第15話
朝起きると事件は遠い昔の事のように思えてくる。
「あなた、今朝は顔色が元に戻ってるわ」
先日ステーキを何枚も食べたせいかもしれない。
「今日はどうするの?」
「親父さんと山口さんに車の礼を言いに行くつもりだ」
「私も行くわ」
朝から病院に行き、幸之助の病室をノックするドアを開けるが誰もいない。山口の病室を覗くと打ち合わせなのか、全員いる。
「ミーティング中ですか? お邪魔します」
「いや、終わったところじゃわい。君も顧問探偵じゃ、ミーティングに参加してもいいんじゃぞ」
「今日は別の用事でね、親父さんと山口さんに車のお礼が言いたくて、新しい車をありがとうございます」
「なんじゃ、そんなの気にせんでいいわい」
「神崎さんの後部座席は私の血で汚れていましたからね、ちょっとしたプレゼントです」
「それじゃあ、遠慮なく頂いておきますよ、それと報酬なんですが、金額が多すぎます」
「それも気にせんで良い、君のやった事を良く考えたまえ、ヤクザを二軒潰し、真知子との遺産相続や離婚に貢献し、プロの殺し屋まで片付けた。他にこんな事が出来る人が他にいるかね? いないじゃろ。わしはあれでも足りんと思っておる。私と山口が出し合って振り込んだんじゃ。受け取っておきなさい」
「山口さんからもでしたか、ありがとうございます」
「命を救ってくれたお礼です、私もあれでは少ないと思ってますが、会長と話し合って決めた金額です」
「返すと言っても受け取ってくれなさそうですね、わかりました」
京子も祐介も話し出す。
「私からもお礼がしたかったんですが、祐介が私の分も出すと言って、聞かなかったもんんですから」
「神崎さん、父たちからの報酬の半分以下ですが、俺のも受け取って貰いますからね、父たちと話し合って決めた金額です」
「わかった、金の話はもう止めにするよ、とりあえず親父さん、俺の命を救ってくれてありがとうございます、街中の病院から輸血用の血を集めてくれたそうじゃないですか」
「君が死んだら目覚めがわるいからのう、それも気にする事はないぞ」
「私からも、この人を助けてくれてありがとうございました」
美雪が深々と頭を下げる。
「済んだ事じゃ、頭を上げなさい」
幸之助が続けて話す。
「私と山口がもう退院する、私は通院治療になる。それとすぐに今年やり損ねた集会を開く、出てくれたまえ。」
「わかりました」
「では皆、今朝のミーティングはこれで終わりじゃ」
みんなと一緒に部屋を出た。
美雪をレストランで下ろし、俺はちょっと出掛けてくると言って買い物に出掛けた。
昼過ぎにはレストランに戻り、スパゲッティとハンバーグを食べ、コーヒーを飲みながら雑誌を読む。
美雪は早々と仕事を終わらせたので、一緒に帰宅する。
「美雪ちょっといいか? こっちに座ってくれ」
「どうしたの?」
俺はジャンパーから箱を取り出し渡しながら、こう言った。
「事件が解決したし、俺と結婚してくれないか」
美雪は婚約式の時よりも大粒の涙を出しながら、何度も頷く。声が出ないようだ、暫く黙っていたが。
「やっと言ってくれた、この日をいくら待ったかわからないわ。幸せな家庭を築きましょう」
美雪は箱を開け大切そうに指にはめる。
「あなたにふさわしい妻になるわ」
「俺には出来すぎた嫁だ」
「簡単な式を挙げましょ」
「そうだな、祐介に式場を探してもらおう」
「ええ、招待する人があまりいないから小さな式場でいいわ」
俺は祐介に電話を掛けた。
「俺だ、美雪と結婚する事にした、小さな式場を貸してくれないか」
「おめでとうございます、やっとですね。わかりましたいつ式を挙げます?」
「空いてる日で構わんよ」
「折り返し電話します、待ってて下さい」
「すまんな」
電話を切った。
「勝手に決めてもいいか?」
「ええ、何時でもいいわよ、楽しみだわ」
祐介からすぐに掛かってきた。
「神崎さん、四日後に小さな教会が取れました、これでもいいですか? 小さいと言っても二十人程入れますし、綺麗な教会です。貸し衣装はありませんが」
