第26話 長き道を行くが如し
閉会式とミーティングの後、会場を離れて駅へ向かおうとしていた秀一は、
「真田君」
と呼ばれて振り返った。
歩み寄ってきたのは、三河台の井伊直哉だ。
秀一の前まで来ると、井伊はスッと右手を差し出して言った。
「良い試合をありがとう。君は強かったよ」
兄である真田修司なら、その手を握り返して「君の方こそ」とでも言うところだろう。しかし、自分に自信がない弟は、井伊の手をおずおずと握り返して言った。
「いやぁ、そんな、僕なんか全然です……」
じゃあ、君に負け同然の引き分けだった僕はどうなるんだ、と井伊は言いたかったが、苦笑いでこらえた。この素直さ、謙虚さが、弟・秀一の良いところだろう。
「一つ、君に聞きたいことがある」
井伊は、秀一が剣道部に入ったのは兄を超えたかったからだろう、と思っていた。その意地だけで、8ヶ月間、稽古に耐えてきたのだろう、と。しかし、今日戦ってみて、違う、と思った。人は意地だけでここまで強くなれない。
「君は剣道が好きか?」
と聞いた。
最初は、確かに意地だったのかも知れない。進学校の受験に失敗した秀一は、弱い自分を鍛え直すのと同時に、剣道で兄を超えたい、と思っていた。しかし、桜坂高校で剣道を続けていくうちに、別の気持ちの方が大きくなった。
「僕は剣道が好きです」
と答えた。
井伊はフッと微笑み、秀一の右手を握る手に力を込めると、言った。
「頑張れよ。次に戦うことがあったら、僕も負けちゃいない」
体の芯が熱くなっていく。
今までに味わったことのない感情が秀一の頭をしばらくボーッとさせていた。
***
高校受験も、剣道の新人戦も、長い人生の一つの通過点に過ぎない。
秀才同士、2人の戦いはこの先もずっと続いていくだろう。
今日の引き分けが、その2人の
「人生は重き荷を負うて長き道を行くが如し。急ぐべからず」
井伊が握っている手を離し、じゃあ、と軽く手を挙げて去っていく。
その背中が雑踏に消えかけた頃、ようやく我に返った秀一は、
「ありがとうございました!」
と深々と頭を下げた。
(第四章「田中、日本一の兵」 完)
———————————————
ここまで読んでくださり、ありがとうござました。
年末の、しかもカクコン中のお忙しい中、最後までお付き合いくださり、感謝の気持ちでいっぱいです(もちろん、それ以外の時期に読んでくださる方々にも)。
第四章の秀一編は、後味が良いここで終わりますが、エピローグのような話を書いています。第8話で、秀一と美羽が咲のためにつくっていた『まとめノート』。
それを使って、秀一の言葉で、今回の登場人物のモデルにした武将たちを紹介し、また、本編では登場させなかったある人物(残念ながら、豪太ではありません…笑)との関係を描く短編を、日を改めて、番外編として投稿したいと考えています。
青春編の第五章は、豪太と涼介が出会った頃の話にする予定です。
今後しばらくは、カクコンの応援に専念しつつ、幕末編を書いていきます。
豪太、涼介、咲、美羽、秀一の5人が幕末にタイムスリップして、新選組と戦ったり、恋に落ちたり、歴史を変えてしまったりする『チェスト!幕末坂高校剣道部』。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884728921
こちらも合わせて読んでいただけたら嬉しいです!
桜咲く!ハイスクール武士道(旧タイトル『美少女剣士と野獣』) 純太 @jun_al25
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