第5話 二つ、もしくは一つの出来事

「鈴の音と言うが、具体的にはどういう音だったんだ。近くから聞こえたのか? それとも遠くから?」

「近くだったと思うけど、小さかったからよくわかんない」

「本当に鈴なのか」

「そうだと思ったけど……」


 こてりと首を傾げられる。ふーむ。


「鈴は土日の朝に鳴ったんだよな。それぞれ何時頃のことだ?」

「分かんない! 寝てたから! 音で目が覚めたの」

「何時まで寝てたんだ」

「八時ぐらい?」

「ふむ」


 正確な時刻は分からないが、朝と言うぐらいだから五時から七時の間か? あと気になるのは……。


「土曜と日曜で同じ時間に鳴ったかどうかぐらい分からないか?」

「うーん……土曜の方がちょっと早かったかも? まだちょっと暗かったし」


 正確な時刻はともかく、日曜の方が後の時間、らしい。これは何かのヒントになるか? まあ、それ以外にも聞き逃したものがあるかもしれないが……。


「土日はどのぐらい部屋に居た?」

「結構居たよ。お出かけしなかったし」

「朝の二回以外は鳴らなかったんだよな」

「うん」

「……もし夜中に鳴ったら、起きると思うか?」

「うーん、多分! あたしよく目が覚めるから」


 ということは、朝にだけ鳴る何かなのか?


「今日の朝は鳴らなかったんだよな?」

「鳴ってないよ!」

「ふむ……」


 よく分からんな。土日の朝だけなのか……いや、平日なら七時前には家を出てるはずだな。七時ちょうどに鳴るという可能性はある。ちょっと幅が狭いが……。


「とりあえずこれを試してみるか」


 荷物の中から二本のマイクを取り出す。オカルト研究部の備品で、プロも使う本格的なやつだ。もし次に鳴った時に録音できれば、どんな音なのかも、正確な時刻も分かるだろう。


 二つにしたのは、もし音源が部屋の中だった場合に、位置を推測するためだ。音源とそれぞれのマイクとの距離が1メートル違えば、録音される時間に千分の三秒差がつく計算になる。誤差も出るだろうが、まあ少しはヒントになるだろう。


「これを置いて、録音しておいてくれ」

「わかった!」


 元気よく答えた神楽坂だったが、急にテンションを下げた。


「あ、でも……」


 口元に人差し指を当てながら言う。


「あたしが居る間も撮っとくの?」

「そうだな」

「ちょっと……恥ずかしいかも」

「……あ」


 そうか、生活音も入ってしまうな。失念していた。


「居る間は止めておこう」

「雄介が聞きたいって言うならいいけど!」

「いや話を聞け、話を」


 俺は思わず突っ込みを入れた。


 結局、部屋に居る時に鳴った場合は、時間だけ記録しておいてもらうことにした。寝てる間は時間すら分からなくなるが、まあ仕方ない。目が覚めることを祈ろう。


「ここでできるのはこのぐらいだな」

「え、もう帰っちゃうの? ご飯食べていこうよ!」

「いや急に言われてもな……」

「じゃあ、せめてこれは食べてから帰ってよー」

「……まあ、それぐらいなら」

「やった!」


 クッキーの入った皿をぐいっと押し付けられる。……ん? 過大要求法ドア・イン・ザ・フェイスに引っかかった?


「……量多くないか?」

「食べるって言ったよね!」

「くっ……」


 俺は白いクッキーをまとめと口に放り込んだ。いくら甘さがかなり控えめとは言っても、限度があるぞ。


「……。……あと不思議なのは、このタイミングで二人も休んでいる件か」

「そうだねー」


 それも、あまり休みそうにない二人が、だ。まあ、偶然が二つなら、まだ許せる範囲ではある。


「一人なら納得いくんだが」


 それこそ偶然でしかない。すると神楽坂が、ぽん、と手を打った。


「風邪がうつったとか!」

「……いや、宮崎が休んだ理由は急用だろ。病気じゃない」

「あっ、そっか!」


 一瞬納得しかけたぞ……いや、待てよ?


「……そうか、疑似相関でもいいから、何かしらの相関関係があればいいわけだ」


 二つの出来事を引き起こしたが裏にあるなら、実質的にそれは一つの出来事でしかない。


「しかし、用事と体調不良か」


 全く繋がりが無さそうだな。せめて理由が同じなら……。


 きょとんとしていた神楽坂が、首を傾げて言った。


「どういうこと?」

「つまり」


 俺は人差し指を立てる。確率と疑似相関に関する様々な説明が頭の中を駆け巡ったが、結局出たのはこういう言葉だった。


「……二人が休んだことの間には、何か関係があるかもしれない」

「関係の話なの?」

「まあ、そうだな」


 すると、神楽坂はさらりと爆弾発言をした。


「あの二人付き合ってるよね」

「……は?」


 俺は一瞬思考停止した。

 ……付き合ってる? いつも言い争ってるあの二人が?


「いや、それは無いだろ?」

「絶対付き合ってるって! 見れば分かるよ」


 えらく自信ありげに言われて、俺は言葉に詰まった。

 いや、さっぱり分からないんだが……一つだけ、確実に分かっていることがある。人間関係に関してなら、神楽坂の意見が正しい可能性の方が圧倒的に高い。


 あいつらが付き合っているという仮定を受け入れるとすると、どうなる? 恋人同士の二人が、同じ日に部活を休む……。


「……デート?」

ふぁにあなにが?」

「口に物を入れたまましゃべるなよ」


 クッキーをもさもさと食べている神楽坂にそう言ったあと、俺は考え込んだ。宮崎と加藤のやつら、嘘ついて二人で出かけてるんじゃないだろうな。


 あとで山川に問い詰めてもらうか。そう考えたところで、ふと思い出した。


「山川が来ないな」

「そうだねー」


 首を傾げながら、俺はクッキーの処理を再開した。

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