「ありがとう、それで十分だ助かるよ」
「何時にします?」
「午前中の方がいいな」
「わかりました、場所はメールに入れておきます」
「わかった」
電話を切り美雪に伝えると喜んでいた。
カレンダーを見ると大安だった。祐介が無理やり入れたんだろう。その事を美雪に言うと。
「流石祐介君ね」
「貸衣装屋に行こう、それとも買うか?」
「貸衣装屋でいいわよ」
「じゃあ、明日見に行こう。日が近い」
「明日から探しに行きましょ」
「そうしよう」
翌日朝から電話帳で調べると婚礼服の貸衣装をしているところが多い。
美雪と探しに行った。
一軒目で美雪が。
「ここで借りるわ、もう私素敵なのを二つに絞ったわ」
美雪は何でも選ぶのが早い、俺のタキシードもすぐに決まった。店員がバッジを見て。
「丸一日お貸ししますよ、水谷グループの方ですから」
ここでもバッジの影響力があった。
「あなた、これとこれどっちがいいかしら」
同じ様に見えるが、レースの多い方が綺麗だろう。
「こっちの方が似合いそうだ」
「じゃあ、こっちに決めるわ」
「焦らなくてもいいんだぞ」
「焦ってはいないわ、これが気に入ったんですもの」
結局半日で衣装は決まってしまった。帰りに教会へ寄ってみた。
小奇麗な教会だ、美雪も満足気だ。
「招待する人がいないがいいか?」
「私もよ、二人きりでもいいじゃない」
あっという間に三日が経ちいよいよ式を挙げる日になった。
朝一で役所に婚姻届を出し。
朝の十時には協会に行き準備をした、祐介と瞳、京子と天野、それに幸之助と山口までもが来ていた
「二人とも大丈夫なんですか?
「私たちは二日前に退院してたんじゃ、それにしてもおめでたいのう」
「神崎さん、おめでとうございます。私の退院も間に合って良かったです」
他の四人にもお礼を言って回った。
式は簡単なものだった。神父の言葉に答えて、俺がひっそりと用意した指輪を交換し、誓いの口づけをするだけだった。
皆から拍手と花束を渡される。
美雪はこの六人が来る事を知っていたのか、驚きもしなかった。
式場のカメラマンに二人の写真と、八人一緒の写真を撮ってもらうと、美雪は婚約式の時のドレスに着替え。
「では皆さん、レストランの方へ」
と言い俺達は車で移動した。
また本日貸し切りのプレートが出ていて、内装もスタッフが用意したのか飾り付けがしてあった。
席は八人分が用意されており、それぞれ席につくと豪華な料理が運ばれてきた。
皆で楽しくワイワイと話しながら食事が終わると、ケーキまで運ばれて来て全員で食べた。
美雪が俺を連れて席を立ち、皆にお礼の言葉を述べた。
俺は一言。
「今日は俺達のために集まってくれて、ありがとうございます」
としか言えなかった。
こうして五年越しの同棲生活が終わり夫婦として家庭を築く生活が始まった。
家に帰るとぐったりしていたが、美雪は何かをカバンから取り出す、祝儀袋だった。
「断らなかったのか? もう十分貰っているぞ」
「それが皆さん強引で、受け取らないなら捨てると言い出したのよ」
俺は笑いながら水谷グループらしいやり方だと思った。どの祝儀袋もかなり分厚い。
「レストランのスタッフにも礼を言っておいてくれ」
「わかったわ、料理の分のお金は私が出したんだけど、あれだけ用意してくれたんですもの、お礼は言っておくわ」
祐介から連絡が入る。
今日の礼を言う。
「気にしない下さい、それよりグループ総会の招待状見ました?」
「まだ見ていない、ちょっと待ってくれ」
と言いポストを覗くと俺と美雪宛に二通入っていた。
「今確認したが、特別会員ってなんだ?」
「今日集まった八人が水谷グループのトップ層の特別会員です」
「おいおい、もっと他にも企業の社長やらがいるだろう」
「その方たちは優遇会員でそれ以下が一般会員です、父と山口さんが独断で決めてます」
「まあいいが俺はスピーチとかはしないからな」
「名前くらい言ってもらいますよ、それだけでいいです」
「わかったよ、これ明後日じゃないか? 一ヶ月前に出すんじゃなかったのか?」
「今回は特別集会です、美雪さんにも伝えておいて下さいよ」
電話を切ると、美雪に話した
「私は何も出来ないのにトップ入りなの? あなたの妻だかしら? 私も何か話さないといけないのかしら困ったわ」
「俺の横で名前だけ言えばいい、レストランの紹介もな」
「わかったわ一安心ね」
「しかし巻き込まれた感がするな」
「あなたは幸之助さん親子のお気に入りですからね」
「面倒な事はしない約束だったのにな」
そして当日がやってきた、何を話すか悩んでいたが諦めた。約束の時間は十四時とあったが十三時に会場入りした。会場は街の一番大きなホテルの大部屋を貸し切り二百人程入れる広さだ。俺は特別会員なので美雪と他六名と同じ部屋で待機していた。俺は恥をかいてはいけないと高級スーツを来ていった。
「珍しく緊張しているようじゃのう、普段通りでいいぞ」
「大企業の社長や議員も集まるのに緊張しないわけがないですか」
「君は君じゃ、何なら会場で私の事を親父さんと呼んでもいいんじゃよ。君が何をしでかすか楽しみじゃわい」
「親父さん、緊張が解けて来ましたよ」
幸之助は愉快そうだ。
京子が戻って来る。
「お父様、お時間です」
「うむ、それではみんな行くぞ」
会場の裏側から舞台上に出ていくのを追いかける。舞台上には名前の垂れ下がった名前の書いた長テーブルが置かれている。会場はぎゅうぎゅう詰めで軽く二百人はいそうだ。皆が席を立ち一礼してくる。
幸之助がマイクを持って中央に立つ。
「皆、急な総会に集まってくれて礼を言う、今日は特別総会じゃ、皆座って話を聞いてくれたまえ」
幸之助のこんなに毅然とした表情と話し方は初めて見る。
「私は今期で山口と一緒に表舞台から去る事にした」
皆がざわめく。
「静粛に、代わりに息子の祐介が会長となって、山口の代わりは水谷京子になる。心配する必要はない今後数年間は裏の会長としてサポートをする。祐介も京子もまだ若いが才能は十分にあると判断しこう言う結論になったが、意義のある者はいるかね」
会場は静かだ。
「ないようだな、ではグループトップも増えたわけだし、一人ずつ挨拶をしてもらおう」
祐介が瞳を連れて壇上に立つと普段とは別人のようなしっかりとした口調で話し出す。
「えー、私が幸之助の息子の祐介です、こちらは婚約者の川田物産の川田瞳です。私たちはまだ若いですが、現会長に負けぬよう頑張る所存です」
皆から拍手を送られる。
「問題は無いようですね、反対の方は出て行ってくれて結構ですがいないようなのでこれで、私からの挨拶は終わりです」
マイクが京子の手に渡る。
「水谷京子です、そこにいらっしゃる山口の指名で山口の後継者となりました、よろしくおねがいします」
マイクが山口に渡される。
「山口です、私からは特に言う事はありませんが、京子は若い女性ですが、すでにもう私を超える才能を発揮させてます、みなさんもご存知でしょう。会長同様数年はサポートに回るつもりです、私からは以上です」
天野がマイクを握る。
「顧問弁護士の天野です、私はこれまで通りなので挨拶だけにしておきましょう」
幸之助がまたマイクを手にした。
「新しくグループトップに入った二人を紹介しよう。口が悪く態度もでかいのでみんな注意してくれ」
場内から笑いが聞える
俺にマイクが回ってきた、緊張はしていない、幸之助のお陰だろう。美雪と二人で壇上に立つ。
「今、親父さんから紹介頂いた神崎隼人だ、親父さんと祐介に無理やりグループに入れられここに立っている」
会場が騒がしいくらいざわめいている。
「静かにせい、この呼び方は私が特別に彼にだけ許したんだ。文句は言わせん」
この一喝で会場は静かになった。
「と言うわけで、特別に親父さんの許しを貰っている。職業はあえて伏せておこう、と言っても知っている人の方が多そうだ。こっちは俺の妻の美雪だレストランのトライアングルのオーナーをしている、以上だが何かあるかね」
何人かが手を挙げる、早かった者から聞いていく。
「祐介坊っちゃんと山口さんと京子さんを救った神崎探偵事務所の神崎さんですよね?」
「知っていたのか、まあ結果的に助けた形になったが、水谷グループの顧問探偵になった神埼だ」
他の者は手を下ろした、同じ質問だったようだ。
「他にはないかね、ないなら以上で終わる」
幸之助にマイクを渡す。
「と言う事だ神崎君はかなり優秀なのでうちへ入って貰った。私と山口の引退報告、祐介と京子の着任式、神崎夫妻のグループ入りの報告をこれで終了する。皆忙しい中ご苦労であった、これで今日は解散とする」
皆が立ち上がり一礼して出ていくが、一人だけ残っている。幸之助がこっちへ来なさいと呼んでいる。
「会長流石ですね反発者は一人も出ませんでしたよ」
「当たり前じゃ、皆も祐介の事は知っておるからのう」
普段の幸之助に戻っていた。
男が名刺を出し。
「申し遅れました川田物産の川田康です、いずれ水谷グループと統合します」
俺も名刺を渡す。
「すいませんね、いつもあんな感じなので敬語は使いませんでした。神崎隼人です、よろしくおねがいします」
「会長、面白い人を引き釣り込みましたね」
「じゃろう、頼りになるぞ。川田君もうちと統合したらそれなりの席は用意しておる」
「ありがとうございます、では私も失礼します。瞳をよろしくおねがいします」
「もう家族同然じゃ、また来ると良い」
川田は忙しそうに出て行った」
「さて、みんな腹が減ったじゃろう、美幸さんのレストランを貸し切りにしている、行こうじゃないか」
その後レストランに集まり、みんなで食事をした。
祐介が寄ってきた。
「神崎さん、流石です社長連中や地方議員相手に堂々と自分を貫きましたね」
「お前のあんなしっかりした姿を見るのも初めてだったな、やはり素質はあるようだ」
「これから忙しくなりますよ、俺も神崎さんもですが」
「ああ、覚悟はしている」
「美幸さんのレストランももっと流行るでしょうね」
「私は構わないわ、それより京子さんがまだ緊張しているみたいなの」
見ると表情が固い
「京子、相談なら乗るぞ」
「はいでは、私は本当に水谷京子としてこれからも生活していいんでしょうか?」
「当たり前だ、なあ祐介」
「姉さん、大丈夫ですよ義母とは違います」
聞いていたのか幸之助が口を挟む。
「京子、お前はわしの娘じゃ何も心配はせんで良い」
京子が初めて涙を見せた。
「お父様、感謝いたします、ありがとうございます」
「これ、もっと砕けた言い方をせい、出来るじゃろ」
「わかったわ、お父さんありがとう。長生きしてね」
京子に笑顔が戻った。
「それでいい、真知子が使っていた住居を使うかね? それとも今まで通りわしと暮らすかね?」
「お父さんと一緒がいいです」
「わかった、そうしよう」
「お前が結婚したら真知子の住居を壊し、新しく建て直そう」
「はい」
「みんな聞いてくれ、これから朝のミーティングはグループ本社かここのレストランで行う、雑談はここのレストランを使わせて貰おう。美雪さん良いかな?」
「ええ、自由に使って下さい、ここの方が気楽でいいわ、食事しながらお話も出来ますしね」
「と言う事じゃ、ここをメインにしようじゃないか」
「俺もここの方が助かりますよ」
それから毎日一時間早くに店を開け、ミーティングをするようになった。スタッフも誰も文句は言わなかった。水谷グループとして誇りを持っているようだ。
俺はミーティング後に。
「今日から仕事を再開しますよ、企業からの依頼が山ほど溜まっているんでね」
と言い久々に事務所へ向かった。
「俺の依頼と復讐は終わった、このまま水谷グループの傘下として働いてやろうじゃないか」
とひとりごちて車を駐車場に止めた。
もうすぐ冬が訪れる、ジャンパーを羽織り車から降りる。
忙しくなりそうだ。
復讐 椎名千尋 @takebayashi_kagetora
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます