第3話 黒巾党
陸上防衛高等学校の在学生が、警察の職務を遂行しているのは、いささか浅からぬ事情がある。
超異変により、人類が
人間の脳機能や
そこに人間を月単位で住まわせると、それだけで、それらが歴史上の偉人レベルにまで上昇する事実が、近年になって明らかになったのだ。
現に二周目時代の歴史に名を残している偉人の過半は、その地域の出身者で占められており、しかも偉人だけでなく、様々な特殊能力者も輩出している。
超能力や超脳力の使い手もそのひとつである。
ただ、脳機能やIQの向上に、個人差や有無が激しいため、科学的な証明にはいたっていない。
いずれにせよ、それらの事実が判明し、国内に公表して以来、その浮遊諸島には、全国からそれ目当てで移住する者たちが殺到した。
その結果、その地域の人口は過剰なまでに過密となり、それに起因する様々な社会問題が噴出した。
対応をせまられた第二日本国の中央政府は、そこへの居住資格を、それらの向上が顕著な成長期の少年少女に限定することで、問題を解決させたのである。
そのような経緯で誕生したのが、『超常特区』という地方自治体なのである。
つまり、現在の超常特区は、十代の少年少女たちによって運営されているのである。
内政自治はもとより、経済活動や治安維持も。
しかし、教育関係の分野は例外である。
そのような性質なので、超常特区のインフラ施設は、
よって、陸上防衛高等学校の在学生である龍堂寺
その龍堂寺
取り調べられているのは、陸上防衛高等学校の歩兵科の一年生、鈴村
「――だぁかァらァ、アタシは
「――そないなわけあらへんやろ。おのれが提出した見聞
「……そ、それは、逃走する
「――で、とどめをさされそうになった所を、目つきの悪い
「目つきの悪い
「そないな中二
立ち上がった
「――ワイが訊きたいのはそいつが何者やっちゅうことやっ! おのれの見聞
「それはアンタら警察が不甲斐ないからでしょっ! ろくに事件のひとつも解決できないくせに、いばらないでっ!」
「なんやとっ!? 警察をなめくさると、この場で逮捕するでっ!」
「――逮捕するなら、
「――逮捕ならしたわっ!
「それができたのも
「~~~~~~~~っ!!」
「――ま、
ほとんど決めつけに等しい
現在、二カ月前から超常特区内で発生している、一連の連続記憶操作事件に対する警察の捜査は、非常に難航しているのが実状であった。小野寺
連続して記憶操作された被害者が現れる事件――連続記憶操作事件と言われる
被害者はすでに一〇〇人を越えており、実態はその一〇倍以上ではないかと推測されている。
ぶっちやけた話、被害者が犯人に襲われる場面を目撃した目撃者の見聞
それまでは単なる都市伝説のひとつとしてまともに相手にしていなかったので。
それでも、最近になってようやくつかめた手がかりが、いくつかあった。
ひとつは、被害者が、
もうひとつは、被害者が消去された記憶が、
このふたつだけである。
だが、それ以上のことは完全に闇の中であり、これだけでは犯人像の特定はほぼ不可能だった。
犯人の正体や目的もむろんわかっていない。
ゆえに、単なる愉快犯の可能性も捨て切れないのだ。
物証にいたっては言わずもがなである。
だが、今回の
「――ふん。やっぱり
視線をそむけたままの
「――これなら、
今度は吐き捨てるような口調で罵倒する。もし超常特区の警察が有能なら、鈴村
「せやなら何でおのれはその軍隊の教育機関である陸上防衛高等学校に入学したんやっ!?」
「――それはもちろん、『大神十二巫女衆』の筆頭巫女であるアタシの実力を、愚昧な民衆どもに知らしめすためよ。陸上防衛高等学校なら、その差が際立つつからね。見てなさい。この件が終わったら、在学生や教師たちに思い知らせてあげるんだから」
「――もしそうなれば、警察や軍隊の存在に疑問を抱くようになって、最終的には現実世界から両者の存在を認知されなくなるわ。そして、アタシたち『大神十二巫女衆』や『
握り拳を作って力説する鈴村
「――け、警察や軍隊をバカにするんやないっ! ワイらは市民のために日々一生懸命働いておるんやでっ! そないな得体の知れんもんに、警察や軍隊が劣るわけあらへんやろがっ!」
