第3話 三つの偶然

 月曜日の気だるい空気の中。無事に全ての授業消化し、俺は部室に向かっていた。


 廊下にある掲示板に、人だかりができていた。張り出されていた数学の小テストの結果を覗いて、渋い顔になる。


 俺は二位、一位は宮崎だ。数学ぐらいしか勝つ見込みがないのに、それすら負けてしまった。次はもう少し力を入れよう。


「あ、雄介!」


 部室の扉を開けると、神楽坂がぱたぱたと駆け寄ってきた。奥に居た山川が振り返る。


「木梨」


 途方に暮れたような、それでいて喜びを抑えきれないような、複雑な表情をその顔に浮かべている。俺は訝しげに尋ねた。


「どうした?」

たたりだ」

「……祟り?」


 眉を寄せて聞き返す。話が見えない。


「宮崎と加藤が部活を休んでるんだ。宮崎は急用、加藤は体調が悪いらしい」

「ふむ?」


 俺は腕を組んだ。宮崎は部活に毎回来ているわけじゃないが、大事な回に休むようなやつじゃないのにな。加藤が体調不良というのも珍しい。


「『森』について調べようとした途端にこれだ。どう考えても祟りだろ?」

「言いたいことは分かったが……単なる偶然だろ」


 すると、握った両手をぶんぶんと振りながら、神楽坂が言った。


「あたしの家でね、鈴のおとが聞こえてきたんだよ!」

「なんだよ、鈴の音って」

「わかんないけど! 怖くない?」


 そのわりには嬉しそうだな。俺はため息をつく。


「もう少し詳しく話してくれ」

「えーとね」


 神楽坂は、人差し指を口元に当てて虚空を見つめた。


 説明下手なこいつから苦労して聞き出したところによると、こうだ。

 土日の朝に、部屋でかすかな高い音を聞いた。鈴の音に聞こえるそれは、ちりんちりんと何度か鳴ったあと、消えた。なお、近くに鈴なんてないはず、だそうだ。


「鈴ね……」


 俺は口元を歪める。不可解な現象だが、祟りでは無いよな。そう思っていたら、


ものだろ、鈴って」


 山川がぽつりと言った。


 少し考えて、ようやく意味が分かった。『森』の首吊り死体の暗示だ、と言いたいのか。つまり、霊による警告か何かだと? 神楽坂は分かっていないようで、にこにこしながら首を傾げている。


「まだある」

「……なんだ?」


 他にもあるのか。さすがに多いような……。


「俺がやってるソシャゲのガチャで」

「絶対関係無いだろそれ」

「待て。聞いてくれ。確率10%のはずなのに、三十回引いても出なかったんだ。おかしいだろ? 三つは出るはずだよな?」

「……お前が期待する通りに、十回で一個以上出る確率は約65%だ。三倍の三十回引いて一個も出ない確率は5%弱もある。普通だろ」

「マジかよ……」


 山川はがくりと肩を落とした。バイト代をつぎ込んだな、こいつ。


「でもでも! 珍しいこと三つもあるよね。二つなら珍しいんでしょ? 三つってすごくない?」

「まあな」


 神楽坂にしては鋭い意見だ。

 偶然が三つ重なれば、それは何者かによって仕組まれた必然だ、とは誰の言葉だったか。確かに今、森の調査に関して三つの偶然が存在しているように見える。宮崎が休んだこと、加藤が休んだこと、謎の鈴の音。最後はこじつけな気もするが……。


「だからね! まずはその……」

「祟り?」

「そう! それを先に調べるの」

「そういうことになった。場合によっちゃ、もう森に関わるのはやめた方がいいかもしれない」


 と、山川が少し真面目な口調で言う。その表情からは、部員を心配している様子がうかがえた。ふむ。


「調べると言っても、何をするんだ」

「二人には後で話を聞くとして、まずは鈴の件だ。心霊現象なのかそうじゃないのか、正体を知りたいんだ」

「あたしの家で調べるの!」

「今からか?」


 俺は眉を寄せた。神楽坂は俺と同じくバス通学で、家まで一時間以上かかる。着くころには、ちょうど晩飯の準備をしている時間だ。


「こんな時間からお邪魔したら迷惑だろう」

「大丈夫だって」

「ふむ」


 本人がそう言うなら、まあいいか。山川が、申し訳なさそうに言った。


「俺はちょっと用事があるから、少し遅れる。先に話を聞いといてくれよ」

「分かった」


 俺は小さく頷いた。

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