と同じく。さっき観静が言ったように、自分たちの犯行を隠すために記憶操作したんなら、そんなことする必要はないはずよ。なのに、どうして二度目も……」
それでも、ぬぐえない疑問点があって、頭から離れない。
「――それはたぶん――」
「――あぶり出すためじゃよ。鈴村の記憶を元に戻した人物とその装置をな」
聞き覚えのある、だが口調だけは異なる声が、部屋の中に響いた。
三人が同時に振り向くと、その視線の先にある部屋のドアから、一人の少女が入って来る。
ストレートロングの髪をなびかせながら。
芸能界のアイドルのように
ただ、表情だけが、三人の知っているそれではなかった。
能面のような禍々しい薄笑いをたたえていた。
「……あ、あなたは……」
「……やはり、アンタだったのね……」
その間にも、ストレートロングの少女の背後から、次々と黒ずくめの少年たちが部屋に侵入し、左右に広がる。
中央に立つストレートロングの少女も、頭部以外は全身黒ずくめの格好である。
「……………………」
それにより、まだ完全に整理がついてなかった鈴村
空きの多いジグゾーパズルに、次々とピースが当てはまるかのように。
そしてそれは完成した。
そう。鈴村
一度目の記憶復元治療を受けたその日の夜、
目の前にいるストレートロングの少女を。
その時に、ストレートロングの少女が、
そして彼女こそが、一連の連続記憶操作事件の主犯格であり、首謀者なのである。
二度にわたり鈴村
その人物が、
「~~アンタだったのねェ~~」
「~~すべてはアンタの仕業だったのねェ!」
そして、一歩前に進み出ると、こう言い放った。
「~~どうしてアタシにこんな事をしたのっ!? 答えなさいっ! 無縫院
「――目撃された犯行を隠したいんなら、目撃者のその部分の記憶を消去するだけで充分なはずよっ! なのにどうしてなんの関係のない記憶まで書き換えたりするのっ!? 第一、なんの目的で無差別に他人の記憶を操作して回るのっ!?」
それも、まくし立てるように、次々と。
「――別に無差別ではないぞ。ちゃんと特定の人間を狙って記憶操作しているのじゃ。それは警察署でわらわが言うたはずじゃが」
「……
「――そうじゃ。
「……『計画』……?」
「――なるほどねェ。それじゃ、それ以外に記憶操作されたヤツは、その犯行の目撃者というわけね。鈴村のようなヤツの」
「その通りじゃ」
それもそのはずである。なぜなら、一連の連続記憶操作事件の首謀者は、ほかならぬ無縫院
「――じゃが、勘違いしないで欲しい。鈴村の場合、小野寺との
「~~誤って、ですってぇっ!?」
「――しかし、一度書き換えてしまったものは仕方ないからのう。そのまま放置するしかなかったのじゃ。書き換える前の記憶がどんなものなのか知らぬでは、記憶操作のしようがない。それに、書き換えた記憶の復元など、亡き母でさえもできぬことじゃったし、もしそんなものがあったら、『計画』に多大な支障を来してしまう。だから
「――ところがあった。記憶の復元ができる装置の存在を、アンタは知ってしまったというわけね。記憶が元に戻った鈴村と出会ったことで」
「――そうじゃ。われら
「――そしてそれを作った人をあぶり出すために、一度目と同じ内容の記憶操作を鈴村に施したというわけね。そうすれば、また鈴村の記憶を復元しようと、そいつらが動き出すから」
「――という事は、その段階で、だれが鈴村の記憶を元に戻したのか、目星はついてたのね」
「――鈴村にテレハックした時点でのう。もしおぬしが鈴村の記憶を元に戻した人物なら、再度それを実施する可能性が極めて高いからのう。
「――アンタのマンションにアタシたちを誘ったのは、やはり罠だったのね。アタシたちを捕えてそれを確認するために」
「――そうじゃ、観静。本当は確証を得るまでは手出しする気はなかったのだが、なかなか尻尾を出さなくてのう。『計画』のこともあって、痺れを切らして強硬手段に出たのじゃよ」
「――つまり、アンタのマンションで
「……………………」
「――さすがはアイドル。手の込んだ
皮肉っぽく総括する