負けじと反論する
「――はんっ! なにをエラそうに。そういう科白は、この連続記憶操作事件を解決してから言いなさい。これはきっと邪悪な陰陽師の仕業にちがいないわ。式神を使役して
「だれがそないな依頼をするか、ボケェッ!! そんな訳あるはずないやろうがっ! 中二病な妄想も大概にせいっ!」
「なら早く帰してよっ! アタシは一刻も早く
「――そうは行かへん。おのれは
「――もういいじゃない、龍堂寺くん。それくらいにしても」
龍堂寺
両耳の上に束ねたツインテールの長い髪をなびかせた、鈴村
「――大巫女長さまっ!」
表情を輝かせた
「――まっ、
「――龍堂寺くん。この件に鈴村は関係ないわ。だから解放しなさい。かわいそうじゃない」
無縫院
「……い、いや、せやけど、そういうわけには……」
「――お願い。
「うん、わかった。解放する」
語尾にハートマークをつけた懇願の言葉と満面な笑顔に、あっさりと折れた。
こうして、鈴村
「――ありがとうございます。大巫女長さま。アタシを無能で分からず屋な警察の取り調べから解放してくださって」
廊下に出た
「お安い御用よ、これくらい。それに、鈴村が無実なのは、このあたしがよく知ってるから」
「――おっ、鈴村も解放されたのか」
無縫院
観静
「――お務め、ご苦労さま。いやァ~、さぞ厳しかったでしょう。龍堂寺の取り調べは」
「だれのせいでこんな事になってしまったと思ってるのよっ!
「――
「……う、うん……」
小さくうなずく
「――どう、小野寺くん。記憶の戻り具合は」
「……う、ううん……」
「――そう、残念ね……」
「――大丈夫ですっ! 大巫女長さま。
「――残念やけど、そこへ行っても小野寺の記憶はあらへんで」
「――えエェっ?! どうしてなのっ!?」
「――たったいま上がった部下からの報告やと、小野寺に関する記憶は
「……う、うん……」
「……そ、そんなァ……」
それを聞いて、
「――
「……だ、だって、言っても聞いてくれなさそうだったんだもん。記憶操作の影響で覚えてないだけだと言って……」
「……………………」
幼馴染の述べた理由に対して、
「――たしかに、そんなこと言いそう。――ていうか、それ以外言わないわね」
同意を示したのは観静
「……うう、
とうとう顔を両手で覆って泣き出す。
「――泣かないで、鈴村」
そんな
「――小野寺くんの記憶はきっと戻るわ。だから、それまで諦めちゃダメ。あたしも応援するから。これまで通り」
「――はいっ! 大巫女長さまっ!」
一つ年上の女子に励まされて、
わかりやすい事この上ない切り替えの早さであった。
「――ところで鈴村。大巫女長ってなに? アンタとはなんだか親しいみたいだけど」
「――
「――アンタの脳内中二設定なんか訊いてないわっ! アタシが訊いてるのはアンタと無縫院との関係についてよっ!」
「――なんや、知らへんのか、観静。
「……世間が知ってる以上のことは知らないわよ……」
口をはさまれた
「――やっぱ知らへんのかい。モグリやのう。せやなら、ワイが詳しく教えたるさかい、耳かっぽじってよく聞けや」
「――『
「……知ってるわよ。それくらい……」
「なら言うてみい」
「……二周目時代における現代史の偉人でしょ。数年前まで生きていた――」
「……うむ、そうや。それで……」
「――要するに、無縫院
「その通りや」
後に超常特区と呼称されるこの浮遊諸島の出身者の例に漏れず、そのIQはとても高く、卓越した頭脳をもって、
ゆえに、その声望は現在の天皇に次ぐと言っても過言ではない。
その一人娘である無縫院
母親の功績の恩恵を受けたことで、無縫院
現在は学業のかたわら、正真正銘のアイドルとして、芸能界で活躍している。
「――今日、
「……それでそのタスキをかけているんだ……」
「――せや。これでわかったやろ。
「――ええ。確かに凄いわ。さすが偉人の娘ね」
それを敏感に察した無縫院
「――なによ。その皮肉っぽい言い方は。なんか文句でもあるの」
「……べっつにィ。単にひがんでいるだけよ。あまりにの凄さに、嫉妬しているの。とてもそんな立派な人間に、アタシはなれそうにないから。ああ、うらやましい」
