第4話 黒巾党VS強襲攻撃部隊

「――大丈夫ですかっ、無縫院さんっ!」


 久島健三ケンゾウが警察病院経由で警察署の応接室に駆けつけた時には、午後五時を回っていた。


「――遅いわよっ、もうっ! 今までなにをしていたのっ!」


 黒色のソファーから立ち上がった無縫院真理香マリカが、頬をふくらませて、応接室の出入口に立っている自分のマネージャーに憤慨の言葉を投げつける。


「――申し訳ございません。マスコミ対策と関係各所の連絡に追われまして。なにしろ、事件が事件ですので……」


 健三ケンゾウは深々と頭を下げて謝罪と弁解をする。


「――ふんっ。アタシより事務所の方が大事なわけ。相変わらずね」

「……………………」

「……ま、まぁマァ。この通り無事やったんやし、このぐらいで堪忍したってェなァ」


 反対側のソファーに座っていた龍堂寺イサオが、立ち上がって真理香マリカをなだめる。


「――龍堂寺警部。いったいなにが――」


 健三ケンゾウが詳細な説明を要求した時、応接室にいるのは真理香マリカイサオの二人だけではないことに気づく。健三ケンゾウは窓際に立ってこちらを見ている三人目の人物に視線を合わせる。


「――お前は――」


 思わず上げたその声には、驚きのひびきがこもっていた。


(――へェー、普段、無愛想で無表情なコイツでもおどろく事があるんか。慌てる事といい――)


 健三ケンゾウ反応リアクションを見て、イサオは感嘆しながら内心で感想を述べる。


(――せやけど何でこいつにうただけで驚くんやろ? そないに糸目が珍しいんやろか)


 イサオは糸目の少年――小野寺勇吾ユウゴに視線を転じると、今度は胸中から疑問が沸き起こる。


「……な、なぜ小野寺が、応接室ここに?」


 健三ケンゾウは絞り出すような口調で龍堂寺イサオにたずねる。


「――それはな、今回の事件に巻き込まれたクチやからなんや。真理香マリカはんのマンションで起きた事件に。せやから事情聴取しててな。ついさっきそれが終わったところなんや。そしてな、一度関係者全員を応接室ここに集めて、一連の事件の説明会を開くことにしたんや。情報の整理と確認を兼ねて。実はあんさんが来るのも待ってたんやで。あんさんも関係者の一人やから」

「……そ、そうなの、ですか……」

「――他の関係者もそろそろ来るころやから、も少し待ってくれへん? 別にかまへんやろ」

「……ええ、かまいませんが……」


 戸惑いに揺れた声で了解した健三ケンゾウは、応接室の真理香マリカ側のソファーまで歩くと、窓際に立っている小野寺勇吾ユウゴを見やる。

 正確には、勇吾ユウゴの糸目に。

 両者の視線が合った瞬間、健三ケンゾウの両眼に憎悪と殺気に濁った光がひらめく。


「――ひっ!」


 それを直視した勇吾ユウゴは、小さな悲鳴を上げて視線をそむける。やや小柄な身体が震え、怒鳴られたかのように小さくなる。


(――くっ、なんでこいつが、陸上防衛高等学校に……)


 健三ケンゾウの顔が歯ぎしりでゆがむ。


(――龍堂寺ならまだ納得はできるが……)


 イサオに視線を戻した時には、多少なりとも和らいでいたが。


「――大巫女長さまっ!」


 叫ぶような声が、応接室の空気と、この場にいる人たちの鼓膜を強く刺激させたのは、その直後だった。

 むろん、無縫院真理香マリカをそんな中二肩書きで呼ばわるのは、鈴村アイ以外に存在しなかった。


「――大巫女長さまっ! お身体は大丈夫ですかっ!」


 応接室に入ったアイは、必死の形相でたずねる。


「――うん。大丈夫よ。警察病院で診てもらったけど、どこにも異常はなかったわ」

「……そうですか。よかったァ……」


 安堵したアイは、その場にへたり込みそうになる。


「――大巫女長さまに何かあったら、アタシたち大神十二巫女衆はもちろん、天照大神あまてらすおおみかみ様も天上でお嘆きになりますから」

「――光栄ね。日本民族の総氏神が、一介の巫女でしかないあたしのために悲しんでくださるなんて」


 アイの中二設定に、真理香マリカは精神的抵抗感を示すことなく、ごく自然につき合う。


「――それに、鈴村も事件に巻き込まれて大変だったんでしょう。そっちこそ大丈夫?」

「もちろん大丈夫です。大神十二巫女衆の筆頭巫女であるアタシにとって、こんな事件大変なうちに入りませんわ。あと、アタシは事件に巻き込まれたのではなくて、みずから飛び込んだのです。大巫女長さまのお住まいにうごめく魑魅魍魎から、大巫女長さまをお救い出すために」

「――あら、そうだったの。それはお礼を言わないと。ありがと、鈴村。助けに来てくれて」

「……そ、そんな、お礼なんて……」


 アイは頬を赤らめる。


「――大巫女長はユウちゃんの記憶を元に戻すのに必死なアタシに助力なさっているのです。お礼を言うのはむしろアタシの方ですわ」

「……………………」

「――これからも、大巫女長さまは、大神十二巫女衆の筆頭巫女であるこのアタシが全力でお守りしますわ。大巫女長さまはアタシたち大神十二巫女衆を束ねるお方なのですから」