「――ま、結局それらは全部失敗に終わったけどね。ヤマトタケルの乱入と奮闘で。ついでに言うと、
「……残念じゃがのう……」
「――じゃが、それは大したことではない。これも想定の範囲内であったのじゃから。――というより、布石よ。『計画』をより安全に実施するためのな」
この時期に入ると、警察の警戒は戒厳令レベルにまで強まり、さすがの
そこで考えついたのが、警察を対象に実行したおとり作戦である。あらかじめ記憶操作した下っ端を使い捨てのエサとして警察に与え、それで事件が解決したと思わせる事で、警戒を解かせる。それが法林寺で実行したおとり作戦の狙いであった。
「――じゃが、ヤマトタケルという輩が、色々と小癪な真似をしてくれたおかげで、最低限の目的とは別の不安要素が生じてしもうたが、まァ、『計画』に影響するほどでもあるまい」
「――おとり作戦が成功し、われら
「――けどその矢先、鈴村が
「――という事は、おぬしらも見当がついていたのじゃな。わらわが怪しいって事を」
「当たり前よっ!」
「――でもどうしてアタシたちがこの空きビルにいる事がわかったの? 鈴村をここではない空きビルで気絶させた後、居場所を特定されないよう、特区中の空きビルを転々としたのに」
「――それはのう、鈴村のエスパーダに精神波発信機を埋め込んであるからじゃ。二度目の記憶操作を施した際にのう。それで居場所が特定できたのじゃ」
「なんですってっ!?」
叫んだ
「――それだけではない。精神波発信機には、強制的に
そのように説明する
「……そ、それじゃ、アタシは……」
「――そう、単なるエサじゃ。おぬしの記憶を元に戻した人物を釣り上げるためのな」
「――フフフフフフフ、本当、滑稽であったわ。書き換えられてもない小野寺との想い出を元に戻そうと、必死に奔走するおぬしの姿は。本当はそんないい想い出でもないのに、そうだと信じて疑わぬのじゃからのう。おぬしの記憶を操作した
「……………………」
「――どうじゃ、おぬしの言う、命よりも大切な
「……………………」
「――その様子では、相当な
無縫院
「……なっ、なにを言うっ!」
おびえた、だが強い口調で言い放ったのは、これまで沈黙していた小野寺
「……もっ、
「――ほう、では、どう許さぬというのじゃ」
「――
そう言って右手を上げると、左右に広がっている
「――これも
「……くっ……」
「……たわね……」
「~~よくもアタシをもてあそんでくれたわねェ~~ッ!!。許さない。絶っ対に許さないっ! アタシは
それは、怒りと憎しみで飽和した、血の涙に等しい咆哮であった。
自分が無縫院
それを認識した瞬間、鈴村
怒りと憎しみで固めた拳を、もてあそんだ張本人の顔面に叩きつけるべく。
完全に我を忘れていた。
「――あっ、バカッ! やめ――」
「――ふんっ、バカめ。そんな素人のような
「――その声は――」
「痛いイタイっ! 離して、離してったらァッ!」
「なにしてるのよっ! 早くアタシを助けてっ! そのために今まで動いてたんでしょ!」
それでも、痛みに耐えながら、しかし厚かましく、
「……ここに来てまたこっちの足を引っ張ってェッ……」
頭を抱える
「――フフフフ、さァ、どうするのじゃ。仲間を人質に取られて。大人しく
問われた凛は、猛烈に後者を選びたい衝動に駆られた。ただでさえ少ない選択肢を、無意味な特攻の失敗で更に少なくさせてくれたのだから、自業自得として見捨てたかった。大神十二巫女衆の筆頭巫女なら、自力でこの窮地の脱出を願っても、バチは当たらないはずである。だが、
「……そんなの、前者に決まってるでしょう。まったく……」
と、
「――フフフ、正しい判断じゃ。『計画』に多大な支障をきたしかねないおぬしたちを、
「……『計画』? なにそれ。さっきからよく聞くけど、アンタ、一体なにをたくらんでるの?」
「――では、両手を上げてゆっくりとこちらに来てもらおうか。二人とも」
無縫院
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