「当たり前よっ! アンタみたいな
「せやせや。
「――あの時、ワイが陸上防衛士官学校の入学試験の合格を直接祝ってくれたことを、ワイは今でも覚えておるで。ホンマ、嬉しかったわ。ワイはそれで
「ないわね」
「――しょせんは親の七光りでしょ。それを利用して振りかざすだけのヤツを、どうしてアタシが敬わなけりゃならないのよ。ましてや、その母親は――」
「観静っ!」
「
激烈な口調で宣言すると、左腰に差してある
「――おやおや、勇ましいことで」
「――そういう科白はせめて連続記憶操作事件を解決してからにしなさい。一ミリも捜査が進展してないこんな時に、自称
「なんやとぉっ!? もういっぺん
「――いいのよ。龍堂寺くん」
無縫院
「――あたしは平気だから」
その表情は天使の笑顔なそれであった。それにより、張り詰めた空気も急速にやわらぐ。
「……いや、せやけど……」
「――芸能界にかぎらず、アンチはどこにでもいるわ。多かれ少なかれ。そんな人の言動やカキコミをいちいち気にしてたら、身も心も持たないわ。だから心配しないで。ね」
「うん。わかった。
色気満載の
「――で、これからどうするの? 小野寺くんの記憶の手がかり、うしなったんでしょ」
「……そのことなのですが。アタシ、どうしたら……」
途方に暮れる愛に、
「――そうね、今度はここへ訪ねてみたらどう?」
そう言ってエスパーダに触れると、自分の脳内に保存してある記憶情報を、テレメールで
それは、とある施設の所在地と、その施設の名称が記された地図の記憶であった。
「……『
「――そこならなにか小野寺くんの記憶を元に戻す方法があるかもしれないわ」
「――わかりました。ではさっそく訪ねてみます」
鈴村
「――いつもいつも、本当にありがとうございます。大巫女長さま」
「いいのよ。あたしは当然のことをしてるだけなんだから」
「そんなことはありませんわ。大巫女長さまのおかげで、どれだけ助かっているか……」
「――もしそこでも小野寺くんの記憶を元に戻す方法が見つからなかったら、あたしのマンションへ来て。今日の一日警察署長の仕事も、もうすぐ終わるから、その頃には在宅してるわ」
「いいのですかっ!? ……でも、一般人は芸能人のマンションには入れないそうですけど」
「――管理人にはあたしが話を通しておくわ。だから安心して」
それを聞いて、怪訝そうだった
「ええなァ。真理香はんの部屋にお邪魔できるやなんて。ワイがお邪魔したいくらいやのに」
龍堂寺
「――せやけど、真理香はんのマンションに鈴村たちを招いてどないするの?」
不思議そうに問われた
「――あたしのマンションには、母が遺してくれた
「本当ですかっ!?」
「――ウソを言ってどうするのよ。でも、それはあくまで『
「……母さんの? なに言ってるのよ……」
それを聞きとがめた
「……………………」
「――わかりました。ではさっそく行ってきます。ホラ、行くわよ、
「――ちょっとォ、待ちなさいよォ」
「――待ちなさいって言ってるでしょうが」
警察署の中央玄関から外に出たところで、
「――なによ、いったい。アタシは今とっても忙しいのよ。
それを聞いて、
「……アンタねェ、よく無縫院の言うことを鵜呑みにするわねェ。少しは疑わないのォ?」
その質問に、
「――あの人はね、アタシが
「あはははははははは……」
「――そんな人の言うことを疑問に思うなんて、失礼以外の何物でもないわ。ほんの少しでもいいから、アンタもあの人の事を見習いなさい。ひがんでないで」
「へいへい」
「――ま、アタシとしては、『吉事』のネタを提供してくれるのなら、文句はないけどね。期待してるわよ、鈴村」
「捨てろっ! そんな期待っ!」
「……やれやれ……」
その後ろ姿を見て、
「――行ったわね」
そんな三人を、無縫院
「――せやな」
それに応じた龍堂寺
「――これで小野寺の記憶が戻ればええんやけど……」
「――戻るわ、きっと」
「――そのために警察やあたしも尽力してるんだから。だから龍堂寺くん、元気を出しなさいっ! それも、限界を越えるほどのねっ!」
「……せやな。こんな時にワイがしょげててどないするんや。ようやく
「――しかし、
「――なに言ってるのよ。そんなの、人として当然でしょ。あたしを誰だと思ってるの。無縫院
「――さすが、
「……あれ? どないしたん?、
「……なんでもないわ……」
「――無縫院さん。そろそろお時間ですが」
無縫院
そのスーツの胸の部分には『
無縫院
(――なんや。
「――あら、もう時間なの。それじゃ、さっそくテレタクを手配して」
二人の少女とともに警察署を離れつつある糸目の少年――小野寺
その後ろ姿を、窓越しに捉えた瞬間、無表情であった
「……どうして、ヤツだけが……」
そのつぶやきも、表情にふさわしく怨嗟に満ちていた。
「――どうしたの? 久島」
「――テレタクの手配が終えました。いつでも帰宅できます」
「――わかったわ。それじゃ、すぐにあたしたちを
再び自分のマネージャーに指示を出す
「……あの、
「――それでは、龍堂寺さん、さようなら」
だが、
マネージャーの久島
むろん、文字通りの意味である。
「……帰ってもうた……」
一人取り残された龍堂寺
「……どないしたんやろか。急によそよそしゅうなって……」
「……なんかマズいことでも言うてもうたんかな? それとも、男には絶対にわからんと言う、例のアレの日か?」
正解にはほど遠い推測を口にして。
無縫院
警察署からここまで来るのに、まだ一歩も足を動かしていない。
テレポート交通管制センターの
「……結局、龍堂寺も他の人たちと同じね。最初からわかり切っていたことだけど……」
悄然と冷然を混合した口調でつぶやきながら、
「――明日の
「――はい。いくつかの
抑揚のない口調で答えた
「それでいいわ。明日はあたしにとってとても大切な日になるのだから。貴方にとっても」
「――はい」
「――それじゃ、頼むわよ」
そう言い残して、
その後姿に一礼した
(――予定に変更はない。ただちに実行に移せ――)
と、誰かに告げて。
無縫院
それでも、このマンションの住人は少なく、特に上階の部分は、ほぼ無人なので、自分の部屋の前に到着するまで、
部屋の前の頭上から、昼過ぎの日差しが、頭上の窓ガラスを透過して廊下を照らしている。
それは部屋のドア
陽月の日差しに反射して鈍い光沢を放っている。
そして、
日が陰ったからである。
だが、それは雲によってではなかった。
人であった。
無縫院
そこには――
『
四十年前に一周目時代のデータベースを発見したのが、発足の契機であった。
その中には、
それにより、それまでは神話や伝説の域を出ていなかった『超異変』以前の時代の存在が、事実として認識されたのだった。
世紀の大発見といっても過言ではなかった。
『超異変』以前の時代を『一周目時代』、『超異変』以降の時代を『二周目時代』と区分するようになったのも、この頃からである。
『第二日本国』という名称に国名を変更したのも。
発見当時の人類が受けた影響は甚大で、『第二次幕末』という動乱が勃発したほどであった。
一周目時代の第一次幕末の日本にあった黒船来航に匹敵する衝撃だったのだ。
無論、その影響は四十年経った現在でも色濃く続いている。
鈴村
だが、
「……どうして、どうして無いのよォ……」
結局、小野寺
その結果に、
「……一周目時代の
どうしても腑に落ちない
「……し、仕方、ないですよ。鈴村、さん……」
右隣を歩く
「……一周目時代の
「……うううっ、
ますます落ち込む
「……そ、そう言われても、実感がないですから。僕が記憶操作されたっていう……あっ!」
「――どうしたの? 小野寺」
「――カキコミです。僕の
「……家事?」
「……ああ。そう言えば、アンタ専業主夫を志望しているんだっけ。軍人じゃなくて……」
その事を思い出して、納得する。その事を知った時の気分も。
「うん。そうだよ」
「専業主夫になるには必須の
「――でも
「うん。だから
「
「うん。アルバイトで稼いだ
「……そこまでしてでもしたいの。家事を……」
「うんっ! だって楽しいんだもん」
ふたたびうなずいた
「……ちなみに、どんな
「いいけど、あまり参考にならないよ。今回のもふくめて、どれも不当な
「不当な
