第25話 勝つときも負けるときも

 大将戦、涼介は三河台の1年生・松平を瞬殺した。


「さすが強豪チームの大将……強い」


 という声が漏れる。


 涼介は悠々と桜坂の陣に引き揚げた。


 続く代表戦、徳田監督が代表に選んだのは井伊ではなく、本多だ。

 本多はまだ落ち込んでいる井伊の胸を拳で軽く叩き、朗らかな笑顔で言った。


「直哉、心配すんな。俺が伊吹を倒してきてやる!」


 竹刀をヴォンッと豪快に一振りして、本多が戦場に向かっていく。

 その背中がいつもより大きく見える。


 井伊は正座した膝の上で、拳をギュッと握った。


(なぁ、直哉)


 いつか本多が言ったことがある。


(勝つときも負けるときも)


 三河台に井伊と本多あり、と言われた2人だ。

 ことかたきに臨みて退かず、友と共に討ち死にを遂げる者をサムライという。


(お前と一緒だ)


 ***


 両校のエースの一騎打ち。


 三河台の猛将は最初から攻め気をむき出しにして左上段に構えた。

 桜坂の策士がひらせいがんの構えで応じる。


(来いや、伊吹。俺が稽古をつけてやる!)

(上等!)


 激しい打ち合いになった。


 本多の諸手面に涼介が竹刀で応じる、と見せかけてタイミングを外し、打ち終わりを狙って飛び込み、諸手の左面を返す。本多は首を傾けてかわした。


 ヴォン!


 本多の「蜻蛉とんぼり」とあだ名される左上段からのぎゃくどう! しかし、当たらない。


 涼介が鍔迫り合いに持ち込む。得意の引き技を狙っていると見抜いた本多が力業で押し飛ばし、体勢を崩したところを叩き斬ろうとした。それを涼介が竹刀で受ける。


 ズガッ、ズガンッ、タッ、パパンッ、ヴォンッ!


 力と技、互いの思いがいくつもの攻防となって、火花を散らした。


 井伊の拳が涙で濡れていく。


 嬉しかった。共に戦ってくれる仲間がいるということが。


 本多は格上の涼介を相手に一歩も退かず、逆に圧倒するほどの戦いを見せた。

 しかし、開始から2分30秒、面をかわされて胴を斬られ、敗北。


 三河台高校はベスト8で姿を消すこととなった。


(良いチームになりました)


 古狸は満足だった。


「胸を張って帰りましょう」


 会場から引き揚げていく三河台高校の選手たち。強豪・桜坂をあと一歩まで追い詰めた都立の進学校の大健闘に、会場からは惜しみない拍手が贈られた。


 ***


 準決勝に進出した桜坂高校は、優勝候補筆頭の  こくぶんかん高校と対戦した。


 先鋒から大将まで、全員スポーツ推薦の選手を揃えているチームだ。


 森、大野が連続して敗れた後、中堅の赤石が大金星を挙げたものの、副将の秀一が二本負けして3敗目。涼介の出番を待たずして、桜坂高校の敗退が決まった。


 優勝 国文館高校


 ベスト4 桜坂高校ほか

 ベスト8 三河台高校ほか


 これは事前の下馬評通りの結果であり、下克上は起こらなかった。


 結果だけ見れば、の話だが。




————————————————————


 作者より


 家康に仕えた猛将・本多平八郎忠勝の言葉。


「首を取らずとも、不手柄なりとも、事の難に臨みて退かず、主君と枕を並べて討ち死にを遂げ、忠節を守るを指して侍という」

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