 アイは真夏の陽月よりも熱い眼差しを真理香マリカに注いで力強く宣言するのだった。


「――あんな目に遭ったっていうのに、まだ中二病が治らないなんて。末期もいいところだわ」


 そこへ、冷や水のような声が、熱くなっているアイの背後からかけられた。


「――喉元を過ぎれば熱さは忘れるものね。それも、光の速さで」

「――観静っ!」


 応接室のドアを閉めたショートカットの少女の名を、アイは舌打ちに等しい声でさけぶ。


「――アンタの実力じゃ、どのみち守れやしないわよ。成績の順位が下から探した方がはやい上に、戦闘系のギアプに適合するだけの仕様スペックや適性がないんじゃねェ」

「そんなことはないわっ! 霊力の高い霊験あらかたなこの地に住み続けていれば、アタシだっていつか新たな力に目醒め――」

「――るとは思えないわね。それ頼みの精神じゃ。いい加減、中二病は卒業しなさい。現実リアルではなんの力にも解決にもならないんだから。少しは小野寺を見習いなさい。少なくても、現実での自分の無力さを自覚しているわ。本当に無力なのかは疑わしいけど」


 最後のセリフは、リンの内心でつけ加えたものである。


「観静の言う通りやで。おのれがバカにしとるワイら警察があの場に駆けつけてこんかったら、今頃は黒巾党ブラック・パースに記憶操作されとったんやから。これでわかったやろ。警察のありがたさを」


 イサオリンのセリフに同調する。犬猿の仲である二人にしては、珍しく。イサオリン以上にアイの中二病ぶりに辟易していたので、むしろ当然の事象かもしれない。


「……あ、あのー、説明会の方は……」


 勇吾ユウゴがおそるおそるの口調でイサオに本題を喚起する。


「――おお、せやったせやった。これで全員集まったな」


 龍堂寺イサオは教室の半分ほどはある応接室を、右から見回して説明会の参加者を確認する。小野寺勇吾ユウゴ、鈴村アイ、観静リン、無縫院真理香マリカ、久島健三ケンゾウの順に。


「――いま、この場にみなを集めたのは、今日、たて続けに起きおった記憶銀行メモリーバンク強盗事件や無縫院真理香マリカ襲撃事件を含めた、一連の連続記憶操作事件を引き起こしとる黒巾党ブラック・パースについて判明した事実を説明するためや。記憶銀行メモリーバンク強盗事件を契機きっかけに、だいぶ捜査が進展しおおったから」


 イサオが説明会の概要を述べると、関係者のいる応接室にどよめきが走る。イサオは続ける。


「――黒巾党ブラック・パース記憶銀行メモリーバンク真理香マリカはんのマンションを立て続けに襲ったのは、そこに保存されておる超心理工学メタ・サイコロジニクスの技術情報を強奪するためやったんや。マンションにやって来た小野寺たちや、そこの住人である真理香マリカはんが襲われたのも、自分おのれらの目撃情報を記憶操作で消すためやったんやろう」

「――つまり、これまでの黒巾党ブラック・パースの活動と同じというわけね」

「――その通りや、真理香マリカはん。そして、ワイら警察が確保したそいつらの身元を洗った結果、そいつら全員、超常特区内にある八王高等学校の男子生徒だっちゅうことが判明した」

「……八王高等学校。たしか、久島が在学している普通科の高校よね。平民のみの」

 真理香マリカが自分のマネージャーに確認を求める。

「……はい、そうですが……」

「――これが逮捕者そいつら一覧リストと顔と名前や。ちょいと目ェ通してくれへんか。テレメールするさかい」


 イサオに言われてそれを受信した送信者の見聞記録ログを、健三ケンゾウは脳裏に投影させる。顔と名前が載ってあるそれらを、インターネットの掲示板サイト画面をスクロールするように、ひとつひとつ確かめて縦送りする。


「――どや。こいつらを見て、なんか心当たりあらへんか?」

「……いえ、ありません。何人か見知っている生徒はいますが、話しかけたことは……」


 健三ケンゾウがそっけなく答えると、イサオは残念そうにため息をつく。


「――せやかァ。逮捕者こいつらの共通点はやはり平民だっちゅう事くらいしかわからへんかったんやけど」

「――被疑者の記憶情報はどうなったのよ?」


 リンが問いかける。


「――たしか、刑法上、重大な嫌疑がかけられた被疑者は、エスパーダの記憶情報や脳内記憶を調べられることになってるんじゃなかったの。それなら、事件に関して、何を見聞きして、何を考えていたのか、わかるはずだけど。目撃者や被害者よりも」

「……いや、その事なんやけど……」


 イサオはいったん言葉を濁すと、やがて言いづらそうな口調で語り始める。


「……ほとんどなかった……って言うより、現実の身元と矛盾しとるんや。その記憶情報が」

「ええっ?!」


 アイがおどろきと意外さを混合した声を上げる。


「どうしてなのよっ?!」

「……結論から言うと、どうやら改竄されとるようなんや。それが……」

「……改竄って、記憶が? いったい、どうやって……」

「……記憶操作……」


 勇吾ユウゴのつぶやきを聞いて、アイはハッとなる。


「……そうなんや。そいつら記憶操作されとるんや。連続記憶操作事件の被害者のように」

「……う、ウソでしょ……」


 アイがうめくように声を漏らす。


「……黒巾党ブラック・パースは、ユウちゃんや被害者だけでなく、党員なかまにまで記憶操作してるっていうの?」

「……その通りや……」


 イサオは重々しくうなずく。


「……そいつらには、行動に必要な最小限の記憶しか残っておらんかったんや。それ以外は全部現実と食い違っておってな、それ以上のことはわからへんのや。恐らく、黒巾党ブラック・パースに関する情報漏洩の防止と、警察の捜査を攪乱させるために。万が一警察に捕まった時にそなえて、そのようにしておったんや。黒巾党ブラック・パースは」