「そう。僕、ちゃんとやってるのに、みんなほめてくれないんだ。まったく、公正に
はき捨てるような
「……ふうん……。そうなの……。まァ、いいわ。とにかく、アタシにも見せてちょうだい」
その要求に応じた
この一連のやり取りは、すべて
これがエスパーダの情報処理と操作方法なのである。
ボタンやタッチパネルでそれらをするガラゲーやスマートフォンとは、インターフェースが決定的に違うのである。
「……………………」
一通り自分の脳裏でそれを読み終えた
当人が家事をしている場面を撮った見聞
その文面と画像は、
「ギャァーッ! 皿を全部割られたァーッ!」
「あアァーッ! 洗濯物がズタボロにィーッ!」
「うわァーッ! 掃除したはずの部屋がゴミまみれにィーッ!」
「ヒいィーッ! 料理が死ぬほどマズいィーッ!」
というものであった……。
……画像も文面の
「――ね。不当な
「どこが不当な
返って来たのは、激怒に等しい叫びであった。
「ええェーッ?! 観静さんまでそんなこと言うのォーッ?! これでも上達したんだよっ! ケガで入院しなくなったんだからっ!」
「してたんかいっ?! 入院するほどのケガをっ?! 今までっ!」
度重なる衝撃の事実と告白に、
「――そうだよ。この調子で行けば、父さんのような一人前の専業主夫になれるのも夢じゃない。幼い頃からの夢の実現に、また一歩近づけたんだ。ああ、はやく一人前の専業主夫になりたいなァ」
「その前に寿命切れになるわァッ!!」
「身内や周囲から猛反対されて当然よっ! そんな有様じゃっ! そんなもん目指すくらいなら、軍人を目指したほうがまだ望みがあるわっ! 教育環境的に考えてっ!」
「ええェ~っ?! そんなぁ~ッ……。う、ううっ……」
「男がそんなんで泣くんじゃないっ! ちょっと鈴村、アンタからも言ってやってよ。専業主夫には極限なまでに向いてないって。それは幼馴染のアンタが一番よく――」
そう言って
「……あれ? いない……」
その姿はどこにもなかった。
「……こんな時に、いったいどこへ……」
苦しげにつぶやく
「――たぶん、無縫院さんのマンションです」
「――そういえば、そんなことを言ってたわね、無縫院のヤツ」
「――わかったわ。ならすぐに向かいましょう。テレタクで。いまこの状況で鈴村を一人にしては危ないわ。急がないと――」
言いながら、
「……あの、大丈夫ですか、観静さん。つい
「――だ、大丈夫よ。アタシは今、自動調整の方に
「……そ、そうですか……」
「……それで、どうですか? その自動調整の進捗状況は」
「――まだかかるわ。もう少し待ってて」
そう答えると、
「――ここが大巫女長さまの
鈴村
昼過ぎの強い日差しが、建ち並ぶ横幅の広いマンションの壁や窓を照らしている。
と言っても、『
敬愛する無縫院美佐江の娘が住む、その最上階を。
「――偉人の一族の上に、アイドルもやっていたら、儲かるのね、やっぱり」
そう感想を漏らしたのは、だが、鈴村
「――いつの間にっ!?」
観静
テレポート交通管制センターのテレタクを利用して、瞬時にたどり着いたのである。
「――それはこっちの科白よ」
「……す、鈴村さん。心配しましたよ。突然いなくなって。どうして何も言わずに行ってしまったのですか。鈴村さんの身になにかあったら……」
「アタシの事は
「……ご、ゴメン……」
「――それに、ちゃんと言ったわよ、アタシ。先に行くわよって」
「――でも、
不本意と嫉妬にまみれた口調で。
「――しかもその内容は、アンタの家事についてと来たわ。その度に同じツッコミを繰り返すのは超疲れるから、アタシはその役を観静に押しつけて、一足先にここへ向かったってわけよ」
「……なるほど。アタシは家事が下手の横好きな専業主夫志望者の会話相手として
「――ほら、行くんでしょ。無縫院の部屋に。そのためにここまで来たんでしょ」
「――そうだったわ。大巫女長さまに会って、
「――でも、その前に無縫院に来訪を告げないと、マンションに入ることもでき――」
「――ちゃった……」
そのように科白を変えてつけ加えた。
「……まだ来訪を告げてないのに……」
「――行きましょう。観静さん」
