第7話 データとその法則性

「待ってて!」


 俺を部屋に案内したあと、神楽坂はそそくさと姿を消した。しまった、わざわざ着替えなくていいぞと言うのを忘れていた。


 月曜に設置した、二本のマイクを回収する。ノートパソコンに録音したデータを移しながら、俺は解析の方向性について考えていた。

 まずは三日分の録音データの中から『鈴の音』を抜き出し、鳴った時刻を割り出す。それから、音の正体と位置の推測、可能なら次に鳴る時刻の予測をしたい。


「さて」


 録音データを対象に、解析ソフトを走らせる。鈴のような音を検索するように、あらかじめ設定はしておいた。とは言っても、それだけでは範囲が広すぎて、余計なものまで拾ってしまうだろう。上手く調整していくしかない。


 案の定、『鈴の音』候補は何百個も出てきた。これを全部聞いて判断するのは辛いな。とりあえずいくつかピックアップしてみると、救急車のサイレンの音や、別の部屋のテレビからの笑い声が聞こえてくる。


 高い音を全て拾ってるのか? そう思いながら次の一つを再生すると、


『ん……ふあぁ……』


 神楽坂の悩ましげな声が流れて、慌てて停止した。部屋に居る間は切っておけと言ったのに、なんでこんなのが撮れてるんだ!


 よくよく見ると、データは設置してからの70時間強、丸々入っていた。さてはあいつ、切るのを忘れてたな。……故意じゃないよな?


 というかなんだ今の声は。あくびか? あくびだよな。いや、深く考えるのはやめておこう。


 検索対象から、神楽坂が部屋に居そうな時間を慎重に除く。設定も変えて再度検索すると、今度は三十件程度に収まった。これぐらいなら全部聞けるな。


 何回目かの再生で、当たりを引き当てたようだった。小さくて聞き取りづらいが、確かに鈴の音……か? 電子音のようにも聞こえるな。

 時刻は火曜日の昼の十一時だ。朝に鳴る何かという説は却下か。


 全部調べた結果、水曜日の十五時にもう一度鳴ったようだった。今日も含めて、それ以外には見つからない。……『見つからない』だけであって、『鳴っていない』かどうか判断できないのが困るな。今のところ、鳴った時間に法則性は見いだせない。


 二つのマイクの時間差から音源の位置を計算すると、音が来ている方向はだいたい割り出せた。その方向にあるのは、壁沿いのベッドと飾り棚、それから窓だ。棚に詰め込まれた小物類の中に、『正体』があるのかもしれない。もしくは、外か。


「ベッド、座る?」


 ベッド越しに窓を覗き込んでいると、突然後ろから声をかけられた。振り返った先には、神楽坂が……


「なんて格好かっこで出てくるんだよ!」


 俺は慌てて目を背けた。肩紐にられた服は、薄くて頼りない。肩から胸元まで、大胆に露出している。


「えー? 普通に外で着れるやつだよ」

「ほんとかよ……」


 下着? 肌着? にしか見えないんだが……。


「ねえねえ大人っぽい? せくしー?」

「ああそうだな大人っぽいな! だからそんなに近づかないでくれ!」

「やった!」


 ずいっと身を寄せてくる神楽坂からなんとか逃げる。上から見ると、なおさら心臓に悪い……。


「鈴の音とれてた?」


 テーブルの横にぺたんと腰を下ろしながら、神楽坂が言った。俺は向かいに座って、解析した結果を伝える。


「よかった! また鳴るのかな?」

「多分な」


 もう四回も鳴っている。次もある可能性は高いだろう。


「いつ鳴るのかな?」

「どうだろうな……」


 今までに鳴ったのは、土曜と日曜の朝、火曜の十一時、水曜の十五時。法則性は無さそうに見える。強いて言うなら、徐々に遅い時間になっていることぐらいか。


「遅い時間?」

「え?」


 俺の呟きに、神楽坂が首を傾げた。


 そうか、二十四時間より長い周期なのか? 水曜と木曜を考えると、その差は二十八時間……いや待てよ。それだと月曜が朝の七時で、日曜は三時、それから金曜の二十三時に鳴ったということになるな。明らかにおかしい。


「雄介ー?」


 テーブルに身を乗り出した神楽坂が、俺の目の前で手をひらひらとさせる。うっ、そういう体勢になると胸元が……じゃなくて!


「ちょっと待て! 考えてるんだ」

「えー」


 不満そうに元の位置に戻る。俺はようやく心を落ち着かせた。


 二十八時間周期でないのは確かだが、この案は正解に近い気がする。ただの勘だが、妙な確信があった。 

 問題は、土曜と日曜の鳴った時刻にそれほど差が無いらしいということだ。最長でも土曜五時、日曜七時の二十六時間にしかならない。


 ……周期が徐々に伸びているのか? 仮に一日に一時間ずつ周期が伸びるとすると、土曜が五時で、日曜が六時、月曜が八時、火曜は十一時……矛盾は無いな。


「神楽坂」

「うん」


 とすると、次に鳴るのは……


「今日の二十時までに、もう一度鳴る可能性がある。それまで居てもいいか?」


 『徐々に伸びる周期』説が正しいなら、そのはずだ。これが外れたら、もう分からない。単にランダムだという可能性は常にある。


 神楽坂は一瞬ぽかんとした顔をしていたが、すぐにぱあっと表情を明るくした。


「ご飯食べていくってことだよね!」

「……む」


 しまった、そうなるな。というか、八時まで居るのはまずいだろ、俺。


「いや、すまん。さすがにその時間まで居るのは悪いな。家の人も帰ってくるだろ」


 だが神楽坂は、あっけらかんと言った。


「誰も帰ってこないよ?」

「そうなのか」

「うん、今日は帰ってこないでって言っといたから」

「……いや待て、それってどういう……」

「じゃあ決まりね!」


 うきうきと部屋を後にする神楽坂を、俺は若干引きつった表情で見送った。

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