第14話
「みんな、聞いての通りだ。新井組も間接的に潰せた。本来ならここで依頼終了だが、西川が残っている、港には夕方以降近づくな、坊主頭の男に気を付けろ。後は俺がとどめを刺す」
「何回も言うが、殺すんじゃないぞ。わかっておるな? あんたが死ぬのも駄目じゃ」
「親父さん、殺しはしません、再起不能にするだけです。俺は死にませんよ」
「それでいい、今日はもう遅いお開きにしようじゃないか」
その一言で解散となった。
次の日、昼過ぎに京子から連絡が入った。
「港の職員に聞いたのですけど、あの近辺で青い屋根のアパートは一軒だけらしいです、しかも空き家らしいのですぐにわかるかと思います」
「京子、いつも情報をありがとう。助かる」
「いえ、少しでも恩返しがしたくて」
「もう十分だ、それ以上首を突っ込むなよ、アパート近辺にも近づくなよ」
「わかりました」
新井の情報だと、昨夜西川は銃撃を一発受けている、動くなら三日以内だ。
とりあえず今日から動く事にした。パソコンの衛星写真の地図で青い屋根のアパートと近辺のコンビニを探す、すぐに見つかった。コンビニも近くに一軒だけだ。
西川が現れるのは決まって十八時前後だ。
レストランをに行き美雪に告げる。
「気を付けて、相手はナイフから刀まで使うプロなんでしょ?」
「拳銃を相手にするよりかはかなりマシだ、出来れば早めにケリを付けたい」
十五時、幸之助と祐介に連絡し同じ事を伝えた。
「行ってくる」
と言い車に乗って港方面に向かう、コンビニとアパートの中間あたりに車を止める。雑誌を読む振りをしながら辺りを見張る、人通りはほとんどない。
十八時、西川は姿を見せないがひたすら待つ。
三十分程で人影が遠くに見えた、顔は確認出来なかったが雰囲気で西川だと思った。
緊張が走る、チャンスは一度きり、失敗すれば殺される。
近づいてくる西川の顔がハッキリ見えた。右足を引きずっている。
俺は車を降りた、西川が立ち止まる。
「よう、西川。探したぞ」
「あんたから血の匂いがする、昨日の新井組の奴らとは格が違うな」
「あんなのと一緒にするな、お前が三人殺ったから新井組は解散だとよ」
「この街からヤクザがいなくなったのか」
「そうだ、しかしお前はここに留まっている何故だ」
「別に目的はない」
「真知子と山口を襲った理由は?」
お互い力量を図っている。
「女の方は依頼を受けて殺した、山口と言うのは気紛れだ、お前の知り合いか?」
気紛れで人を殺す、頭に血が上る。
「おっと、あんた今怒ったね」
「お前からも殺気が漂ってるぞ」
睨み合う、いつの間にか西川の右手にナイフが握られていて、鈍い光を放っている。
刺してくるのを避ける、立て続けにナイフを振り回す、かろうじて避けてはいるがジャンパーが割かれていく。
「あんたただ者じゃないね、修羅場を経験している動きだ、ここまで避けられたのは初めてだ」
右足を狙って下段蹴りを入れる。西川が顔を歪ませる。右のフックを入れる、当たったが浅い。同時に左肩と脇腹に痛みを感じた。刺されている左腕が上手く使えないし腹にも力が入らない。右足を立て続けに攻撃する、膝を付きかけたところで渾身のアッパーを入れる吹き飛んだが、右腕を切られたこれは傷は浅いが血が止まらない。倒れているところを力を込めて蹴り続ける、足も切られたが蹴り続ける。西川が吐血するがナイフは離さない、流石にプロだ、顔面に蹴りを入れ右手を蹴り上げる。やっとナイフが手から落ちる。続けて顔面に蹴りを入れ続けた。もう辺りはお互いの血で染まっている。早くケリを付けないと駄目だ。起き上がろうとしているが、その足に蹴りを入れる。骨が折れる感触が伝わって来た。完全に倒れ込んだ。
プロ根性なのか悲鳴は一切上げない。腹に蹴りを入れようとして途中で止める、もう一本ナイフを持っていた、危なかった、勘を信じて良かった。手を踏みつけナイフを無理やりもぎ取る、そのナイフで西川の右手首を切る、軽く切ったつもりだったが切断してしまった。切れ味が凄い左手首も切る、これでもうナイフは使えない。
「寒川をやったのはお前だったのか、道理で強いわけだ。俺はもうプロとしてやっていけない、殺せ」
「俺は殺しはしない、殺人はしない主義なんだ」
お互い肩で息をしている、目の前が一瞬暗くなった血を流しすぎた。
「悪いが寒川と同じ目に合ってもらう」
「殺してくれ」
両手足の腱を切りアキレス腱も切る。両目もナイフで潰す、初めて抵抗した。
「言い残した事はないか?」
「上には上がいる、そう感じただけだ、早く殺せ」
「さっきも言ったが俺は人殺しはしない、廃人になってもらうだけだ」
「プロより酷い事をするんだな、ヤクザでもしないぞ」
「お喋りはここまでだ」
口の中にナイフを入れ力一杯かき回す、舌が切断され地面に落ちる、更にかき回す両頬が破け、歯もほとんどが折れた。
両手首からの出血が酷い、人殺しになってはいけない、西川の靴紐を解き両手首の止血をする。また目の前が暗くなるが気力で立っていた。ゆっくりと車に戻り車を出す、証拠を残しては駄目だ、海まで行きナイフを捨てる。タバコに火を付け車に戻る限界が近い、幸之助の病院に行き、幸之助を尋ねる。
「俺の車を処分してくれ、西川の血が付いている、証拠隠滅してくれ」
慌てた幸之助が何か言っているが聞き取れない、目の前がまた暗くなった。
目が覚めた、生きている。美雪が右手を握って祈る様なポーズをしている、眩しい。他にも誰かいるようだ。右手で美雪の手を握り返す。
「あなた、生きてるのね? 気付いたのね」
幸之助の声が聞える。
「医者を呼べ意識が戻った」
医者に体中を点検される、止めろと言いたかったがされるがままにしておいた。
「会長もう大丈夫です、普通なら出血多量で亡くなっているところでした」
声を掛けられる、祐介、京子、山口、少し黙っておいてくれ、言葉には出なかった。かろうじて
「少し寝る」
と言い目を閉じる。
腹が減って目が覚める、美味そうな匂いがしている。
「美雪、腹が減った」
普通に話せた。
「凄く心配したんだから、死ぬところだったのよ」
美雪は目を腫らしクマも酷い、寝ずに看病してくれてた様だ。
口元に何かが運ばれる、食べた、何かの肉だった。必死で食べた、かなり食べた様だ。
「何日俺は寝ていたんだ?」
「三日よ」
「心配かけた、お前も少し寝た方がいい」
「そうねずっと寝てないから私も限界」
「親父さんと祐介は」
「ここに皆揃っておるぞ、心配するな車は上手い事処分しておいた」
そう言えば頼んだ事を思い出した。
「よくやってくれた、依頼完了じゃ。心から礼を言うぞ」
「西川は?」
「寒川と同じ状態で発見された、生きておるから安心したまえ、人殺しにならずに済んだな」
「警察は?」
「新井組の残党がやったと思っておる」
全て上手く出来た、達成感が湧いてくる。
「俺は全治どれくらいですか?」
「一週間程度じゃ、歩ける様になったら退院してもいい、血が足りないだけじゃ、傷は深くない。成功報酬と危険手当は振り込んだ」
また眠りに落ちた、起きたら体力は戻っているようだ。ベッドから立ち上がる、目眩はするが何とか歩ける。痛いのは左肩と脇腹だけだった。それから毎日大量に美雪が料理を運んでくるのを全て完食する。そのお陰ですぐに元気を取り戻し退院出来た。駐車場には同じ車種の新車が止まっている、幸之助と山口が用意してくれたのだ。
美雪とレストランに行き、ステーキを何枚も食べた。久々のコーヒーとタバコに火を付ける。軽い目眩に襲われたがすぐに戻った。
家に帰りベッドに横になると安心したのかすぐに眠りに落ちる。翌朝は肩と脇腹の痛みもほとんどなく、気分爽快だった。美雪の目の腫れもクマも戻っていた。美雪も目を覚まし、一緒に朝食を食べた、随分久しぶりな気分だった。
西川の様子を見に行った。
起きてるのか寝てるのかわからないが、殺気は消えている。耳元で囁く。
「俺だ」
ビクンと反応した。
「あー、あー」
寒川と同じ反応だ。
「無駄な人殺しを続けた罰だ、そのまま一生悔やんで暮らせ、じゃあな」
銀行に寄り記帳した、祐介から四千万円、幸之助からは一億二千万円入っていた、前金と合わせると二億円だ。返しても受け取らないだろう。とりあえず一千万円を下ろし、事務所に顔を出す。
「所長、心配しました会長からお話は伺ってました」
「もう大丈夫だがリハビリが続きそうだ、暫く休むが事務所を頼む」
と言い二百万円を涼子に渡す、困った顔をしていたが。
「当面の給料だ、受け取ってくれ」
と言い金庫にも二百万円いれておいた。事務所を後にしレストランに行く。美雪にも、
「入院中の食事代だ」
と金を渡す。
「婚約者として当然の事をしたまでよ、受け取れないわ、お金で動いたみたいに思ってしまうわ」
と言うので金を仕舞った。
「済まない、気持ちを踏みにじるような事をしてしまったな」
「そうよ、でも元気になってくれてよかったわ」
「水谷親子から前金合わせて二億円も入っていたもんでな」
「返そうとしてもあの二人には無駄よ、有難く頂いておく方がいいわ、死にそうな思いをしたんですもの」
「それと仕事は暫く休む事にした、肩と脇腹がまだ完全に治ったわけじゃないしな」
「あなたには休息が必要だわ、いいんじゃないかしら」
「暫くはここでのんびりくつろがせてもらうよ」
「いいわよ」
「前に食ったパフェが食べたい」
「すぐに用意するわ」
電話が鳴った、新井からだった。
「あんた、西川を一人で倒したんだってな。凄いじゃないか」
「お前は組をたたんで何をしてるんだ?」
「実家に帰ってりんご農園を継いだよ」
「組長が農家か、面白い」
「あんた神崎探偵事務所の神崎さんだろ?」
「よくわかったな、誰から聞いたんだ」
「裏の社会の情報網でわかったんだ、もう終わったんだ、連絡もこれで最後にするよ」
「わかった、元気でな」
この携帯も捨ててしまおう。事件は片付いたんだ。
パフェを食べながら考えた、今回の事件の発端は、全て真知子が欲に目がくらんだせいだ、金ばかりに目が行くとこうなる。
パフェが美味かった、糖分が足りてないのかもしれないホットケーキも頼んだ。
「あなた、入院中から凄い食欲ね、たくさん食べた方がいいわ」
夕方になり、祐介が瞳と一緒に仲良く入って来た。
「神崎さん、もう大丈夫なんですか?」
「ああ、左肩がまだちょっと痛むが元気だ」
「病院に運ばれてから、俺が毎日お見舞いに行ってたの覚えてます?」
「いや、ほとんど覚えてない、目眩が激しかったからな」
「出血多量で酷い状態でしたからね、父が直接電話して、街中の病院の血液を集めたんですよ」
「それは知らなかったな、今度礼を言っておくよ」
「お前らも好きな物を好きなだけ食べていくといい、一応お礼のつもりだ」
「ありがとうございます、じゃあ遠慮なく頂きますよ」
「瞳も好きなだけ食べて行ってくれ」
「はい、ごちそうになります」
二人共、向かいに座ると料理を注文した。
「どんな戦いだったのか、詳しく聞いてもいいですか?」
俺は思い出せる限りの事を話してやった。
「寒川組に新井組、プロの殺し屋まで全部潰してしまうなんて誰にも真似出来ませんよ。前にも言いましたが、父があんな男になれって言ってましたが、俺には無理そうです」
「力だけが男の証じゃないぞ、親父さんが言いたいのは気持ちの問題だ、俺から言えるのは男としてのプライドを捨てるなってところかな」
「わかりました、俺は水谷グループでその誇りを持って仕事に打ち込みます」
「それでいい」
「話は変わりますが、父も山口さんももう少しで退院出来そうなんです。父は完治じゃないので通院は続けるそうですが」
「良かったじゃないか、お前と京子が一人前になるまで助けてくれるだろうよ」
美雪がやってきて。
「さっきから声が大きいから話が丸聞こえだったわ。私からも幸之助さんにお礼を言っておくわ、それと瞳さん、女にだって誇りはあるでしょ?」
「はい、そうですね。特に美雪さんからは強くそれを感じます、後は京子さんからも感じます」
「京子さんもいろいろ修羅場をくぐってきてるんだもの、あの子は強いわ」
「私も頑張ります」
「瞳さんは瞳さんなりに苦労するかもしれないけど乗り越えてちょうだい」
「はい、ありがとうございます」
「私はキッチンへ戻るわ、好きなだけ食べていってね、この人の奢りよ」
俺と祐介は黙って聞いていた。
「神崎さんもうお腹いっぱいです」
「私も、太ってしまうわ」
「送ろうか」
「大丈夫です、のんびりと一緒に帰ります」
「そうか、またな、たまには顔を出せよ」
「神崎さんは水谷グループのうちの一人で、顧問探偵なんですから、これからもしょっちゅう顔を合わせる事になりますよ」
「そうだったな、わかったよ」
二人が出ていき美雪の仕事が終わるまで、コーヒーを飲んで時間を潰した。
帰りがけに港に行って新井とのやり取りに使った携帯を海に捨てる。そして本屋に寄って週刊誌を何冊か買って家に戻る。
俺がいない間の新聞も放置したままだ。
順番に読んでいく、西川の記事が載っていた。
「組員たちの仲間割れか? 身元不明の重体患者が病院に運ばれる、似た手口から一連の同一犯の仕業と断定するも組は解散し、警察も捜査に行き詰まっている模様」
どの雑誌も同じ様な記事しかのっていないが、一冊だけどんな状態で発見されたかが簡単に書いてあった。新聞も大した記事は載っていなかった。
事件から何日も経っているので、テレビでも取り上げられる事はなかった。
もう終わったのだ、今更見ても面白くはないだろう。
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