胸中に疑問を抱いたまま……。
それは奥に進むにつれて増大した。
ロビーは無人で、カウンターには制服を着た管理人すら控えてない。防犯カメラはあさっての方角にむいたまま静止している。いくら住人が少ないとはいえ、この状況は妙である。
「――というより、明らかにおかしいわ」
最後尾の
「……僕もそう思います」
その前を進む
「――なにしてるのよ。二人とも、早く乗って」
ただ一人、マンションの異変に気づいてない
「――ちょっと待ちなさいよ」
「――アンタねェ。少しは変とは思わないの?」
「――変? なにがよ? もしかして、大巫女長さまのことを疑っているの?」
「――いや、疑っているといえば――じゃなくて……」
適当な言葉が浮かばす、その選びに苦労する
「――ふっ、わかってるわよ、観静。このマンションに漂っているただならぬ雰囲気を」
安堵させるようなひびきの帯びた
「――これは妖魔が体外に撒き散らしている妖気の一種だわ。マンションの住人が見かけないのは、その陰で妖魔に生気を吸い取られているからよ。急いで見つけないと手遅れになってしまうわ。ここは退魔師でもある巫女のアタシが妖魔を祓わないと」
……それは即座に霧散霧消した。
「全然わかってないじゃないっ! いい加減止めろォッ!! その中二思考っ!」
広くもないエレベーターに
――そうこうしているうちに、エレベーターは無縫院
「――一刻もはやく大巫女長さまに助勢しないと。いくら大巫女長さまでも、この数相手では多勢に無勢だわ。大巫女長さまの身になにかあったら、
まだエレベーターを降りてない
だが、その膝は宙で急停止し、そのまま後方につま先を置き、後ずさる。
これ以上ないくらいにこわばった顔で。
「……鈴村?」
その横顔を見て、
「――観静さんっ! あそこっ!」
その人数はおよそ一〇人。
こちらの存在に気づいて振り向いたその者達の服装は、全員、黒のそれで身を固めている。
黒のジャケットや黒のスラックスに腕や脚を通した、全身黒ずくめの少年たちである。
頭部も、黒のニット帽と黒のハンカチで覆われている。
その風貌を、むろん、三人は忘れていない。忘れようがなかった。エスパーダがなくても。
「……ど、どうしてこんなところに……」
「……『
と。
「……な、なんで
「――とにかく、警察に通報を――」
そう言って
「――繋がらないっ!?」
「……『ESPジャマー』……」
としか、
「――逃げようっ! このマンションをっ!」
二人の女子に言って、
だが、ここで思いも寄らぬ事態が生じた。
それで逃げるために。
一人と少年と二人の少女は、それぞれ二手に分かれてしまったのだ。
自分たちの意図に反して。
「――
「――このマンションから脱出するわよっ! そうすれば、アタシたちは助かるわっ!」
先行する
ESPジャマーの使用は、
「――で、でも、
「――大丈夫よ、鈴村。
「――けど、それってアタシたちにも同じことが言えるわよね。捕まったら」
「そうよ。だから何としてもここから脱出しなければならないわ。この事を通報する為にも」
そのように説明している間にも、
「――冗談じゃないわ。こんなことで記憶操作されるなんて。あいつら、
「……そうよ。記憶操作されたつらさは、された本人よりも、本人をよく知っている
そこまで言った時、前を走っていた
「――どうしたのよっ!? いったいっ!」
「……挟み撃ちにされたわ……」
彼らもまた全身を黒に染めた黒ずくめの格好であった。
人数は背後から迫ってくる黒ずくめの集団とほぼ同じである。
「……そっちにも
その姿を認めた
「……ど、どうしよう。このままじゃ、アタシたち、記憶を……」
一方、挟み撃ちにした
その手には
そして、
「――えっ?!」
一条の青白い閃光が廊下の空気を貫いた。
その黒ずくめの少年の身体ごと。
「――今のは――」
この場にいる全員が視線をそろえてその方角に向けた先には、
陸上防衛高等学校の
「――
「……ヤマトタケルノミコトって、こいつが……」
それに対して、
「……この
だが、それをよそに、オールバックの少年は
オールバックの少年と二人の少女の間に挟まれている黒ずくめの少年たちに狙いをさだめて。