「……そ、そのために、黒巾党ブラック・パースは、被害者だけじゃなく、党員なかまにまでも……」


 それを聞いた勇吾ユウゴの表情やつぶやきにも、窒息しそうな息苦しさがあった。


「……それじゃ、黒巾党ブラック・パースが盗み出した、大巫女長さまの母君が遺した超心理工学メタ・サイコロジニクスの研究資料の行方も……」


 そんな幼馴染をよそに、アイがすがるような口調でイサオにたずねるが、


「……残念やけど……」


 イサオの言いにくそうな返答に、アイは激しく落胆する。


「……そ、そんなァ……」


 その悲しげな目には涙が溜まりつつあった。


「――つまり、肝心の黒巾党ブラック・パースの正体や目的はなにひとつわかってないのね。これまでと同じく」


 リンが皮肉っぽい口調でこれまでの説明を総括する。


「……それのどこが進展したっていうのよ。全然じゃない。被疑者を五人も確保したから、少しは期待してたんだけど、ホント役立たずね」

「……鈴村と同じことぬかすなやァ。そないなことうたって、聞き込み調査しても、これまでと同じく、なんの手がかりもつかめへんし……」


 イサオは涙ぐんた表情で言い返すが、その声は幼児のように弱々しかった。


「――泣きたいのは警察アンタよりも事件の被害者とその関係者よ。解決のきざしどころか、さらに混迷してるんだから」


 リンの叱咤に、龍堂寺イサオは何も言い返せない。


「……それに、今日起きた二つの事件の犯人を確保できたのも、どちらも、ヤマトタケルと名乗った少年のおかげじゃない。警察アンタらは麻痺様式パラライズモードの射撃を受けて動けなくなったところを拘束しただけで……」


 リンは警察への批判をいったん止めると、窓際で立ち尽くしている勇吾ユウゴをながめやる。


「……いったい、なんの目的でこんなことをするの? 黒巾党ブラック・パースは……」


 アイがだれとなく疑問を述べる。


「――超心理工学メタ・サイコロジニクスに関する技術的知識・情報ノウハウの独占でしょうね。恐らく……」


 それに答えたのは視線を戻した観静リンであった。


「――連続記憶操作事件の被害者の中には、超心理工学メタ・サイコロジニクスの科学者や技術者が半数以上、混じっているからね。黒巾党ブラック・パースはそれの独占を計ってるんだわ。それが保存されてある記憶媒体から、それを消去することで。人や機器を問わず」

「……せやな。黒巾党ヤツら記憶銀行メモリーバンク強盗された記憶銀行メモリーバンクも、そこだけが記憶媒体からすっぽり消去されておったと、銀行員がうとったしな……」


 イサオが悄然とした表情と口調で補足する。


「……でも、なんのためにそんなことを……」

「……………………」

「……それに、それが目的なら、ユウちゃんの記憶を消す必要なんてないはずよ。アタシとの想い出が詰まったユウちゃんの記憶を。だってユウちゃんは超心理工学メタ・サイコロジニクス技術的知識・情報ノウハウなんて持ってないんだから。そうだよね、ユウちゃん」

「……うん、たしかに、そうだけど……」


 勇吾ユウゴはたどたどしい口調で答える。


「……それがわかれば苦労はせェへんよ、鈴村はん……」


 そう言ったイサオの口調は、自棄的とも諦観ともつかなかった。


「……で、これからどうするのよ。……」


 今度はリンイサオに対して建設的な問いをかける。


「……これから……?」

「――そうよ。まさかこのまま諦めるわけじゃないでしょうね」


 そのついでに発破もかけるが、


「……………………」


 イサオは沈黙でそれに応える。


(……ダメだ、こりゃ。やっぱりアタシがなんとかしないと……)


 その様子を見て、リンは完全に龍堂寺イサオを見限る。そして、左耳に装着してある三日月状の小型機器に手をかぶせ、進捗具合を確認する。


(……もうすぐ、ね……)


 内心でそのようにつぶやいたその時、


「……思い、出した……」


 だれかがつぶやいた。

 一同はその声の主に注目する。

 声の主――無縫院真理香マリカは、イサオに顔を向けてふたたび口を開く。


「――思い出したわっ! あの時の会話をっ!」

「――なっ、なんやっ!? その会話っちゅうのはっ!」


 イサオがワラにもすがる思いで身を乗り出す。


「――黒巾党ブラック・パースの会話よっ! アタシが自分のマンションの部屋の前で黒巾党ブラック・パースに捕まった後、アタシの部屋の中で耳にしたのよっ! 黒巾党ブラック・パース隠れ家アジトの場所をっ!」

「ホンマかァッ!? それっ!」


 その告白は、龍堂寺イサオにとって神のおつげに等しかった。


「――でも、なんで今頃になって思い出したのよ。エスパーダは装着してるのに」


 リンが水を差すような疑問を呈するが、


「――きっと記憶操作でそれごと消されていたのよっ! その部分の記憶をっ! 黒巾党ブラック・パースの常套手段だし、記憶操作された事実の記憶も消されたんだわ。ユウちゃんのように。だから今までその自覚がなかったのよっ!」


 アイが嬉々として推論を述べる。しかし、リンは納得できなかった。


「――それじゃ、どうして消されたはずの記憶が、今になってよみがえったのよ? まさか鈴村が言っていたような中二病的な手段で戻ったとは思えないけど。第一、それも記憶操作で植え付けられた可能性だって――」

「――かまへんっ! このままじっとしておってもラチは開かんのやっ! 黒巾党ブラック・パースの居場所さえつかめれば、こっちのもんやっ!」


 イサオが拍手喝采を送りたい思いと勢いで、なおも食い下がるリンの疑問を封じる。


「――で、真理香マリカはんっ! どこなんやっ! 黒巾党ブラック・パースの隠れアジドはっ!」

「……たしか、法林寺ほうりんじと言っていたけど……」

「――法林寺っ!? ちょい待ってェなァ。いま調べるさかい――」


 右耳にあるエスパーダの精神感応テレパシー通信機能で、A ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワーク接続アクセスしたイサオは、地図検索記憶掲示板メモリーサイトの地図を、脳裏に浮かべるように展開してさがす。


「――あった。ここやっ!」


 黒巾党ブラック・パース隠れ家アジトである法林寺の住所を、秒単位で特定すると、その結果を表示させた視覚情報を、応接室にいる全員の脳裏にリンクして見せる。


「――超常特区の住宅区島に建ってある廃寺ね」


 リンが言うと、イサオが声を上げる。


「――よし、今すぐそこへ向こうて黒巾党ヤツらを一網打尽にするでっ! オイ、保坂ほさか、聴こえとるかっ! 強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズを出動させるっ! 指揮はワイが執るさかい、大至急召集せいっ!」


 後半の科白は、自分の部下に精神感応テレパシー通話で伝えたものであった。


「――よかったわね、鈴村。これで一連の事件が解決するだけでなく、小野寺くんたちの被害者の記憶が戻るかもしれないわ」


 その後、無縫院真理香マリカがよろこびに満ちた表情と口調で希望的な観測を伝える。


「――どういうことですかっ!? それはっ!」


 おどろいたアイはその理由をうながす。


「――昼過ぎの警察署の廊下でも言ってたけど、記憶操作は超心理工学メタ・サイコロジニクスを用いなければ作り出すことが不可能な技術。でもそれは記憶を元に戻す分野においても同様のはずだわ。黒巾党ブラック・パースがその技術的知識・情報ノウハウを集めている以上、それを編み出している可能性は充分にありえる。記憶の改竄技術は編み出せても、記憶を元に戻す技術は編み出せないとは考えにくいからね」

「……そ、それじゃ、今度こそ……」

「――ええ。今度こそ戻るわ。小野寺くんを含めた被害者たちの記憶が――」


 真理香マリカの力強い言葉を聞いた瞬間、アイの瞳が嬉しさにうるおう。


「――よかったわね。鈴村」

「――はい! これもすべては大巫女長さまのおかげです。アタシがここまで頑張れたのも、大巫女長さまがユウちゃんの記憶を元に戻すための力や手がかりを授けつづけてくれたからです」

「どれも空振りに終わったけどね」


 横からリンが余計なチャチャを入れる。


悪邪鬼女アクジャキジョは黙っててっ! とにかく、大巫女長さまにはどんなに感謝しても足りないくらいなのです。本当に、本当にありがとうございます。ああ、これでついに勇ちゃんの記憶が……う、ううっ……」


 最後はうれし泣きによって、アイの顔がくしゃくしゃになる。頬が赤く染まり、涙に濡れる。


『……………………』


 そんなアイ真理香マリカの両者を、勇吾ユウゴリンはそれぞれ交互に見やる。

 勇吾ユウゴのそれは何か言いたげな視線で。

 リンのそれは意味ありげな視線で。


「――よっしゃっ! ほな、出血大サービスやっ! 強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズ黒巾党ブラック・パースのアジドに踏み込む場面ところを、『感覚同調フィーリングリンク』で観戦させたるっ! この場におる全員にっ!」

「いいの、龍堂寺くん」


 真理香マリカが両目を丸くさせてたずねる。


「ああ、かまへんかまへん。これまで散々苦労してきたんやし、警察もあんさんたちから色々な協力も得たんや。ここいらでいっちょ報われてもバチは当たやへんやろ」

「……ありがとう。龍堂寺くん」


 真理香マリカから晴れわたった笑みと色気のある口調で礼を言われて、イサオはだらしない笑みを浮かべて後頭部を掻く。


「……な、なに、これくらい、お安い御用や」

「……………………」


 そんなイサオに、リンは剣呑な視線で突き刺すが、本人はさしたる痛痒を感じてない様子である。


「……アタシは一緒に戦いたかったんだけどなァ……」


 その隣にいるアイが不満をこぼす。


「――マンションじゃ必死に逃げ回っていただけのアンタが、なに不可能ごとをほざいてるのよ。間接的とはいえ、観戦させてもらえるだけでも望外なことなのに」


 リンイサオに対して向けていた同様の視線を、今度はアイにも横目で向けるが、こちらも堪えた気配はなかった。リンは視線をイサオに戻して口を動かす。


「――いつまで照れてんのよ。さっさと行きなさい。大至急なんでしょ」

「――おお、せやった。ほな、行ってくるで。現場に到着次第、精神感応テレパシー通話で知らせるさかい、そん時に強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズに『感覚同調フィーリングリンク』してくれや」


 そう言い残して、龍堂寺イサオは警察署の応接室を後にした。


「――無縫院さん」


 そこへ、これまで沈黙を守っていた久島健三ケンゾウが、初めて口を開く。


「――わたしは事務所に戻ります。無縫院さんは警察の突入作戦が終わったらわたしにその旨を連絡してください。迎えに戻りますので」

「――あら、あなたは観ないの?」

「――はい。マスコミ対策などの残務が残っていますので」


 そう応じた健三ケンゾウの口調や表情は、そっけないものであった。


「――そう。わかったわ。それじゃ、気をつけて帰ってね」


 無縫院真理香マリカの口調もそっけないが、表情は笑顔そのものであった。


「……………………」


 健三ケンゾウは無言で踵を返そうとするが、動いた視界に小野寺勇吾ユウゴの姿が入ると、その動作を中断させ、自分を見ている勇吾ユウゴを睨みつける。睨みつけられた勇吾ユウゴは、ビクッと身体を震わせて、そばにいるリンの背後にあわてて隠れる。その挙動に、健三ケンゾウは表情を憎悪にゆがませる。


(――やはり納得がいかない。どうしてこんなヤツが……)


 先程のそれよりも、深く、激しく。


(――やはり身分の差か? 身分の差だな。なら――)

「――どうしたの、久島?」


 真理香マリカから怪訝そうな口調で尋ねられた健三ケンゾウは、それで我に返ると、慌てて表情を消して応じる。


「――いえ、なんでもありません。それでは、失礼します」


 これもそっけなく一礼して、健三ケンゾウも応接室を去って行った。


「……なんなのよ、あいつ。小野寺になにか恨みでもあるの」


 その様子を見ていたリンが、健三ケンゾウが通って行ったドアをにらみながらつぶやくと、まだ背後に隠れている勇吾ユウゴを顧みる。


「――なにか心当たり、ある?」

「……ううん……」


 勇吾ユウゴが首を振ると、リンは顎をつまむ。


「――だよねェ。女子にイジメられる心当たりなら、アタシでも見当がつくんだけど……」

「……………………」


 黙り込む勇吾ユウゴを見やっているリンの瞳には、不審と猜疑の光がちらつくが、口に出して言ったのは別のことである。


「――夕方には終わりそうよ、自動調整」

「――ホントですかっ!? 観静さんっ!」

「――ええ。だからそれまでは『感覚同調フィーリングリンク』で見物してましょう。警察の突入作戦を」


 そう言って観静リンは、左耳に装着してある三日月状の小型機器に左手で触れ、確認した。

 ――強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズが、黒巾党ブラック・パース隠れ家アジトに踏み込む、その三十分前のことである。




 『感覚同調フィーリングリンク』とは、その名の通り、相手の感覚――すなわち、五感にリンクすることで、相手が感じているものを、自分も感じ取ることができる、エスパーダの機能のひとつである。

 例えば、対象者の視覚に感覚同調フィーリングリンクすると、対象者の視界で、対象者の両眼に映る情景が見えるようになるのだ。ただし、その視力は感覚同調フィーリングリンクした対象者のそれに合わせられるので、それによっては自分の視力よりもよく見えたりよく見えなかったりする。

 これは他の四感も同様である。

 また、テレタクといったテレポート交通管制センターの空間転移テレポート交通システムを利用する際、利用対象者の視認にも使える防犯カメラのように、感覚同調フィーリングリンクした人間の眼でそれを代用することも可能である。

 むろん、それ以外にも様々な用途で使えるので、その汎用性と利便性はギアプに次いで高い。


「――どや、ワイら警察の戦いぶりは。圧倒的やろ」


 現場で指揮を執っている龍堂寺イサオが、警察署の応接室にいる四人に精神感応テレパシー通話で語りかける。その口調はいかにも自慢げで、ドヤ顔が容易に想像できるほどである。


「……す、すごい……」


 法林寺ほうりんじに突入した強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズの一人の視聴覚に感覚同調フィーリングリンクしている鈴村アイが、おどろきと感嘆と興奮の声をもらす。

 そこに潜伏している黒巾党ブラック・パースとの戦いぶりを、それで間接的に耳目して。

 両者はすでに交戦中で、突入当初こそは整然と列をなして戦っていたが、現在は光線剣レイ・ソードを振るっての乱戦状態にある。廃寺の各所で青白色の火花が激突の際に飛散する。

 鈴村アイは、陸上防衛高等学校の歩兵科の生徒とはいえ、入学してからまだ二カ月も経ってない一年生である。無論、実戦経験はないので、それを現行時間リアルタイムで間接的に観るのはこれが初めてだった。その迫力を、鈴村アイは、感覚同調フィーリングリンクを通して、間近のように感じているのだ。自分自身が闘っているかのように。一周目時代にあった映画とは比較にならない臨場感である。

 それは、強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズ感覚同調フィーリングリンクしている小野寺勇吾ユウゴ、観静リン、無縫院真理香マリカも同様に感じているはずである。 

 法林寺という廃寺に突入した強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズの隊員は六○人。

 それに対して、迎え撃った黒巾党ブラック・パースの党員は約二○人。

 三対一の戦力比であった。

 両者が光線銃レイ・ガンを使わないのは、乱戦もさることながら、双方とも弾道見切りのギアプを、エスパーダにインストールしてあるので、あまり有効ではないからである。それなら、刺突や斬撃などの白兵の方が比較的有効なのだ。状況や場合によるが、弾道見切りのギアプが普及した現在の、これが標準的スタンダートな戦闘法である。


「――それにしても強いわね、強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズって。同年代とはいえ、次々と黒巾党ブラック・パースを倒していくわ」


 鈴村アイがこれも率直な感想を述べる。


「そりゃそうよ。剣術のギアプをインストールしてあるんだから。それも達人級のね」


 観静リンが当然と言いたげに応じる。工兵科とはいえ、リンアイと同じく実戦の経験値はほぼ同じのはずだが、アイのように感動や興奮を覚えたりはしていない様子である。

 とはいえ、剣術を含めた戦闘系のギアプなら、黒巾党ブラック・パースも当然使用している。にも関わらず、強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズにかなわないのは、戦闘のギアプの質が、相手と比較して悪いからである。ギアプの中には粗悪なものもあるので、それだと使用者の仕様スペックが高くても、十全に発揮できないのだ。そして強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズは、身体的な仕様スペック、ギアプの質、ともに高水準ハイレベルなのである。そして、身体的な仕様スペックの高い人は。どんなギアプでも大抵は適合するのだ。


「――それじゃ、神通力や霊能力を引き出すことができるギアプは――」


鈴村アイが期待感を込めた眼差しでリンに尋ねかけるが、


「……ない、よね……」


 自分自身で答えを出す。リンに絶対零度よりもきびしい視線を向けられたので。


「――ギアプなんてアンタには必要ないでしょ。なんてったって、天照大神あまてらすおおみかみの手厚い加護を受けた大神十二巫女衆の筆頭巫女だと、いつも自分で言いふらしてるんだから」


 その皮肉も同等にきびしかった。


「――それよりも、どうやら終わりそうよ。黒巾党ブラック・パースとの戦闘は」


 リンに言われて、アイ感覚同調フィーリングリンクしている強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズの一隊員の視聴覚に意識を戻す。

 一隊員の視覚を通して見ると、黒巾党ブラック・パースのほとんどが、強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズによって制圧されていた。手錠や鞭様式ウィップモード光線剣レイ・ソードで拘束され、身動きできなくなっている光景が目立つ。


「もう終わっちゃったのっ?! もっと観たかったのにィ……」


 残念そうにつぶやくアイに、


「――いえ、まだ終わってないわ」


 真理香マリカが鋭い声で教える。


「――黒巾党ブラック・パースの一人が廃寺から逃走しようとしてるわ。いま龍堂寺くんが追ってる」


 イサオ感覚同調フィーリングリンクしている真理香マリカに肉声で知らされて、アイ感覚同調フィーリングリンクの対象をイサオに切り替える。

 その黒巾党ブラック・パースの一人――黒ずくめの少年は、片側しか壁のない廊下から欄干らんかんを飛び越えて中庭に降りると、裏庭へ向かって疾走する。それをイサオが猛追する。熾烈だが短い追走劇の末、黒ずくめの少年は、廃寺の白壁と茂みに囲まれた袋小路で立往生する。そこへイサオが追いつき、十歩ほど離れた位置で立ち止まる。


「――さァ、もうどこにも逃げれへんでっ! 大人しく逮捕されろやっ!」


 イサオの宣告に対して、背中を向けていた黒ずくめの少年はゆっくりと身体ごと振り向く。


『――あいつは――』


 リンアイが、自分の意思に関係なく漏らしたつぶやきをハモらせる。その黒ずくめの少年に、見覚えがあったのだ。高級マンションの最上階の廊下で。


「――あたしも知ってるわ」


 それはそこの住人である真理香マリカも同様であった。


「――こいつ、あの時、あたしを捕縛・監禁した上に、人質としても使った黒巾党ブラック・パース首領リーダーよ」

「なんやとっ?!」


 イサオが驚きの声を上げる。警察署の応接室にいる四人が龍堂寺イサオ感覚同調フィーリングリンクしているように、龍堂寺イサオもまた四人に感覚同調フィーリングリンクして、応接室での会話を聞いていたのである。


「――ワレ、いったい何者や? なんの目的でこないなことをする?」


 イサオは問いかける。すると、


「……この国の根本を変えるためだ」


 黒巾党ブラック・パース首領リーダーは静かに答える。そして、手に持っている光線剣レイ・ソードを、これも静かに構えて、青白色の刀身を伸ばす。


「……この国を変えるやとォ?! どういうこっちゃっ、ワレェッ!」


 イサオがオウム返しで反問する。


「……………………」


 だが、相手はそれ以上応じる気配はなかった。


「……まァええ。逮捕した後、警察署しょで締め上げて吐かせればええだけのことや。首領リーダーなら、下っ端とちごうて何もかも知っとるはずやろうからな。場合のよっては、テレハックで強引に脳内記憶を読み取ったるわ」


 プライバシーの侵害である手段を、イサオが語気を荒げて述べると、こちらも光線剣レイ・ソードの端末から青白い刀身を出して、相手と同じ正眼の構えを取る。


「――いよいよ大詰めね、ユウちゃん」


 アイイサオの両眼を通して映っている黒巾党ブラック・パース首領リーダーを凝視しながら幼馴染に言う。


「……これでやっと、やっと、ユウちゃんの記憶が、ううっ……」


 感極まって泣き出しながら。そして、涙にぬれた両眼で勇吾ユウゴのいる方向にそれを動かすと、


「――あれっ?!」


 そこにはいなかった。

 応接室の椅子に座って一緒に観戦していたはずの小野寺勇吾ユウゴの姿が。


「……あら、いつのまに……」


 真理香マリカも驚きと意外さに富んだ声で言う。


「――どこへ行ったのよっ?! こんな大事な時にっ!?」


 アイがうなり声を上げながら応接室の室内を見回すが、勇吾ユウゴの姿はどこにも見当たらない。別に物理移動したくらいでは、感覚同調フィーリングリンクした相手の視聴覚情報は途切れないので、観戦に支障はないと、リンはなだめるように説明するが、


「――だからって、アタシたちから離れることはないでしょっ! だれのためにみんながんばっているのか、わかってないみたいでっ!」

「――それはどっちかな?」


 リンが意味深な科白を吐く。


「――どういう意味よっ!?」


 鋭い視線で睨みながら問い返して来たアイに、リンは見向きもせずに別のことで応じる。


「――それよりも、現れたわよ」

「えっ!? ユウちゃんがっ!?」

「ちがうわ」


 リンかぶりを振らずに否定する。


「――アンタの言う、須佐すさ十二闘将最強の戦士が、現場に、ね」


 龍堂寺イサオの視界を通して見ているリンのそれに、一人の少年が映っている。

 斜め後ろの姿で。

 オールバックの髪型に、三白眼気味のツリ目をした、陸上防衛高等学校の学生服ブレザーを着たその少年は、間違いなく見覚えのある容姿であった。


「――なんやっ、おのれはっ?!」


 視界の横隅に突如出現したオールバックの少年に、イサオは驚きのけぞる。


「――日本武尊やまとたけるのみこと様っ?!」


 イサオの視界に再度感覚同調フィーリングリンクしたアイは、オールバックの少年を視認すると、おどろきと意外にみちた声を上げる。


「――どうして法林寺そこにっ!?」

「――それもいきなり、ね」


 一部始終を見ていたリンが語を継ぐ。


「――おそらくテレタクを利用してあらわれたのよ。龍堂寺の視覚に感覚同調フィーリングリンクして。どうやら現場の封鎖が精神感応テレパシー通信においては完全ではなかったみたい。とんだ手抜かりね、龍堂寺」

「やかましいわっ!」


 イサオは反射的にさけんで返すが、それは負け惜しみですらなかった。


「――おのれがうわさのヤマトタケルかっ! 何者か知らへんが、警察の職務遂行しごとの邪魔やっ! さっさと去らかんかいっ!」


 そしてチンピラのような口調で、現場に乱入したオールバックの少年に怒鳴りつける。だが、怒鳴りつけられた方は、一瞥もくれなかった。

 正面にいる黒巾党ブラック・パース首領リーダーを睨みつけたまま。


「――よくもあの時はやってくれたなァッ!  絶対に、絶対に許さねェぞォッ!」


 そして、腹の底からひびく怒声を放つ

 それは、そばにいるイサオのそれを上回るものがあった。

 ツリ目の角度もさらに鋭くなる。


「……な、なに怒ってるのよ、あの人……」


 イサオの聴覚を通して聴いていたアイは、とまどいの表情で疑問を述べる。

 タケルは後腰に差してある二種類の武器を取り出してそれぞれ同時に構える。

 右のそれには光線剣レイ・ソードが、左のそれには光線銃レイ・ガンが、それぞれの手に握られてある。

 突き出した左手首レイ・ガンの下に右手首レイ・ソードを置いた独特の構えである。


「――待てや、コラァッ!!」


 その腕を、イサオが怒号を上げながら力尽くで降ろさせる。


「――せやから邪魔すんなっちゅうてんやろがっ! でないとマジでしょぴく――」


 しかし、イサオのセリフは最後まで言えなかった。

 タケルがイサオを蹴り飛ばしたからであった。

 武器を降ろさせられたことに腹を立てたからではない。

 背後からしのび寄ってきた新たな黒ずくめの少年の斬撃を受けないようにするためだった。

 新たに現れた黒ずくめの少年が逆手で振るったそれは、タケルの光線剣レイ・ソードによって受け止められる。だが、その黒ずくめの少年は、すかさず二撃目を、もう片手にも握られてある光線剣レイ・ソードで、これも逆手で繰り出す。

 小剣なみに短くした刀身で。

 一撃目のそれと同じ長さである。

 それに対して、タケルのそれは長剣に等しい。

 普通に考えると、リーチの長い武器の方が有利だと思われがちだが、実際は必ずしもそうでもない。リーチの短い方の間合いに合わせて闘うと、一転して不利になるのだ。

 リーチの長さが逆に仇となって、攻撃・防御ともに小回りが利かなくなるのが原因である。

 ヤマトタケルは、今まさにその状況と状態になったのである。

 正面から相手の存在を認識して接敵すれば、その状況や状態におちいる前に、リーチの長い方の間合いで、リーチの短い相手に有利な闘いを展開させることができる。

 リーチの長い方が有利だと思われる所以ゆえんである。

 だが、今回は背後からの奇襲によっていきなり懐に飛び込まれたので、リーチの短い相手の間合いで闘わざるをえない状況と状態におちいってしまったのである。

 この状況と状態からタケルが脱するには、自分の間合いまで後退するか、相手と同じ短いリーチの武器に切り替えて応戦するかない。だが、前者を実行するには地形が悪く、後者はそのヒマと隙がない。光線剣レイ・ソード刀身リーチを相手のそれに合わせたり、光線銃レイ・ガンを十手様式モードに変えたくても、どちらも若干の時間差タイム・ラグがある。銃撃シューティング様式モードでの光線銃レイ・ガンの射撃に至っては論外である。

 そのようなわけで、この状況と状態から脱しない限り、形勢逆転は不可能である。

 よほどの実力差がなければ。

 二刀流の黒ずくめの少年が繰り出した左の二撃目は、しかし、相手の腹部に到達することなく、振りかざしたまま地面に倒れ込む。

 タケルが一撃目を受け止めると同時に撃ち放った『零距離射撃ゼロレンジシュート』よって。

 光線銃レイ・ガンの銃口を相手に密着させた状態から撃ったのだ。

 よほどの実力差がなければ命中させることは不可能な銃撃術である。

 倒れ込んだ黒ずくめの少年が地面をバウンドしている間にも、タケルは間髪を入れずにつぎの行動に移っていた。

 背後にいる黒巾党ブラック・パース首領リーダー光線銃レイ・ガンの銃口を向けて撃ち放つ。

 倒れだ黒ずくめの少年から視線を離さずに。

 つまり、狙撃対象には一瞥もぜずに引鉄を引いたのだ。

 『無狙点射撃ノールックショット』という、零距離射撃ゼロレンジシュートと同等の高度な銃撃術である。

 その銃口からほとばしった閃光は、本来なら黒巾党ブラック・パース首領リーダーの胸に命中していたはずである。

 さらに現れた黒ずくめの少年が、両者の間に割り込まなければ。


「――チッ!」


 舌打ちしたタケルは、バックステップして回避する。

 足元に倒れ込んでいる二刀流の黒ずくめの少年が振るった横薙ぎを。

 まだ意識や戦意を失ってなかったのだ。

 もしタケルの視線と注意が、二刀流の黒ずくめの少年に向け続けていなかったら、横薙ぎによる足払いを受けていたであろう。

 それを察していたからこそ、ヤマトタケルは、地面に倒れ込んでいる黒ずくめの少年から、視線と注意を離さなかったのである。

 タケルはバックステップしたその足での着地を待たずに、地面に倒れている黒ずくめの少年の頭部にとどめの一撃を振り下ろす。そして、着地と同時に、今度こそそれから視線を離して、身体ごと背後を振り返る。

 そこには、だが、タケルが見出したかったものがいなかった。

 廃寺の白壁を背に、ヤマトタケルと対峙していたはずの黒巾党ブラック・パース首領リーダーの姿が。

 その手前には無狙点射撃ノールックショットで倒した黒巾党ブラック・パース党員メンバーが横たわっているが、それだけである。どうやら二人の黒ずくめの少年にかかずらわっている間に、すかさず壁をよじ登ったようである。


「――くそォッ! 逃げられたかっ!」


 ヤマトタケルは歯ぎしりと舌打ちと同時にして叫ぶ。その様は、親の仇でも撃ちそこねたような悔しさと無念さに満ちていた。それでも、なんとか気を落ち着かせ、自分の足元や周囲をあらためて見回す。地面には零距離射撃ゼロレンジシュート無狙点射撃ノールックショットで倒した二人の黒ずくめの少年が、茂みには自分が蹴り倒した龍堂寺イサオが、それぞれ気絶している姿を確認する。


「……ううっ、イタタタタ……」


 そのイサオが、目を覚ました。茂みに食い込んだ身体をなんとか引き起こしながら立ち上がり、周囲を見回すと、


「――黒巾党ブラック・パース首領リーダーがおらへんっ!? あのヤマトタケルっちゅうやっちゃもっ!?」


 状況を把握した瞬間、そのまま大声をはき散らす。


「――クソッ! 逃げられてもうたかっ! 黒巾党ブラック・パース首領リーダーをっ!」


 そして、蹴った地面にも当たり散らす。


「――こないなことになったのも、全部ヤマトタケル《あいつ》のせいやっ! 警察の職務しごとを邪魔しおおってからにっ! 今度うたら公務執行妨害で逮捕したるでっ! 絶対にっ!」


 イサオは腹立ちまぎれに誓った。

 頭上に浮かぶ夕焼けの陽月ようげつに。




 夕日が降り注ぐとある一戸建ての居間リビングで、一人の黒ずくめの少年が、その片隅に潜んでいる。

 逃走に成功した黒巾党ブラック・パース首領リーダーは、空家である二階建ての家の屋内から、精神感応テレパシー通話で相手と連絡を取っていた。その足元には着替え用のスポーツバックが置かれてある。


(――はい。私とその数人以外は全員警察に確保されました。多少の誤算はありましたが、すべては順調に推移しております――)


 黒巾党ブラック・パース首領リーダーはかしこまった口調で相手に報告する。


(――それはわらわも感覚同調フィーリングリンクで確認した。あやつのおかげで予定が狂ってしまったが、これでなんとか修正できた。よくやったぞ。ほめてつかわす――)


 それに対して、相手の口調は、上から目線で見下ろすそのものであった。


(――じゃが、そのわれら黒巾党ブラック・パースの予定を狂わせたヤマトタケルという者についてじゃが、おぬし、なにか知っておるか?)

(――いえ、なにも――)

(――記憶銀行メモリーバンク強盗の時といい、マンションの時といい、今回といい、神出鬼没で、警察も正体がつかめておらぬ。そのそやつが、常にわれらの邪魔をする。目障りなことこの上ない。おぬし、なんとかならぬか)

(……申し訳ございません。いくら調査しても、いっこうに。これでは手の打ちようが……)


 黒巾党ブラック・パース首領リーダーは恐縮の態と口調で頭を下げるが、相手はそれ以上、責めなかった。


(――まぁよい。そやつの正体がつかめなくても、支障はきたさぬじゃろうし――)


 それを聞いて、黒巾党ブラック・パース首領リーダーは、身を乗り出すような勢いで相手の言葉に食いつく。


(――では、ついに――)

(――『計画』を実行に移す時が来た。そして、唯一の不安要素であるあやつを片付ける目途もな――)

(――わかりました。それでは、ただちにそちらに合流し、『計画』に従事します)


 そう言って黒巾党ブラック・パース首領リーダー精神感応テレパシー通話を切ると、不気味な笑い声を上げる。顔の下半分を黒のハンカチで覆われているので、くぐもっているが。


「……フフフフフ。やっとだ、やっと身分制度と男卑女尊の時代が変わる。いや、変えるんだ。このオレが。もう誰にも止められない。いや、止めさせないぞ。絶対に」


一通りセルフ宣誓した黒巾党ブラック・パース首領リーダーは、足元に置いてある着替え用のスポーツバックを開けて、その中身を取り出す。

 灰色の生地で織られたそれは、八王高等学校の男子用学生服の上着ブレザーであった。

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