第4話 白黒二色
バスの中では、神楽坂が延々と喋り続けていた。授業のことや部活のこと、ドラマや雑誌のこと。よく話題が尽きないものだと、純粋に感心する。
神楽坂と山川とはバスの路線が同じなので、部活のある日は大抵三人一緒に帰る。普段なら俺以外の二人が主に会話しているのだが、今日は神楽坂の
「こっちだよ!」
「……ん?」
バスから降り、ぐいぐいと引っ張られながら向かう先は、付近でも随一の高級住宅街だった。まさか、この中なのか?
「着いたよー」
「……」
その通りだったようだ。少し坂を上った先には、庭付きの豪邸がそびえ立っていた。すごい所に住んでるな……。
「雄介は、うち来るの初めてだよね?」
「ああ」
女子の家に行く機会なんて、早々無い。それに、こいつと初めて会ってからまだ数か月だ。山川と神楽坂は幼馴染らしいが、他の部員は全員高二からの知り合いだ。
「お邪魔します」
「あっ、今日は誰も居ないから!」
「そうなのか」
なら、迷惑なんて考えなくてもよかったのか。それならそうと先に言ってくれればよかったのに。
神楽坂は、長い廊下と階段を、すたすたと進んでいく。そこかしこに、高そうな調度品が飾られている。本格的に金持ちの家だな。
「どこでやるんだ?」
「あたしの部屋だよ」
「……入っていいのか?」
「音が聞こえたのあたしの部屋だし。調べられないでしょ?」
「そりゃそうだが……」
さすがに部屋にまで入るのは気後れしてしまう。だが神楽坂の方は、全く気にする様子を見せない。……俺が意識しすぎなのか? しかしこいつ、山川と付き合ってるんじゃ……人間関係はよく分からない。
案内されたのは、白とピンクを基調とした家具と、たくさんの小物に囲まれた可愛らしい部屋だった。棚には漫画と雑誌が詰まっている。いかにも女子の部屋という感じだ。多分。
「……意外と綺麗だな」
「片付けたからね!」
俺の失礼な呟きに、神楽坂は胸を張って答えた。……ん、片付けた? いつ?
「ちょっと待っててね!」
ぱたぱたと足早に去っていく。俺は首を傾げながら、ベッドの奥にある窓に近付いた。
窓からは、高級住宅街と、その先にある駅前の商店街が一望できた。『鈴の音』の原因になりそうなものは見当たらない。学校のチャイムか何かを聞き間違えたのかと思ったんだが……。スマホで付近の施設を調べてみたが、よく分からない。
外じゃないなら、中だ。鈴なんて無いと言っていたが、どうだか。
もしくは、鈴の音に聞こえる何かか? 神楽坂が帰ってきたら、部屋中ひっくり返してみる手もあるが……。
「遅いな」
俺はぽつりと呟いた。飲み物でも取りに行ってるのかと思っていたが、それにしては時間がかかりすぎだ。
仕方なく、テーブルの周りに座って待つことにした。しばらくして、すり足のような静かな足音と、かちゃかちゃと食器がぶつかる音が聞こえてくる。
「お待たせ!」
「……なんで着替えてきてるんだよ」
俺は思わず突っ込んでしまった。私服になっている上に、髪まで下ろしている。手に持ったトレイには、ティーカップとクッキーの入った皿が乗っていた。
「えー、家で制服は着ないよ」
「まあ、そうなんだが」
何も俺がいる時に着替えなくてもいいだろ。一瞬想像しそうになって、映像を頭から振り払った。
「どう? 大人っぽいでしょ?」
得意げに神楽坂は言った。身にまとっているのは、ひらひらとした花柄のワンピースだ。髪型も変わっているし、いつもと印象はだいぶ違う。
「……いや、大人っぽくはないな」
「ええー!」
神楽坂が不満の声を上げた。
……まあ、可愛いと思うが。とは口に出せなかった。
「むー、次はもっとせくしーな服にしようかな……」
「なんだよ次って」
「次つぎー!」
謎の掛け声とともに、食器をテーブルに並べる。皿には白黒二色のクッキーが山盛りになっていた。
「食べて食べて!」
「俺は甘いものは……」
「大丈夫甘くないから!」
「ほんとかよ」
半信半疑、というより疑い八割で、黒い方を口に放り込んだ。……ん?
「うまいな」
チョコ味のそれは、俺でも十分食べられる甘さだった。苦みと香ばしさが主で、ほんのりと甘みが付いている。うまい。
「よかったあ」
神楽坂の顔に、ぱあっと笑顔が広がる。俺は何となくそわそわしてしまって、視線を外した。
「どこで買ったんだ?」
「なにを?」
「このクッキー」
「えー、雄介のために作ったんだよ! 甘いの苦手って言ってたから、レシピ考えたんだよ」
俺は一瞬言葉を失った。よくよく見ると、クッキーの形は微妙に不揃いだ。
「そうなのか」
「うん!」
神楽坂はにこにこと笑っている。俺のためって、それは……
「……いや待て、こんなことをしてる場合じゃない。調査しないと」
「えー」
俺はぶるぶると首を振る。神楽坂は頬を膨らませていた。
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