正確で精密な射撃であった。
はずした光線はひとつもなく、かつ、二人の少女にはかすりもしなかった。
瞬く間にその間にいる黒ずくめの少年たちは全員撃ち倒された。
防御や回避もできぬまま。
「――今よっ!」
それを、非常階段の出入口付近で固まっていた黒ずくめの少年たちが、廊下を蹴って追いすがろうとする。だが、オールバックの少年が次々とほとばしらせている
その間、二人の少女はオールバックの少年のそばを駆け抜け、そのまま逃走を続ける。だが、
「――ホラ、アンタもいっしょに――」
立ち止まって振り向いた
「――アンタ、いったい何者よ?」
「――
「
「……………………」
気を即座に取りなおしてもう一度問いかける
「――ねェ、だれなのよ、いったい」
三度問われたオールバックの少年は、観念したのか、硬そうな口をぶっきらぼうに動かして答えた。
「……ヤマトタケルだ」
「……………………」
今度は
納得や得心にはほど遠い表情で。
「――ホラ、見なさい。やっぱりそうじゃないのよォ」
「――それじゃ、ヤマトタケルさん。アナタいったい何者ですか?」
「――その
「……………………」
「……アンタ、もしかして、お――」
そこまで言った時、
「アイタタタタタ……」
立ち止まって鼻を押さえる
「――なに急に立ち止まってるのよっ! 早く逃――」
「……げれなくなっちゃった……」
「――しまった。鈴村にアタシたちの逃走を先導させるんじゃなかったわ」
「――すぐに引き返さないと――」
その数は一〇人。全員
黒ずくめの少年たちは、ある程度相手との距離を詰めると、
「――どっ、どうしてなのっ!?」
鈴村
「――『ギアプ』だわ。弾道を見切る『ギアプ』をエスパーダにインストールしたんだわ」
それを解明したのは
『ギアプ』とは、技能付与アプリケーションの略称で、数あるエスパーダの機能の中では、目玉と言うべきソフトウェアである。
正式名称の通り、ギアプはエスパーダの装着者に様々な分野の技能を付与する機能で、これをエスパーダにインストールして使用すると、装着者のありとあらゆる技能を引き出すことができるのである。地道な鍛錬を積まなくても、ギアプをエスパーダにインストールするだけで、即座に技量が撥ね上がるので、鍛錬を積むのがバカバカしく思えるほどの効力があるのだ。十代の少年少女で構成されているにも関わらず、超常特区の運営に問題や停滞が少ないのも、ひとえに、それに必要なギアプをエスパーダにインストールして活用しているからである。
弾道見切りのギアプを、再追跡中に、自分たちのエスパーダにインストールしたのなら、先程は物陰に身を隠してやり過ごすので精一杯だった黒ずくめの少年たちが、誰もが急に平然とさばけるようになったのもうなずける。むろん、これ以外にもギアプは存在する。既存の技能の数だけ。恐らく、弾道見切り以外の戦闘系のギアプもインストールしてあるに違いない。
このように、ギアプは、エスパーダの目玉機能と謳われるだけあって、汎用性と利便性に優れているが、万能でもなければ、いくつかの欠点もある。ひとつは、見聞
ヤマトタケルたちに迫りつつある黒ずくめの少年たちは、その三つが備わっているからこそ十全に発揮しているのである。
弾道を見切れるだけの動体視力と、それを実行に移せるほどの身体能力が。
ちなみに専業主夫志望の
「――どんどん近づいてくるわっ!」
相手と戦闘中であるタケルの背後で、
「――こんなことになるんだったら、学校の武器庫からそれらをくすねておけばよかったわ」
その隣にいる
(――アタシが得意とする『アレ』が使えないのも痛いわね。ESPジャマーの影響で。でも、だからといってこのまま手をこまねいているわけには――)
そうこうしている間にも、黒ずくめの少年たちは、ついに長剣の間合いにまで相手との距離をちぢめる。その間、
だが、その犠牲は無駄にはならなかった。
近接戦では、拳銃などの銃器は不利である。その
「――ああっ、やられちゃうっ!」
ヤマトタケルが
ヤマトタケルの
二人の黒ずくめの少年が同時に振り下ろした青白色の斬撃は、しかし、相手によって難なく受け止められてしまう。
一方は青白色の刀身で。
もう一方は『レ』の字に形取った青白色の棒身に挟み込まれて。
前者は
タケルは後腰に隠し差してあった
「――ウソッ?!」
今度は驚きの声を上げる
攻撃を防がれた黒ずくめの少年たちは、おどろきと動揺の気配をただよわせながらも、バックステップして相手との間合いを取る。むろん、長剣の間合いまで、である。これ以上距離を置くと、拳銃の間合いになる。相手と違って
両者はそれぞれの獲物で構えながら、マンションの廊下で睨みあう。
――だが、それは短時間で終わった。
「――武器を捨てろっ!」
ぐぐもった、だが大きな声が、マンションの廊下にひびきわたった。
黒ずくめの少年たちの背後から聴こえてきた、それは要求であった。
黒ずくめの少年たちは無言で左右に分かれて、声の主に対して道を開ける。
その声の主も全身黒ずくめだが、他の黒ずくめの少年たちにはない威厳と風格が漂っていた。恐らく
「――武器を捨てて降伏しろ。そうすれば、命だけは助けてやるぞ」
「断る」
ヤマトタケルが相手の再度の要求を即座に突っぱねる。
「――このマンションでオレたちが体験した事は、記憶操作で消去する気なんだろ。
吐き捨てるようにその理由を語るタケルの声には、憎悪と怨念が高密度でこもっていた。
「――そうか。なら、これを使ってもう一度勧告するとしよう」
そう言って
「――大巫女長さまっ!」
鈴村
「――動くなっ! 動くとこのアイドルの顔を整形不可能なまでにズダズタにするぞ」
「――安心しろ。お前たちと同様、生命までは取らない。だが、アイドル生命に関してはその限りでないぞ」
そう言って
「……す、鈴村。助けて……」
「~~アンタってヤツはァッ!!」
そして、それが臨界に達した
だが、それは一歩も動かないうちに中断させられてしまう。
本来の用途ではないが、こうした機能も併載しているのである。
もっとも、それゆえに命中精度が悪く、連射もできないが。
撃たれた
「――動くなと言っただろうが」
「~~てめェ~、よくもォッ!!」
今度はヤマトタケルが激情に身をゆだねる番となった。それに先立ち、
人質の存在を無視して。
その動きの迅速さは、
瞬時に
そして、右手に持つ
「――コラァッ! そこでなにしとるんやぁっ!」
怒号に似た声がマンションの廊下の空気を震わせた。
その声で動きを止めた一同は、怒号が聴こえた方角に視線を向ける。その先には、今ここにいる
様々な種類の学生服を身に纏っているが、右腕にある紫色の腕章だけが共通していた。
「……やっと来たわね。警察が……」
その集団の先頭を走る龍堂寺
警察の登場により、事態は急変した。それを悟った
「――助かったァ……」
上体を起こした
「――
追跡を同年代の部下にまかせた龍堂寺
「――大丈夫よ。龍堂寺くん。それよりも、これをはずして――」
「――あれ? タケルは――」
いつの間にかオールバックの少年の姿が消えていたことに気づく。三方に分かれている廊下のT字路の中心で視線をめぐらせても、どこにも見当たらなかった。警察に続いて
「――
それと入れ替わるように、誰かがツーサイドアップの少女の名を呼んでやって来た。
それは、糸目の少年――小野寺
「――
「……ううっ……」
うっすらと目を開いた
「……
「どこか痛いところはないっ? 傷はっ? 変な感じはっ?」
「……だ、大丈夫。それよりも、
「僕も大丈夫っ! だから心配しないでっ!」
「――小野寺、アンタ無事だったのね」
そこへ、背後から
「……う、うん。なんとか。でも、鈴村さんと観静さんが心配になって、こうして戻ってきた」
「……………………」
無言で応じた
「――
その隣で、結束バンドをはずし終えた
「――うんっ、大丈夫よ。この通り」
「――せやかァ。そらよかったでェ……」
遅れて立ち上がった
「――せやけど、
「――あら、頼もしい。期待しているわよ、龍堂寺警部」
アイドルである無縫院
(――それにしても、ホンマ気丈やなァ、
「……………………」
前者は龍堂寺
特に後者は、小野寺
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます